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第4話:キーファとジャスパー

「おはよう」

「……」


 気分を切り替えるために、元気よく挨拶をして教室に入ったのに全員に無視された。

 しかも一度こちらを見た後で、視線をそらして挨拶を返さないという性質の悪い無視だ。

 そうか、この世界でもいじめってあったんだな。


「おはようございます」

 

 ああ、エルサきみだけだよ。

 こんな僕に話しかけてくれるのは。


「おはようございます。今日はいつもと髪型が違うんですね、よくお似合いですよ」

「ありがとう! 最近王都で流行ってるみたいなの」


 うん、縦ロールが増えた。

 俺が縦ロール姿の女性に囲まれることが多いから、それで勘違いしたのかな?

 前の、ウェーブが掛かった長い髪を普通に下ろしていたのも嫌いじゃなかったけど。


「またジャストールの話を聞かせてくださいね」

「ええ、いつでも喜んで」

「ふふ、ありがとう」


 ああ、心のオアシスが去ってしまった。

 いや好意を抱いているとかではなく、ただ単に子供らしくてかわいくて和むだけだ。

 流石にひ孫のような子に懸想するほどの、見境なしではない。

 ジェニファーは……まあ、都合まだ年上だからな。

 

「おはよう」

「おはようございます、ジャスパー様」

「あー……あぁ……」


 なんか言いかけて、今度は下がり気味に返事が聞こえたけど。


「また、戻ってしまった。もう敬語は不要だ……殿下の側仕えの話も無くなったし、将来は騎士団に進むことになりそうだ」

「いやいや、それ以前に家格が」

「気にするな。侯爵家の息子であって、侯爵でもなければ嫡男でもない。兄が家を継げばただのジャスパーだ」

「いや、侯爵様の弟君……」


 なんか、言ってる意味がよくわからないけど。

 とりあえず、仲良くしようと歩み寄ってくれているのは分かった。

 分かったが、ただでさえ殿下の件で悪目立ちしているのに、ここでジャスパーと目立って仲良くなってしまったら悪い噂が立ちそうで怖い。


「その心配はありませんよ。逆に殿下の元側仕え候補の2人と仲良くすることは、ルークの悪い噂を払拭するのに有効かと」

「キーファ様」

「おや? ジャスパーとは気安い仲なのに、私には連れないね?」


 頭が痛くなってきた。

 いま、俺の机の周りにジャスパーとキーファという、2大元側仕え候補が。

 

「俺がうまく立ち回っていたら、殿下もルークもこんなことにならなかったかもしれないと思うと、気が重い」

「そうですね、せめて殿下がルークに暴力をふるう前に止めることができていれば。欲をいえば、最初から橋渡しができていればとも思いますが」

「ああ、俺もルークと仲良くなれた時点で、殿下との間を取り持つべきだった」


 何、他人事みたいな話をしているんだキーファは?

 お前も、十分何かできたと思うぞ?


「言葉でのやり取りは丁寧なのに、存外腹の中は正直なのですね」

「怖いから。人の心を読まないでもらえますか?」

「ということは、私の憶測はおおむね正解だと?」


 もうやだ、この子。

 上手に取り繕っているつもりなのに腹の底を読まれるということは、この子が人の機微を読むに長けていることも大きいだろう。

 だが、それ以上に俺が身体に引っ張られすぎているというか、年相応の感情表現を無意識にしているのかもしれない。


「ルークは表面上心を隠すのが上手いが、こうこちらの心に直接語り掛けてくるというか」

「分かりますよジャスパー。彼は思っていることを顔にも、口にも、態度にも出さないくせに、こっちが勝手に理解できてしまう。ある意味では、ユニークスキルではないかと思えるくらいに」

「……」


 それ、なんてサトラレだ?

 いやまあ、キーファが重要なことをいった。

 ユニークスキル。

 ああ、変化じゃなく同調の力が無意識に働いているのか。

 それか?

 ジャスパーが、やけに思った以上に俺に歩み寄ってきたのは。

 ならば、他のクラスメイトも歩み寄ってくれれば。

 いや……腹黒い部分まで同調してたら、近づくのを戸惑うか。

 漠然と皆、俺がリカルドをはめたことを感じ取っているのかもしれない。

 ならば、クラスメイトの態度もさもありなんだな。


 いや、もしかして当初からリカルドの態度がおかしかったというか、エンジン全開でこじらせていたのは俺のせいか?

 ……思い返せば、ジャスパーに対しては元々悪い印象は受けていなかった。

 目の敵にはされていたが、正攻法でしか俺に何かしようとしない部分に対しては、少なからず好感を持てていたのは確かだ。

 筋は通っていないけど、一貫性はあると認めていたからな。

 そして、キーファに関してはある意味で悪い印象ではあるが、悪意のある印象はもっていなかったな。

 ただ、ちょっと意味の分からない、得体のしれない子と思ってはいたが。

 

「最初の頃のルークは、少し不思議なよく分からない生き物のように見えてましたが、今は多少は為人が分かったつもりですよ」


 ……そうか。

 これは俺も反省すべき部分はあるな。

 他の生徒の態度もそうなのだが、俺が抱いている印象に近い行動をとる者が多いというか。

 俺が最初の人生を経験して得た記憶から、知っている生徒のルークに対する行動によって印象が分かれていたというか。

 実行犯以外に対してはそこまで悪い印象は持っていなかったからか、そこまでいじめが加速することもなかった。

 逆に実行犯に対しては、俺が悪い印象を抱いていたせいで、それに近い行動をしていたのか?


 リーナに対して最初の人生のルークは好意を持っていたことで、お互いに一時惹かれあっていたと。

 しかし今世ではリーナに対して、そんな感情は持ち得ていない。

 結果として、リーナは俺じゃなくてフォルスに興味が移っていた。


 ジェニファは?

 俺は彼女のことを、第一印象で奇麗な人だと思った。

 ルックスだけなら好みだと。


 思わず頭を抱えてしまった。


「どうしたルーク?」

「何か、嫌なことにでも思い当たりましたか?」


 とりあえず、キーファうるさい。


「はい、少し静かにしましょう」


 ……

 これは早々に、同調の方をなんとかしないといけないな。

 少なくとも、コントロールできるようにならないと。

 誰に相談すべきか?

 アリスか? 

 いや、碌なことになる予感がしない。

 アマラか……あまり、頼りにはならないが。

 しかし、実際のところスキルや魔法に対しては造詣が深いからな。

 ある意味、キーファのお陰だな。


「いや、気にされなくていいですよ」


 早急に、コントロールできるようにならないと。

 いや、今のうちにクラスメイト全員に対して、好意的な印象を持てるように頑張るのも悪くないな。

 子供たちの美点を見つけて認めるくらい、俺にとっては訳ないしな。

 人間観察をしつつ、同調を抑える方法を捜そう。


 ……そして、今回もどうやらリカルド含め、多くの人に対して悪い方向へと人生を狂わせたっぽいな。

 知らず知らずのうちに、最初の人生の仕返しをリカルドにしてしまったらしい。

 今世でも色々とやられたせいでい、リカルドやオラリオ、バルザックに対する印象を正すのが難しいかもしれないが。


 バルザックのこと馬鹿だと思ってたから、余計に馬鹿になったのかと思うといたたまれない。

 元からだった可能性が高いけど……ということを、考えたらだめなんだな。

 いや、何かを見落としている気がする。

 俺がどう思ったかなのか? 

 いや、俺がどう思われてるか……そっちの方が重要じゃないのか?

 となると……光の女神も……


「凄いな、見てるだけでルークが色々と考えているのが分かる」

「でしょう? 彼ほどわかりやすい人はいないかもしれませんね。しかし、嫌われていないようでよかったです」


 考え込んでいたら、目の前でジャスパーとキーファが興味深そうに俺の顔を見ていた。

 恥ずかしい。

 色んな意味で。


「あっ、いや、俺にその気はないぞ?」


 照れるなジャスパー。

 微妙な空気になるだろう。

 

***

 ジャスパーとキーファのお陰か、少しばかり周囲の視線が和らいだ気がする。

 授業を終えて、昼食の時間。

 相変わらずアルト達と一緒というか、ジェニファ達と一緒というか。

 流石にそろそろ同級生と、交流を持ちたいのだが。


 キラキラとした視線を向けてくる2人を前にして、断れる雰囲気ではない。

 いつも通り拉致されて、食堂に、

 ただ、いつもと違うのはジャスパーとキーファが加わっていることか。


「ジャスパーは最近顔を出さないけど、早朝訓練はちゃんと続けているのかい?」

「申し訳ありませんアルト様。殿下のことがありましたゆえ、周囲の視線を気にして足が遠のいておりましたが、また近々行かせて頂こうとお伝えしようと思っていたところです」


 アルトがジャスパーに声を掛けると、慌てふためいた様子で応えていた。

 若干顔を引きつらせ頬を汗が伝っているあたり、本当に兄を上に置いてくれているのがよくわかる。


「家でお前に習ったことをちゃんと繰り返しているから、進歩はしてないかもしれないが悪くなっていることは無いと思うぞ」


 ジャスパーの兄のガーラントが、助け船を出している。

 どうやら、兄弟仲は元に戻ったらしい。

 ジャスパーが少し照れくさそうにしているが。


「そういえばキーファ、あなた最近エアボードに嵌まってたわね? ちょうどいい機会だし、ルーク君に教えてもらったら?」

「あれは肉体をほどよく鍛えるのに、良い機材ですから。しかし、姉上のおっしゃるように、級友と同じ趣味を持って交友を深めるのも悪くありませんね。ルークさえよければ、今度ご一緒しませんか?」


 何を考えてるか分からないけど、立場上断れるわけもなし。

 まあ、手のかからない子のようだし、孫と遊ぶくらいの感覚でいいだろう。


「たまにルークは妙に上から目線になりますね」


 特に気にした様子もなくキーファがそんなことを言い出したが。

 敢えて口に出すことでもないだろう。

 いや、侯爵家の子供に態度に出すだけでも、不敬かもしれないけどさ。


「ルークは大人びているからね」

「師であるときは、俺の祖父や父と大差ないオーラを持っているぞ? 内面が成熟しているのだろう」


 アルトとジャスパーが庇ってくれたが、俺も気を付けるようにしよう。

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