第24話:不穏
「本当に案内されればされるほどに、素晴らしい町だと思わざるを得ないね」
リックがミラーニャの町を一周する馬車の客車で、思わずつぶやいてしまったような声が聞こえて視線を向ける。
6頭立ての馬車で、15人まで運べるバスのようなものだ。
まあ、客車には相変わらず軽量化等の工夫はされているが。
王族からのお褒めの言葉だ。
祖父が聞けば、大層喜ぶだろう。
「気に入って頂けたようで何よりです殿下」
「うん、将来的に君もこの町に住むのなら、私も移住を考えてみようかな?」
リックの言葉に、その場にいた全員が視線を向ける。
皆から注目された彼が、思わず目を細める。
すぐに取り繕って苦笑いで返す彼に、どこまで本気なのかちょっと不安になった。
近くに座っていたエルサも、悪くないかもとか言ってるけど。
親御さんが聞いたら、泣くぞ?
いや、将来的にはどこかに嫁ぐのだろうから、結果は……
政略結婚を拒んで、ミラーニャの町で悠々自適な暮らしは許されないと思うんだけど?
クリスタも頷かない。
というかせっかく将来有望な王族、貴族跡取りと同席してるんだからもっと違う方向に頑張ればいいのに。
「私はルーク様のおられるところに、あります」
ジェニファは相変わらずだな。
でも俺達、まだ付き合ってすらないんだけどな。
というか、親同士の同意がないと無理な身分だし。
身分差のことを考えると、かなり難しい気が。
外堀は確実に埋められているけど。
「もう、ジェニファは」
マリアが溜息を吐いているが、どこか優しい目をしている。
「特に道が奇麗に維持されているのも凄いが、孤児や浮浪者が全くいないね」
「ああ、これだけ多種多様の職種があって、需要もあれば働き口に困ることはありませんから。それに社会保障も充実してますし、大店や大きな施設には福利厚生も厚くするようにアドバイス、指導できる人間を商業ギルドに用意してますし。それと、そういったことに関する勉強会も行ってるので」
「社会保障? 福利厚生?」
この世界にはいわずもがな、はっきりとした福利厚生という概念はない。
似たようなことをやっている商店はあるが、制度としては存在していないから。
従業員であれば商品を安く購入できるとか、衣食住の住の部分に関して補助をしたり。
食堂等の賄いもそうだし、ベースとなるものはあるのだ。
もちろん貴族お抱えの騎士や、陛下直属の騎士たちにはもっと踏み込んだ特権もある。
それらを形にしてガイドラインを作りさらには現代地球の知識も流用し、ある程度の指標をこの町のありとあらゆる施設に推奨している。
まあ、観光都市ならではの手法もたくさんとれるからな。
大店が従業員が長期休暇で使える施設を作ったり。
全員参加のレジャー施設日帰り旅行を企画したり。
さらには食堂付きの独身寮などなど。
永年勤続表彰なども、従業員のモチベーションの向上と離職率の低下に役立つ等の話も。
そういったものを、ざっくりと説明をした。
「なるほど、その従業員が利用する施設のスタッフに、引退した者たちを雇い入れたりもしているのだな」
「ええ、歳がいって第一線を退いたといっても、まだまだ元気な方は多いですからね」
「しかし、それだけ働いたなら、もうゆっくりしたいものだと思うのだが」
「それが、最初は余暇を楽しむみたいですが、何も仕事をしないのもまた苦痛らしく」
そもそもこの世界は終身雇用というか、生涯現役な部分が大きいから。
退職金という仕組みにも驚いていた。
いや、退職の際に多少は餞別を送ることはあるみたいだが、勤続年数に比例した特別手当という考えはほぼないと。
「まあ、ここ数年で始まった仕組みですけどね」
商業ギルドが、組合員に対しては積み立てを提案して、退職金の管理の手伝いもしている。
もともと貸金庫のようなものを扱っていたが、いまでは商業ギルドに銀行業の真似事までさせている。
まあ両替とかも扱っていたから、前身としては申し分ない。
他にも小さいところは一定額の負担で利用できる施設を、商業ギルドで用意したりもしている。
国民共済やかんぽの宿みたいな感じかな?
まあ、ここでいったら領民共済施設になるけど。
「素晴らしい仕組みだけれども、形にするのに時間が掛かりそうだね」
「まあ、職人街の方々を納得させるのには、苦心しましたね。彼らは技術を学べることが何よりの福利厚生だといってのけましたし……雇用側にあたる親方も、従業員にあたる弟子も」
「当人たちがそれで納得できるならいいのではないか?」
「まあ、そうなんですけどね……ただ、やはり業種によっては事故や怪我はつきものですから。その辺りの保障のためにも積み立ては必要だと根気よく説明して、組合に加盟してもらいました」
まあ、説明したのはジェノスだけどな。
非現実的存在の極みのくせして超現実主義者の彼からすれば、色々と理解できない部分が多かったらしい。
逆に質問攻めで、職人方を困らせていた。
結果として、彼らが根負けしたので良かったと思おう。
しかし、嘘みたいな町だ。
改めて王都と比べてみて、自分がしでかしたことに苦笑いしてしまった。
流石に現代日本のような街並みとはいかなくとも、ファンタジーの世界のアミューズメントパークのようにはなっている。
色々と現代っぽい物や技術が使われた、ファンタジーな街並み。
昭和村や明治村の施設に、業務用のクーラーがついてるような。
昭和の街並みに似つかわしくない自動販売機があるような。
お土産物売り場に至っては、もはや普通の平成、令和の施設と遜色ない電子機器が使われていたり。
うん、そんな感じのちぐはぐな街並みになってしまったが。
分かってくれる人はいない。
分かってくれる神はいるが。
随分とみんなが楽しんでくれているようでよかった。
みんな大量のお土産を買いこんでいたが、いつまでいるつもりなのだろう?
日持ちするものばかりとはいえ、食料品に関しては少し心配になる。
化粧品関連も。
それでも、リック達の笑顔を見ていると、まあ傷んで失敗するところまで含めて観光旅行かと自信を納得させる。
一応、魔法で保存期間を延ばせるよう手助けはしておいたが。
そして彼らをホテルに送り届け、祖父の邸宅に用意されている自室の扉を開いてため息を吐く。
そして、横ではフォルスが即座に片膝をついて、頭を垂れている。
「ずいぶんと久しぶりだね」
「おお、寂しかったか弟よ」
俺のベッドの上で、膝を組んで本を読みながらくつろいでいる男を見てあまり良い予感はしない。
「色々とこっちも問題が起こったのよ」
その横には可愛らしい女の子がうつぶせになっている。
足をパタパタとさせながら顔を持ち上げて、お菓子をつまんでいる姿を見て問題が起こったようにはみえないけど。
「その問題とやらを聞く前に、ベッドにお菓子をこぼさないでね」
「ふふ、私を誰だと思ってるの? こぼしたところで、いくらでも無かったことにできるのよ」
どや顔でそんなことを言われても。
最初から、こぼさないようにしてもらいたい。
「で、問題……フォルス、中に入れ。扉が閉められない」
「申し訳ありません」
扉を閉めようと中に入ったら、フォルスが相変わらず固まったままだったので中に入るように促す。
恐る恐るフォルスが室内に入ったのを確認して、扉を閉める。
「で、問題とやらを聞かせてもらおうか?」
「ああ、あっちだが、ちょっと厄介なことになっててのう。光の女神に手を貸しておる者がおったのだ」
「うん、どうりでやけに隠蔽が上手いと思ったのよね」
とりあえず、アリスは食べるのをやめてからしゃべろうか。
顔を顰めつつ、アマラに注意するように促す。
アマラが顔を引きつらせて、首を横に振っていた。
相変わらず、姉に弱いのか。
邪神アマラと、時空を司る女神アリス。
俺の兄と姉になる予定の、2柱の神だが。
アリスはジャストールの王都邸ではずっと一緒だったが、向こうで飼ってる子狼たちに執心でこっちについてこなかったんだよな。
問題が起こって……
「アリス? もしかするけど、子狼たちは?」
「勿論、連れてきたけど?」
どこにと言わなくても分かる。
布団が不自然に盛り上がっている場所がある。
カーラ、キール、クーラ、ケールの4匹が眠っているのだろう。
いや、もぞもぞと動き出したのが分かる。
「布団に入れるなよ」
「まあ、家族みたいなものじゃない」
「ペットだよ」
ペットを家族扱いするのは別にかまわないけど、俺は一線を引く派だ。
一週間風呂に入っていない犬と同じベッドで眠れる神経が理解できない。
実の子供でも一週間風呂に入ってなかったら同じ布団どころか、布団すら使わせたくない。
まあ、そんな子は今までの人生でいなかったが。
みな、きちんと毎日風呂に入る子ばかり……頭を毎日洗わない子はいたが。
「それで、話は?」
「ああ、リカルドだが……隣の国の勇者と組んで、軍を編成している。まさか、こっちが遅れをとるとはな」
そう言って、アマラが豪快に笑っているが。
後手に回ったところで力技で、どうにかできるということだろう。
いや、やるのは俺か?
「しっかりと根回しまでしてな。それなりに正当な理由をでっちあげているが……普通な無理筋な話だ。ここでも、光の女神が無駄に力を使っておる。結果、しっかりと部隊を作り上げて、出陣式を行っていたな」
そいつはまた、堅実なことでなにより。
物語のように勇者と選ばれた仲間のみで、魔王に挑もうなんて無謀なことはしないのか。
てっきり、勇者を集めて挑んでくるかと思ったが。
それにしても出陣式か……勇者を前面に押し出して、民衆の関心を集めているのだろう。
この国では無理でも、隣国では俺を魔王に仕立て上げてどうにかできるのか。
笑える。
「軍による侵攻で、ここを目指すようだ」
「なんでまたこのタイミングで……」
「今だからこそじゃよ。夏季休暇に合わせて、ここにお主が戻ってくるとの読みだな。国境側と王都だと……な?」
「それだけじゃなくて、隠蔽に長けた神の加護を受けた者たちも配備されてるみたいよ」
なるほど……
隠ぺいに長けた神ねぇ……
これってあれじゃないかな?
北欧神話の悪戯の神様と、その娘とか……
たしか娘の方は、隠すとか秘密にするって意味があったはずだし。
「はっはっは、そんな大した神ではない。まあ、そいつが介入しているのが問題なのじゃが、それはお主にとってではないのだ」
違うのか?
「この世界の下級神だ。まあ……光の女神のやつの頼みは断れんだろう」
アマラがフォルスの顔をジッと見ながら、話を続ける。
そういうものなのか。
深刻そうに話すから、思わず構えてしまったが。
いや……フォルスの顔が険しい。
そいつは、下級神の中でも厄介な部類に入るのだろうか?
「申し訳ございません」
と思ったら、急に謝罪が始まった。
「我が眷属が、まさかかような愚神に従うなどとは……」
あー……隠蔽に長けた神だと言ってたな。
ということは、闇神の管轄になるのだろう。
「あまりフォルスを責めてやるな。相性が悪すぎる」
「影を司る神だからねー……闇に溶け込んだら、分からないわよ」
そういうものなのか。
「まあ、バレた以上は……な?」
「ええ、もちろん」
アマラの言葉に、フォルスが悪い笑みを浮かべている。
碌なことにはならないんだろうな。
ということは、そっちはフォルスに任せてもいいってことか。
じゃあ、俺はリカルドの対応か……
「だったら、こっちから動いても良いんじゃないかな?」
「えっ?」
「明日、ちょっとあぶりだしてみようと思う」
俺の言葉にアリスが首を傾げているが、アマラがソワソワしている。
いや、影神の加護を得てこの町に潜んでいるのだろうが……潜んだ影の持ち主の知るところになったわけだ。
誰の足元に潜んだと思ってるんだ?
怪しい連中の情報なんぞ、全てを具に調べ上げてるに決まってるだろう。
「もう、あっちの軍は国を立つところだぞ? 間に合うのか?」
「迎え撃つ形になるのは、仕方ないね。初動が遅れたから、どう取り返すか。とりあえず、リック殿下達には早々に東に向かってもらおうか」
色々と来賓がいるタイミングで面倒臭いと思わなくもないが。
その辺りも、情報が回っているのかもしれない。
明日も観光の約束を取り付けられているから、ちょっと案内がてらその隠れてる者たちを引きずり出せるよう頑張ろうか。
「その笑み、魔王っぽいわよ」
うるさいわ。
次回更新は、来週の日曜日予定ですm(__)m