【第30話】エルレン、堕つ
「ついに、この時がやってきた」
エルレンの洗脳は完了していた。
今日は、その“完成”を示すための柱のテスト日。
──トトラド村にも存在した、あの禍々しい柱。
「政策発表」の名目で、街の重役や評議員たちを集めてある。
洗脳済みの彼らに、柱を通して“エキス”を吸わせれば、
仮に意識を取り戻しても、身体は命令に従うようになる。
完全なる傀儡の完成。
トラヴィスはご満悦だった。
「遮断の魔法は万全だろうな?」
「抜かりなく」
クレインはそう答えた。
まもなく群衆が広場に集まり、異様な儀式の空気に包まれる。
トラヴィスは高台から人々を見下ろし、静かに命じた。
「転べ」
その声とともに、一人の男が足をもつれさせて転倒する。
何が起きたのかわからず、男は顔を伏せたまま、立ち上がろうとしない。
視線を逸らし、うつむいたまま肩を震わせていた。
「這いつくばれ」
別の男が膝をつき、地に這いつくばる。
広場がざわめきに包まれる。
その中心で、トラヴィスは笑みを深めた。
「意識を戻せ」
這いつくばっていた男の目に、はっきりとした光が戻る。
そして、自分が地面に伏していることに気づき、愕然とした表情を浮かべる。
周囲の冷たい視線が突き刺さる。
「……いいぞ、これだ」
トラヴィスは満足げに息を吐いた。
自分の手足となる街を手に入れたのだ。
トラヴィスは有頂天だった。
「次はそうだな……その女を襲え」
命じられた男が、隣にいた女性へと手を伸ばそうとする。
──だが、その動きが、ピタリと止まった。
「……どうした、襲え!」
違和感に気づき、トラヴィスが声を荒らげる。
広場の一角で、少年が何かを呼び掛けている。
その言葉が伝播するように、人々の視線がトラヴィスへと向けられていく。
その目に、疑念が宿る。
揺らいだ空気を感じ取ったトラヴィスの表情が、わずかに歪んだ。
「遊びはもう終わりだ、トラヴィス!」
人々の間をかき分け、前へ進み出る一団。
その先頭に立つのは、レイだった。




