【第25話】赤い服の男
「……ヒイラギが死んだ、だと?」
椅子に背を預けたまま、青年は低く呟いた。
「ぼんずを、少し舐めすぎたか……」
彼の名はトラヴィス。
エルレン──大陸でも有数の大都市──を治める統括評議員であり、民には清廉な改革派として知られている。
爽やかな笑顔と理路整然とした弁舌、的確な行政手腕で人々の信頼を得ていた。……表向きは。
だがその実態は、魔王教と手を結び、大陸を陰から支配しようとする野心家だった。
エルレンではすでにトトラド草の栽培をはじめ、「若返り効果がある」として流行させていた。
書類の改ざん、住民の記憶の書き換え、さらには評議員の選出まで──。
洗脳と金の力で、どうにでもなる。
すでに彼の影は、行政の奥深くまで入り込んでいた。
「タケル王も生き残ったか。まあ、そう甘くはないか……」
ぼんず。大陸からは隔てられたように見えて、実は交通と軍事の要を握る、極めて戦略的な土地だ。必ず手に入れておきたい。
だが、己の敵はただの老いぼれだけではない。
トラヴィスはまだ知らなかった。
タケル王以上に、彼の野望を阻む存在がいることを──。
そして、その中には、このエルレンを故郷とする者もいることを。
* * *
場所は変わり、ぼんず王城の臨時の玉座の間。
「エルレンのトラヴィスっていったら、街でも人気の評議員よ。実家の宿にも何回か泊めたことあるわ」
リズが思い出したように話し出す。
「そいつが来てから、ヒイラギがやけに調子に乗り出してよお。あの“トラなんとか草”とかいう……」
「トトラド草ですね」
ユイがすかさず訂正する。
「あー、それそれ。それと一緒に、セレーナちゃんって子も連れてきたのよ。いろいろと刺激が強すぎたけどな」
ノーランが、ふと眉をひそめた。
「あいつがトトラド草を持って行ったのも、そういう名前だったような……赤い服の人だよね?」
「赤い服!?」
リズの声がひときわ大きくなる。
「……それ、本当にあのトラヴィスだったとしたら……エルレン、やばくない?」
「みんな洗脳されてたりしてな」
カイルが冗談めかして笑うが、その笑みにはどこか影が差していた。
「縁起でもないこと言わないでよ……エルレンの人たち、大丈夫かしら。母さんたちも……」
リズが不安げに呟く。
「様子を見に行ったほうがよさそうだな」
レイが静かに言った。
「おう、頑張れよ! 困ったことがあったら何でも言えよ。聞くだけ聞いてやっからよぉ!」
タケル王が豪快に笑い飛ばす。
こうして、次の目的地──エルレンへの旅立ちが、静かに決まった。




