【第24話】便利な魔王
白い大理石の床に、静かな足音が響く。
高い天井。柱の列。どこまでも白く、どこまでも冷たい空間。
玉座に、女が一人腰かけていた。
短く白い髪が、冷たい光の下で静かに揺れている。
その顔は幼さを残しているのに、目だけが違った。
深く、昏く、そこに宿っているものが人間のそれではないと、見た瞬間に分かる。
美しかった。ただしそれは、触れたら切れる刃物が美しいのと同じ種類の美しさだった。
その前に、一人の男が跪いている。
「万能勇者も手に入れたし、そろそろ本腰を入れて戦争を進めようかしら」
ルナは楽しそうに言った。まるで遊びの話でもするように。
「ねえ、レイ」
「はっ」
男――レイは、迷いのない声で答えた。
その目には何も映っていない。
ルナが微笑む。
「イシュタリアのセントラル教会に行ってちょうだい。邪魔な万能勇者もどきを釣るわ」
「仰せのままに」
レイの姿が、すっと空間に溶けるように消えた。
それを見届けてから、傍らに控えていた男が口を開いた。
「……例の接続が切れた件ですが」
ルナは興味なさそうに肩をすくめる。
「あのお兄様ね。役に立たないからもういいわ」
扇をひらひらと振った。
「一応、あとで処理はしておきましょう」
そして思い出したように付け加える。
「それよりバルドル。面白いものを見つけたから、そっちの処置を頼むわね」
「はっ」
バルドルの視線が向いた先に、それはあった。
水晶の棺。
透明な棺の中で、赤い服を着た男が静かに眠っている。
生きているのか死んでいるのか、外からでは分からない。
ルナは笑った。心底楽しそうに。
ロマーレ、トラヴィス邸。
広間では慌ただしい準備が続いていた。
「持ってきましたよ、キケツバナ」
カイムが布袋を机の上にどさりと置く。
トラヴィスが顔を明るくした。
「おお、助かる」
「便利屋じゃないんですが」
カイムがじとりと睨む。
ミユキが尋ねた。
「どこから持ってきたのです?」
「ぼんずですよ。あそこ以外にはなかなか生えてませんからね」
ミユキは手を差し出した。
「お代をください」
「私に請求するのか? 善意の寄付を受けただけだよ」
トラヴィスが笑う。ミユキの目が細くなった。
「貴重なものだから無料とはいきませんよ」
声のトーンが一段下がる。
「人間ごときが私にたかるつもりですか……生意気な」
広間の空気がひやりとした。
「まあまあ」
カイルが間に入った。
カイムはため息をつくと、レンたちを見渡した。
「そろそろ行きますよ」
「お前はどっちにつくんだ?」
タケル王が腕を組む。
カイムはにやりと笑った。
「私は数を増やせるので、どっちにもいます」
その瞬間、カイムの輪郭がぼやけた。
じわり、と広がるように。
そして――十人ほどに増えた。
「おお、すごい」
エミルが目を丸くする。カイムが胸を張った。
黒髪を揺らし、どこか誇らしげだ。
「ふふ。崇め奉りなさい」
「そんなにいるなら一人くれよ」
タケル王が言う。クレインも興味深そうに続けた。
「二、三人実験に使いたいな」
カイムが無表情で二人を見た。
「ころしますよ」
「冗談だって。本気にするなよ」
クレインがたじろぐ。タケル王は肩をすくめた。
「しゃあねえな、ミユキで我慢するか」
「は?」
ミユキの目が鋭くなる。その先を言わせる気はない、という圧だった。
カイムがその空気ごと断ち切るように言った。
「イシュタリアの教会内部、レイのすぐ近くに転移します」
静かな声だった。広間がしんと静まる。
「すぐに戦闘になると思うので、そのつもりで」
レンが剣を握った。
「行くぞ」
カイムが手を上げる。空間が歪んだ。
光が滲むように揺れて、次の瞬間――レンたちの姿が消えた。
広間に、静けさだけが残る。
ミユキは呆然と立っていた。
「……おいていかれた」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。




