第21話:スパリゾート
「ホテルミラーニャにようこそ」
まあ、それでも疲労はあるだろうということで一行を今日の宿へと案内する。
流石にブレード家も、キャスパル家も侯爵家のことだけあって別荘を持ってはいるが。
なんていうか、皆でお泊り会というのに憧れていたというか。
男女別々の部屋にはしたが、初日は不敬かなと思いつつも同じ部屋にお泊りしてもらうことに。
リック殿下は当然、単独での宿泊だけど。
俺とアルトは、祖父の家でと思っていたのだが……
「初日くらい、みんなで楽しもうじゃないか」
とガーラントに強引に部屋に引きずり込まれた。
まあそんな予感もしたし、別に部屋自体は余裕があるから良いんだけどな。
ということで使用人に、祖父の元に走ってもらうことに。
今日は帰らないとの伝言のためだけに。
携帯電話の開発が急がれる……無理だな。
全く持ってできる自信がない。
アリス達に頼めば、色々と持ってきてもらえると思うが。
携帯電話の仕組みに対する資料から、電波の基地局等の設計図を。
簡単に盗んできそうだしな。
しかし、オーバーテクノロジーも甚だしいし、そんなに生き急いでも仕方ないだろう。
うん……最近気づいたけど、アリスに地球にひとっ走りしてもらって色々な物の設計図を持ってきてもらえばこの世界を近代日本に近づけることなんて簡単なんだよな。
しかも時空を司るアリスなら、未来の技術も持ち帰ることもできるかもしれないし。
リアルドラ〇ちゃんになれるだけの素質が……
「まあ、今日は皆さん自分のペースでこの中でくつろいでもらえたら。本格的な観光は明日ということで」
「ここがジャストール発祥のスパリゾートの中でも特に有名な、ホテルミラーニャだろう? といっても、他にはアイゼン辺境伯領に一軒ようやくできただけらしいが」
「なんていうか、全然時間が足りない気がします」
ジャスパーの言葉に対して、エルザがほうと溜息を吐いている。
流石にここはみんな同時にお泊りと思っていたので、リック殿下やビンセントどころかジェニファすら連れてきていない。
ホテル内の施設には室内プールもあるから、早速リック殿下とビンセントはアルトとガーラントを誘って向かおうとしていた。
他にも色々と設備があるんだけどね。
ボーリングとかもあれば、当然ながら岩盤浴やエステもある。
さらには室内グランピングのスペースまで。
そこではバーベキューもできるから、夜はそこで楽しむ予定だ。
希望者はそのままテントでの宿泊になるけど……まあ、育ちのいい彼らだから当然部屋に戻るとは思うけど。
***
なんというか色々とカオスな夜というか。
男性陣は疲労の色が濃いいのに対して、女性陣はやけにスッキリとした表情。
それもそうだろう……彼女たちは全員がエステでマッサージを受けて、その間仮眠もとっているからね。
質の高い仮眠のお陰で、頭もスッキリと冴えているのだろう。
それに対して男性陣は俺とアルトとキーファ以外は、フラフラだ。
テンションが高いからどうにか起きて、女性陣と一緒になって盛り上がっているが。
プールで4時間も全力ではしゃげば、当然のごとく疲れるだろう。
ジャスパーがしゃべりながら、声を出して笑いつつ、肉を焼いているが。
時折船を漕いで鉄板に身体の一部が当たって悲鳴をあげている。
それで一瞬目が覚めるみたいだけど、すぐにまたフラフラしている。
ガーラントは流石だな。
姿勢よく定期的に意識を飛ばしている。
声を掛けられたり、ちょっと大きめの物音が聞こえると目を開けて視線だけそちらに向けているが。
うん相槌もしっかりと打っているけど、たぶん話の内容は全く頭に入っていないだろうな。
明日には忘れているやつだこれ。
キーファはプールではなく釣り堀の方に行っていたからか、まだまだ体力に余力があるようだ。
ただ……
「ふむ」
真剣な表情で自分が釣り上げた魚を焼いて、時折笑みを浮かべているのはなんというか。
子供っぽいような、面倒な奉行系の大人っぽいような。
満足のいく焼き加減の魚を皿に移すと、丁寧に骨を取って身をほぐし始める。
そこまでやるかというほどに、ピンセットまで使って小骨を完全に取り除いている。
しかもうちの技術の髄を集めた、最新の手術用のピンセットじゃないかなそれ……
「お姉さま」
「ありがとう」
その魚、どうするのかなと思ったらマリアの元に持って行っていた。
なんだかんだで、姉弟中はいいのか。
熱いものは姉が冷ましてやっていたが、魚の骨取りは弟の役目かな?
「いつも骨を取ってもらっているので、お礼です」
「ふふ、キーファも成長するのね。嬉しいけど少し寂しく感じるわね」
そっか……そうだよな。
甘やかされてるなー。
なんだろう……ブラコン、シスコンに見えるんだけど。
どこか他人行儀な印象もあってか、不思議な姉弟関係に見える。
血が繋がっていないことをお互い知りつつ、生まれた時から一緒にいる姉弟みたいな……
「父も母も同じ人物ですが何か?」
隠れ見てたつもりだけど、しっかりとバレてたようだ。
キーファがこちらを見て、念押しするようにそんなことを言ってきた。
「リック殿下は……」
リック殿下は早々にワインを飲んで、ハンモックに身体を預けて寝てしまった。
こんな無防備な王族というか、この人はそんな油断した姿を見せないと思っていただけに意外だな。
「今日くらいは勘弁してやってくれ。最近はずっと弟殿下ののことで悩まれていたし、アルトが傍にいないことで気を張っていたからな。ようやく、安心して眠れてるんだ」
ちょっと顔を顰めただけなのに、ビンセントが慌てた様子でフォローを入れてくる。
「私ではちょっと力不足だったみたいだな。アルトの顔を見た時の殿下のほっとした表情がなんというか……」
いつもは同級生として一緒に遊んだりしているが、仕事の部分ではアルトの方がビンセントよりも信頼があるということだろうか?
立場としては彼の方が兄よりも上なのだが……まあ、ビンセントは辺境伯の後継という点で必ず領地に戻らないといけない立場でもあるからな。
城勤めの貴族になれないから、頼りにしても当てにはしていないということだろうか。
それにしてもリック殿下もなんだかんだで、リカルドのことが気になるのか。
やはり兄弟だからかな?
いやもしかしたら、リカルドが俺達に何かしでかさないかが気になるのかもしれない。
隣国に行ったという情報以降、詳細が入ってきていないからな。
光の女神による隠蔽が、かなり念入りに行われているし。
そろそろ動きがあってもおかしくないとは思うが。
この町にも、だいぶ草が紛れ込んでいるようだし。
なんだかんだでリカルドの息が掛かった貴族や、リカルドを担ぎ上げて一発逆転を狙っている貴族も少なからずいるようだしな。
その辺りはフォルスのお陰で軒並み把握できているとはいえ、無視できない勢力であるのも悩みの種だったりする。
「本当に気持ちよかったです」
「知ってたら、最初からここに泊まるようにしてたのに」
「そんなこと言ったら、伯父様が悲しみますよ」
女性陣の声に意識を引き戻される。
野郎どもは放っておいてもよさそうだけど、女性陣に接待しないとな。
現状キーファが色々と焼いてはくれているようだけど、マリアに持っていく頻度が高いからな。
他の女性陣にはアルトがしっかりとフォローを入れてくれているけど、兄も疲れているだろうし。
「クリスタの伯父上の別荘も、立派なものだと思うのだけれども」
「ああ、ありがとうございます。でも結局使用人もうちの領地からの方々だから、あまり家と変わり映えしないというか。料理に関してはジャストール料理を満喫したいのに、家で食べてるものと遜色ないものしか作れないから」
まあ現地で人を雇えばいいけど、自前で連れてきたりするとそうなるか。
料理人等は、まず引き抜きできないだろうし。
彼らにもジャストールの料理人としての自負はあるだろうし、貴族のお抱えになったら新しいレシピは入ってこないからな。
あくまで俺が提案する料理は、ジャストールの特産としてのものだからな。
レストランや料亭、それらに準ずるお店にしか渡していない。
「だったら、定期的に行っているうちの祖母主催の料理教室に、派遣させたらいいよ。そこでジャストール発の料理のレシピをメインに教えているからね」
「えっと」
「うん、紹介状は僕の方で用意しておくから、心配しなくていいよ」
飛び込みで参加できない料理教室。
というか、祖父母と縁のある貴族の家人しか参加できないんだよね。
流石に孫の友達の家人なら、問題なく入れてくれるけど。
なんだかんだで、祖父母もいいかっこしいというか、人並みに見栄を張りたい気持ちはあるようだ。
……決して孫自慢のための料理教室ではない。
ルーク・フォン・ジャストール料理教室という名目だけど、ただたんに俺がヒントを出したからちょっと名前を使っているだけだろう。
ほら、意外と俺のネームバリューって、それなりに効果あるし。
決して、俺を自慢する会じゃないはずだ……
やっぱり、友達の使用人を紹介するのは早まったかもしれない。
そしておおよその予想を裏切り、全員がグランピング会場での一泊を希望した。
……客室のベッドとか、かなり良い寝心地なんだけど。
スプリング搭載の最新のマットレスを使ったベッドなんだけど。
というか……うん、明日もエルザ達は泊まりたいって言ってたし。
今日はいいかな?
分かるよ。
その室内で快適な空間で、キャンプグッズで寝られるの。
ジャスパーは寝袋が気になってみたいだしね。
キーファは寝椅子で寝るのね。
ガーラントやビンセント、アルトも寝椅子ね。
なんかお酒飲んでいるのが違和感を感じなくもないけど、そうだな。
俺も姪や甥、果ては息子や孫が酒を飲むのを見る度に色々と複雑な感情が湧き上がっていたし。
***
「やっぱり手を抜いていたんだな」
「……アルト、お前……」
次の日にアルトと久しぶりに、全力で早朝訓練をしていたらガーラントとジャスパーが凄くげんなりした表情で声を掛けてきた。
てっきり見られていないと思って、ホテルの中庭で全力で手合わせしていたのだが。
何気にリック殿下の次に眠ったジャスパーが早くに目を覚まして、俺達の打ち合いを見てガーラントを慌てて起こしたらしい。
すぐに声を掛けてくれたらよかったものを、しばらく見ていたというか。
見入っていたらしい。
「別に手を抜いていたわけじゃないさ。加護を使ってなかっただけの話だよ」
「同じく。実力でお相手させてもらってただけなので」
シレッと返事を返したが、嘘はついていない。
加護やスキル、魔法を使ってないだけで、あくまで地力で全力で……はないけど、それなりに真摯に向き合ってたのは事実だ。
「いや、太刀筋すら見えないって……もうこの時点で、俺達のお爺様よりも上だと思うぞ?」
「ちなみに、さっきの打ち合いは全力なのですか?」
2人が唖然とした様子で、俺達兄弟の言い訳に納得してくれていないようだけど。
そして、ジャスパーからまた面倒臭い質問まで。
「……あー」
「……うん」
「嘘だな!」
なんて答えたらいいのかアルトが迷ったから、こっちも即座に答えが返せなかった。
そして、ジャスパーに結果ばれてしまった。
「お互い奥の手というか、色々と隠し事はあるよな? 兄としては、弟に隠し事されるとはと悲しい話だが」
「見せたらすぐに対策を取ってっ来る相手に、そうそう手の内は見せられませんよ」
アルトの言葉にため息をついて答えると、後ろからもっと大きなため息が2つ。
「これでも騎士団団長の後を継ぐために頑張ってきたのだがな……お前たち2人を相手に陛下を守り切る自信が完全に打ち砕かれたよ」
「ルーク……酷いじゃないか。本当に、私の師として十分足りえる力を持っているなら、もう本当に師になってくれてもいいじゃないか!」
こっちの兄弟も面倒なことになってきたな。
それからアルトがガーラントを、俺がジャスパーを必死になだめすかして納得してもらう。
うん、ガーラントをここに滞在している間アルトが鍛え、ジャスパーを俺が鍛えることで。
だからブレード兄弟は今後、常に俺達を行動を共にする予定と……
うわぁ、騒ぎそうなのが何人か思い浮かぶ。
本当に面倒な予感がしてきて、頭が痛くなってきた。