第14話:歓待
さて、うちに来る予定なのはエルサとクリスタは確定している。
2人とも伯爵家の御令嬢だ。
無礼がないようにしないと……
と言いたいところだが、他にも来る。
ジェニファとリック殿下。
もしかしたら、マリアとガーラント……
マリアはキーファの姉。
ガーラントはジャスパーの兄だ。
うん、2人ともアルトとも仲が良いし。
キーファとジャスパーが来るなら、着いてくる可能性はある。
いやいや、侯爵家からわざわざこんな片田舎にくるだろうか。
なんせ、うちは辺境の地だ。
ふふ、国境の近くともいえる。
交易都市とも……
殿下は間違いなく来るだろう。
ジェニファも……ほぼ来そう。
というか、絶対行くと言っていた。
準備に越したことはない。
全員が来た場合に備えて、動こう。
「久しぶりだね、前のりさせてもらったよ」
「お久しぶりです」
忘れてた。
第一号は、ビンセントだった。
うちの寄親でもあるアイゼン辺境伯の御子息だ。
アルトどころか、俺とも仲が良い。
そりゃ、来るか。
「あいにくと兄はまだ王都の方にいるみたいなので、私でよければお付き合いしますよ」
予定では、まずは買い物とのことだった。
だからと思ったのだが。
「いやいや、聞いたよ? 大型のレジャー施設を建設中だとか。そこでは魔石も魔力も使わずに、水の上に乗るボードがあるらしいね? そろそろ完成する頃だとも……」
あー……
ジェノスを見る。
「ええ、水の都に相応しい、疑似遊泳施設です。魔石と魔力回路によって、海を模したブースもありますよ? そこで、ボードに乗って波に乗るという、この国どころか恐らく世界初のアクティブスポーツを開発いたしました」
「それは楽しそうだ。完成は?」
「ええ、ルーク様の帰還に間に合わせる予定でしたが、少し工期が伸びてしまいまして……どうせなら、皆様がお集まりになった日にプレオープンをと」
「事前に、その水の上のボードの練習とか……」
「そうですね、安全確認のためのテストプレイを、人を雇って行おうと思っていたところなのですが」
おい!
辺境伯の御子息に、安全確認のための人身御供を頼む気か?
正気かこいつ……いや、精霊からすれば、人が勝手に決めた身分など関係ないかもしれないが。
少しは、配慮しても……
「それは大事な仕事だな……しかし、領民を危険にさらすわけにはいかないよな?」
なぜ、そこでこっちを見るビンセント。
「そして、我が領地の為に過去幾度となく奮戦してもらった、恩あるジャストール家の子息が参加するというのなら……私も祖先の代わりに恩を返し義を成すために付き合うのはやぶさかではない……いや、むしろ望むところだな」
ビンセントって、こんな子だったっけ?
うん、だいぶアルトやリック殿下に毒されてきてる気がする。
なんだろう、アルトの周りには我慢を知らない人が多いというか。
いや、確かに我を通せるだけの地位の人達の集まりではあるが。
欲望に、忠実過ぎるだろう。
「なかなか、面白い話をしているね」
「……なぜ、いる?」
「ん?」
「失礼しました。殿下はいつこちらに?」
ビンセントの言葉に思わず固まっていたら、さらに後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのある声。
聞こえちゃダメな声。
ビンセントが思わず剣呑な雰囲気で、問いかけるくらいには不自然な人物。
兄はまだ帰ってきていないはず。
だというのに。
「実は、昨日から宿泊していてね。悪いけど、君が着いてからずっと後をつけさせてもらったよ」
「殿下も人が悪い、声を掛けてくださればよかったのに」
「君の行動が気になってね……その、遊泳施設。私も、凄く興味があるな」
……なんだろう、大丈夫だろうかこの国は。
いや、リック殿下は今のところ、王位には付かないから。
問題ないといえば、問題ないけど。
「ルークが望むなら、兄を押しのけてでも「いや、望みません」」
なんか、不穏なことを言い出しそうだったので、先手を打って止めておく。
やめてくれ。
俺を巻き込むな。
結局、リック殿下とビンセントに連れられて、ほぼ建設が終わったプール型の総合レジャー施設に。
なるほど、ウォータースライダーやら、流れるプールもあるんだ。
そして、波の発生するプールが2か所。
一か所は遊泳用。
もう一か所が、ボード用。
ウェイクボードとサーフボードが選べるのか。
「冬は雪山を降りるためのボードがあるらしいな」
「へえ、スキーではなく、ボードで山を下りるんだね。それも興味深い」
海パン姿の王族と上位貴族って、かなり貴重な光景だと思う。
女性スタッフの表情が少しおかしなことになっているし。
大丈夫?
すごく、だらしない顔してるけど。
うん、だからと言ってそんな顔でこっちを見ないでくれるかな?
俺はほら、まだ子供だから……
身の危険を感じたので、2人を急かして波のあるプールに。
「先にあれを滑って、ウォーミングアップをした方がいい気がしてきたな」
「なるほど、なかなか楽しそうですね」
うん、そうとう高い場所から落ちる、ウォータースライダーの方が興味を引いたらしい。
なんでもいいから、さっさとしてくれと。
ビンセントの方を向いて、背中を押そうとして思わず固まってしまった。
……
ん?
あれ?
うーん……
気のせいということにして、やり過ごそうと思ったが。
どうも、無視できない雰囲気。
というか、圧を感じる。
諦めて、施設の外壁の一部のフェンスに目をやる。
さっき、ビンセントの肩越しに一瞬だけ視界に移ったそのフェンス。
見えちゃいけないものが見えた気がしたけど、しっかり見ても拙い気がした。
だから、ギリギリ視界の端に移る程度の視野の範囲内に収めて……やり過ごそうとも思ったが。
確信した。
そして、向こうもこっちが気付いたことに、気付いたことを。
「なんで、いるんですか?」
「驚かそうと思いまして」
仕方なくフェンスの方まで歩いて行って、声を掛ける。
ジッとこっちを見つめていた、ジェニファに。
「いや、心臓が止まるかと思ったので、その試みは大成功ですよ」
「私も心臓が止まるかと思いました。まさか、そのような大胆な恰好で屋外を歩いておられるとは」
……プールだからね。
しかも、子供だからね?
バミューダパンツだから、そこまで卑猥でもないと思うけど。
とりあえず、施設内外の女性陣の視線が……
うんリック殿下もビンセントもスタイル良いしね。
ジェノスも……
いや、ジェノスはいつもの執事服姿だけどさ。
ていうかさ……キーファ達やエルサ達がきちんと我慢して、日程通りにこっちに向かっているというのに。
なんで年上のあなた達が我慢できないんですかね?
「新しい施設を誰よりも先に体験してアドバンテージを取るのは、王族として当然のたしなみでは?」
「すぐ隣り合った領地で、お互いに懇意にさせてもらっていると思っているよ私は。だからここは私にとって第二の故郷ともいえる場所でもある。当然、地元の新しい産業ともなれば、誰かに聞かれたときに、知らないでは済まないからね」
「愛しい方のことなら、誰よりも先に知りたいと思うのは当然の乙女心です」
うん……少しは、欲望を隠して欲しい。
とりあえずエルサ達が来るまで、仕方がないから連日この施設で色々とモニターをしてもらうことになった。
いやいや、本格的な観光はエルサ達が来てからでいいよね?
流石に、そこはバラバラでやると、かなり面倒くさいから。