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二人の少女

この世界に、“言葉”は存在しない。


正確には、“意味を持つ言葉”が、ない。



人は生まれた瞬間、身体に“ルーン”と呼ばれる刻印を授かる。

それが、この世界における唯一の“才能”であり、“価値”だ。


ルーンの数、種類、強さ──

それがすべてを決める。

貴族も、軍人も、職人も、乞食でさえも。



名を呼ぶ必要もない。

感情を伝える言葉も要らない。

すべては“ルーン”が代弁してくれる。



誰も、言葉を使わない。

誰も、言葉を必要としない。



だから、彼は異常だった。



「──静まれ」


その声に、世界が震えた。



誰もが忘れた“言葉”。

世界に干渉する“意味”を持つ、ただひとつの力。



天坂ユウ。

彼は、“言葉”でこの世界に抗う者だ。




そして、まだ誰も知らない。

その“言葉”こそが、

世界の理すら塗り替える──《真の力》であることを。

挿絵(By みてみん)

 朝の教室


「おはよう、天坂くん」


淡い微笑みとともに、七瀬なながユウの机の横に立っていた。

「.....ああ」

歯切れの悪い返事を返すユウ。


「ねぇ、昨日の授業。やっぱり、目立ちすぎたかな?」

綺麗な目を輝かせながらユウを見つめる。

「十分すぎるほどな」

少し呆れた様子のユウ。

「ふふっ。ちょっと失敗しちゃった」

彼女は小さく笑いながら、机に手をつく。

その仕草には自然さがあったが、どこか探るような視線も含まれていた。

「.....ねえ、放課後って、時間ある?」

あくまで笑顔を絶やさない七瀬なな。

「......ないな…」

「ちょっと、話したいことがあるの。二人きりで」

こいつ、人の話を聞かないタイプか、、

心の中でそっと諦めたユウ。

その言い回しに、隣の席で聞いていたシオリの動きがぴたりと止まる。

箸を持った手が空中で止まり、目だけがちらりとユウに向けられた。


放課後


ナナが案内したのは、学園の裏庭にある静かな東屋。

生徒の出入りも少なく、風の音だけが耳に届く。

「.....ここなら、誰にも聞かれないよ」

微笑みながらどこか挑発的なナナ。

「それで、話って?」

「昨日、あなた.....誰かと話してたよね。校舎の裏で」

「......見てたのか」

「見た、というより......聞こえた、かな」

「.....なら、なんとなく察してるだろ。俺のこと」

「うん。だけど.....確証が欲しいの。あなたは、なに者なの?」

ついさっきまで微笑んでいたナナの目は真剣だった。

からかいも、探りもない。

ただ、心の底から"知りたい”という気持ちが滲んでいた。

「本当に知らないんだ。俺には、ルーンもない。何もない」

「でも......」

「"'でも”じゃない。俺は、ただのルーンレスだよ」

無気力に心の底から出た言葉。

それでも引かないナナ。

「一一本当に、それだけ?」

「...........」

「私、あなたのこと......昔、どこかで見たことがある気がするの。夢かもしれないけど」

「夢、ね.......」

「それでも......あなたが私の特別な存在なんじゃないかって、そんな気がしてるの」

冗談で言っている様子ではない。

だからこそ、ユウは疑わざる負えなかった。

「.....七瀬、お前、何者だ」

逆に問い返すユウ。

ナナは一瞬目線を逸らしたが、すぐに微笑んで返す。

「ただの......転校生だよ。今はね」

笑みの奥に、真実を伏せる気配があった。

(昨日の銀髪の女.....霧島も、こいつも。何かを知ってる)

(俺は......俺自身のことさえ、まだ何もわかってないのに)

風が吹く。

沈黙が二人の間を流れる。

そして、ナナが口をひらく。

「.....天坂くん。私は、あなたのことを.....もっと知りたい」

その言葉だけを残して、ナナは先に立ち去っていった。


ナナの姿が見えなくなってから、数分。

ユウは東屋の柱にもたれたまま、空を見上げていた。


(……本当に、ただの転校生かよ)


昨日出会ったばかりのはずなのに、

まるでずっと前から知っていたような既視感。

ナナの言葉のひとつひとつが、心に引っかかっていた。



「……動揺してるわね、天坂ユウ」


 背後から声がした。

 驚く暇もなく、ユウは振り返った。



「……霧島」

 

「言ったでしょ? 私は記録官。あなたの動きは見逃さない」

 無表情のままユウを見るカレン。


「盗み聞きかよ」


「“観察”よ」

 お馴染みのセリフを言って、かれんは木陰に寄りかかった。


「七瀬なな……彼女には気をつけて。

 私ほど、あなたに親切ではないかもしれないわ」


「……お前が言うな」

呆れた様子のユウ。

「ふふ。まあ、そうかもしれない」


 かれんは微笑むが、その目は笑っていなかった。

 まるで、冷たい湖面のような静かな光を湛えている。


「……お前、俺の何を知ってるんだ」

 

「“知ってる”というより、“知りたい”の。

 あなたがいつ覚醒するのか。どんな“言葉”を使うのか。

 それを、この目で記録することが、私の使命」


「勝手にしろよ」

七瀬も霧島も何を言いたいのかさっぱりだ。


「そのつもりよ。……でも」


 カレンは、ふっと表情をやわらげて続けた。


「……あなた自身は、“自分を知りたい”って思ってないの?」


「…………」

無言でカレンを見るユウ。


「昨日の授業でも、今日の会話でも、あなたはずっと迷ってる。

 本当の自分を知らないまま、目を背けてるだけ」


「……うるせぇよ」


 ユウの語気が強くなった。

 だが、カレンは怯まない。

 静かに、真っ直ぐに見つめ返してくる。


「……迷って当然よね。私と違ってあなたは特別なんだから」


「特別なんかじゃ……俺は……ルーンレスだ」


「いいえ。“特異点”よ、あなたは」


「……」


「だから、私はそばにいる。ずっと」


「記録官だからか?」

生まれてから孤独だったユウにはまだ響かない言葉。


 そう言って歩き出した、カレンはゆっくりと振り返り。


「また明日、天坂ユウ」


 残されたユウは、深く息を吐いた。


 七瀬なな。霧島かれん。

 二人の言葉が頭の中で交差し、混ざり合い、答えのない渦を作っていく。


(……俺は、何なんだ)

(二人が何を言おうが俺はルーンレス…どうせ明日の演習も空気のように居座るだけで一日が終わる…)


 この世界で唯一、“言葉”を持った存在――

 その自覚は、まだ彼の中で眠ったままだった。

そしてまだ知らない、明日に言葉の存在に気づくことも。





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