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万能勇者、敗北。そして二度目の人生は最弱から  作者: 虚無しお
第2部2章 さようなら、勇者様
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【第17話】虚無神の誘い


 グラスを傾ける。琥珀色の液体が、静かに揺れた。


「全く、人生というのは分からないものだな」


 向かいのノーランが笑う。


「まさか君が世界的な科学者になるなんてね」


 クレインは肩をすくめた。


「雪割りの花の人工培養。成功確率0.03%だった理論を、まさか私が完成させるとは」


 研究所の窓から見える温室には、白い花が整然と咲いている。

 風もないのに、静かに揺れていた。


 もう枯れることはない。失敗もない。

 数値は安定している。


「今日も祝杯かい?」


「当然だろう。成功者は祝う義務がある」


 喉を通る酒は、いつもと同じ味。


 少しだけ、思う。


 ――あれほど苦労したはずなのに。


 論文も、実験も、資金繰りも。

 なぜかすべてが順調だった。妨害もない。

 事故もない。あまりに、滑らかすぎる。

 まるで最初から答えが用意されていたような。


「……まあ、いいか」


 グラスを空ける。成功しているのだから。

 世界は自分を祝福している。それで何が悪い




 掲示板の前が騒がしかった。


「最優秀賞だってよ!」


「実技も含め全教科最高評価だ!」


 ざわめきの中心に、黄色い髪の少女が立っている。


「まさか俺より優秀な人間がいたとは……」


 隣でレイが悔しがる。


「まさに天才だよ彼女は」


 ユートが穏やかに笑う。


 リズは腕を組んだ。


「当然でしょ」


 努力した。勉強した。実技も磨いた。


 ――あれ?


 試験なんていつ受けたっけ?


 学校はもうはるか昔に卒業していたような気がする。

 そういえば昨日も同じことを言われたような。

 同じ場所で、同じ言葉で。


「……まあ、いっか」


 誰も自分を否定しない。誰も競わない。

 自分が一番。それでいい。それで、いいはずだ。




「……おい」


 誰かが肩を揺さぶった。


 カイルは目を開ける。青空。石畳。

 見慣れた街並み。


「エルレン……?」


 だが、どこか違う。音がない。風もない。

 空気が静かすぎた。

 街全体が、息を潜めているみたいだった。


「どうやら、トラヴィスの世界に迷い込んだらしいな」


 背後から声がした。

 振り向くと、黒髪の青年が立っている。

 見覚えのある顔。


「レイ……いや、レンだっけ?」


「転移が間に合わなかったか。あるいは、敢えて飛び込んだか」


 その言葉と同時に、空間がわずかに歪んだ。

 カイルは立ち上がり、周囲を見回す。


「……ここ、なんかおかしくないか?」


「ああ」


 レンも頷く。


 街は完璧だった。完璧すぎる。

 笑っている人間。整った建物。争いの欠片もない。 

 まるで絵の中みたいに、全部が止まっているように。


 次の瞬間、小さな光がふわりと現れた。

 蛍のような、淡い光だった。


「……案内してくれるみたいだな」


「行ってみるか」


 二人は光を追った。街を抜け、森へ入る。

 木々の間を光が揺れ、やがて視界が開けた。


 そこには、巨大な木があった。


 空を突き刺すほどの幹。

 根は地面を覆い、枝は天を覆い、無数の小さな光がその幹から溢れ出している。

 近づくと、空気の質が変わった。

 静かで、重くて、古い。


「……なんだ、これ」


 低い声が、森を震わせた。


「スマナイ。ウッカリシテ、ココニ封印サレテシマッタ」


「この木がしゃべってんのか?」


「ワタシハ……虚無神」


 カイルとレンが同時に身構える。


「安心シテクレ。敵意ハナイ」


 声は静かだった。脅しでも命令でもない。

 ただ、事実を告げるような声だった。


「虚無神トイッテモ、イラナクナッタ世界ヲ片付ケル掃除屋ミタイナモノダ」


「掃除屋?」


「コノ世界ハ、トラヴィスガ作ッタ理想ノ世界」


 木の幹に、波紋のような光が走る。


「変化ガナイ。失敗ガナイ。成長ガナイ」


 街の景色が、ゆらりと映像のように浮かび上がった。

 成功したクレイン。称えられるリズ。

 争いのない、穏やかな未来。


 綺麗だった。綺麗すぎて、息が詰まりそうだった。


「封印ヲ解イテホシイ」


「どうすればいい?」


「コノ木ヲ斬ッテクレ。トラヴィスヲ私カラ分離シタ後デネ」


「そっちの方が大変そうだけどな」


「安心シテクレ」


 光が一つ、強く瞬いた。


「ジキニ、彼女ガヤッテクレル」


「彼女?」


 次の瞬間、視界が切り替わった。


 赤い服の男。そしてその前に立つセレナ。

 何かを問いかけるように、まっすぐ見上げている。


 幸福な世界の裏側で、別の物語が静かに動き始めていた。

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