戦闘員のハヤミヤさん。(短編)
習作。プロットから完成まで所要時間三時間。
プロット段階ではもっとシンプルなラブストーリーだったはずなのに、勢いだけで書いたらこうなった。後悔はしていない。
「昔の戦闘員に求められたのは強さだけだった。けれど、昨今の戦闘員に求められるのは集金力なわけ。わかるかい、マツモト」
ハヤミヤさんが長い髪を掻き分けながら僕に言った。
「その話と、僕達が女子高生に改造手術されたことが、いったいどういう風につながるんですか?」
「いいか。結局、現代で一番手軽に儲かる仕事ってのは売春、つまりウリなんだよ。だったら、戦闘員は全員男にするより全員女にした方が組織は儲かるだろ?」
そう言いながら、ハヤミヤさんはおもむろにスカートの中に手を入れると、自分が履いているパンツを下ろし始めた。
「マツモト、お前も早くパンツを脱げよ。回収部隊が来る前に脱いでおかないと懲罰房入りだぞ」
ハヤミヤさんが脱いだパンツに指をひっかけて、くるくると回して遊びながら言った。
仕方なく、僕も急いでスカートの中に手を入れてパンツを脱ぎ始める。
「パンツだけで許される俺達なんてまだいい方さ。無理やりウリをやらされてるヤツらなんて、もっと悲惨だぞ? あんなの奴隷だよ、奴隷」
脱いだパンツを真空パックに詰め込むハヤミヤさん。僕もそんなハヤミヤさんに習い、パンツを真空パックに入れた。
事の始まりはバイトの求人広告だった。
わずかに高めの時給と、比較的良さそうな待遇、それに釣られてバイトに応募した僕は、悪の秘密組織に捕まった。
そんな僕に施されたのは、十七歳前後の少女に容姿を変え、頭にリモート式の爆弾を入れられるという改造手術だった。
悪の秘密結社に捕らえられ、改造手術を受けさせられたのは僕一人ではない。他にも数百人ほど同じ手術を受けた同志がいるらしい。
そして、その中の一人。僕の教育係を組織から任されたのが、先輩のハヤミヤさんだ。
三ヶ月間、一頻り組織教育が終わると、僕はハヤミヤさんと同じパンツ部隊に配属された。
パンツ部隊は二人一組で行動する。主な任務は偵察で、偵察が終ったら下着を脱いでパンツ部隊に渡し、朝になると新しい下着が支給される。
二人一組なのは、街でヒーローを見つけた時に一人がヒーローを見張り、一人が仲間を呼ぶため。そして、お互いを監視し合うためだ。
パンツ部隊の中では、僕達は比較的、行動の自由を許されていた。
ハヤミヤさん曰く、パンツ部隊には見た目の良い戦闘員しか配属されないらしく、これはある種の特権らしかった。
暇を持て余した戦闘員は、当然暇を潰すために遊興に走る。スポーツ、ゲーセン、ゲームブック、パチンコ、そしてセックス。
僕達は皆、見た目は少女だが、中身は男だ。そして、隣には見た目だけは綺麗な美少女がいつも隣にいる。
パンツ部隊の戦闘員達が互いに互いを慰めあい、求め合う状態に陥るのは当然のことだった。組織もそれを黙認していた。
しかし、僕は男同士で体を貪り合う他の戦闘員達が堪らなく気持ち悪いと感じていた。
幸い、ハヤミヤさんはそういうことに興味のない人だったようで、僕とハヤミヤさんは、よく暇を潰すために卓球をしていた。
「ハヤミヤさん、どうしたんですか?」
朝。いつものように新しい下着が支給され、僕達が一緒に着替えをしていると、ハヤミヤさんが急に固まった。
「ううん、なんでもない。ちょっと下着の中に画鋲が入っていただけ」
「いや、十分、何でもあるじゃないですか! ちょっと僕、回収部隊に行って文句を言ってきます!」
「いいや、マツモト。やめとけって」
そう言った後、ハヤミヤさんは僕に近づいて、やったのは多分あいつらだと、口パクで僕に伝えた――その時だった。ハヤミヤさんのふくよかな胸が、僕の小柄な胸を圧迫した。
「……あ、ちょっと。ハヤミヤさん。近い。近いですって」
照れている僕を見て、ハヤミヤさんは、あっはっは、と快活に笑い飛ばす。
パンツ部隊の中では、こうしたちょっとしたい嫌がらせは日常茶飯事だった。理由は、恋愛感情のもつれ。
ハヤミヤさんは、パンツ部隊の中だけでなく、回収部隊や売春部隊の戦闘員からも非常にモテた。だから、ハヤミヤさんがこういう嫌がらせを受けることは少なくなかった。
ある日、僕は他の戦闘員にハヤミヤさんがモテる理由を聞いてみた。
そして、僕は聞いてしまった――ハヤミヤさんが、改造された男ではなく、元々女性だったらしいという噂を。
それから僕は、ハヤミヤさんと一緒にいる時、普通ではいられなくなってしまった。
朝の着替えの時も、夜に一緒にパンツを脱ぐ時も、ハヤミヤさんが僕の後ろでそうしているということを考えると、胸がバクバクと高鳴るようになってしまった。
僕が何かおかしい、ということは、当然、いつも一緒にいるハヤミヤさんにはすぐ伝わった。
けれど、ハヤミヤさんは気づかないフリをしてくれているようだった。
その日の夜も、僕達は一緒にパンツを脱いだ。しかし、いつもと違っていたことは、僕達の部屋に回収部隊がなかなか来なかったということだ。
「ったく、いつまで待たせるんだよ。悪い、マツモト。俺、ちょっとトイレ行ってくるわ。回収部隊が来たら、パンツ渡しておいてくれ」
ハヤミヤさんはそう言って、部屋を出て行った――脱ぎ捨てたパンツを残して。
僕の目はパンツに釘付けになった。ハヤミヤさんの匂いを、知りたくて堪らなかった。
欲望に負けた僕は、飛びつくようにハヤミヤさんのパンツが入った真空パックを開け、ハヤミヤさんのパンツの匂いをくんくんと嗅いだ。
途端、がたんと部屋の扉が開いた。
ハヤミヤさんだった。
ハヤミヤさんは、目を丸くして、ぽかんと口を開け、ハヤミヤさんのパンツを嗅いでいる僕を見下ろし続けた。
僕は何も言えなかった。言えるはずがなかった。
カチ、カチ、カチ、カチ、と部屋の壁に掛けてあった時計だけが音を鳴らしていた。
しばらくして、ハヤミヤさんは、くくくく、とお腹を抱えながら噴出し、やがて、大爆笑を始めた。
「マツモト。やっぱ、お前も男なのな。いーよ、気にすんな」
ちょうどその時、回収部隊がやって来た。ハヤミヤさんはいつもの調子でぼやきながら、回収部隊に僕達のパンツを手渡した。
その後、ハヤミヤさんが、僕がハヤミヤさんのパンツの匂いを嗅いでいたことについて触れることは一度もなかった。
ハヤミヤさんに欲情していることを知られてしまった僕は、ハヤミヤさんと一緒にいる時、努めてハヤミヤさんにそれを悟られないように振舞った。
この頃から、僕とハヤミヤさんは、少しずつ、一日の中で一緒にいる時間が短くなった。
そして、僕はといえば、夜、ハヤミヤさんが寝静まった後に、自分のベッドの中で一人で処理するのが日課になってしまった。
「マツモト。お前、俺と一緒にいるの、辛くないか?」
卓球のラケットをくるくると回しながら、ハヤミヤさんが言った。ものをくるくる回しながら喋るのが、どうやらハヤミヤさんの癖らしかった。
「ハヤミヤさんは、僕と一緒にいるの、嫌じゃないですか――?」
あんなことをされて、と後に続けようと思ったが、罪悪感からか、言葉が上手く出てこなかった。
「俺、前もさ、組んでいた相棒と同じようなことになったんだ」
ハヤミヤさんが、虚ろな目をしながら言った。僕は何も言えず、ハヤミヤさんは言葉を続ける。
「良いヤツだったんだよ。けど、そういうことされそうになって、俺、わけがわかんなくなって思わずそいつをぶん殴っちゃったんだ。そいつは懲罰房に連れて行かれて――後は知らない」
くるくる回っていたハヤミヤさんのラケットがぴたっと止まった。僕の中で、ハヤミヤさんに対する何かが無性にこみ上げて来た。
「ハヤミヤさん! 僕、ハヤミヤさんが本当は――!」
そこまで言ったところで、ハヤミヤさんは僕の口に優しく人差し指を当てた。
「――マツモト。それ以上言ったら終わりだぞ。俺達の、この関係は」
ハヤミヤさんにそう言われ、僕はまた何も言えなくなってしまった。それからすぐ僕達はアジトに帰った。そして、一緒にパンツを脱いだ。
翌日の朝、いつものように目を覚ますと、ベッドにハヤミヤさんの姿はなかった。
その代わり、ベッドの上に、一枚の書置きが残されていた。
『マツモト。お前は悪くないよ。俺がおかしいんだ』
そして、ハヤミヤさんはそれっきり何も言わず、僕の前からいなくなってしまった。
ハヤミヤさんがいなくなった後、代わりの補充要員はあっという間に現れた。
その新人は、僕を先輩と呼び、僕はハヤミヤさんが僕にしてくれたように、彼にパンツ部隊での生き抜き方をレクチャーした。
次第に彼もまた、パンツ部隊に配属された他の戦闘員達と同じように、自分以外の戦闘員に恋をするようになった。
僕がそういったものに興味がないと知った彼は、当然のように、僕以外の戦闘員と付き合い始めた。
ハヤミヤさんがいなくなって一年ほど経った頃、僕の新しい下着の中に画鋲が入っていた。
僕はくすっと笑って、不意にハヤミヤさんを思い出した。ハヤミヤさんは、今、一体、何をしているんだろうか。
事件が起こったのは、それから三日後のことだった。
いつものように新しいパンツを履いて偵察に出かけてみると、一時間ほど経ったあたりでアジトから無線が飛んで来た。
『ヒーローがアジト支部を攻撃中! 近くにいる戦闘員は直ちに現場に急行せよ!』
緊急指令である。
緊急指令が発令された後、近くにいる戦闘員は、すぐに現場に行かなければ、頭の中の爆弾が爆発するようになっている。
僕達はたとえ何も出来ずにやられるとわかっていても、現場に行かざるを得なかった。
僕達が現場に行ってみると、そこにはおびただしい量の戦闘員が倒れていた。だが、ヒーローの姿はすでにどこにも見えなかった。
仕方なく、僕達は倒れている戦闘員達の救護に当たることにした。
僕は救護に必要な人手を集めるように新人に指示すると、本当にヒーローがいないかどうか確かめるため、辺りを見回った。
その時、僕は倒れている戦闘員の中に懐かしい顔を見つけた。
ハヤミヤさんだった。
僕はその時、悟った。ハヤミヤさんが、僕のために、僕をこれ以上苦しめないために、あえて自分から待遇の悪い戦闘部隊に転属したのだと。
大粒の涙が、僕の頬から自然と零れ落ちていた。
居ても立ってもいられず、僕はハヤミヤさんを抱えて、ハヤミヤさんを安全な場所へと連れて行くことにした。
「……マツモト? どうして……」
僕がアジト支部の崩れた一室に残されたベッドにハヤミヤさんを寝かせると、ハヤミヤさんはちょうど目を覚ました。
僕はハヤミヤさんの服を脱がすと、所持していた救急セットでハヤミヤさんを手当てした。
ハヤミヤさんは、そんな僕に呟くように声をかけた。
「マツモト。お前、いつか俺に聞こうとしたよな? 俺が本当は女なんじゃないかって」
僕は何も言わず、淡々と処置を続けた。
「実はさ、俺もわかんないんだ。お前がまだいなかった頃、俺達は本当は女だけど、改造手術で男だった記憶を植え付けられているって言われてたんだ。戦闘員として扱いやすくするためにな。
けれど、その後、組織は改造手術は男を女にするためだって言い始めたんだ。だから、俺にもわかんねぇんだよ」
そう言ったハヤミヤさんは泣いていた。僕が見た、初めてのハヤミヤさんの泣き顔だった。
「なぁ、マツモト。俺は……俺はおかしいのかな? 自分が、男だとも、女だともわからない俺は、一体何なんだろうな……」
ハヤミヤさんが声を上げて泣き始める。僕も、涙で視界がぼやけていた。
僕だって、ハヤミヤさんと同じだ。自分が男だとも、女だともはっきり言えない。
けれど、僕はたった一つだけ、ただ一つだけ確信していることがあった。
「……僕はハヤミヤさんが好きです。あなたが好きです」
僕は、ハヤミヤさんを力いっぱい抱きしめた。