Prolog 「五カ国会議」
この物語は、高度な文明が衰退し、そこから立ち上がっていく人々の話である。
文明の力を失った人々は、いかにして強く、したたかに生き抜いていくのか?
文明の再興という、人々の夢は叶うのだろうか?
文明の発展は振り子のようなものである。
知識の成長であれば、止まることはあっても退化することはないが、文明はそうではない。
発展途上の振り子の玉は、あらゆるものを破壊しながら、勢いよく突き進むが、行き着く所に行き着ついてしまえば、衰退の一途を辿るしかない。
場合によっては、目にも止まらぬスピードで…。
その星には極めて高度な文明が花開いていた。
しかし、人類が愚かな争いを起こしたせいで、人口はほんの数%にまで激減し、星に大きなダメージを与えた。
残されたのは資源を食い尽くされ、大きなダメージを負った星と、その星に住む生物である。
わずかに生き延びた人類の生活は原始的なものになり、現代のように情報と娯楽に溢れ、好きな時に好きな物を飲み食いし、行きたい場所に、行きたい時に行ける生活など、夢のまた夢となった。
そんな状況でも人々は生きていかなくてはならないし、充分に生きていける。
人々の生活は自然に寄り添い、生命の危険度が跳ね上がる中、人々は知恵を絞って対処してきたが、人類の武器は完全に失われたわけではなかった。
それが「古代文明」と呼ばれる今は無き文明の名残りであり、人々はその名残りを「遺跡」と呼んだ。
遺跡からは生活を助けてくれるような、知識や物資が多数、発見されており、人々はそれを解読し、ジグソーパズルを組み上げるように、長い年月をかけて一つ一つ組み合わせていったが、現時点で判明していることは一つしかない。
「古代文明の完全再現は無理だぁ!」である。
文明レベルを当時のものまで引き上げるには、資源と科学力、時間が足りなさ過ぎるのだ。
何しろ発見された技術を、ジグソーパズルのように組み合わせるのである。
見つかっていない技術もたくさんあるのだから、繋がらないところも多く、比べれば小学生に微分積分を教えるほうが遙かに楽であろう。
発見された技術がうまく繋がれば問題ないが、そうそう繋がらないし、繋がったところで、資源が無ければ再現出来ない。
いくら腕のたつ大工がいても、木材がなければ柱一本立てられないのだ。
再現出来たところで、安全性が確保されなければ使うに使えないし、安全性を確保するには、膨大な時間と物理的な代償がかかってしまう。
それでも人類はゆっくりと歩み続け、長い年月のうちに大小さまざまな国が、興国しては滅亡を繰り返していった。
そんな時代が長く続いたある日。
この星の北半球の大和大陸にある「大和王国」が、以前より交流のあった、北半球のユグドラシル大陸にある「アストレア王国」「ランドール王国」、北アンクール大陸の「ハートランド王国」そして、南半球にあるルーン大陸にある「ルーン王国」の五ヵ国に特使を送り、大和王国での五ヵ国会議の開催の開催を呼びかけた。
各国の国王はこれを承諾し、大和王国の西の都にある大和王宮にて、五ヵ国による国際会議を初めて開いた。
この五ヵ国は星の中でも強大な国力を持ってはいるが、様々な問題を抱えているのが実情で、例えば「ランドール王国」は、獣人種の国という事で周辺諸国から危険視されており、周辺諸国の敵対政策の対象となっているし、国自体が高山地帯のカルデラ湖を中心としている国家なので、土地柄から思うように作物が採れず、食料事情の悪い国家である。
また、「アストレア王国」は大陸の中でも強大な国家ではあるが、国土を広げる為に行ってきた、侵略行為の積み重ねによる周辺国家の不信感は相当根深く、親交の深い国は数少ない。
「ハートランド王国」は世界最大の国土を所有しているが、国土が広すぎるために国土全体の三割も開拓されておらず、極端に人口密度が低い。
ルーン人種の国「ルーン王国」のあるルーン大陸は、広大で実りの多い国ではあるが、周りを海に囲まれており、孤立した状況な上に部族間による紛争が頻繁に起こっていた。
「大和王国」も「ルーン王国」同様、周りを海に囲まれて孤立しており、大和大陸全土が斑鳩王国により平定されて、国名が「斑鳩王国」から「大和王国」に変わったばかりだ。
要するに、どこの国も「てめぇが食っていくだけで大変なんだ。他の家の事なんか知るか。」という状況なのである。
そんな状況の中、「大和王国」の女王「斑鳩の姫」が一つの提案を出した。
それが五ヵ国による加盟国の相互扶助を目的とした「国際連合」の設立である。
この提案を聞いたハートランド王国のハインズ王は、話の内容が理解が出来なかった。
ハインズ王からすれば、海の向こうの他国の事など知ったことではないし、そんな事よりも自国をまとめる方が最優先である。
国がまとまれば、数十年、数百年後に他国との間に侵略戦争が起こるかも知れないが、それは自分が考える事ではない。
後の王が考える事であり、相互扶助とは言え、海の向こうの国の発展には、現時点ではなんの興味も無いし、貴重な国力と国の発展に必要な、人員を割けるはずもない。
ハインズ国王は斑鳩の姫の前であからさまに笑ったが、ランドール王国の「リク国王」と、ルーン王国の「ルーン女王」、アストレア王国の国王「ジャン国王」は妙に冷静だった。
そこで、大和王国の参謀、上田正義が、国王達を前に国際連合の詳細な説明をした。
国際連合の目的は、各国の交易による世界の発展と情報の共有化であり、簡単に言えば「世界各国で共存共栄していきませんか?」と言う事だ。
こう言われれば、自国の余剰生産品を輸出し、変わりに不足している物が手に入るので、確かにメリットは大きいが、明らかに不可能な話である。
交易をしたくても、飛行艇を持っているのは大和王国だけなのだから、相手の都合に合わせた一方的な輸出入しか出来ない。
今回の会議にしても、大和王国から飛行艇が来たから開催出来たのであって、自国に飛行艇を持っている国は少ないだろうし、持っていても飛ばせられる可能性は低い。
事実、ハートランド王国にも20機程の飛行艇が現存しているが、1艇も動かないし、動いたとしても操縦方法がわからない。
動かない飛行艇などただの金属の塊だし、事実、二百機以上あったハートランド王国の飛行艇は、そのほとんどが金属に戻され、農具や鍋釜などの生活必需品に姿を変えた。
どの国にしても飛行艇の修復技術も無ければ燃料もないし、たとえ直ったとしても操縦技術がない。これは、全ての国が同じ状況だと言っても、間違いないだろう。
その点を踏まえても、斑鳩の姫の言う事は間違いなく夢物語だ。
各国の王がそう思っていたであろう会議のさなか、上田正義はある提案を出した。
「国際連合発足の際には、わが国から一定期間の間、技術者を派遣し、各国の所有する飛行艇を修理します。部品が揃ってれば、必ず飛ばしてみせるとお約束いたします。」
これには各国の王が驚いた。
ただの金属の塊を飛べるようにしてくれると言うのだが、それ以上に驚いたのは、大和王国が飛行艇を直せる技術を持っている事であった。
「いくら飛行艇があっても、飛ばせないのなら意味がありませんなぁ。」
ハインズ国王がそう答えたのは、暗に飛行艇の操縦技術も提供しろと言っているのだ。
そこですかさず上田正義が言った。
「操縦技術については、我が国で教習をいたします。また、国際連合発足の際においては、同時に「遺跡調査隊」の発足を提案いたします。」
「遺跡調査隊とは?」
ハインズ国王は思わず問いかけた。
「皆様もご存じの通り、世界各国には『古代文明の遺跡』が点在しております。これを調査し、古代文明の技術を解析する事により、加盟国間で過去の技術を共有します。しかしながら、遺跡調査は大変危険な作業になると思われますので、隊員には各国の武芸に秀でた者や、優秀な学者を集めたいと思います。」
上田正義の言葉を聞き、会議場は静まり返ったが、上田正義はさらに続けた。
「また、遺跡調査で得た情報の独占を防ぐため、遺跡調査隊は独立した機関として運用し、加盟各国から一律定数の人材を集めたいと思います。また、遺跡調査隊発足時において、大和王国からは、運営用に物資輸送用の大型飛行艇を5艇。遺跡調査用の飛行艇を20艇。遺跡調査隊に寄贈します。」
「ご提案は大変興味深いですが、それですと遺跡調査隊の公正さが損なわれませんか?」
ここで初めてルーン女王が口を開いた。
露出の少ない、白い巫女のような独特な衣装を纏った、美しいその姿と顔は、会場にいた全ての者の目を奪った。
「これにより遺跡調査隊の運営において、わが国の発言権が増すと言う訳ではありません。加盟国間の公正さを期する為に、大和王国としては寄贈させていただき、発起国の誠意として受け取っていただきたく思います。」
「我々ルーンの民は体も小さく、遺跡調査には向いていないと思われますが…。」
ルーン女王がそう言った通り、ルーン人種は小柄な体格で、身長が160㎝もあればかなり大きいとされている。
逆に獣人種は全体的に大柄で、ランドール王国のリク国王の身長は2m8㎝あり、ルーン女王との身長差は60㎝以上ある。
「ルーン人種の方々は、大変な料理上手と聞き及んでおります。現場作業だけではなく、そう言った生活面や学術面でご協力頂けますと、隊員達も大変喜ぶと思われます。調査期間中の食事は、隊員達にとって大きな楽しみになるでしょう。」
「しかしそれでは、貢献度に格差が生まれませんでしょうか。」
ルーン女王は、その美しい横顔に小さな陰を落とした。
「ルーン陛下。遺跡調査隊の設立目的は、相互扶助ではありませんか。扶助の型を気になさる必要はありますまい。私もルーン王国が美食の国と聞き及んでおります。私もルーン王国の料理を味わいたいものです。私も調査隊に入ろうかな?」
リク国王が、豊かな顎髭を撫でながらそう言って笑うと、上田正義が慌てた。
「リク王陛下。それはさすがに…。」
ハインズ国王以外の全員が笑い、場の空気が一気に和んだ。
「リク王陛下。是非とも一度、我がルーンにおいで下さいませ。その時は国を揚げておもてなしをさせていただきます。」
ルーン女王はそう言うと、リク国王に微笑んだ。
「それは是非とも。」
リク国王も嬉しそうに微笑んだ。
そんな中、ハインズ国王は涼しい顔をしながら頭をフル回転させていた。
『飛行艇が手に入るのは願ってもない事だが、斑鳩の姫の狙いはなんなんだ?ちっともわからん…。』
ハインズ国王からすれば、喉から手が出るほど食いつきたい話ではあるが、こういった話には必ずと言っていいほど裏がある。いや、無いほうがおかしい。
飛行艇が自国にあれば、まだ開拓出来ていない場所の開拓も楽になるだろうし、開拓した場所で新たな飛行艇が見つかるかも知れない。
そうなれば国力の強化に繋がるし、生活レベルが上がれば国民も増えていく。
住む場所はいくらでもあるのだから、人口が増えれば増えるほど国力強化に繋がり、将来的には世界の覇権を得る事も視野に入る。
国も戦も人の数だと、ハインズ王は思っているからだ。
遺跡から見つかったアレの解析も順調に進んでいるし、これで飛行艇が手に入れば怖い物はない。
その為には是が非でも飛行艇を手に入れたいと思っているが、あまりにうますぎる話であり、代償を考えると怖い。自国に持ち帰ってゆっくりと考えたいのが本音だ。
ハインズ国王がどうしたものかと思案していると、上田正義が言った。
「このお話には過分に時間が必要だと思われますので、ご返答は一ヶ月後と言うことでいかがでしょうか。」
「たしかに。」
五カ国の中で最年長者である、「アストレアの豪王」と呼ばれる総髪白髪のジャン国王は、険しい顔つきのまま言った。
「是非とも、持ち帰って検討したい話ですな。」
リク国王もジャン国王に続いて言った。
「異存はありません。」
ルーン女王も、目を伏せながら涼やかな声で話す。
しばらくの間をおいてからハインズ国王が、重々しい声で言った。
「そうですな。」
この会議の一ヶ月後、五ヵ国全てが国際連合の発足に賛成し、大和王宮にて調印式が行われたと同時に、連合国家は発足を記念し、この年から「連合歴元年」共通の暦として定めた。
国際連合発足と同時に「遺跡調査隊」も設立され、古代文明の遺跡の調査の難易度の高さを考慮し、上田正義の言った通り、加盟国から優秀な武芸者などを集めて、加盟国から依頼があれば現地に調査隊を派遣した。
何しろ何百年も前の遺跡であるため、中には見たこともないような素っ頓狂で凶暴な生物が生息していたり、遺跡が研究施設や軍事施設だった場所などもあり、遺跡毎に危険度は様々だった。
難易度の低い所は問題ないのだが、難易度の高い遺跡だと事故や怪我が頻繁に起こったため、加盟国に聞き取りをすると、過去には遺跡を調査した自国の軍隊が壊滅し、あまりにも危険な為に遺跡を封鎖したという事例が何件も報告されたので、遺跡調査隊は
「やばくね?これってやばくね?」
ということになり、加盟国から指導者を集め、調査隊員の教育に力をいれた。
各国から集められ、教育を受けた隊員達の活躍は目覚ましかった。
特に獣人種の国「ランドール王国」から派遣された調査員は、その強靱な肉体と優れた身体能力で、目を見張るほどの素晴らしい活躍をみせた。
また、調査隊設立に伴い各国の調査員達同士の交流が始まり、各国は教育の一環として互いに有能な指導者と見習いを相互に派遣し、交換留学が盛んに行われた。
この交換留学は調査隊だけに留まらず、芸術や食の文化交流にも広がっていき、国同士の交流が盛んになった。
連合歴元年。この年から世界が繋がり始めたのだ。