婚約者を持て成す為のお手伝いをしますがその人でいいんでしょうか
私が三年前からお世話をさせていただいてるお嬢様はディアナ・フォン・ステアス様と言って由緒ある侯爵家のご令嬢です。
一見冷たい印象ですが蜂蜜を溶かしたような金色のとろりとした艶髪。エメラルドの瞳。顔は私の手のひらより小さく、切れ長の目元は凜としていながらに華やか。抱き締めたら折れてしまいそうな細い腰。
ご令嬢らしくピンと伸びた背筋に隙の無い姿勢。私の前世の学友の様にばか笑いをする事なく、静かに微笑んで。小さな手も白く細くて。食事のカトラリー位しか持っていないと思う程。
まあ、実際はもちろん勉強のために分厚い本を抱えてたりするのでそんな事はありませんが。
はぁー。とにかく華奢でこれぞお姫様というルックスのディアナ様。前世を思い出す前から好ましく思ってお仕えしていたけれど、高熱を切欠に前世を思い出してからは、更に愛がパワーアップしてしまいました。
ディアナ様には一つ上の婚約者がおられます。アクアラン・フォン・ロキシタンディと仰る公爵家長男で、祖父が王弟という王家の血筋が入っているやんごとなきお方。なのですが。
このアクアラン様。ひっじょーにいけすかないやつなのです。見た目はイケメンですよ。優しい口調で受け答えして。ふわさらのミルクティー色の髪は優しげな雰囲気に一役買っていて。すっきりとした目元と適度に高い鼻梁。一見細身に見えるのに鍛えているのが分かる細マッチョで、外国の映画俳優に居そうな、見た目は極上でいらっしゃいます。でもいかにも苦労知らずのおぼっちゃま様。
うちの姫とは印象が真逆。うちの姫は凛とした佇まい、一見キツメの顔つきですがこれは緊張しぃで人見知りが激しいだけなのです。少し話せばお礼をきちんと言える事も分かるし、貴族令嬢にはあり得ない程純真って分かるのに!
裏でハンカチを握りしめて姫の事を宣伝しまくりたいのを我慢する日々です。
そして、悔しい事にディアナ様はアクア様が大好きらしいんです。いつも目で背中を追っています。婚約が結ばれた時にもらったブローチを大切にして少しでも傷が付かないようにと宝箱にしまいこんでおります。
毎日夕方にそっと取り出して眺めて想いを馳せているのです。私が部屋に入るとさっと隠して恥じらいつつ素知らぬ振りをなさるのもめちゃくちゃ可愛いです。
でもそれを身に付けない姫に気に入らなかったんだね。と決めつけるアクアラン様に物申したい。
「ごめんね」じゃねぇ。話をきけ。
小さな声で「そんな」と首を横に振り「違います…傷付けたくなくて大事にしまって…」と声に出して説明しようとしてました。姫の涙目の訴えをちゃんと聞いて下さい。
おい。決めつけるな。悲しそうな表情をしても私は騙されないぞ。
「いいんだ。次はもっと気に入る物を贈るようにするから」
何なのそれ。
婚約者に気を使う自分に酔ってるの?
なんでいつも返事を聞かないの?
言ってるじゃん!違うって。
汚したら嫌だから大事にしまってますって!
この思い込みの激しい婚約者様が私は好きになれません。
そもそも婚約者の家にちょっと会いに来てお茶を飲むだけなのに、二頭引きの馬車で来て、騎馬の護衛の方三人と馬車に同乗する護衛が一人。馭者さんと本人も含めると6人で丸っと移動します。お馬さんは5頭。大所帯です。うーん、やはり前世を思い出してしまったせいか、すごく非効率な感じがとても気になります。大変だなぁ…というか、これがVIPの真髄なのね~いちいちめんどくさそうで従者の方々の心中お察しします…
護衛の方は仕方ありません。大事な公爵令息移動中に何かあっても大変です。重要性は理解してますとも。
さすが公爵家の護衛の方々。きりりとした佇まいで揃いの騎士服のすっきりしたシルエットなのに鍛え上げているのが分かる素晴らしい胸筋や腕回り。個人的にはジャケットの裾から覗く太ももの張りが見ていて楽しいです。
でも、そんなに厳つい方々に周りを囲まれ、うちの姫がゆったりとお茶が飲めるのか。
否!
姫様が今日も緊張で笑顔がひきつり気味です。がんばれ姫様。
「学園ではあまりゆっくりと話せないからね。今日も美しいね、ええと……我が婚約者殿は。」
通された応接室のソファーに腰掛けゆったりとカップを傾け寛ぐアクアラン様に物申したい!そして小指が立ってるのを見てイラッとしてしまいます。しかも、今名前が出て来なかったから我が婚約者って言い方をしたっぽい!
あり得ないでしょう!婚約者の名前を忘れる?
それになんだか、褒め方が雑っ!兎に角「美しい」って言っとけばいいと思っているのが丸分かりですね!そんな褒め言葉には合格点はあげられません。月に例えるとか、花に例えるとか、色々あるだろぅ。
ディアナ様は美しいだけじゃなくて、可愛いし、可憐だし、笑顔がほにゃってなると悶え回ちゃう位の可愛さなんだからな!
「ありがとうございます。アクアラン様の今日のお召し物もとてもお似合いでそのクラバットのお色…新緑の若葉の様でとってもすてきです…」
姫様の誉め言葉返し、でもやっぱり聞いてない。アクア様。あぁ、姫様も途中で気付いて誉め言葉を省略してお茶の手配の合図をさりげなく目配せくださって。空気の読める姫様流石です。内心で頷きながら目の前にそっとサーブしたカップを置く。
「この茶葉はエールランス産の物だね。」
香り高いねぇ
とうっとり自分の世界に入っている。
「こないだエル侯爵家の夜会に来ていた楽団が珍しい楽器を聞かせてくれてねぇ、涼やかな音色の清涼な楽曲だったんだ。ぁぁ、また聞きたいなぁ。」
そこは、一緒に聞きたいとか、君にも聞かせてあげたいとか言ってくれればグッジョブって親指立ててあげるのに。そうじゃないんですね。
「まぁ、素敵な時間を過ごせて何よりです。エル侯爵と言いますとアクアラン様の同級のマルコフ・エル様のご邸宅ですか。噂で白薔薇のみで作られた庭園がそれは見事だと伺った事があります。」
お!姫様頑張った!そこから今度庭園に一緒に行こうとか、薔薇の素敵な公園に連れてくよって話の流れを持って行きやすいですね!
「あぁ、マルコフは学園に入る前から何かと一緒に行動する事が多くてね。彼はああ見えて大食いでね、学園での食事も一人前のプレートを五人前は取るんだよ。あっはっはっ。」
それでね、と大食いの話をいかに驚いたかという内容を言葉を変えて三パターン位続けている彼はとても楽しそう…
これはこれで本人が楽しめたなら持て成しとしてはある意味成功なのか。でもなんというかもやもやする!
それからも自分勝手に好きな事を話して、答えようとする姫様の返事は待たずに次から次に会話が飛び、
「ああ、そうだ」や「そう言えばね」とある意味おばちゃんの話を彷彿とさせるお方に
小さく「まぁ」とか「あのっ」とか「それは」とかとなんとも健気に返しているうちの姫様の可愛い事可愛い事。
こんな事が半年程前から月に一度くり広げられ、護衛の方の顔も覚えてお互いに労いを交わせる様になって来ました。
公爵家護衛の隊長のスーデニール伯爵家の次男さんにお願いをしました。4人も居るとお嬢様が緊張してしまうので、良ければ2人ずつ交代でお休みされてはいかがでしょう。と。護衛様方と馭者さんの休憩に続きの部屋を提供出来ますよ。と。
馭者さんはお馬様のお世話で全くお休みは取れないらしく。そう言えば今までも屋敷内で見たこと無い。ずっと厩に居たらしい。
確かに厩は敷地内の端にあって遠いからね。いちいち移動するのも億劫になるだろうし。他家で出された飲食を口にして体調を崩したら大変と、持参した物しか口にしない決まりと聞くと納得です。うん、そっちにある使用人用の小屋でお休みいただいてるのね。
まぁ、とにかく護衛の威圧も半分になり、会話にも慣れたのか、ディアナ様の表情も最初とは比べられない位柔らかく微笑みが作れております。
良かったね。姫様。でももう少しこのおぼっちゃま様が姫様の話を聞いてくれればもっといいのに。
こんなのが次期公爵なんて、成り立つのか?大丈夫か、公爵家。
ぶっちゃけ、婚約者変更を希望いたします。
誤字報告ありがとうございます!