第15話:クリスタ・フォン・オーバルハイデンの話 前編
第2章:第八話に出てきた子です。
「もうすぐ、着くんだよね? 楽しみね」
「ええ、そうね」
私は馬車に揺られながら、向かいに座っている友人の顔を見る。
キラキラとした目で、窓の外を眺めているが。
それもそうか、念願かなってジャストール領への観光旅行。
しかも、同級生がそのジャストール家の子息ともなれば、色々と期待もしちゃうわよね?
といっても目の前の友人、エルサも私も伯爵家の令嬢。
ジャストールは男爵家でしかないのだけれども……
「夢にまで見たジャストールの地まで、あとどのくらいかしら?」
さっきから、何回目の質問だろう。
いやまあ、分からなくもないが。
それでも、普段の馬車旅に比べたら遥かに楽なんだけどね。
うん……この馬車、本当にヤバいね。
揺れるんだけど、心地よい揺れというか。
下から突き上げるような揺れじゃなくて、揺り椅子とかゆりかごで揺られているような心地よい揺れ具合。
馬車酔いや、馬車による腰痛とは無縁とも思えるほど快適。
作ったのは、これから向かうジャストール領の職人さん。
そして設計したのは、ルーク……いや、ルーク様!
そう、これから向かう男爵領の御子息様だ。
なんで急にへりくだったかって?
そりゃ、ルーク・フォン・ジャストールといえば、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの超絶優良物件だからだ。
その領地運営の手腕たるや、まさに創造神がごとし。
我が心の友のエルサも狙っているのかと思いきや、彼女が狙っているのはジャストールに別荘を建てることらしい。
願わくば、ミラーニャの町かリーチェの町にとのこと。
いや、理想は両方にと。
ついでにできれば、ジャストールの町にもって……
どれだけ、金が掛かると思ってるのよ。
いまや、ミラーニャの町の別荘地の地価はうなぎ上りで、王都に屋敷を建てるよりも難しいって言われてるのに。
そこは、友達の伝手で?
この子、こんなに厚かましかったかしら?
そんなことを考えていたら、あっという間でもないけどもどうにかミラーニャの町に入ることが出来た。
「お待ちしておりました」
そして、入街手続きのために正門前の行列に並ぶのかと思いきや、馬車は正門横の詰め所に向かっていた。
出迎えてくれたのは浅黒い、執事服のイケメン紳士。
かっこいい。
「ジェノスと申します。この町とリーチェの町のコンサルタントを務めております」
「コンサルタント……?」
「まあ、領地運営の補佐とでも考えてください。ルーク様の専属の従者の一人にすぎませんので」
「専属の従者が、この領内でもトップクラスの経済成長を遂げている、2つの町の補佐?」
言っている意味が分からない。
これは逆に言えば、この人のお陰でこの2つの町がトップクラスの成長を見せているってこと?
だったらうちの領地に来てもらったら、ここミラーニャの町やリーチェの町がうちの領内にもできるってこと?
「勘違いされてもらっては困るのですが、ルーク様とリーチェの町の代官であるマルコス殿の間を取り持つ立場とでも考えていただければと。もしくは、ここミラーニャの町の領主代行のグリッド様のアドバイザーですが、経済政策や経営施策の骨組みはルーク様の提案によるものが多いのですよ」
くっ、引き抜きを考えたのが読まれたのか。
いかにも牽制みたいな、そんな説明がスラスラとイケメンの口から。
しかし……困ったような、憂いを帯びた表情もまた悪くない。
うん、ここでの経験を持って、うちの領地に来てくれたら……
あわよくば、お姉さまあたりをもらってくれれば。
「申し訳ありません、本来ならばルーク様がお出迎えに上がるべきところを、代理の私なんかが」
「いえいえ、招待していただけただけでも嬉しいです。しかも、こんな素晴らしい馬車で、お迎えまで来ていただいて」
ちょっと露骨すぎたかしら。
あからさまに、エルサに向かって話しかけ始めたイケメンを見て、少し考えを改める。
もう少し距離を縮める方向で動いた方がいいかもしれない。
うん、あとはルークを間接的に落として、彼をもらえないか……
***
「ほえー」
「ふぁー」
エルサと2人そろって阿保面を晒してしまった。
いや、仕方ないよね?
思わず口を半開きにしてしまったのは、しょうがないと思う。
だって、街の真ん中を川が流れてるんだよ?
しかも人工的に作られたものと分かる川だけどさ、その使い方というか。
うん、この時期に涼しさを演出するには、間違いないと思うけど。
その川の上に休憩するスペースを作ったり、あとは子供たちが足を濡らせる遊べる場所があったり、魚が泳いでいるエリアもあったりと……
ふと建物を見れば、中二階というか……屋根の部分に植物が生い茂っているのが見える。
そして、その奥にさらに建物が。
基本二階建てなのかな?
目抜き通りに立った瞬間に、口をポカンと開けて遠くまで眺めてしまったのは仕方ないと思う。
その証拠に、私だけじゃなくてエルサもポカンと口を開けている。
うん、しょうがないよね?
「ちょうど昼食の時間ですので、これから食事を行う場所にご案内いたしますね」
「はい」
エルサの声が上ずっているが、心ここにあらずといった感じだな。
返事はしつつも、目は忙しなくあちらこちらのお店の軒先を物色している。
はしたない。
私の友人はこんなに落ち着きが無かっただろうか。
うん、無かったな。
クラスでも、あのルークに率先して話しかけるくらいには。
他の生徒が遠巻きに見てて、あまり良い感情を抱いていない男爵家の子息。
家格も低く、ましてやリカルド殿下に目を付けられている始末。
クラスの有力な生徒全員に睨まれている彼に、笑顔で声を掛けたエルサに私は恐怖したね。
友人が、こんな勇者だったとはと……
結論から言うと、まあ友人の見る目は確かだったというか。
いい具合に転んだというか。
まさか、リック殿下やジェニファ様と懇意にされておられたなんて。
同学年の有力者の子息よりも、立場が上の先輩方とあんなに仲良く。
エアボードの開発者にして、トリックの第一人者としての知名度も凄いと。
曰く、リック殿下や、侯爵家や辺境伯家の御子息方が弟子入りするレベルだとか。
それでいて、年上の女性からも絶大な人気が。
あとこれは、たぶんあくまで噂だと思うんだけど……
この領地の領軍の方って、加護持ちが凄く多いらしくて。
王都の陛下直属の騎士団相手にも、分の良い勝負ができるとの噂で……
辺境伯の領軍が加われば、国家転覆も狙えるレベルの軍事力とのこと。
人数はそうでもないけど、少数精鋭すぎる!
いや、それだけ加護持ちってのは、規格外なわけで……
そして、ジャストール家の子供たち。
ルーク様のご兄妹方はみんな複数の加護持ちだとか。
リカルド殿下は馬鹿なのではないでしょうか?
いや、最近になって神の加護を持っているとの情報が上位貴族家に伝えられたうえで、緘口令が出された。
じゃあ、知りたくなかったとも思ったけど。
知らずにちょっかいを出して、大変な事故になる前にとの判断らしい。
うん、本当の上位貴族家当主と、あとはルーク様の同級生となる家の当主当てに陛下の封蝋印が押された封筒に入った書状が。
王族のシーリングスタンプとか初めて見た。
かっこいい……
いや、そうじゃなくて。
パパが顔を青ざめていたけど、聞けばそのシーリングスタンプ……王様がいつも指にはめている王家の印が刻まれた指輪のものと……
初代から代々受け継がれる指輪で、最重要事項の書類を納めるときにのみ使われる封蝋印と。
国家間のやり取りとか、まあとにかくすごいらしい。
たかだか伯爵家に送る手紙に、付けるようなものじゃないとか。
というか、代筆とはいえ陛下がわざわざ書き付けた文章を、伯爵家に届ける時点で異例だとか。
凄いね。
ルーク様のVIPっぷりに、思わずドン引きだったけど。
ルークで良いかな?
同級生だし。
どちらかというと、やっぱりジェノスさんくらいがちょうどいい気がしてきた。
だいぶ彼の方が年上だけど、姉といわず私とでも……