生徒を知るために
先輩カペルマイスターからこてんぱんに言われ続けて、だけど現実、なかなか思うようにもいかず気分は晴れないまま。仕事ができないぼくが悪いのだろう。子どもたちにも迷惑をかけてしまっている。たしかに、今までしてきたコレペティとは勝手も歌い手も全然違うからかなり戸惑っている。
だけど、生徒と過ごすのは楽しい。皆優しい子たちでぼくにすごくよく協力してくれるし真面目だし、やっぱり、あの頃ぼくもこの学校に来て彼らのように青春を過ごせていたら…。いやもう、いつまでも…。毎回それを言うのはやめよう。でも、折々思う。
自分でも知らなかったのだけれど、ぼくは意外と子どもが好きらしい。子どもと言って、まあまあ成長している少年達だけれど。賢かったり、その一方で意外と物事を知らなくて無垢だったり。その表情がとても多彩で一緒にいると楽しいし、かわいい。そしてそれぞれがしっかりした考えを持っていて個性があるのがとても興味深い。
彼らの話を聞くのが楽しい。少年同士で話しているところを見聞きすると何とも言えないやわらかな気分になる。あんなに純粋でまっすぐな青春にいる彼らの傍でそれを見ていられるなんて。
と言ってもぼくはまだ、そんな彼らに対して余裕を持てるほど教え方が上達しておらず、彼らを好きなだけでは何もがが不十分で…。
そういえば。ぼくはここのカペルマイスターになったのに、歌い手である彼ら一人一人のことをよく知らずにいるのかもしれない。もっと彼らの中に入り込んで心を開いてもらわないと歌声も開かないのかも。
ぼくからの指示も思いも、実際に声を出し歌を歌う彼らと親しくなったほうが通りやすいに違いない。
それなら。彼らともっと仲良くしてみよう。
それで、その日の夕食から、少年に紛れてみることにした。
食事時、仲良さそうに三人で食事をしようとしているテーブルに自分の食事トレーを持ってお邪魔する。
「やあ、ぼくもここで仲間に入れてもらってもいい?」
三人とも一瞬、え、なぜ? と戸惑う表情を見せたけれど、すぐに「どうぞ」と笑顔で入れてくれた。
それで、同じテーブルに着いて三人をじっくり見つめる。
「ええと、ぼくはまだここに来たばかりでみんなのことをよく知らないから、いろいろ教えてもらおうかと思って。君達のことを話してくれない?」
「先生。ぼくらの名前は覚えましたか?」
「もちろん。君はアレックス。君はヨーゼフ。そして君は、ぼくと同じ名前なんだよね?」
「ぼくらも先生の名前は覚えました。マクシミリアン・ゲントナー」
「そう。ありがとう。じゃあ、ぼくの趣味を知ってる?」
「趣味? 音楽ですか?」
「ああ、もちろんそれは好きだけど…」
「違うだろ。先生は仕事が音楽なんだから。もっと他のことだよ。例えば…サーフィンとか?」
「いや、そういうマリンスポーツは一切できないなあ…」
「スポーツですか?」
「うん」
「サッカー?」
「ああ、サッカーも好きだね。でも、もっと単純」
「バスケ?」
「残念。違うね」
「わかった。クリケット」
「クリケットはぼく向きではなさそう。違う。正解は、走ること」
「ランニングですか?」
「そう。ただ走るだけ」
「へえ」
「君たちは? みんな、歌を歌うためにここにいるのかもしれないけど、他にも好きなことはある?」
「ぼくはサッカーです」
「ぼくもサッカーです。バスケもします」
「ぼくも、サッカーも好きだけど、水泳も好きです」
「ああ、そうか。普段はみんなでサッカーしたりしてるの?」
「いつもしてます。向こうのテーブルにいる、テオとかもいつも一緒です」
「へえ、そうなんだ」
「先生も今度一緒にやりますか?」
「ああ、ぜひ。でも、ぼくはそんなに戦力にはならないと思うけどね」
「走れるだけで十分です」
「サッカーが一番うまいのは誰なの?」
「えー、やっぱり、アレックスじゃない?」
「でもテオも上手いよ」
「そうなんだ。じゃあ、今度仲間に入れてね」
「はい。先生は、この合唱団出身じゃないんですよね」
「そうなんだよ。あ、でも、小学校はここの附属に通っていたよ」
「附属にいたのに、どうして本科には来なかったんですか?」
「うん…。まあ、いくつか理由はあったのだけど…。君は、附属小学校から?」
「そうです」
「ぼくは他の町から来たので違う小学校です」
「そうなんだ」
「そしたら先生はずっと地元なんですよね?」
「うん。実家なんか、地下鉄の駅二つ分。歩いても行けるくらい。君は?」
「ぼくは車で一時間くらいです」
「ぼくはすぐ近くです」
「ぼくは…毎週帰れないくらい…」
「あ、遠いんだ?」
「はい…」
「寂しい?」
「友達がいるから平気です」
「そう…。ええと、君たちはまだ一年目なんだよね?」
「はい」
「もう慣れた?」
「はい」
「えらいな。ぼくなんかまだ慣れてない」
「え、そうなんですか?」
「ねえ、ぼくの教え方ってどうかな?」
「え…」
だめか。子どもたちにそんなことを聞くのは…。三人は戸惑ったように顔を見合わせている。
「ごめん。忘れて」
「先生は、ここに来る前は他の子ども達を教えていたんですか?」
「ううん…。ぼくは…合唱の先生をするのは初めてで」
「そうだと思ってました」
「ぼくらみんな、そうだと思ってました」
「え…そう? ごめん、至らなくて…。ぼくの教え方なんか、やっぱり…下手だよね?」
「いえ、下手ではないです。でも、先生の教え方って遅いし、何て言うか…予科の先生より優しいんです。厳しくしないし…」
「そうなの?」
「だって、ただ音を取ってるだけだし」
何だかぐさっとくる…。そうストレートに言われると…。しかも、彼らの言葉を直訳するとぼくの教え方を「下手だ」と言っているのでは?
ここは…心にさらにダメージを食らうとしても、あともう少し…詳しく聞いて、彼らの意見を参考にするべきだろう。
だから、ぼくのレッスンについてもっと意見を聞かせて、と言ったのに三人は顔を見合わせて、食事を終えたから片付けて部屋に戻らないといけない、と言う。
それもそうか。いつまでも引き留めておくわけにはいかない。三人とも去って行き、ぼくは一人テーブルに取り残された。
それにしても、一番聞きたいところが聞き出せなかった。ぼくはただ音を取っているだけだって…。
だって、それでみんな精いっぱいなのかと思っていたから。精一杯なのはぼくだけだったのか。
皆よくできる。ぼくは、彼らの能力や特徴をよく分かっていない。ごく普通の少年達。だけど彼らがどれだけできるのか。もっと細かく厳しく徹底的にやる? でもそうすると集中力が持たないのではないか、ぼくが嫌われるのではないか、と思ったから。それが怖くてそこまで踏み込めていなかった。
でも、みんな本当はもっとできる。できていないのはぼくの方だ。