【第30話】神の名
灰色にくすんだ翼の青年が、一歩前に出る。
「俺はゼノ。よろしく頼む」
レンは腕を組み、眉をひそめた。
「よろしくって言われてもなあ」
ゼノは淡々と続ける。
「俺はルナを止めたい。その後は好きにしてくれ」
レンは頭をかいた。
「そう言われてもなあ」
タケル王がにやりと笑い、ゼノの肩を叩く。
「安心しろよ。変な動きしたら、後ろからバサッといくからな」
「あんたは何もなくてもやりそうで怖いんだよ」
レンがため息をつく。
リズが一歩前へ出る。
「イシュタル?」
レンの問いに、ゼノは頷いた。
「ああ。ルナの体に取りついて成り代わった神だ」
「正確には少し違うのですが……まあ概ねそんな感じです」
カイムが補足する。
レンは眉を寄せる。
「その神が、イシュタリアとセントヴェナの人を操ってるってわけか」
「そうだ」
短い答え。
リズが鋭く睨む。
「その神とやらに操られていたから、全部許してくれって? 虫のいい話よね」
「俺はイシュタルを止められればそれでいい」
ゼノは目を逸らさない。
「妹なんだっけ?」
「同じ村の幼馴染だ」
声が少し低くなる。
「イシュタルがお気に入りを"兄"と呼んでいるだけだ」
リズの表情がわずかに曇る。
「……あなた、その子を殺す気なの?」
「ああ」
迷いはない。
「もうルナじゃない」
そして、もう一度言う。
「止めた後は、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
その言葉に、少しだけ重みが乗っていた。
「まあ、怪しい動きしたら俺がバサッといくから安心しろよ」
タケル王が鼻を鳴らす。
ニュクス山のふもと。
カイルたちは新たな報告を受けていた。
「セントヴェナ、乗っ取られました。トラヴィスに」
カイムがあっさり言う。
「俺じゃないぞ」
隣のトラヴィスが即座に否定する。
「こっちのトラヴィスかな。しつこいな、あいつも」
カイルが腕を組む。
「しつこいですねえ」
ユイが小さく頷く。
「ナイフで刺したぐらいじゃダメでしたか」
セレナが淡々と言う。
「あれ、特別製だったんですけどね」
カイムが肩をすくめる。
「こっち見ながら言うのやめてくれる?」
トラヴィスはうんざりした顔だ。
「そうよ! ナイフぐらいでパパは死なないわ」
ケイトが頬を膨らませる。
「いや、普通に死ぬと思うぞ」
エミルが真顔で返した。
少し空気が緩む。
「そういや思ったんだが」
カイルがふと思い出したように言った。
「なんです?」
「なんで協力してくれるんだ?」
視線がカイムに向く。
「虚無神の件、一応終わっただろ」
カイムはにこりと笑う。
「あなたが好きだからです」
「嘘つけ」
即答。
「まあ半分は本当ですよ。ユイと私は似たようなものですから」
「そうですね」
ユイが静かに頷く。
「で、本音は?」
「暇ですから」
一同、沈黙。
カイムは気にせず続けた。
「それにイシュタルも暴れてますし」
トラヴィスが手を叩く。
「というわけで、セントヴェナに向かってくれ」
「頑張ってね、エミル」
ケイトが笑う。
「エミル様が行く必要は……」
リリィが渋る。
だがエミルは首を振った。
「そうもいかない」
その表情は、もう子供ではなかった。
「レイのこともあるしね」
もう一人のセレナが静かに言う。
「本当は、残ってほしいけど」
「私はエミル様のために生きると決めました」
迷いのない声。
少し年上のセレナは、寂しそうに微笑んだ。
「頑張ってね、私」
「ええ」
言葉以上の何かが、そこにあった。
少し離れた場所で。
「こっちに残らないかい?」
ノーランがクレインに声をかける。
「どうした急に?」
クレインが首をかしげる。
ノーランは少しだけ真顔になる。
「なんとなく嫌な予感がしてさ」
一度言葉を切る。
「今生の別れになりそうでね」
クレインは軽く笑った。
「心配すんなって。そのうち戻ってくるさ」
だがその笑いは、わずかに硬かった。
「だといいけどね」
ノーランはそれ以上何も言わなかった。
カイルがトラヴィスに向き直る。
「守りは大丈夫か? ミユキ置いてくか?」
「カイムがいれば問題ない。魔王教の運営もあるし、しばらく転々とするつもりだ」
「そうか」
ミユキがじとっと睨む。
「私の意思は?」
「便利屋じゃないんですけどねえ」
カイムがため息をつく。
それぞれの思惑を抱えたまま。
カイルたちは、セントヴェナへ向かうことになった。
旅立ちというには騒がしく、作戦というには雑然としていた。
だが――それでも進むしかなかった。




