秘密13 黒狼
ルースの討伐隊Aはそれぞれオリジナルの仮面をつけている。東京部隊は狐の仮面をしている。見分けるため柄の色が違う。名古屋部隊は兎、大阪部隊は虎、福岡部隊は猫。そして札幌部隊は狼だ。仮面は国民の印象に残るため可愛いらしいデザインや親しみやすい動物を使うのが基本だ。しかし札幌部隊は対抗するかのように怖いデザインを使用している。その仮面は今、孤高である輝を示唆しているかのようだ。
「おはよう、蓮」
「おはっーす、恭也…………何してんの?」
恭也は周りをキョロキョロと怪しく見回しながら、ブレザージャッケットを頭まで覆い被せていた。
「隠れてるんだよ……平薮輝に見つかったら何されるかわかんないから」
「なるほどなるほど、でも大食堂でそれは逆に目立つぞ」
「大丈夫……蓮の方が目立ってるから」
「やっぱり俺イケメンだな」
「自分で言うな、それより平薮輝は今ここにいないのか?」
「薮先輩は東京部隊嫌いだから、専用の休息室に籠ってるよ。ご飯の時は出てくると思うぞ」
「そうか……なら普通にしてよ」
安心した恭也は蓮介の向かいの席に座り、服を整えた。
「はぁ……なんで俺こんなにこそこそしないといけないんだ……」
「そこの鞄に住んでるタムっていうドラゴンに文句言いな」
「寝てるからうんともすんとも言わないよ……はぁぁぁぁ……」
恭也が疲れたような大きなため息をした。
「…………蓮介……」
2人の座っていた場所に突然人影が現れた。名を呼んだ声は今、恭也が1番会いたくない平薮輝だった。
「薮先輩、なにか御用ですか?」
「………」
突っ立ったままの輝は蓮介の頭に手を伸ばし、そっと優しく頭を撫でた。その瞳は愛を育む、優しい瞳だった。
「……大きくなったな……」
「いやー、薮先輩に比べたらまだまだですよ」
「そうか……蓮介……暇になった、付き合え」
輝が蓮介の腕を掴み体育館へと引っ張ろうとする。それを蓮介が拒否する。
「えー……俺、暇じゃないんですよ」
「……コーヒー飲んで話してただけだろ……」
「そんなことないですって……」
蓮介と輝が攻防を続ける中、突如スマホの着信がなった。蓮介のスマホからだ。画面には笠原と書いてあった。
「はい……りょーかい……すみません、薮先輩。笠原さんから呼び出しもらいました。翔太でも捕まえて暇つぶしてくださーい」
何やら大事な用なのか蓮介は司令室の方へと去ってしまった。取り残された輝は少ししょんぼりしており、反対に恭也はびくびくと怯えていた。そっと逃げ出そうとしていたいたが輝に引き止められる。
「お前……蓮介の友達か……?」
「はひ……!そうです……」
(バレませんように!バレませんように!バレませんように!)
「……お前……もしかして渥美恭也か」
気づいた恭也から距離をとった。左耳のピアスに触れると刀へと変わり、構える。
「悪物は………殺す!」
殺気だった輝は、恭也へと斬りかかってくる。
「危なっ!」
逃げるのだけは得意な恭也はタムの身体能力の力を活用し避ける。しかし、A1位の名はだてではなく、タムの力がなかったら3回は死んでいただろう。突然暴れだしたA1位と平凡な討伐隊員に周りは恐れ休息室や司令室のある方向へと逃げていく。大食堂は無茶苦茶だ。
「話を聞いてください! 俺はあなたを殺したりはしませんから!」
「……」
輝に何度声をかけても反応はない。あるのは殺気と怒りだけだ。
「お前たち悪物は人を食べ、殺すことしか考えていない最悪な生き物だ! 俺はお前たちを絶対に許さない!」
更に速くなった輝が恭也を追い詰める。
「俺は! 人間の味方です! 人を殺すことはしません!」
「悪物の言ったことなど信用するか! 俺は…………人間の皮を被ったお前を!……ここで殺す! 人類のために死ね!」
(やばいっ!)
刀が恭也の心臓目掛け突き刺さろうとする。目を瞑り痛みの恐怖に怯えるが、その痛みは訪れなかった。
(あれ………?)
目を開けた先には輝の刀を大鎌で抑える蓮介の姿があった。
「恭也無事か?!」
「蓮……」
「動けるならさっさと離れろ! 邪魔だ!」
避けてばかりの恭也とは嘘のように、蓮介はあの1位相手に互角の勝負をしている。しかも、後ろにいる恭也を護りながらだ。
「蓮介どうしてそいつを庇う! あいつは敵だ! 今ここで殺さなければ後悔するぞ!」
「そいつでもあいつでもなく渥美恭也だ! 恭也は人間だ! 同じ人間を少しの違いで化け物扱いするな!」
それは今まで見たことのない蓮介の怒りだった。いつもへらへらして、笑顔の蓮介が怒っていたのだ。
「蓮介……俺はお前だから手加減をしている……そいつを渡せばお前に罪はない……はやく渡せ……俺たちの未来のためだ……」
未来という単語に反応した蓮介が攻撃をやめ、輝も立ち止まる。
「…………未来……? 大切な親友のいない未来なんて俺はいらない……それに………
俺が手加減してやってることを………忘れてんじゃねぇよ」
あまりのドスの効いた声に輝が距離をとる。それを聞いていた恭也も恐怖のあまり唾を飲み込んだ。
(……なんだ……あの殺気……蓮介なのか……?……怖い……討伐隊トップの俺が……3位の蓮介に怯えて……)
「……気は済んだかの……」
「「会長……」」
「輝、蓮介、恭也……会議室に来るのじゃ」
見慣れた会議室には佳代、笠原、畠中、渡辺の幹部たち、そして恭也、蓮介、輝がいた。空気は最悪だ。
「どういうつもりじゃ……輝……大食堂はめちゃくちゃ、挙句の果てに恭也が悪物という噂が飛び交い始めた……何が目的じゃ……」
「………俺の目的など……気づいているでしょう………?」
「儂たちと対立でもする気か?」
「…………そうです……」
いきなり立ち上がった輝に全員が視線を向ける。
「我々……札幌部隊、福岡部隊は東京部隊に宣戦布告する!」
「は?!」
「なんじゃと……」
「悪物を匿う東京部隊の命令など聞く必要は我々にはない! よって! 我々は東京部隊の傘下を抜ける!………と札幌部隊、福岡部隊の社長が言っていました……俺はそれをあなた方に伝えるついでに武器の修理に来ただけです……元東京部隊として借りを返しに来ました。」
「会長……どうなさいますか?」
「……輝……武器の修理はもう終わらせてある……帰って伝えるのじゃ……きっと後悔すると」
「……了解です……でも……あの人たちは後悔しても進み続けますよ」
「……知っとる……」
「そうですか……俺も悪物に容赦しませんから……蓮介……またな」
「………さよなら……」
輝が去った後の会議室の空気は以前より最悪だった。幹部たちが顔を険しくして頭を抱えていた。
「会長……どうなさいますか?」
「……」
「やはりこうなったのです……あの時隠しておけば!……悪物を匿うなどあってはいけないことなのです!殺すしか……!」
突然声を挙げた畠中はこれから起こることをわかっているのか酷く怯えていた。
「……殺すことなどあってはならぬ! どれだけ憎まれる存在であっても! 人を殺すことなど二度と行われて良いものじゃない! 進……わかっておるじゃろ? お主も……」
「わかっています! しかし……」
(………………………きっと……この人たちがこんなにも悩んでいるのは俺のせいなんだ……最初は怖かった社長さんも……本当は俺を殺したくなんてない……ただあの人はこうなることをわかっていたんだ……それならゴミクズ当然の俺が死ねば……)
「……会長……社長さん……大丈夫です……もう満足しました……ルースに入って人を助けて……俺は十分すぎる夢を見せてもらいました……だからこんなゴミクズな俺を……」
「駄目だ」
「蓮………?」
「恭也は絶対に殺させない! 俺の命に変えてもだ! ……………会長」
「なんじゃ?」
「俺たちを名古屋部隊に行かせてください」
「良いが………学校はどうするんじゃ?」
「ルースの特別休暇を使います。これを使えば先生は逆らえません」
「行ってどうする」
「杏先輩たちに調査してもらいます……そのためには鈴先輩を連れていかないと無理ですが」
「確かに……杏なら何かわかるかもしれんが……」
「少しでも半悪物を取り除けるならその望みに賭けます」
「無理だったどうするつもりじゃ」
「その時は………2つの部隊が消えると思っていてください」
会長と話す蓮介の瞳に光はなかった。蓮介はたった一人の親友のために人を殺す覚悟を決めているようだった。ただ怖かった。
「儂たちも取り除く方法を探す……幸之助」
「はい」
「お主は広まった噂について調べるのじゃ」
「了解です」
「真守、進、お主らは過去の研究資料から悪物の詳細を細かくまとめるのじゃ」
「「了解です」」
「蓮介」
「はい」
「お主は、東京部隊Aを連れて名古屋に向かうのじゃ、そして恭也の半悪物化を取り除くのじゃ」
「りょーかい!」
「恭也」
「はい……」
「お主はゴミクズなんかではない……儂たち東京部隊の大切な仲間じゃ……これから辛い思いをたくさんするじゃろう……でも忘れないでほしい……儂たちはいつでも恭也の味方じゃ……いつでもここに帰ってくるのじゃ」
「っ………はいっ!」
ここは俺を認めてくれる、俺の帰りを待ってくれる。ここに居たい。ここで生きたい。この人達の期待に応えてたい。
ある事件をきっかけに俺たちは名古屋へと向かうことになった。
最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。
輝は武器修理してるから武器使えないのでは?と思うかもしれませんが輝の武器はピアスです。つまり左右についており二刀流で戦うことも可能です。一刀でも戦えるので問題ありません。
東京部隊はどんな姿であれ人殺しという言葉にやけに敏感です。そこはいずれ誰かに説明してもらいましょう。
次より新章突入です。遂に名前だけ登場していた杏先輩が出てきます。