【第25話】光と闇の勇者
白い大聖堂の中庭に、静寂が満ちていた。
転移の光が晴れた瞬間、声が飛んできた。
「ようやく来ましたね!」
レイだった。いつも通りの白い服。
だがその目には、人形みたいな冷たさが宿っている。
笑顔なのに、そこに感情がない。
「待っていましたよ!」
「何そのキャラ、気持ち悪い」
リズが顔をしかめた。
次の瞬間、レイが地面に手をついた。石畳に複雑な紋様が広がっていく。
「動けないでしょう」
光の網が足元から這い上がってくる。
「それ」
イユが指を鳴らした。
「はいはい解除解除」
カイムが欠伸混じりに手を振る。光の網が霧散した。
「この術が効かないとは……驚きましたね」
「効くわけないでしょうこんな子供だまし」
カイムが肩をすくめた瞬間、レンが踏み込んでいた。
剣が閃く。レイの剣がそれを受け止める。
金属音が大聖堂に反響した。
勇者と勇者。真正面からぶつかった。火花が散る。
レンが歯を食いしばる。重い。
洗脳されているとは思えないほど、レイの剣は正確だった。
「偽物のくせになかなかやりますね!」
「……くそ」
レンが飛び退いた瞬間、レイが地面に手をついた。石畳が光る。
次の瞬間、足元から氷の柱が噴き出した。
跳ぶ。ぎりぎりで躱す。
着地と同時にレンは剣を振った。横薙ぎの一閃。
レイが身を屈めてそれを避け、すぐさま踏み込んでくる。
距離が詰まる。速い。
鍔迫り合い。互いの息が交差した。
レンは体ごとぶつかるように押し返した。
レイが数歩下がる。
その隙にレンは魔力を剣に込めた。刀身が白く光る。
斬撃と同時に衝撃波が走った。石畳が砕け、柱にひびが入る。
レイはそれを真っ向から受けた。
「なかなか」
レイが静かに言った。感情のない声だった。
次の瞬間、レイの体が光に包まれた。
一気に天井近くまで浮き上がる。見下ろす位置から、光の槍が降り注いだ。
レンが剣を盾にして弾く。一本、二本、三本。火花が連続する。
「ユイ!」
「分かってます! イユです!」
光の結界がレンを包んだ。槍が弾かれ、四方に散る。
レンは剣にさらに魔力を込めた。刀身が白く輝く。
斬撃と同時に光の衝撃波が走り、石畳が砕け、柱にひびが入る。
互角だった。
レイが光を纏った剣を構え直す。レンも同じように光を乗せて踏み込んだ。
ぶつかるたびに閃光が散り、大聖堂の天井が白く染まる。
だが、じわじわと押されていた。
一歩、また一歩。レンの足が後退する。光の純度が違った。
人間が後天的に身につけた力と、天使らしきものから刻み込まれた力では、根っこが違う。
レイに剣を弾かれた瞬間、レンの指がしびれた。
「チッ」
舌打ち。
「やっぱり天使仕込みの光にはかなわねえか」
レンは剣を握り直した。一瞬だけ目を閉じる。
次に開いた時、刀身の色が変わっていた。
白から、黒へ。
光を飲み込むような、深い闇の色だった。
レンが踏み込む。
闇を纏った剣が光の剣を受けた瞬間、今度は違う音がした。
弾かれるのではなく、絡みつくように、押さえ込むように。
レイの腕に重さが走る。
鍔迫り合い。互いの息が交差した。
レンが体ごとぶつかるように押し返す。レイが数歩下がる。
光と闇が拮抗していた。
タケル王が腕を組みながら笑った。
「俺にもやらせてくれよ」
「あんた殺しちまうだろ!」
レンが叫ぶ。タケル王は肩をすくめた。
「腕の一本か二本ぐらいで我慢するって、な?」
「それが怖いんだよ!」
後方でイユが魔法陣を展開する。
光の結界がレンの周囲を静かに包んだ。
その隙を狙ったように、周囲の兵が押し寄せてくる。
「邪魔だ」
タケル王が笑った。拳が振り下ろされる。兵がまとめて吹き飛んだ。
石柱が砕ける。タケル王はそのまま兵の群れへ突っ込んでいった。
嵐みたいな男だった。
カイムは柱の上に腰かけて、その様子を眺めていた。
「あんたもなんかしなさいよ!」
リズが叫ぶ。カイムは肩をすくめた。
「役立たずに言われたくありません」
「くぅー!」
リズが悔しそうに歯を食いしばる。
言い返せないのが余計に腹立たしい。
その時、レンが小さく呟いた。
「……もうそろそろか?」
イユが頷く。
「いけます」
カイムが柱から降りた。
「私もちょっと手助けしますかね」
その瞬間、リズが動いた。
懐から取り出したのはキケツバナの束。
迷いなく、全力で、レイの顔面へ投げつけた。
「とっとと元に戻れバカ!」
ぺしっ。
同時に、イユとカイムが手を上げた。
白い光が集束する。
次の瞬間、巨大な稲妻が空を裂いてレイへ降り注いだ。
「攻撃呪文じゃないだろうなそれ!?」
レンが叫ぶ。
閃光。衝撃。
レイの体から、力が抜けた。膝をつく。ゆっくりと顔が上がる。
「……えっ」
目に、光が戻りかけていた。
その瞬間だった。
空間が裂けた。
虚空から、白い手がするりと伸びる。
まるで最初からそこにあったかのように、自然に。
「残念でしたあ」
女の声。
その手がレイを掴む。次の瞬間――消えた。
「ちょっと! うそでしょ!」
リズの声が大聖堂に響いた。何もなかったかのように、空間が閉じている。
カイムが静かに呟いた。
「これではイタチゴッコですね」
誰も反論しなかった。
その時、床が鳴った。
重い、規則的な音。一つ、二つ、三つ。
扉が軋み、外から何かが流れ込んでくる。人型だった。だが大きすぎた。
ロボットのように巨大な天使兵が次々と現れ、じわじわと包囲網を作っていく。
翼を持ち、目に光がない。
「……まだ来るのかよ」
レンが剣を構え直した瞬間、正面の空間が揺れた。
人影が降り立つ。見覚えのある顔だった。
だが――翼が違った。
「……お前」
レンが目を細める。
その翼は白かった。
だが、もう純白ではない。
羽は灰色にくすみ、ところどころ黒く焼けていた。




