【第19話】守る理由
「ムン老師……師匠ではありませんか!」
「何を言っておるのか、さっぱりじゃ……」
「この国をタケル王とともに作り、拳法では叶う者なしと言われ、サイコロで負けたから王にはならず武術指南役に――」
バシッ。
「うるさいわい」
老人は杖でミユキの頭を軽く叩き、苦笑した。
「いたっ……」
頭を押さえるミユキの顔は、痛がっているわりにどこか嬉しそうだった。
それを見て、張っていた空気がわずかに和らぐ。
「で、何の用で僕たちをここに呼んだんですか?」
カイルが問いかける。
老人――ムン老師は、さっきまでの柔和な顔のまま、ふっと奥へ目を向けた。
「お主らが言っておった魔王教じゃがな……まあ、ヒイラギのやつじゃ。奴らにな、儂らは狙われておる」
「なぜです?」
「まずひとつはな、ここにいる者たちのことじゃ。武では生きていけん者ばかり、日常生活も満足に送れん者ばかり。助け合って、なんとかやっとる」
その視線を追って、皆も洞窟の奥を見る。
そこには、黄色い花が咲く小さな花畑があった。
ひんやりした洞窟の空気の中で、花だけが妙に鮮やかだった。
「そしてもうひとつが、あの花じゃ。キケツバナという。強くなりたいと願う者ほど、あれに目をつける。成分をトトラド草と混ぜて注射すると、操った者の身体能力が格段に上がるそうでな。ライゾウはその実験台にされておったようじゃ」
「一老人がよく知っているな」
レイが訝しげに言う。
ムン老師は肩をすくめた。
「まあ……いろいろあるんじゃ」
それ以上は語らない。
代わりに、老人の目は静かに洞窟の入口へ向けられた。
「とにかく、そろそろここを襲撃に来るはずじゃ。守ってもらえんかの」
「ええ……」
リズが露骨に顔をしかめる。
「悪いが却下だ、ご老人。守るといっても実質殲滅戦だ。敵の人数も分からず、状況も不透明。守りきれる自信がない」
「俺は残るけどな」
カイルは迷わず言った。
思ったよりも静かな声だった。
自分でも、それが少し意外だった。
「おい」
レイが鋭く睨む。
「ここの人たちは、今の俺と似たようなもんだ。だから守りたい。逃げる理由が、今は見つからない。……嫌な予感はするから、付き合わなくてもいい」
口にした瞬間、胸の奥がわずかに熱を帯びた。
強かった頃なら、きっとこんな言葉は出なかった。
守られる側に落ちたからこそ、見えるものがある。そう思う反面、それを認めるのが少しだけ悔しかった。
「カイルが残るなら、私も残ります」
ユイが静かに続ける。
その声音は穏やかなのに、不思議と迷いがなかった。
「師匠のためなら、何でもするぞ」
ミユキが拳を握る。
「ユイちゃんが残るなら、私も」
リズが肩をすくめながら言った。
「本当は逃げたいけど、長いものには巻かれようかな」
ノーランも、いつもの軽い調子で続く。
「……勝手にしろ」
レイがため息をついた。
「行かないの?」
「危なくなったら逃げさせてもらうぞ」
「それで十分じゃ。命を捨ててはならんぞ」
ムン老師が穏やかに言う。
レイは舌打ちして、ふいと視線を逸らした。
その拳がわずかに強く握られていることに、誰も気づかなかった。
しばらくして、一人の少年がカイルのそばへやってきた。
「兄ちゃん、ありがとな」
「なあに。俺が言わなくても、どうせ残ることになってたさ」
少年は少し黙り込んでから、ぽつりと口を開いた。
「兄ちゃんはいいよな、冒険ができて。俺は手と足が悪いから、剣も運動もうまくできねえ。頭の中ではできるのにさ。だからどこ行っても厄介者扱いで……ここに来ることになっちまった」
カイルは少年の顔を見た。
昔の自分なら、こういう場所に足を踏み入れることもなかっただろう。
弱い奴の話なんて、まともに聞きもしなかったはずだ。
「俺も似たようなもんさ。パーティーの中では足手まといでな。できるやつの隣に立つと、自分が小さく見える」
「ほんとに?」
「ほんとさ。前は何でも器用にできたんだけどな。あそこにいるレイみたいに。でも、できないならできないなりに、何とかするしかないのさ。生きてる限りはな」
「……そんなもんかな」
「そんなもんさ」
少年の表情が、少しだけやわらいだ。
その顔を見て、カイルは胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
励ます側の言葉なのに、どこか自分自身に言い聞かせている気がしたからだ。
どれくらい時間が経っただろう。
ムン老師が静かに立ち上がり、洞窟の入口を見つめた。
奥にいた誰かが、小さく息を呑む。
「――来たぞ。花を燃やすんじゃ」
直後、炎が上がり始めた。
暗闇の向こうで、敵の影が動く。
守ると決めたその場所で、戦いの時が近づいていた。




