【第26話】挫折とリベンジ
「どこの馬の骨かも分からぬ者に負けるなど、言語道断。サクラ家の者とは認めぬ。うちの敷居をまたぐ資格はない」
静まり返った玄関先に、冷えきった言葉が響いた。
「ちょっと、そんな言い方……!」
リズが思わず声を荒げるが、主の態度は一切変わらない。
「……いいのです、リズ殿。では、失礼します。母上」
ミユキは一礼すると、無表情のまま背を向けた。
「ふん」
扉が閉まる音が、やけに重く感じられた。
* * *
家から離れた道の途中で、リズが口を開いた。
「ちょっと、何よあの態度! ごめんねミユキちゃん、私が家に行こうなんて言わなければ……」
「こうなることは、わかっていました。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
ミユキは淡々と言うが、その拳は少しだけ震えていた。
「ここは飯はうまいけど、人柄は極端だからな。まあ……気を落とすなよ。俺が言えた義理じゃないけどな」
カイルの言葉に、ミユキが驚いたように顔を向けた。
「カイル殿……」
「そうだ。最後に穴蔵に寄ってから行こうぜ。大好きな師匠もいるだろ?」
* * *
穴蔵の訓練場では、あの少年が木剣を握ったまま、肩を落としていた。
「兄ちゃん……僕にはやっぱり戦いは無理だったみたいだ」
「いや、あいつが異常なだけだって」
カイルが淡々と返すと、少年は小さく笑った。
「僕はこっちで生きていくことにするよ。戦いより、食べ物作ったりするほうが向いてると思ったから」
「全部諦める必要はないぜ。自分のできる範囲でやってけば……そのうち、いいことあるさ!」
「……うん!」
少年の目に、少しだけ光が戻った。
* * *
穴蔵の奥、粗末な布で仕切られた空間の中。
ムン老師は小さな焚き火のそばに腰を下ろし、湯呑を手にしていた。その前に正座するミユキの姿は、どこか力なく見えた。
「家を追い出されたのか」
「はい……」
「もともと、あの家には居づらかったじゃろう。まあ、武がすべてというのは、この国の悪いところじゃがのう」
「はい……」
「お主は弟子の中でもできるほうじゃったからのう。これは初めての“挫折”じゃな。負けたのは……あの男か?」
ムン老師がノーランを見る。
「いえ、そちらではなく……」
「おっ、話はちゃんと聞いておるようじゃな。冗談じゃわい。あの白い服の長髪の男か?」
「はい……」
「……ちょっと、それ、失礼じゃないかなぁ。ねえ、カイル?」
「俺に振るなよ」
「カイルにも失礼ですよ、ノーランさん」
ユイが冷たく言い放つと、ノーランは肩をすくめた。
「リベンジしてはどうじゃ?」
「リベンジ……ですか。でも、勝てる気がしません」
「わしがついていって鍛えてやろう。ここの者たちも、そろそろ自立せにゃならんしな」
「まじっすか!」
「マジじゃ。一応、後のことはあやつにも託しておるしな」
「やったー! 師匠と冒険だあ!」
「……あんた、キャラ変わってない?」
リズが目を細めて呆れる。
「大丈夫かなあ……」
そういうことになった。