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第25話:侵攻遅滞

「父より書状は受け取ったであろう?」

「はっ……しかしながら殿下、この地を抜けたとして隣国ヒュマノ王国のアイゼン辺境領を通るだけの理由とは、なりえないかと」


 ベゼル帝国西端のポルトガフ辺境領。

 そこに、1人の青年が300人の騎士を引き連れ、領主邸を訪れている。

 邸内に入れたのは、その騎士団を指揮するベゼル帝国第二皇子ジェファード・フォン・ベゼルと副団長のカース・フォン・ミアードの2人のみだった。

 ポルトガフ辺境伯が応接間にて対応をしているが、かなり苦しい表情を浮かべている。

 現在進行形で良好な関係を築き上げている途中である、ヒュマノ王国に対して軍を率いての入国。

 戦争目的ではないといっても、それはこちら側からの一方的な主張に過ぎない。

 こと最近に至ってはルークのお陰もありアイゼン辺境領とポルトガフ辺境領は、密接な交易関係にある。

 それらの交易はかなりの経済効果を生み、自領の発展に大きく貢献している。

 その立役者でもあるルーク・フォン・ジャストール。

 そして、今回の出兵は彼の討伐が目的とのこと。

 認められるわけがない。

 彼自身、ルークを自分の目で見ている。

 どう考えても、魔王と呼ばれるような為人ではない。


「であれば、素直に隣の国への門を開くがいい。勅命であるぞ」

「お言葉ですが殿下、かの国とは10年以上争い無く良い関係を築いております。であれば、悪戯にこれを刺激するのは好ましくないかと」

「黙れ! 貴様王命に逆らうつもりか? 反逆罪でこの場で切り捨ててやってもいいのだぞ?」


 ジェファードの言葉に、ポルトガフ辺境伯が盛大にため息を吐く。

 その皇帝陛下に渡された書状が、何よりも問題なのだ。

 簡単にいえば隣国に魔王生誕の兆しあり。

 これを確認し、事実であれば討伐する必要がある。そのために、調査と場合によっては討伐のためにジェファードと騎士団を派遣するとの内容だった。

 それを難しい言葉で飾り立てているが、その内容を文面通りに受け取れというのが無理な話だ。

 その魔王とされているのがルークであるという情報も、当然ポルトガフは入手している。

 目の前で激昂している自国の皇子を見て、頭を抱えそうになる。

 ただの馬鹿ならよかったが、我を押し通すための演技が多分に含まれた脅しだというのは分かる。

 微妙に頭の回る馬鹿だから、余計に手を焼くこととなる。


 そもそも隣国に魔王が生まれたなら、今頃は隣国が大騒ぎになっているはずだ。

 だが、そんなことはない。

 それどころか、別の意味で大騒ぎになっている。

 誰も思いつかないような革新的な施策や、発明を次々と行っている町ができたからだ。

 しかもその町のある領地は、今や隣国の王都が気を遣うまでに発展している。

 その恩恵をもっとも受けているのは、国境を挟んだ反対側にあるアイゼン辺境領。

 そしてこの国でそのアイゼン辺境領と最も深く親交しているのが、ここポルトガフ辺境領なのだ。

 原料をこちらから輸出し加工品を輸入するといった関係で、お互いに助け合い今なお発展を続けている。

 ある意味ではポルトガフ辺境伯からすれば、ベゼル帝国の皇帝以上に気を遣う相手なのだ。

 そこに魔王がいるからちょっと通してねなんて、そんな戯けたことを言えるわけがない。

 その領地に向かう騎士団を素通りさせたとなれば、今後の関係悪化など手に通るようにわかる。

 目の前のアホ皇子が何の間違いか勇者に任命されたことは、耳に入っていた。 

 だが、それは第二皇子の派閥が神輿をかつぐための、プロパガンダのようなもの程度にしか捉えてなかった。

 帝都から遠く離れた辺境の領地であれば、特に影響もないだろうと。

 しかし、ことここにいたって、まさかの魔王を名目に侵攻を開始しようとするなど。

 そしてそのことを信じて疑う様子の無い第二皇子と配下の騎士団に対し、頭を抱えるしかなかった。


「なんだ、そいつはお前の部下じゃないのか?」」


 その時、窓から青年の声が聞こえてくる。

 仮面を被ってはいるが、声から若いことは判断できる。

 窓の淵に腰を下ろして恰好をつけている青年を見て、ポルトガフ辺境伯が声をあげる。


「おい、侵入者だ。すぐに人を集めろ!」

「それには及びません。彼もまた、ジェファード皇子と同じく魔王討伐の任を受けた勇者の一人です」


 しかしそれを制したのは、ジェファードに付き従って入ってきたカースだった。

 彼は勝手知ったる顔で、仮面の青年の紹介を始める。

 少し悦に入ったような表情に、ポルトガフ辺境伯が嫌そうな表情を浮かべる。


(だからその、勇者だの魔王だのってのが胡散臭いから、素直に通せないんだ。これなら、まだ隣国の発展を妬んで侵攻するから手伝えと言われた方が、まだましだ)


 そんなことを思いながら額を押さえて、首を横にふるポルトガフ辺境伯。

 その仕草が癇に障ったのか、仮面の青年が窓枠を蹴ってポルトガフの目の前に詰め寄る。


「お前、生意気だな」

  

 そして、腰の剣を抜いて斬りかかる。

 とはいえ、その剣はピタリとポルトガフの目の前で止まったが。

 ポルトガフが表情を消して、感情の宿さない瞳で目の前の青年を見つめる。

 その表情には驚きも何もなく、ただただゴミでも見るかのような視線を送るのみ。

 

「貴様……素性も分からぬ者の分際で、よくも私にこのような真似を……いくら、ジェファード殿下の友人であっても許されることではないぞ!」


 ポルトガフ辺境伯が一拍置いて、覇気を放つ。

 少しも動じることなく仮面の青年を睨みつけて、全力で威圧を込めた怒声を浴びせる。

 その迫力は、青年が思わず後退るほどのものであった。

 

「辺境伯許してやってくれ。彼も魔王に煮え湯を飲まされて、必死なんだよ……彼は私より酷い状況なのだよ。周りの殆どが光の勇者である彼のことを信じてくれずに、孤立して私の下に来たんだ。多少は目を瞑ってやってくれ……それと、お前も短慮はやめろ」

「チッ」


 ジェファードが慌ててポルトガフに頭を下げると、仮面の青年に苦情を言う。

 だが、どちらもその表情は微塵も悪いと思っていないのが、ありありと伝わってくる。

 いや一人は仮面をかぶっているため、態度からではあるが。

 短慮というのは、どちらもだろう。

 そもそも、この侵攻自体が無理がありすぎる。

 ポルトガフが、なるほど2人が友足りえたわけだと思わず失笑する。


「申し訳ないが、どうあってもこのまま国境を越えていただくことは難しいですね。先ぶれをアイゼン辺境伯に出させていただかなくては」

「それでは、意味がないではないか……魔王に気付かれる。アイゼン辺境伯が魔王の手に落ちていないとも限らないし」

「間違いなく、あいつは魔王の味方だぜ? 辺境伯の息子が、魔王の兄と懇意にしてたからな」


 ジェファードの言葉に、仮面の男が嘲笑するように答える。

 ポルトガフ辺境伯の表情が、険しいものになってくる。


(辺境伯と仲の良い貴族子弟……やはりジャストールの子倅のことで間違いないか……違ってほしかったが。そして目の前のこの無礼者も光の勇者か……ということは……馬鹿が……馬鹿だ馬鹿だとは聞いていたが、ここまでの大馬鹿者とは……)


「リカルド・フォン・ヒュマノ第三王子……」

「本当に優秀なんだなあんた。でも、それを言葉にしたのは間抜けすぎるだろう」

「おい!」


 ポルトガフ辺境伯が仮面の青年の正体を言い当てた瞬間に、再度リカルドが剣を抜いて迫る。

 ジェファードが止める間もなく鮮血が辺りに飛び散り、ポルトガフ辺境伯が信じられないものを見るような目でリカルドを見つめる。


「その程度で……勇者だと?」


 彼は迫って来た剣を軽く躱すと同時に手首を掴んで捻り剣を奪い取り、そのままリカルドの肩を軽く斬り払っていた。

 リカルドからあまりにもあっさりと剣を奪えたこと、こちらの攻撃を躱せず彼が傷を負うまでの流れは、ポルトガフ辺境伯が驚くくらいにスムーズだった。


「ポルトガフ! 貴様、私の友人に」


 自国の皇子の言葉に、流石のポルトガフも頭に血が上るのを感じる。 


「先に斬りかかってきたのはそちらでしょう……というか、隣国の王子が我が国の貴族に逆上して斬りかかってきたことの方が問題でしょう!」

「ぐっ、貴様は誰の味方なのだ? ベゼル帝国の帝国貴族ではないのか?」

「私は民とこの国の味方です! 逆に、貴方が誰の味方なのですか? 他国の王族が自国の貴族に斬りかかってきたのですぞ! しかも、殿下のご客人が、理不尽にも正当な理由なく! ことと次第によっては、貴方の責を大声で追及しても良いのですぞ!」

「いや……あっ、それはだな……」


 ポルトガフの余りの剣幕にタジタジとなってしまったジェファードに対して、彼は心底失望した視線を向ける。


「こんな簡単な問答すらできぬとは……」


 ポルトガフがどうにもならないとばかりに、大袈裟にため息を吐く。

 揃いも揃ってというか、両国のバカ王子が揃って目の前にいることで厄介ごとが果てしなく悪化し続けていることに頭を痛めている。

 しかし、ここを通さないわけにもいかないことは分かっている。

 馬鹿が馬鹿なりに頭を使って、なんの間違いか皇帝陛下の勅命の書かれた書状を用意してきたのだ。

 これを突っぱねたら、間違いなく国家反逆罪で除爵されかねない。

 下手したら、一族まとめて連座ということも。


(あのクソ皇帝が……バカ息子を甘やかしやがって)


 ポルトガフの内心にも沸々と怒りがこみあげてくるが、どうにかこの場を納めるしかない。


「申し訳ない。無防備な状態で突如斬りかかられたゆえ、やむなくできうる手段で対処したまで。傷の手当てをさせていただくゆえ、暫し時間を頂きたい」


 ポルトガフが全力で威圧を込めて、言葉を掛ける。

 ジェファードもカースも特に気にした様子はないが、無言で頷いてその提案に対して了承の意を示す。

 実際には2人とも足が竦んでいたのだが、表情だけは取り繕っていた。

 いくら勇者に任命されたとはいえ、相手は国境で常に危険に立たされ訓練を欠かすことのない根っからの軍人貴族だ。

 その猛者を相手に、英才教育を施された程度のボンボンが勝てる道理はない。

 踏んできた場数、経験が異なる。

 そして人同士での本気での命の取り合いすら行ったことないジェファードが、対抗できるはずもなかった。

 気圧されるように、相手の主張を受け入れたことが彼のプライドを刺激したが。

 提案された内容が至極まともだったため、何も言い返すことができなかった。


「明朝の出発であれば、相手側に先ぶれを出すこともできますので」

「仕方あるまい。こいつの短慮が招いたことだ」


 リカルドのせいにすることで、どうにか自尊心を保つことができたが。

 代わりにリカルドが、射殺さんばかりの視線をポルトガフに向ける。

 それを受けたポルトガフは、さも残念な子を見るような視線を向けるだけだったが。


 カースがジェファードの指示を受けて、外に待機させた騎士たちにこの町で一泊することを伝えに行ったが。

 ジェファードとリカルドは、このままポルトガフ邸に一泊することとなった。

 隙をついてこの2人を縄でふんじばって、隣国に手土産として亡命しようかなと脳裏によぎったポルトガフであったが考えるだけに留めておいた。


 その代わり隣国の各方面に向けて、うちのアホ皇子とそちらの残念な王子が魔王討伐にうちの国の騎士を集めて明日侵攻しますという手紙を速達で送った。

 そう最新のエアボードを使った高速輸送。

 エアボードの魔石燃料で可能な航行距離ごとに基地をおいた、高速輸送。

 馬よりも早く、ポルトガフ辺境領領都からアイゼン辺境領領都まで1時間。

 そこからジャストールまでこれまた1時間。

 さらにそこからヒュマノ王都まで2日で届けてくれる。

 普通なら。


 しかしジャストールに手紙がとどき、それがルークに届いたなら。

 緊急事態なら、秒で各方面に届く。

 そして、そのことをポルトガフ辺境伯を始めベゼル帝国の者たちは誰も知らなかった。

 高速輸送は知っていても、ルークが転移や念話を使えるということは……

 さらにいえば、従者のフォルスやジェノスも使えるというか……フォルスに至っては神託という手段で全国民に一斉送信できるくらいに優秀であった。

 

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