【第28話】邪魔よ、斬って
──レイは目を覚ました。
視界はぼやけていたが、すぐに二つの人影が見えた。リズ。そして、もう一人の──自分自身。
そこに立っているのは、明らかに今の“自分”とは違う。
目線が低い。腕が細く、身体が軽い。手を見れば、かつての少年時代の手に戻っていた。
「ねえ、こんなところに木があるわ。じゃまだから斬って?」
リズが笑顔で言う。だが、その笑顔には温かさがなかった。
部屋の中央──なぜかそこには大きな木が根を張っていた。その根元には、じっと動かない亀がいる。
「亀もいるわ。気持ち悪いから斬って! お願い!」
レイ──もう一人の自分は、何もしなかった。まるで聞こえていないかのように、静かに立っていた。
「……無駄な殺生はしたくないんだよね」
その声には、妙な温かさがあった。
「ほら、あんなところにも蝶とバッタがいるじゃない! 斬って、お願い!」
視線を向けると、部屋の隅に薄赤色の蝶が舞い、土色のバッタが飛び跳ねている。
「そんな気分じゃないんだよなあ」
──やはり、何もしない。
ふと、リズと目が合った。
その瞬間、彼女の表情が変わる。笑っていた唇が、不自然に吊り上がる。目に宿るのは、どこか底のない暗さ。
「カイルがいるわ。いつも足手まといなのよ。邪魔だから、斬りましょう?」
リズは、こちら──カイルになっていた自分を指さした。
「え、ちょっと待って……」
「そうだな。この際、斬るか」
もう一人のレイが、にやりと笑って歩み寄ってくる。
剣を持ち上げ、ゆっくりと振りかざした。
「待ってくれ……やめてくれ……っ!」
情けないとは思った。だが、言葉が止まらなかった。
涙があふれる。どうしようもなく、怖かった。
「なんてな」
剣は、寸前で止まった。
「自分を斬るなんて、悪趣味なこと、させるなよ。それに──」
レイは、くるりと踵を返し、リズの方へ向き直った。
「俺は、“リズ”は知らないんだ」
その言葉と同時に、刃が音もなく振り抜かれる。
レイの剣がリズを切り裂いた──