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第4・5話:庭師のロブスは見た

 うちのお坊ちゃまは、凄い方だ。

 ルーク様のほうだが。

 5歳児ではあるが、子供らしからぬところもある。


 いや、子供っぽいところもあるが。

 こないだも、アルト様と2人でシブーカの身をを取ろうと、木の上に登っていた。

 あの木は、枝が折れやすいからな。

 案の定、枝が折れてルーク様はアルト様の上に落ちていった。

 奇麗に空中でバランスを取りながら、アルト様の負担にならぬよう柔らかく着地したのもはっきり見だ。


 おっと、子供っぽいエピソードのはずが、おかしい話になってしまったな。


 その後、2人でシブーカの実にかじりついて、変な顔をしていたな。

 あの実は、渋くて食べられたもんじゃないんだよ。

 

 旦那様が、東の国から買ってきたのを、俺が育てたんだが。

 観賞用の植物だったようだ。


***

 誰だ、シブーカが観賞用だといったのは。

 俺はいま、猛烈に感動している。

 これほどの、美味しい食べ物に出会ったことがあったであろうか?

 

「うむ甘露、甘露」


 ルーク様が、顔を綻ばせてシブーカの実を食べている。

 いや、シブーカの実だったものといった方がよいのかな?


 3週間ほど前、お坊ちゃまはあの渋い実を食べてすごく変な顔をしたあと、頷いて20個ほど持って帰られた。

 それを見たアルト様も変な顔をしていたが、当の本人が嬉しそうだったので何か言うのをやめたようだ。

 やりたいことは、やらせてみる。

 そのうえで失敗したなら、兄である私が尻を拭えばよい。

 そんなことを、よく口にされていた。


 ……うむ、本当に9歳児か?

 ルーク様がおかしすぎて、アルト様が普通に見えるが。

 十分普通じゃない。

 こっちは、いい意味で。


 メイドから、ルーク様があの実をどうしたのか聞いてみた。

 どうも厨房に持ち込んだらしく、器用にヘタを残して皮を剝いていたらしい。

 ナイフを扱うルーク様を最初心配そうに見ていた屋敷付きのシェフが、その手際の良さに唸っていたとか。

 どこで覚えたのだろう。

 皮は剥いてもらえる立場だろうに。


 その後、沸騰したお湯に皮を剥いたシブーカを入れて、さっとすくい上げたと。

 厨房でおかしなことをしないように、シェフがしっかりと見張っていたお陰で細かい行動が聞けた。


 それを食べるのかと思ったら今度はメイドに紐をねだって、それらを6個ずつ括ってまとめ始めたらしい。

 ははあ、ネックレスにでもする気か?

 確かに見た目は奇麗な実だからな。

 違った……窓から干していた。

 これは、俺も庭から見えたから、知っている。


 少し肌寒い季節とはいえ、腐ったりしないのかな?


 ……案の定、2週間もすれば酷いことになっていた。

 あの橙色に艶を放っていたハリのあるみずみずしい実は、黒っぽくなりしわくちゃになっている。

 定期的にルーク様があれを、指で押さえたりしていたが。

 何かの儀式だろうか?


 食べ物ではないから、食べ物で遊ぶなとは言いづらいし。


 さらに1週間後、ルーク様がそれをもって俺のところにやってきた。


「吊るしてるのずっと見てたから、興味あるんでしょ? 美味しいよ」


 そう言って、一つ差し出してきた。

 子供のお遊びで作った、食べられない食べ物……

 大人を悩ませる、この状況。

 いかに上手に食べたふりをして、誤魔化……あああああ!


「お坊ちゃま! そんなもの口にしてはいけません! 腐っておりますよ!」

「ん? 腐ってないよ? きちんと殺菌もしたし、風通しがよくて湿気の少ないところで、天日に干してたからちゃんと乾燥してるよ? 夜は取り込んでたし」

「えっ? あっ、えっ?」


 なんだろう?

 言ってることがよくわからないが、腐らないための工夫をしたってことか?


「すっごく甘いからね」

「……」

 

 そう言って、キラキラとした目を向けられたら、断るなんて無理だ。

 あとで、トイレと仲良くなるかもしれないが……ここは勇気を出して。


 噛り付く。


「うむ甘露、甘露」


 横からそんな声が聞こえてきたが、意味は分からない。

 ただ、これが美味いのは分かる。

 でも……


「ずっと外に干してた実なんて食べて、お腹は大丈夫ですかねぇ?」


 独り言にも似た俺の質問に、お坊ちゃまがキョトンされる。

 こうしてみると、普通の子供なのだが。


「βカロテンが豊富だから、お腹は強くなるんじゃないかな?」

「……」


 また、知らない言葉が出てきた。

 別に、ルーク様は、それを俺が知っていてもいなくてもいいようだ。


「血の巡りがよくなって、健康になれるぞ」


 でも、その知識の出所が分からない。

 子供特有の妄言とかかな?


「菓子の甘みは、干し柿をもって最上とする」

「よく分かりませんが……」

「美味い菓子を作りたいなら、この甘みを目安にすれば良いってこと」


 ほう……

 貴族様が食べるような菓子なんぞ食った記憶がないですが、確かに言われてることが理解できてしまった。

 やはり、ルーク様はどこかおかしい。


 ルーク様と別れたあと、しばらく警戒していたがお腹を下す様子はなかった。

 もう一つ、もらっておけば良かった。

 そういえば、実はまだ残っておったな。


 自分で作ってみるか。


***

 何が悪かったのか、カビが生えてしまった。

 そして、自分で作る必要もなかった。

 いま、ジャストール家では一大干しシブーカブームが来ている。

 ルーク様は干し柿と言い張っておられるが、購入元がシブーカの木と言ってたらしいからな。


 旦那様と奥様が困ったような顔で、ルーク様をたしなめておられたのが印象的だ。


 ちなみに俺が食べた日に、手伝ったシェフとメイドも食べたらしく……シェフから旦那様と奥様に伝えられたらしい。

 すぐに干し柿がなくなって、ルーク様がため息をつかれていたとか。

 5歳児が、自分の作った美味しい食べ物を取り上げられて、泣いたり喚いたりするでもなくため息だけとは。

 アルト様の弟だけのことはあらせられる。


 ジャストール家だけのブームでは無くなった。

 ジャストール領の幻の名産として、貴族様の贈り物に消費されるようになってしまった。

 種から増やすことも挑戦しておるし、旦那様が東の国から追加で購入することも検討しておられる。

 

 まあ、ルーク様は自分の分を確保されていたようで、たまに少し分けてもらえる。


「柿は種まきか、挿し木で増やせたらいいが道具も揃ってないし手間だしな」

「挿し木とは?」


 ルーク様の独り言に突っ込んだら、気にするなと言われてしまった。

 気になる。

 しかし、忙しくなりそうだ。

 庭の手入れもあるから誰か雇うか、どこかの農家に任せてほしい。


 旦那様が経済効果が計り知れないとおっしゃってたから、しばらくは情報の秘匿のために屋敷内でのみの製造か……


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