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創世のファンタジア  作者: 冴村 彰
2/7

第一話 「 買い出し 」

本編の始まりです。

連合歴248年。すなわち大和歴248年にあたる三月の末。

大和王国の西の都にある、大和王宮のほど近く、祇園四条にある大きな平屋の屋敷の一室で、一人の若い男が若い娘に膝枕をしてもらいながら、庭からそよぐ春の風を感じていた。

「春だなぁ…。」

そう呟いた男は、身長190㎝はある大柄な男である。

筋骨隆々とまではいかないが、立派な体を藍色の着流しで包み込み、だらしなく寝そべったその姿は、見るからに幸せそうだ。

男に膝枕をしている若い娘は、奇抜なデザインの桃色の着物を纏い、長い髪を頭の上に結い上げている。

娘は耳にかかるか、かからないかの若者の髪を撫でながら、なにやら嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「向こうは暑かった?」

娘は男にやさしく問いかけた。

「暑かった。」

男は暑そうに答えた。

「美味しいものは食べた?」

「持ち込み禁止だからなぁ。現地調達だな。」

「何食べたの?」

娘は男の顔を覗き込みながら言った。

「聞かないでくれ…。」

若者は嫌な事でも思い出したらしく、露骨に顔を顰めた。

「だからあんなに食べたのね。」

娘はそう言って笑った。


男は帰って来るなり、卵を四つも使った甘い卵焼き一本と鯵の開き、納豆と野菜の煮付けをおかずに、どんぶり飯と豆腐とわかめの味噌汁を3杯も平らげたうえ、食後にお餅が6つも入った小鍋いっぱいのお汁粉を平らげたのだ。

「やっぱり、お幸おばさんの料理は天下一品だ。」

男は満足そうに言った。

「お母さんは料理上手よね。真似出来ないなぁ。」

「真似する必要はないだろう。参考にすればいい。」

「簡単に言ってくれるわ。」

娘はそう言って笑った。

「今度の仕事はいつ?」

「わかんないな。また、よその国だろうな。」

「どっちが本業だかわかんないね。」

「本業の方は殆ど出番がないしな。今はこっちが本業みたいなもんだ。まぁ、出番がない方がいい仕事ではあるんだけどなぁ…。これだけ仕事がないと、給料のただ取りをしているみたいで気が引けるよ。」

「そういう仕事なんだし、しょうがないじゃない。あ!そう言えば今日来るのよ。」

「あぁ。ルーン王国からの留学生達だな。五人だったな。」

「そう。それもまだ6歳の子供が五人よ。」

「留学なんて早い方がいいだろう。」

「まだ小さいのに…。」

「俺だって、六つの時には藤原先生の所に居たんだ。そんなに辛いもんでもなかったぞ?」

「バカね勇ちゃん。勇ちゃんは1年もかからないうちに帰ってきたけど、その子達は少なくても、成人までは大和にいるのよ?」

「随分長いな…。最低でも9年か。」

勇ちゃんは不思議そうにいった。



この時代、成人と言う言葉は20歳ではなく15歳をさす。

大和の人々は、男女問わず15歳になると元服を迎え、一人前の大人として扱われるのだ。

ただし、酒と煙草は20歳になるまでは禁止されている。



「長かったら22歳までよ。16年もあるのよ。大変じゃない。」

「確かになぁ…。長い間、親元を離れるんだし、寂しい思いをするだろうな…。それにしても…。」

勇ちゃんはしみじみと言った。

「それにしても?」

「篠崎の家に来るってことは、何か理由があるんだろうな。」

「確かにね。普通じゃないわよね。」

娘は何やら納得しているようだ。

「さぁ?ひとみお姉さんは、子供達に何を教えるのかな?」

勇ちゃんは悪戯っぽく笑う。

「バカにしてくれて。こう見えても、体育の先生を目指しているんですからね。」

ひとみお姉さんはご立腹のようだ。

「ごめんごめん。バカにしてるわけじゃないさ。」

勇ちゃんは、慌てて謝った。


その時、部屋の襖がスーッと開き、一人の女性が入ってきた。

「勇ちゃん。ちょっといいかしら?」

その女性はふくよかで、まるでお多福さんのような細い目をしており、昔ながらの着物に割烹着を着ている。

「お幸おばさん。何でしょう?」

「今日の歓迎会のお買い物があるんだけど、手伝ってくれないかしら?荷物が多くて…。」

お幸は困った顔で言った。

「行きます。すぐに支度を。」

勇ちゃんは慌てて立ち上がる。

「私も行く!」

ひとみは手を挙げながら言った。

「ひとみは客間の掃除をお願いね。」

お幸はニッコリと笑いながら言った。

「えー!私も行きたい!」

 ひとみは不満を口にした。

「じゃあ、私の代わりに料理してくれる?」

「そ、それは…。」

 ひとみは慌ててお幸から視線を逸らす。

「今日は時間がないのよ。すぐに帰ってくるから、客間の掃除よろしくね。」

 「私が勇ちゃんと買い物に行こうか?」

ひとみが満面に笑みを浮かべながらそう言うと、お幸が笑顔でぴしゃりと言った。

「あなたに食材の目利きが出来るの?」

「出来ません…。」

ひとみはしぶしぶ答えた。

「それが出来れないから、私がお買い物に行くんです。勇ちゃん。行きましょうか。」

「はい。」

そう言うと、お幸と勇ちゃんは部屋を出て行った。


屋敷を出た二人は、錦市場で買い物をするために四条寺町通りに入り、錦通りへと向かった。

昼過ぎの錦市場は、老若男女を問わず、様々な人々でごった返している。

背が低く、瞳が大きいスラリとした体型の人はルーン人種で、頭一つ飛び出るほど大きな人は獣人種の人であろう。

ルーン人種も獣人種も、背中に大きな籠を背負い込み、山ほどの荷物を持って歩いている。

地方では珍しい光景であるが、西の都ではよく見かける光景だ。  


「最近の着物って、本当にいろいろあるのねぇ。」

お幸は、道行く若者の格好を見ながらそう言って笑った。

道行く若者達は、袂がないものや、裾が極端に短いもの等、色とりどりの様々な着物を着て歩いている。

髪型にしても様々で、短く刈り揃えた短髪の青年もいれば、肩まで髪を伸ばした青年もいれば、若い娘の髪型も様々ではあるが、大半の娘が髪の毛の一部なり全部なりをカラフルな色で染めている。

「私も髪の毛を染めてみようかな?」

そう言って、ひとみも勇ちゃんに尋ねた事があったが

「俺は黒髪がいいな。髪を染めたら繁殖期の鳥みたいだ。」

と言われて、ひとみは髪の毛を染めるのをやめた。


「最近、流行りらしいですよ。」

背中に大きな籠を背負った勇児は答えた。

「勇ちゃんは、ああいう着物は着ないの?」

「いやぁ。見ているだけで充分ですよ。」

「一回くらい着てみればいいのに。似合うかもしれないわよ?」

「おしゃれと流行には疎くて。」

勇ちゃんは、のほほんとした顔で答える。

「髪の毛も染めないの?」

「手入れが面倒くさそうで。」

「勇ちゃんらしいわねぇ。」

お幸はそう言ってコロコロと笑った。


「それにしても、すごい賑わいですねぇ。」

勇ちゃんは道行く人々に目をやりながらそう言うと、対面から来た、背中に大きな籠を背負い、両手に大根の束を持った獣人種の女性が、笑顔で勇ちゃんに会釈をした。

勇ちゃんも笑顔で会釈をする。

「すごい大根の数ねぇ。たくさん食べるのねぇ。」

獣人種の女性とすれ違った後、お幸は感心しながら言った。

「彼女の旦那さんは軍人ですからね。子供も二人いたはずです。」

「あら?ご家族で大和に来られているの?だからあんなに大根を持っていたのね。あれで何日分かしら?」

「獣人種の方々は、かなり食べますからね。」

「まぁまぁ。あれだけ食べれば、食費がかかって大変でしょうね…。」

お幸はよその家庭のエンゲル係数が気になるようだ。


「彼女は農業実習で来ているんですよ。旦那さんのほうは飛行艇の操縦を学びに。」

「それで家族で大和に来ているのね。そうそう、お肉を買いに来たんだった。」

お幸はそう言うと肉屋に向かった。勇ちゃんもお幸の後に続く。

「篠崎の奥さん。いらっしゃい!」

肉屋の主人はお幸の顔を見るやいなや、すぐさま声をかけてきた。

「今日はたくさんいるのよ。いいの入ってる?」

「鳥も豚もいいのが入ってますよ。どっちにします?」

「両方くださいな。」

「両方!」

肉屋の主人は驚きの声をあげた。

「丸鶏が十羽と、豚肉は塊で三つ。今日は牛肉はないかしら?」

「え!そんなに!あいにく今日は、牛が入ってないんですよ。」

「そうよねぇ。」

「牛はあんまり出ないんですよ。三日前におっしゃってくだされば、いいところを揃えておきますよ。」

肉屋の主人は笑顔で言った。



大和王国ではあまり牛肉は売れない。

他の肉より値段が高いというのもあるが、農耕用に用に牛を飼っている人も多く、大切な労働力である牛を、大切に扱う人が多い。

それと、牛肉は精をつける為の栄養食として受け取られている面もある。

すき焼きも鳥肉を使うことが一般的だし、しゃぶしゃぶも豚肉が一般的だ。 


「近いうちにお願いしますね。」

「はい、かしこまりました。それじゃあ、鳥と豚を用意しますね。」

肉屋の主人はそう言うと、店の奥へと消えていった。

「ちょっと多くないですか?」

勇ちゃんが心配そうにお幸に尋ねた。

「子供だからって気を抜いては駄目よ。ルーン人種に少食の人なんていないんだから。」

お幸が真剣に言うものだから、勇ちゃんは思わず笑ってしまった。


ルーン人種が大食らいなのは勇ちゃんも知っているが、相手はまだ六歳の子供である。

五人くらいなら、そんなにいらないだろうと勇ちゃんは思っていた。

「今夜が楽しみだなぁ。」

勇ちゃんは嬉しそうだ。

そうこうしているうちに肉屋の主人が店の奥から戻ってきたが、一塊3㎏はある豚肉を置くと、すぐさま店の奥に戻っていった。


その後、肉屋の主人は店の奥へと三往復もしたあと

「奥さん。こりゃあ籠一つじゃ無理だ。大八車が要りますよ。」

と言った途端、お幸が口を開いた。

「豚肉は全部当たりね。でも、鳥肉はこれとこれとこれ、交換して貰えます?」

そう言って、お幸は三羽の丸鶏を指差した。

「え?」

肉屋の主人は呆気にとられている。

「この三羽は、絞めてからあまり日が経ってないわ。あと一日二日は寝かせないと。」


肉にしろ魚にしろ、絞めてすぐのものよりも日を置いたもののほうが旨味が増す。

魚の場合、日をおくと旨味が増す代わりにコリコリとした食感が無くなるので、食感を楽しむ場合は絞めたてを食べるが、絞めてすぐの肉は身も固く旨味も少ない。

外国では鴨などは絞めた後、ウジが湧くまで軒先に吊しておくほどだ。


「本当だ!今日入った分が混ざってる!」

肉屋の主人は、三羽の丸鶏をまじまじと見ながら驚いた。

「すいません。すぐに取り替えますね。」

肉屋の主人はそう言い残すと、丸鶏を持って店の奥へと消えていった。これで四往復だ。

「すごいなぁ。僕には全然わからない。」

そう言って勇ちゃんは驚いている。

「色と匂いでわかるのよ。それより勇ちゃん、大八車がいるわね。」

「これくらいなら大丈夫です。他には何を?」

「今日はお肉だけなのよ。」

「なら大丈夫です。」

二人は会計を済ませると、錦市場をあとにした。


「重いのにごめんなさいね。うちはみんな食べるから。」

帰り道、お幸はそう言ってコロコロと笑った。

その仕草は少女のようで可愛らしい。

「これくらい大丈夫です。」

そう答えた勇ちゃんは、背中の籠に竹の皮で包まれた豚肉と丸鶏を詰め込み、両手には籠に入りきらなかった丸鶏を持っている。

「重いでしょう?私も持つわ。」

お幸がそう言うと

「荷物持ちは男の仕事ですよ。」

勇ちゃんは答えた。なかなかの紳士のようだ。

「レイラちゃんは元気?」

突然、お幸は話を変えた。

「元気ですよ。相変わらずで困っています。」

「レイラちゃんは情熱的だものねぇ。」

「所構わず抱きついてくるから、困っています。」

勇ちゃんはそう言って笑った。

「相変わらずモテモテね。」

「ひとみとレイラだけですよ。こんな男のどこがいいんだか。自分でもわかりません。」

事実、勇ちゃんはひとみとレイラ以外の女性からはアプローチされていない。

これには大きな理由があるのだが、それを勇ちゃんは知らない。


「ひとみもレイラちゃんも変わってるわよねぇ。恋敵のはずなのに、あれだけ仲がいいんだもの。」

「そうですね。」

「初めて、ひとみとレイラちゃんが出会った日の事覚えている?」

「あれは凄かったですね。忘れられませんよ。」

ひとみとレイラ・クロケットが初めて出会ったのは、互いに六歳の時であった。

ランドール王国から、レイラの母ミリア・クロケットに連れられ、初めて大和王国に来たレイラは、篠崎の家で初対面したのだが、目が合った瞬間、互いに取っ組み合いの喧嘩を始めたのだ。

お幸と源造の篠崎夫婦とミリアは慌てて仲裁に入ったが、二人はなかなか止まらなかった。

勇ちゃん(八歳)とひとみの兄の源助(八歳)は、呆然とその光景を見ているしかなかったのだ。



「あれにはびっくりしたわ。」

お幸は懐かしそうに言った。

「僕と源ちゃんもびっくりしましたよ。」

勇ちゃんも懐かしそうに言う。

「しばらくしたら、二人で手をつないで仲良く遊んでいるんだもの。源ちゃんとミリアさんと三人で、唖然としちゃったわ。」

「僕はそのあと、ずっと二人に付き合わされました。」

「二人に喧嘩の理由を聞いたら、二人揃って『わからない。』って言うんだもの。訳がわからなかったわ。でも、あれから二人は仲良くなったのよね。」

「今では二人揃うと、僕なんかそっちのけで、仲良く喋ってますからね。まぁ、そのほうが助かるんですけど…。」

「助かるの?」

お幸は不思議そうに尋ねた。

「だって、二人して僕の所に来ると、浮気してないかとか抜け駆けはだめよとか言ってくるんですから…。」

勇ちゃんは辛そうな顔をした。

「モテる男は辛いわねぇ。でも、どっちかを選ばなきゃね。」

「選ぶ?」

勇ちゃんは首をかしげた。

「心は均等に分けられても、体は一つしかないんだもの。」

「うーん…。選ぶねぇ…。」

勇ちゃんは悩み始めた。

「勇ちゃんの思う通りにすればいいのよ。」

お幸はそう言うと笑った。

勇ちゃんは歩きながら、しばらく悩んでいたが

「今のままっていうのは、無理ですかねぇ…。」

と言って苦笑いした。

「それも一つの答えかもね…。」

お幸は真剣な顔で答えた。



おかしな話だと思われるかもしれないが、お幸がそう言うのには理由がある。

結論で言うと、勇ちゃんはひとみとは結婚出来るが、レイラとは出来ない。

いや、国が許さないと言ったほうが正しい。

大和王国もランドール王国も、国際結婚を許さないのである。

「国際結婚をしても、夫婦は同じ国籍を一つしか持てない。」「他国の国籍を取得した者は、国籍を得た国から出てはならない。」この二つは国際連合が結成された際の条約に明記されており、勇ちゃんがレイラと結婚したければ、勇ちゃんかレイラがどちらかの国に亡命するしかないのだが、互いに軍属で立場もあるため、不可能と言っても過言ではないだろう。

それを知った上で、勇ちゃんにアタックし続けるレイラも大したものだ。



「どうすればいいんですかね…。」

勇ちゃんは呟くように言った。

「どうすればいいのかしらねぇ…。」

お幸は溜息交じりで答えた。

二人がそんな事を話ながら帰路についていると、突然、勇ちゃんの後ろから風のような速さで何者かが近づいてきた!

「!?」

気配に気付き勇ちゃんは慌てて振り返ろうとしたが、両手は丸鶏でふさがっており、為す術がない。

丸鶏を離せばいいのだが、食べ物を粗末に出来ない勇ちゃんにそんな考えは毛頭ない。


その間にも、何者かが凄まじいスピードで、勇ちゃんに突進してくると、その何者かが振り返りざま、勇ちゃんの胸元に飛び込んだ!

「勇ちゃん!」

お幸の叫び声が周囲に響いた。

続きはまた明日。

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