秘密8 A最年少
「…………なぜ……………俺の体育館……」
体育館の使用を禁止された恭也は大食堂の机で塞ぎ込んでいた。それを蓮介が慰める。
「元気出しなよ、実戦で経験積めばいいだろ」
「俺は天才じゃないので無理でーす!」
「けど教えてもらうだけじゃなくて自分で強くなることも大切だよ、誰かに頼りすぎもよくないよ」
(…………A3位が言うと説得力あるな………そうだよな……すぐ頼るのは俺の悪い癖だ)
「わかった………基礎体力から頑張るよ」
「うんうん! 偉いぞ恭也!」
蓮介が恭也の頭を撫でる。恭也は顔を真っ赤にして蓮介の手を払う。
「いつも言ってるけど撫でんなよ……俺は蓮の弟じゃない」
「わかってるって、でも頑張ってるの見たらつい撫でたくなっちゃって」
「まぁいいけど……人前では控えてほしい」
「りょーかい! ところで………」
「師匠!」
蓮介の話し声をかき消す程の大きな声が大食堂に響いた。声の主はフードがついたポンチョコートを着た少年だった。少年が蓮介へと抱きつく。
「師匠! 3月25日ぶりですね!」
「おー、翔太。よく日付まで覚えてるなー」
「当たり前です! 師匠と会った日は全部覚えてます!」
(……かなりストーカー気質では? なんで気づかないの……)
少年の目線が恭也へと向く。警戒しているようだ。
「師匠………この人誰ですか……」
「この人は俺の親友の渥美恭也。恭也こっちはA9位で一応俺の弟子?の鰐部翔太」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
(……出会えたらラッキーなAに立て続けに出会ってしまった………俺結構強運の持ち主……てかAなのかこの子……どう見ても中学生ぐらいな気が………)
「翔太はAの中では最年少の中学1年生だから、恭也も気にかけてやってなー」
「師匠! オレをいつまでも子供扱いしないでください! もう中学生なんですから!」
「ごめんごめん。俺、笠原さんに呼ばれてるから、2人ともまたなー」
蓮介は2人に手を振りながら司令室へと行ってしまった。蓮介がいなくなったことで多くの隊員が休息室に戻ってしまった。取り残された2人の間に気まずい雰囲気が流れる。
(………気まずい…………俺も休息室に帰ろう……)
恭也が立ち上がろうとすると逆に翔太は恭也の向かいの席に座った。翔太はまるでお前に話があるから立つなと言っているようだった。圧に負け座り直す。
「……先輩半悪物だよね?」
「…………そう…………です………」
(……どうしよう………前回みたいに敵意を向けられたら………制御できないなら殺す!とか言われそう……)
「………変身してよ!」
「…………は?…………」
思わぬ解答に開いた口が塞がらない。
「師匠が半悪物化か見たときかっこよかったって言ってたんだ! オレにも見せてよ!」
キラキラとした無垢な瞳で訴える。あまりの眩しさに恭也が目を細める。
(うっ! 眩しい! 思ってた反応と違う!)
「……蓮に聞いたと思うけど制御の仕方がわからないんだ………どうやったら変身するのか戻るかもわからない……ごめんね………?」
説明を聞いたあとの翔太はすごくしょんぼりしていた。あまりの残念そうな顔に逆に恭也が慌ててしまう。
「でも! 変身できるようになったら1番に見せるから!」
「ほんと?! ありがと先輩!」
翔太が恭也の腕に抱きつく。翔太はいつの間にか恭也の隣の席へと移動していた。
「約束だよ! 指切り!」
翔太が小指を差し出してきたので渋々握り返す。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲まーす!
指切った!」
翔太がにこにこと笑う姿は討伐隊のAであることを忘れさせるほどだった。無邪気に笑うこの子もあの子も全員まだ未熟な子供だ。なぜ討伐隊員は子供が多いのか、またルースの不思議が増えたなと恭也は考えていた。
「先輩?」
「あっ?! ごめん、考え事してた」
「そっか……ねぇ! オレの休息室来てよ! 一緒にゲームしよ!」
「ゲーム?」
(なぜ休息室にゲームが?)
「うん! 家から持ってきたんだ! やろうよ!」
悩んだ結果恭也の応えは決まった。もちろん…
「よし! やろう!」
この男ゲームになると決断力がミジンコ以下になるのだ。翔太と恭也は軽い足取りで休息室へと向かった。
「はい! 俺の勝ち!」
「また負けたー! 恭先輩強すぎ!」
あれから1時間2人はゲームにのめり込んでいた。翔太の呼び方が先輩から恭先輩になるほど仲良くなっていた。
「そういえば恭先輩聞いてないと思うんですけど、恭先輩に取り憑いてる?悪物の階級Sらしいですよ」
(……………え?)
「……………S………?」
「Sです! 資料で見せてもらったんですけど最初ドロドロな見た目してましたよね?」
「あぁ」
「あのドロドロで強さを誤認させてたみたいです、つまり恭先輩は血だけじゃなくてドロドロも飲んだってことです」
(…………嘘やん……………キモ………)
恭也が放心状態になる。それに気づいた翔太はゲームを一時中断させた。
「血まで飲んだってことは恭先輩思いっきり噛みましたね! 悪物相手に噛むとか尊敬です!」
(やめて……………尊敬しないで…………恥ずかしい………)
恥ずかしさのあまり手で顔を隠す。隣にいる翔太は楽しそうにニヤニヤしていた。
「翔太! まだいたのか」
蓮介が休息室の扉を開きズカズカと入ってきた。翔太に軽めのげんこつを入れる。
「痛っ!」
「手加減したから痛くないだろ……それより早く帰れ、もう10時だ。明日も学校あるだろ」
「………わかっよ師匠……師匠が送ってくれるなら帰ろっかなー」
「わかったから、さっさと着替えろ。大食堂で待ってるからな」
「はーい! 師匠!」
「恭也も着替えて大食堂集合な」
蓮介は休息室を出て大食堂へと向かった。恭也もチームの休息室へと戻り着替える。着替え終わり大食堂へと行くと蓮介と着替え終わった翔太が待っていた。
「遅いよ! 恭先輩! 早く帰ろ!」
3人は基地を後にした。
(………朝俺はいつも通り登校して海と琥太朗とSHRのチャイムが鳴るまで楽しく喋っていた…………けど今は見ての通り後ろから翔太が抱きついている………どういうこと?)
「……………我慢できん………恭也その子誰?」
今まで普通に喋っていた琥太朗がついに我慢できず突然現れた翔太を指差す。隣の海も同じく頷いていた。
「はじめましてー! 恭先輩の頼れる後輩鰐部翔太です!」
「………よろしく……」
(2人とも放心状態じゃん!)
「……翔太……お前なんでここに……」
「あれ? 恭先輩知らないの?! オレ中園北中学の1年生だよ! つまり! 隣の校舎にいるってことだよ!」
中園北高校は高校だけでなく小学校から高校までの一貫校だ。小学校は離れているが、中学と高校は隣の校舎で渡り廊下で繋がっている。見分けるのは制服しか方法がない。中学生は学ランとセーラー、高校生はブレザーだ。
「…………そっか………」
(……蓮……いつもこんな感じの元気小僧を相手してたのか………すごい…………)
「翔太! 恭也に迷惑かけんな!」
翔太の仮の保護者蓮介の登場。恭也は先程蓮介にヘルプのメッセージを送っていたのだ。蓮介の登場によりクラスの女子が黄色い歓声をあげる。
「師匠!」
首根っこを掴まれ連れていかれるが翔太はどこか嬉しそうだった。
「またね! 恭先輩!」
その後翔太による襲来が続いた。
1限終了後
「恭先輩!」
2限終了後
「恭先輩! 遊ぼ!」
3限終了後
「恭先輩! お腹空いた! お菓子ちょうだい!」
4限終了後
「恭先輩! 一緒にお昼食べよ!」
「………あぁ…………あぁ……」
翔太の襲来により疲れてしまった恭也は放課後屍のような姿で大食堂の机に顔を預けていた。
「……大丈夫か?」
心配した蓮介が恭也の頭をつんつんと突っつく。
「だいじょばない…………なんで翔太は俺に着いてくるんだ………」
「まぁ色々あると思うけど……俺の親友ってのが大きいかな」
「……どういうこと?」
「説明すると長くなるけど……翔太さ……スカウトされて入隊したんだけど………スカウトっていうか……討伐後の隊員に俺をルースに入れろ! って入隊してきたんだよね……」
(……無理矢理)
「それで入隊したんだけど今と違ってすっごく暗くて小学校5年生とは思えないぐらいだった……翔太も恭也と同じでチームに入って試験を受けてAになったんだけど……翔太、入隊初日からめっちゃ強くて試験もすぐ受かってあと1回受けたらAになる目前まできてたんだ……異例のスピードで這い上がってきてあっという間にAになった、確か小学校6年の夏だったかな?」
(早すぎでは?)
「Aになって1番最初にやることは同じ部隊にいるAと戦って戦力の計算して何位かを定める試験をすることなんだけど……」
(まさか……)
「その相手したの……俺でさ……」
(やっぱり……)
「調子乗ってる新入り小学生がいるって聞いてたから……ボコボコにしちゃった」
(てへってポーズすんな)
「案の定A9位になっちゃって……まわりからめっちゃ怒られたよ……翔太に殴られるかなーって思ってたら、翔太ギャン泣きしちゃって、何故か足にすがりついてきたんだよね、その後からやけにくっついてきて戦い方教えてくださいって言われて……前回のこともあるから教えたら懐かれちゃった………………師弟関係になってから聞いたんだけど翔太、悪物でお兄さん亡くしてるんだ…………復讐するために入隊したんだけどまわりが弱すぎて下に見てたところを俺にボコボコにされて目が覚めたって言ってた……まだ幼い翔太の中で強さってのは大きいものなんだと思う……俺が進めた武器とか本、素直に受け入れて………だから翔太は俺の親友である恭也に安心してるんだと思う………大変かもしれないけど暫く面倒見てあげてくれ、あの子は強いけど心はまだ未熟だから」
話終わると蓮介は去っていった。入れ替わるかのように翔太が恭也の隣に座る。
「……師匠から聞いたの?」
「あぁ…………悪い……」
「気にしなくていいよ、あのとき調子乗ってたし…………でも…………オレ………師匠にボコボコにされて良かったって思ってるよ。師匠のお陰で色んなこと知れたんだ! 実はね……最初恭先輩が入隊する時殺そうって思ってたんだよね!」
(………ん?)
「けどやめた……師匠に相談したんだ、悪物なら殺すべきだって、そしたら師匠はね……」
『師匠! 半悪物なら殺した方がいいと思いませんか?!』
翔太が蓮介を追いかける。
『んー………俺は殺さない方がいいと思うぞ』
『なんで?』
『翔太がお兄さんを思って入隊したのと同じでそいつにも大切な人がいる……もしその人が死んだって聞いたらその人の家族は悲しいだろ? それなら殺さず様子見した方がいい。どんなやつにもチャンスは平等に与えるべきだ』
「…………って言ったんです………俺にとって師匠は全てです……師匠のためにもオレは恭先輩の味方になるって決めました。だからオレも頑張って元に戻る方法探しますね!」
翔太が恭也の手を握る。
神様……なんでこんな幼い子が戦わないといけないのでしょうか……この世の人間が武器を持たなくてよくなる世界はどこにあるのでしょうか?
最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。
鰐部翔太
中園北中学に通う1年生。歴代最年少でAに昇格した天才。蓮介の強さに惚れ、蓮介を尊敬している。蓮介の友人である恭也を信用し、半悪物解除の糸口を探している。専用武器は斧。