某日某所
その扉を開けると、柔らかな銀髪の女が微笑んでいる。
「いらっしゃいませ。『魔女の箱庭』へようこそ」
「魔女の箱庭……ですか?」
私が面食らって問い返すと、女はゆるやかに微笑んだまま私の方を指す。
その視線を追って振り返れば、私が手で押さえているその扉には確かに、『魔女の箱庭』と掘られた金属製の看板がぶら下がっていた。
「ここは……どういうお店なんですか」
「あら、ご存知ないままいらしたのね」
私は店内をぐるりと見渡した。焦げ茶色をした木製の棚や机の至る所に動きの止まった時計やら、古びて鈍い光を放つランタンやら、何を模したのかすらわからない置物やら、がらくたとしか言えないものが所狭しとひしめき合っている。その合間を縫うように、どこからか伸びる緑の蔦が垂れ下がっていたり、巻き付いていたり、のびのびと葉を広げていたりしていた。かと思えば、女の頭上の吊り戸棚には大瓶や小瓶が整然と並べられている。
全体的にごちゃついた印象を受ける、雑多な店だ。
「『魔女の箱庭』は雑貨屋ですわ。古い言い方をすれば、よろず屋と言ってもよろしいかしら」
いまいち要領を得ず、私が曖昧に笑うと女はくすりと笑った。
「要は、『今いちばんあなたに必要なものが必ず見つかる店』と考えていただけると」
私は更に困惑を深めた。『今いちばん必要なもの』? すぐには思い至らない。
「そのご様子だと、いまいちピンと来ていないみたいね」
女はうーんと首をひねる。
「たまたま迷い込んでしまったのか、もしくは」
真っ直ぐな銀髪がするりと肩から落ち、ランタンの柔らかな光を受けて煌めいた。
「この店自体が、今いちばんあなたに必要なものであるか」
かすかに空気がざわめいて、私は無意識に一歩後ずさった。
落ち着かない気持ちで腕をさすると、知らず、私の肌は粟立っていた。
「もしかすると、長いお付き合いになるやもしれませんね」
銀髪の女はにこりと笑みを浮かべると、深く一礼をした。
「蠅庭廿吏と申します。以後お見知りおきをーー」
私はもごもごと彼女の店を軽い気持ちで冷やかしたことの非礼を詫びつつ会釈を返し、扉を閉めた。
途端、安堵に襲われ、私は足早にその場を立ち去ることにした。
閉じた扉の上で、『魔女の箱庭』と記された看板は静かに揺れ続けていた。