第三話 「ひとみとレイラ」
久しぶりの更新です。
「おかえり~。」
家に帰った三人を、ひとみは満面に笑みを浮かべながら、玄関先まで出迎えに来てくれた。
「ただいま。」
「ただいま。」
「お邪魔しまーす。」
三人がそう言うと、ひとみはレイラの顔を見た。
「レイラちゃん久しぶり!今日はどうしたの!」
「ママから、ちぃ先生とだるま先生にお使いを頼まれたの。」
「ちぃ先生とだるま先生なら、さっきお見えになられたわよ。」
「本当?」
「客間にお通ししたわ。お母さん。お茶菓子どうしよう?」
「それよりひとみ。お茶の準備は出来ているの?」
お幸は心配そうに言った。
「先生方がお見えになられてすぐに、お湯を沸かしました~。もうすぐ沸きます~。」
ひとみは不機嫌そうだ。
いくら料理が下手。いや、料理に自信がないとはいえ、お湯くらい沸かせると言いたいのだろう。
「お茶菓子ならお熊さんの店で買ってきたわよ。ランドールクッキーもあるしね。それからひとみちゃんにもランドールのお土産を持ってきたからあとで渡すね。」
「うそ!やった!レイラちゃん気が利く~。」
ひとみは嬉しそうに笑った。
「それじゃあすぐに、お茶の準備をしなくちゃ。」
お幸はそう言うと、慌てて台所へと向かった。
「俺も台所に荷物を持っていくから、ひとみとレイラは先生方に挨拶をして来たらどうだ?お二人の事だから退屈ということはないだろうけど。」
「それじゃあ先に客間にいってるね。レイラちゃん行こう。」
「それじゃあユウちゃん。あとでね。」
チュッ
レイラはそう言うと、ユウちゃんのほっぺたにキスをした。
「あー!チューした!ユウちゃんにチューした!」
ひとみが騒ぎ始めた。
「あら?ランドールじゃ、ほっぺにキスなんて挨拶代わりよ?」
レイラはふふーんとでも言わんばかりに、余裕の表情を見せた。
「ここは大和ですぅ。少しは遠慮してくださぃ~。」
ひとみはそう言ってむくれた。
「あーらごめんなさい。つい習慣が出ちゃって。」
レイラはあくまで余裕だ。
『嘘つけ。男に触られただけでぶん殴るくせに、なにが習慣だ。』
ユウちゃんは昔、レイラのお尻を撫でた男を容赦なく血祭りにあげるレイラの姿を思い出したが、口には出さないし出せない。ただニコニコと笑っているだけだ。
ユウちゃんはいくら救いようのない男とは言え、レイラのサンドバッグになっている男が、さすがにかわいそうだなとは思った。
それほどまでに一方的だったのだ。
とは言え助けるつもりなど毛頭ない。自業自得である。
「いいもんね~。あとで私もチューするもんね~。」
「あら?ここは大和なんでしょ?」
「大和でもチューする時はするもん。」
『まぁ、言いたい事はわからんでもないが、少なくともこんな真っ昼間じゃねぇよな…。』
ユウちゃんはそう思ったが口にはしないし、したくもない。
地獄の釜の蓋など、誰が好き好んで開けるものか。
「先生方をお待たせするのは失礼だろ?綺麗どころは早く行ったほうがいい。俺も荷物を置いたらすぐに行くから。」
「それはそうね。ひとみちゃん早く行きましょ。」
レイラはそう言ってひとみの手を引きながら客間へと向かった。どっちの家だかわからない。
『あの二人は仲がいいんだか、悪いんだかわからねぇな。』
ユウちゃんは再び、ひとみとレイラの初対面の時を思い出した。
あれから月日が流れ、二人は立派な恋敵となった。
それでも二人は仲がいい。
互いに互いを思いあっているのが、そばで見ていても伝わってくる。
ただそれだけが伝わればいいのだが、厄介なものまで伝えているのが問題だ。
「ユウちゃんに他の女を近づけない。」というのを目標に、二人は共同戦線を張っているのだ。
二人はユウちゃんのそばにいると「私がユウちゃんの彼女よ。」という振る舞いを大げさにする。
他の女の人達にアピールするためだ。
どちらも正式には、ユウちゃんと付き合っていないにも関わらずだ。
それを見た女の人達は「なんだ。彼女がいるのか。」と思い、ユウちゃんには近づかなくなる。
となると当然、ユウちゃんの周りにはひとみとレイラしかいなくなる。
そうなると
ユウちゃんしんどい。→そうだ!他の女の人を探そう!
という図式が出来上がりそうだが、そうはならない。
ユウちゃんにそんな気がないからだが、たとえその気になったとしても。
「あなた彼女いるじゃない。」
という相手の一言で終了である。
はたから見れば、狂気じみた愛情表現と恋愛戦略であるが、ユウちゃんはまったく気にしていない。
というか気づいていない。
なにしろこの共同戦線は、10年以上に渡って張られているのである。
ユウちゃんはそれが当たり前と捉えてしまっている。
「ミリアさんはお元気?」
客間に向かいながら、ひとみがレイラに尋ねた。
「元気がないと思う?」
レイラは笑いながら答える。
「思わない。」
ひとみもそう言って笑った。
「うちのママは死なないと思うんだよねぇ…。」
レイラは真面目な顔でおかしな事を口にした。
世の中に死なない人間などいない。
「そうかも…。」
ひとみも真面目に答えた。
「死神が来ても、やっつけちゃうんじゃない?」
ひとみは真面目な顔で言う。
「返り討ちか…。あるかも…。」
レイラもそう言って大きく頷く。
なんだこの会話は?
二人は客間の前に着くと廊下に揃って座り
「失礼いたします。」
と言った。
「おぉ!ひとみちゃんか!入って入って。」
客間から何やら、楽しそうな声が聞こえてきた。
「失礼いたします。」
ひとみはそういうと、静かにスーッと襖を開けた。
リンリンばかりに気をとられて、ほったらかしにしていました。
これだから馬鹿はたちが悪いです。