【第22話】殿と勇者
石畳を砕く音が、広場に響いた。
レンの剣とタケル王の拳が真正面からぶつかる。
衝撃が足元から突き上げ、周囲の砂埃が弾け飛んだ。
「爺だからってなめんじゃねえぞ」
タケル王が歯を見せて笑う。
レンは数歩後ろへ滑り、剣を構え直した。息が乱れていない。目が笑っている。
「まさか」
口元が歪む。
「あんたをなめるわけないさ」
次の瞬間、レンが踏み込んだ。鋭い斬撃。だがタケル王はそれを拳で弾いた。
ガンッ。
金属が鳴る。レンの眉がわずかに動いた。
(爺さんの癖にこれはおかしいだろ)
力が重い。しかも速い。武器も持たず、拳だけで剣士と渡り合っている。
ただの怪力じゃない。長年の戦いで体に染み込んだ何かだ。
「若い時より強くなってないか?」
レンは肩をすくめる。
「さあな」
タケル王とレンが激突する轟音を背景に、カイルの目がふと人影を捉えた。
「あ、ミユキだ」
「あんた変わらないわねー。うらやましい」
リズが笑いかける。二人とも、戦闘そっちのけだった。
ミユキは二人を見比べ、静かに首を傾けた。
「? どなたでしょうか?」
レンの剣が閃いた。鋭い斬撃がタケル王の肩をかすめる。
布が裂け、血がにじむ。
タケル王は止まらなかった。むしろ笑った。
「いいねえ」
腰に手をやる。鞘が鳴った。
抜刀。
鈍く光る刀身が現れた。レンの目が細くなる。
「……刀も使うのか」
「当たり前だろ」
タケル王は刀を軽く振った。
「爺だからってなめんじゃねえぞ」
低く構える。その瞬間、空気が変わった。
さっきまでとは違う。乱暴な殴り合いじゃない。
重心が落ち、呼吸が消え、間合いだけが存在している。武人の領域だった。
レンの口元が歪む。
「わかってるって」
剣と刀が激突した。
火花。衝撃。石畳が砕ける。
レンの腕に重い震動が走った。
(重い……!)
タケル王の太刀は豪快だった。だが荒いわけじゃない。
長い年月で研ぎ澄まされた力。
余計なものを全部削ぎ落とした、純粋な武だった。
レンは剣を流し、斬り返す。タケル王が踏み込み、刀を振り下ろす。
衝撃が地面を走り、石畳がひび割れた。
「ははっ!」
タケル王が笑う。心底楽しそうに。
「あんちゃんなかなかやるなあ! 名前は?」
レンは一瞬だけ言葉を迷った。
「レイ……」
首を振る。
「いや、レンだ」
タケル王が目を細める。
「そういやどっかで見たようなツラしてるなあ」
「ぼんずにはよく行ってるぜ」
レンは苦笑した。
「魚がおいしいからな」
「そりゃうれしいねえ!」
タケル王が豪快に笑った。刀を構えたまま笑っている。妙な男だった。
その時だった。
「おいお前ら!」
どこかから怒鳴り声が響く。
二人は止まらない。刀と剣が再びぶつかり、火花が散る。
「おいバカ殿と万能勇者!」
無視。さらに激突。石畳が砕け、衝撃が広場を揺らす。
「おいぼんず王!」
ぴたり、と刀が止まった。
タケル王がゆっくり振り向く。
「なんだようるせえなあ!」
トラヴィスが額に青筋を浮かべて立っていた。
呼吸が乱れている。走ってきたらしい。
「二人で港を破壊しまくって暴れるんじゃない!」
「イシュタリアの兵隊どもがやったんだろうが」
タケル王は指をさす。トラヴィスは即答した。
「ほとんどお前らのせいだ!」
そして地面を指した。
そこには草を食らって気絶したままの白翼の青年が転がっている。
「そこで伸びてる羽生えたやつ以外は帰っていったぞ!」
「そうか?」
「そうだ!」
トラヴィスは深く息を吐いた。疲れた顔だった。
「修繕費はぼんずに請求させてもらうからな!」
「いいもん」
タケル王は鼻を鳴らす。
「わし今殿じゃないもん。ムンが困るだけだろ」
「いいわけないでしょうがこのバカ殿が!」
ミユキが横から静かに言った。
「お前、ムンとわしとで扱い違くない?」
その時だった。
「ほんとによく似ているわね」
女の声。
喧騒が、すっと遠のいた気がした。
セレナが顔を上げる。
視線の先に、一人の夫人が立っていた。
上質な衣装。背筋の伸びた立ち姿。口元を隠す扇。
どこかの貴族か、あるいはそれ以上の身分か。
この混乱した港の中で、一人だけ時間が違うところにいるみたいだった。
夫人は扇をわずかに下げた。
その顔を見た瞬間、セレナは息を止めた。
よく似ていた。
鏡を見ているわけじゃない。でも、似ていた。
目元の形。口元の角度。自分の中にある何かと、確かに重なるものがあった。
夫人は静かに微笑んだ。
※タイトルを「万能勇者、敗北。最弱から始まる二度目の人生」に変更しました。内容の変更はないです。




