第10話:再会そして町案内 前編
「ジェノスもいたのか?」
「酷いですね。主の御帰還ですから当然出迎えに来ますよ」
「いや、てっきりミラーニャの町で待っているものかと」
町役場に行くと、村長とマルコスが出迎えてくれた。
そして、彼らの後ろに姿勢を正した状態の、ジェノスも。
フォルス同様、闇の精霊ってどうしてこうスーツ姿が似合うのかな?
黒髪に黒い瞳というのも、どこか不思議な感じはする。
そして仕事も出来そうだし、なによりもモテそうだ。
「大丈夫ですよ、あちらには私の後進がある程度育ってますし。数日程度なら空けても問題がないくらいに、上手く回っておりますから」
そうだよな。
元々町を管理していたおじいさまもいるわけだし、やっぱり見た目の通りに優秀なようだ。
「旦那様、本当に宜しいので?」
「ああ、今日一日はお前にルークのことを任せよう」
マルコスが父ゴートと何やら話をしている。
今日は、マルコスが俺の接待をしてくれるようだ。
というか、村の進捗状況の報告を兼ねての、案内かな?
町か……
思えば、本当に大きくなったな。
思わず、頭を押さえてしまった。
大きくなった、予想外に。
そうだよな、俺主導で開発を進めれば、多少の自重はしただろう。
無計画になんでもかんでも広めればいいってものでもないし。
これまでの既得損益や慣習、環境保全やら所得格差など色々と考えないといけないものも多い。
だが、生産者がみなゴールが見えていて、自身の努力で開発を行い成功を続けたら?
そりゃ、誰かしら何かしらの役割についていた。
なんせ、元は小さな村だからな。
ということは村民たちは自身の力で、それぞれが多方面に様々な発見と成功を着実に……そして一足飛びで進めていくわけだ。
そりゃ自身が得意としているもので、さらなる成果を出し続けたら楽しくて立ち止まることなんてしないよな。
そして、村社会の仲間たちだからな。
彼らの収入は、ほぼ同程度に伸びていくはずだ。
現状、最初からいた村人たちが役員というか、雇用者になって外から労働者を雇っている状態。
外から来る人達も、勤労意欲は高いからな。
そして、物を開発すれば開発するだけ、作れば作るだけ業績が上がる企業。
事業拡大に、生産力向上。
それに伴い、新たな雇用拡大。
人を雇う、生産力があがる、作った分だけ売れるので売り上げも上がる。
需要がまだまだあるので、さらに設備を増やし人を雇う。
と同時進行で新商品の開発。
それが、また売れる。
うん、知ってる。
この状況……バブルってやつだな。
幸いにして融資関連の銀行業の仕組みなんてほとんどなく、ようやく合同出資なんてのがあったりする程度で、当然株式なんてものも存在しない世界だ。
だから、いまこの町で発展している事業のほぼすべてが、有限会社みたいなものだからな。
バブルが弾けるリスクも、弾けた際の影響も地球ほどではないだろう。
しかも、常にヒット間違いなしの新商品をあと100年程度は作り続けられるだろうし……
どこかで、自重をさせないと……崩壊までが長ければ長いほどに、ダメージは広がるからな。
金融関連に手を出してなくて、本当に良かったと思った。
***
案内してもらえばもらうほどに、めまいがしそうになる。
最初は住宅区からだったが。
道もマカダム舗装から、一部アスファルトやセメントに変わっていた。
さらに道のへりには芝生があって、街路樹も奇麗に並んでいる。
「しかし、当初からこうなることを見越しての区画整理はお見事でしたね」
「まあ、思った以上にでかくなってるけど」
「最初は村の西側に街道でも走らせるのかと思いきや、まさかあれが目抜き通りになるとは」
「どっちにしろ、面積は広げる予定だったからね……はは」
最初に村の西側に作った道なのだが。
当初作ったものの、三倍の幅にまで広がっている。
いや、分かるけどさ。
最初の計画でも十分に広かったと思うよ?
片側二車線の歩道付きの道路くらいはあったのにな。
いまじゃ、片側四車線くらいの道幅がある。
その真ん中に露店や屋台があるから、まあ無駄に道だけというわけじゃないんだが。
「お祭りのときは、特に便利ですよ。町の中心の道だけで祭事の殆どが完結できますし」
マルコスがべた褒めしてくれているが、実際問題想定外だ。
想定外に、発展している。
商業地区は昨日もチラッと見ただけだけど、ショーウィンドウとか凄いなー程度の感想だった。
でもねー……まさか、マネキンにゴーレムの技術を取り込んで、自動で定期的にポーズを変えるマネキンとか。
野菜の鮮度を保つための、温度管理と湿度管理のできる透明のケースとか。
武器防具も、魔道具の類がかなり割安で売られてたり。
道具屋のポーションの瓶もさることながら、食器関連の進歩も目を見張るものがある。
さらには、製紙関連の発展もやばい。
紙コップまで作ってたりして、なんというか……中世と近代と近未来が混在した混沌都市となっている。
職人舐めてた。
いや、確かに大量の職人をスカウトしてこの村に送り込んでいたが。
頭おかしい。
それらの原因は、俺が作り上げたエアボードで使った魔力回路。
そして、同調の効果による具体的イメージの共有。
あとは、彼らの熱意か。
魔力回路が、ここまで技術の発展に貢献するとは。
それが最初に使われたのが、子供のおもちゃにも近いエアボードっていうのがなんともいえないが。
結果として、様々な魔法技術によって古代から中世初期程度で低迷していた様々な文化や商品のモダナイズが行われた。
そう中世の品が現代風に一足飛びで進歩したことで、古き良きイメージを踏襲しつつ現代日本並みに便利な品に進化した。
そのうえで、魔法技術を取り込み、近未来的な現象を起こす品に魔改造されている。
「これは魔力を流し込むことで、常に冷えた水が飲めるデカンタです」
「へえ」
「魔力増幅用の魔石と回路も組み込んでますので、ほぼ魔力消費なしで水がいくらでも出てきます」
……
富裕層向けのレストランで、マルコスの説明を受けながら食事に。
食事が運ばれてくる前に、目の前に置かれたデカンタの説明をされたが。
もう、なんていうか。
おかしいよね?
本当に、魔法の道具だよね。
雀の涙ほどの魔力で、永久に冷えた水が湧き出るデカンタとか。
そして、そのデカンタをおく受け皿とセットで、真価を発揮する。
受け皿にも魔石と魔力回路が仕込まれていて、この受け皿に置くと自動で魔力がデカンタに送られる仕組みと。
受け皿には無属性の魔力を出力するための回路が組み込まれているらしい。
デカンタの底面にも細工がしてあって、受け皿に魔力を流すよう指示するスイッチの代わりになっていると。
完全に俺の手を離れて、俺でも分からん技術が使われていることだけは分かった。
「ここの料理は、きっとルーク様もお気に召されますよ」
「いや、まあマルコスがお勧めしてくれるお店なら、どこでも間違いないと思うけどな」
「ふふふ、来てからのお楽しみですよ」
そして、届いた料理を見て思わず息をのんだ。
まさかの前菜がきんぴらごぼうだとは。
そして、口に入れたら間違いなくきんぴらごぼうだった。
「ということは、出来たのか?」
「ええ、味醂も醤油も近いものができていると思いますよ」
あまりの懐かしさに、思わず涙が零れそうになってしまった。
いや、俺が王都に行く直前にどちらも近いものが出来ていたが。
これは、もはや俺の知っているそれそのものだ。
「マルコス」
「ええ、そうおっしゃると思って、すでにお願いしてますよ」
そう言ってマルコスが指をならすと、コック帽をかぶった男性がクローシュの乗ったお盆を持ってくる。
そして、目の前でクローシュを外す。
「こちらが醤油、味噌、味醂、ポン酢です。ルーク様が作られたものを、ルーク様の説明された味に近い形に仕上げたつもりですが、完成品をご存知なのがルーク様だけですので」
シェフがそう言って、俺の前に小皿を4つ並べる。
七味と柚子胡椒は、ほぼ完成品に近いものが出来ていたが、この4つはなかなか満足のいく味ではなかった。
目の前に出されたものをスプーンですくって、掌に移し舐めてみる。
味噌も、味醂も、ポン酢もほぼ間違いなく俺が知っているものだ。
醤油ですら、少しぼやけた味ではあったが、ほぼイメージ通りだった。
「これは驚いた」
「どうでしたか?」
「醤油はほぼ完成だな。いや、醤油にはなっている。あとは熟成や製法の工夫で味を色々と試してみるのがいいと思うが、他の3つは俺の思っている味だ」
「それは、よかったです。これから、これらの調味料を使った料理をお持ちしますので是非ご堪能ください」
シェフが満足そうに頷くと、そのまま奥へと戻っていく。
その後ろ姿を、唖然とした表情で見送っていたら、横から笑い声が聞こえた。
見ると、マルコスがクスクスと笑っている。
「これは、ジェノス様とそこの料理長が一生懸命試行錯誤して作られたのですよ」
なるほど……ジェノスの力を借りたのか。
だったら、納得のできともいえるか?
きっと、フォルスも噛んでるだろうし。
そうなると、アマラからヒントをもらった可能性もある。
あいつの方が、俺よりも詳しいかもしれないし。
なんせ、地球に行ったことのある神様だからな。
米も、なんとなく日本人でも食べられるクオリティのものが出てきた。
まあ、味醂が出来てる時点で、ある程度の想像はできていたが。
しかし……マルコスのしたり顔を見ると、ちょっと悔しくもあるが嬉しくもある。
あまり食べ過ぎないように言われたけど、まだまだ俺を驚かすつもりらしい。
楽しみで仕方ない。
それはマルコスも同じようで、凄く嬉しそうな表情で俺の食べる様子を見ていたので、少し気恥ずかしかった。