【第41話】エピローグ
――リズの宿、スターチルドレン一階。
看板娘が戻ってきたという噂は、あっという間に広がった。
つられるように、パンとコーヒーの評判までまた上がっている。
そのカウンターの中で、不愛想な男――レイが黙々とコーヒーを淹れていた。
煎れたての香ばしい匂いが、店の中に静かに広がっていく。
「久しぶりだねえ。まさかレイがコーヒーを淹れるとは」
カウンター席に座ったノーランが、どこか楽しそうに口を開く。
「私も驚いたわ。誘ったら、なんだかんだついてきてくれたの」
リズが満面の笑みで答えた。
その表情には、戦いのあとの緊張がほどけたような、やわらかな安堵がにじんでいる。
「もう冒険はいいのかい?」
「ああ。しばらくはな」
レイは短く答えた。
それだけで十分だった。
もう、追われる理由はない。
無理に前へ進まなくてもいい時間が、今はここにある。
「そういえば、カイルたちには会ったかい?」
「また今度、会いに行く予定だ」
「……元気にしてるといいわね」
リズがぽつりと言う。
誰も続けなかった。
けれど、その沈黙は重くなかった。
言葉にしなくても、伝わるものがあった。
場所は変わって、ぼんずの城。
いつもの会議室で、ミユキ、ムン老師、タダシが椅子を囲んでいた。
書類の山が机の上に積まれ、いかにも仕事場らしい空気を作っている。
「……あやつはどうなっとるんじゃ?」
ムンが気だるげに口を開いた。
「一応まだ、エルレンの評議員なんでな。殺すわけにはいかねえんだよ」
タダシが天井を仰ぎながら苦笑する。
「政治というやつですね」
「お主の苦手な分野じゃの」
「まあ、そのうち“うっかり”殺すかもしれねえけどな」
ミユキが肩をすくめ、わずかに笑った。
軽口ではある。
だが、その目は遊んでいなかった。
「……行くのか?」
ムンが真顔で問う。
ミユキは静かに頷いた。
「ええ。強くならなければなりませんから」
その声に迷いはない。
まだ足りないと知っている者の声だった。
砂の道を、二つの人影が歩いていく。
一人はカイル。
もう一人は――ユイ。
風が砂をさらい、二人の足元を撫でて過ぎていった。
「そういえば、戻らなくてよかったんですか?」
ユイが問いかける。
カイルは少し目を細めて笑った。
「ああ。正直、迷いはしたけどさ。今もそんなに悪くないなって思って」
「……で、あの願いに?」
「ああ」
カイルは前を向いたまま答える。
「他人がほんの少しでも、人に思いやりを持てるようにな」
強さを求めるより、よほど難しい願いだ。
けれど、それを口にする声は不思議なくらい穏やかだった。
弱くなったからこそ、見えたものがある。
失ったからこそ、選べた願いがある。
ユイは隣で、何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ嬉しそうに目を細めていた。
魔王の迷宮、その最奥――玉座の間。
カイムは、修理した魔王人形と並んで腰を下ろしていた。
広い空間には誰もいない。音もない。
静かで、変わらない場所だった。
「……自分ができることが、できない人もいる。そのことを、少しでもわかる世の中になってほしい……ですか」
カイムがぽつりと呟く。
人形は何も答えない。
ただ、その肩がわずかに震えていた。
「ずいぶんと、ささやかな願いでしたねえ。まあ、かなえてあげましたけど……それと」
カイムはちらりと隣を見た。
「――わざと負けましたね?」
人形はぎこちなく首を振る。
「ソンナコトハナイ」
「ふーん」
カイムは目を逸らした。
つまらなそうに見えて、その口元は少しだけ緩んでいる。
「……暇ですねえ」
玉座の間に、また静寂が戻る。
長い長い時間を待ち続けてきた迷宮の管理者は、
今日も変わらず、次の来訪者をのんびり待ち始めるのだった。
これにて完結です。
思った以上にたくさんの方に読んでいただけたようで、ありがたいです。
カイルたちの旅に付き合ってくださり、本当にありがとうございました!
二部もよろしく!




