1話
俺の名前は望月愁。
高校二年生。
陰キャだ。
陰キャとは、陰気なキャラクターの略。
クラスに一人はいるあまり話さない変な奴のことだ。
嫌われてはいないが好かれてもいない。
いじめられてはいないが仲いい奴もいない。
休み時間に話す程度の友達はいるが、休日に遊ぶ程度の友達はいない。
そしてクラス替えしたら話すことはなくなる。
そういう類の存在である。
空気みたいな奴だな。
俺のことなのだが。
え? 恋人?
そんなのいるわけないだろう。
女友達すらいませんが?
最後に女子と話したのはいつだろうな……。
確か、隣の席の女子の消しゴムを拾った時の「ありがとう」だったな。
そしてそれも確か一か月前の話だ。
これだけでどれだけ女に縁がないかわかるだろう?
自己紹介はこれで終わり。
今は朝のホームルーム前だ。
早く来てしまったせいでやることもないから机に突っ伏して寝たふりの最中。
しょうがないだろ休み時間に話す程度の友達がまだ来ていないんだから。
朝の時間に寝てる奴は、寝不足か会話する友達がその場にいない奴だ。
これは俺の16年間の陰キャ生活で学んだことの一つである。
俺はもちろん後者である。
「なあおい、昨日のドラマ見たかよ?」
「ああもちろん」
「このクラスの奴ならあれ見るのはマストだよなー」
クラスメイトが話す声が聞こえて来る。
話題は昨日やっていたドラマの話だった。
そのドラマの話は、このクラスでは1日に1回は話題にでる。
ストーリーが面白いというのも理由だが、別の理由も存在している。
主演の女優がクラスでよく話題にでる理由だった。
主演は女優の澄村瑠夏。
彼女は今話題の人気女優であり、驚くほどの美人であり、そして――
「なんたって、うちのクラスの澄村が出てるんだからな」
そして、澄村瑠夏は我らが2年3組のクラスメイトであった。
「おはよう」
噂をすれば影。
彼らが彼女の話をしていると、ちょうどよく当人である澄村瑠夏がやってきていた。
朝の教室に彼女の凛とした声が響く。
聞くだけで癒される声だ。
女優だけじゃなくて声優としてもやっていけるんじゃないか?
ぜひとも彼女のASMRを作って欲しい。
俺は良い値で買うぞ。
澄村はみんなから口々におはようと言われながら教室を歩いて行き席に着く。
彼女はこのクラスで特別な存在だ。
日本を代表する人気女優なのだから当たり前だろう。
しかし特別なことは女優という仕事だけでなく、出席日数も関係していた。
澄村は仕事で忙しいらしく、めったに学校にくることはない。
ゴールデンタイムのドラマを主演で2つやっており、他にも朝ドラや深夜帯のドラマにも出て、バラエティ番組にも引っ張りだこだ。
映画の撮影も行っているらしい。
それだけ仕事がたてこんでいるならば学校なんて来ることは難しいだろう。
そのため登校する日は多くない。
出席するのは週に2、3日。
4日あればいい方で、週に5日登校した日は一回もない。
ただそれでも成績はいいからすごいんだよな。
1年の学年テストでは常に上位20番以内には名を連ねていた。
美人であるだけではなく、頭もいいとはね。
天は二物を与えてしまったというわけか。
陰キャで顔も成績も普通(自称)の俺とは大違いだな。
「ねえ、澄村さん。今日は暇? 一緒にカラオケとか行かない?」
そしてめったに登校しない彼女にクラスのイケメン陽キャが話しかけていた。
「ごめんなさい。今日は仕事があるので」
そしてすげなく断られていた。
残念だったな。
彼女がこれまで何人もの男に誘われるのを見た。
デートの誘いだったり、告白だったり。
それらは全て断られていたけど。
まーがんばれよ、陽キャ君。
お前はイケメンだから今後も話しかけていけばもしかしたら付き合えるかもね。
ま、俺のようなフツメン(これは自己評価である。実際は……察してくれ)の陰キャにはなんの関係もない話だ。
俺のような陰キャが日本を代表する人気女優とは付き合えるなどと思ったこともないし、友達になれるとすら思えない。
卒業までに1、2回話すことができたら御の字だぜ。
気づかぬ間に時間が経っていたようで、キーンコーンカーンコーンと朝のホームルームの時間を知らせる鐘が鳴っていた。
●
時間が経ち、放課後。
6限が終わってホームルームの後だ。
部活にも委員会にも所属していない俺はさっさと帰るべく帰宅していたのだが、間抜けなことに俺は机の中にスマホを忘れていたことを思い出した。
「スマホ忘れるとかバカかよ。何やってんだ俺。あれなかったらなんもできねえだろうが」
具体的にはソシャゲの周回とか。周回とか。
あと毎日ログインしてるんだからこんなことで連続ログイン記録を途絶えさせたくない。
友達からのラインの連絡はないからその心配はないのが幸いだ。
いや辛いところか?
クラスの何人かとはID交換したんだけど、一回も連絡することはなく今に至っているからな。
去年ラインの交換した奴とは一回も連絡なんてしなかったし。
まあそんなことはどうでもいいか。
今重要なのはスマホ。
そしてソシャゲ。
教室にはだれもいないだろう。
部活や委員会に入ってる奴はすぐそこに向かうし、そうでない奴はさっさと家に帰るか遊びに行く。
いつまでも教室に残る奴はいない。
俺的にはその方が助かる。
クラスの陽キャたちが喋っている教室に入るのは陰キャ的にしんどいのだ……。
「わわわわっすれもの~」
陰キャあるある:誰もいない時に謎の歌を歌う。
ちなみにこれは誰かいる時には絶対にできない。
理由は恥ずかしいから。
誰かにばれたら悶死しちゃうよ。
てかこのネタ覚えてる人いる?
めっちゃ昔のアニメだからいないよな。
そして俺は歌いながら誰もいない教室に入る。
「?」
だれもいないと思っていた教室。
そこには人影があった。
というか、一人残っていた。
モップかけをして床を掃除している女生徒がいる。
その女性とは、我らがクラスメイトにして人気女優である澄村瑠夏だった。
うわ、恥ずかし。
歌っているところ見られた……。
悶死しちゃう。
もしくはここは、「お邪魔しました!」と走りながら出ていくところか?
憂鬱だ。
「……?」
澄村の方は俺には気づかずに、モップかけをしている。
というか、なぜ教室の掃除なんかやっているんだ?
掃除当番じゃないよな。
確かに放課後に掃除当番はあるが、だいたい10分ほどで終わる。
今は放課後からかなり時間が経っているはず。
少なくとも一時間は経過している。
そんな時間まで掃除当番を続けるのは真面目を通り越して病気だ。ありえない。
当番じゃないならなぜ掃除?
そう疑問に思いながら教室の中の彼女を見ると。
床を掃除している彼女は、髪も服も濡れていた。
まるで誰かから水を掛けられたかのように。
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