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第1話:敵情視察

「どちらへ向かわれているのかしら?」


 王都の目抜き通りを歩いていたら、聞き覚えのある声に呼び止められる。

 ふわりとした良い香りが、包み込んでくる。

 振り向いた先には、縦ロールの奇麗な少女が。

 前王弟殿下の孫である、ジェニファだ。

 今日は淡い黄色の外出用のドレスか。

 春らしい装いに、思わず目を奪われる。

 すぐに気を落ち着かせて、簡単に答える。


「ちょっと、教会でお祈りでもあげようかと」

「あら、それは殊勝な心掛けですわね? ちなみにどちらの教会ですか?」


 面倒だな。

 これで引いてもらえるとも思えなかったが、改めて突っ込まれると言葉にしづらい。

 俺がこれから向かうのは聖教会なのだが、王族である彼女なら俺と聖教会の因縁くらい知っているだろうし。

 如何、誤魔化したものか。

 いや、嘘をついてもすぐにばれるな。

 ついてくる気満々の顔をしている。


 もしかして、待ち伏せでもされていたのかな?

 いつも、タイミングよく現れるが。


「そんなことはしませんよ。ただ、ルーク様の情報を、とある筋から……」


 怖いな。

 俺の表情から、思っていることを読み取っただろうこともだが、それ以上にその筋のことが凄く詳しく知りたいのだが。

 聞いたところで、どうせ笑って誤魔化されるだろう。

 今度は俺が、誤魔化される側か。


「聖教会に向かうところですよ」


 大げさにため息を吐いて、正直に答える。

 どうせ、そのとある筋から向かう先も、聞いてそうだし。

 こう見えて人気者の俺は、周囲にたくさん人がいるからな。

 王城からの目付に、他の貴族たちからの見張り、果ては聖教会からも人が出ている。

 教会関係で言えば、最近は他の教会からも見張りのようなものが来ているな。


 その中に紛れ込まれたら、流石に分からんわ。

 誰が、どの勢力かまでは調べてないからな。

 最近では地の神を信仰する陸上教会と、火の神を信仰する神炎教会から人が出されているのは知っている。

 叔父から排除されないところを見るに、害はないのだろうが。


「私もついていきましょう」

「なぜですか?」


 当然のようにそう言って俺の手を取ったので、思わず素で聞いてしまった。

 その前に一瞬腕を絡ませようとしていたみたいだが……

 身長差的に腕が組めないんだよな。

 俺の方が背が低いから。

 少しみっともない。

 これじゃあ、姉と弟だ。


「なぜって? 心配ですから」


 心配ねぇ……


「ルーク様が、聖教会でなんと呼ばれているか存じ上げております」

「なるほど……で、なぜ今日はやけに他人行儀なのですか? いや、言動はそうでもないのですが……言葉遣いが」

「外で意中の殿方とデートですから。それらしく振舞った方が、気持ちが」

「なるほど……このような美女に思いを寄せられる果報者になれる日がくるとは、人生とは分からないものですね」


 俺の言葉に、ジェニファが頬を染めている。

 本気か、この女。

 まあ、4歳年下の旦那というか、4歳年上の嫁というのも悪いものではないが。

 現状は、小学6年生と高校1年生という状態。

 貴族って凄いな。

 何も気にしてないどころか、冗談とも思えなくなってきてる。


「まあ、純粋にどういったところか、確認に向かうだけですから」

「私でも、何かお役に立てると思いますよ」


 何を言ってもついてくるのだろう。

 仕方ない。

 フォルスが空気になっているが、大丈夫かな?

 流石に王族の前で、従者が口を挟むなんて無礼は働かないみたいだが。

 そこまで完璧な従者を演じなくても。

 神が、人に遠慮するとか。


『ルーク様に遠慮したのでございますよ。憎からず思われているご様子でしたので』


 人の色恋沙汰とか、如何にも興味無さそうな存在なのにな。


『主の伴侶になる方には、興味はありますよ』


 まあ、良いか。

 あまり脳内に直接話しかけられると、ついつい意識が散漫になるから深く考えることはやめておこう。

 というかだ、彼女の方の従者は?

 あっ、遠くの方で寂しそうな表情を浮かべている初老の男性がいるな。

 どうやら、あまり近づかないように言われているのだろう。

 つい手招きしようとしてしまったが、ジェニファが嫌がっているんだ。

 碌なことにならないだろう。


***

「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件で?」


 そもそもが、この教会の嫌なところの一つがこれだ。

 教会なのに、受付がある。

 他の教会は来るもの拒まず、というか理由を聞くなんてことはない。

 祈りたいものは勝手に祈り、悩めるものは勝手に神父やシスターに頼る。

 その他事務的なものも、その場にいる関係者を捕まえて話をしている。


 というのに、聖教会はまず受付で要件を聞く。

 祈りと寄付がメインだが。

 やたらと寄付を押してくるのも、腹立たしい。

 それでいて、この世界では最大勢力というから、まったくもって恐ろしいものだ。


「まずは、寄付を」

「こんなにも! ありがとうございます。きっと、神は見ておりますよ」


 金の多寡で神の関心が買えるなら、いくらでも払ってやるが。

 この教会の神様は、貧乏人には目もくれないのかな?

 とりあえず金貨10枚ほど渡したら、シスター風の女性が目を大きく開いていた。

 横を見ると、ジェニファも目が大きくなっている。

 そんなに驚くことか?


「私の、一月のお小遣いよりも……」


 あまり、聞きたくない言葉が聞こえた。

 聞かなかったことにしておこう。

 そういえば、最初の人生でも彼女とはあまり、悪い思い出がないな。

 接点自体ほとんどないが、まだリカルドと仲が良かったころに何度か会っている。

 そしてリカルドとの仲がこじれたあとは会話こそなくなったものの、すれ違えば軽く微笑んで会釈くらいはしてくれていた。

 今思えば普通のことだが、当時のルークの人生において、そのような対応をしてくれる人はごく僅かだったからな。

 そういった人に対して関心が持てないほど、その時は心をすり減らしていたのか。

 リーナに比べれば、よほどに魅力的な女性だ。

 今くらい余裕があれば、もしかすると声くらいかけていたかもしれないな。

 そう思うと横にいるこの可愛らしい少女が、少し愛おしく感じられた。


「こちらにご記帳をお願いできますか?」


 そういって、シスターが渡してきた紙を見て、思わず顔を顰めてしまった。

 名前の欄はいいとして、なぜその横に寄付額を書く欄があるのだろう。

 そして、他の人の寄付額も丸わかりだ。

 金貨1枚というものすら、ほとんどいないが。

 中には、金貨100枚という強者も……リカルド。

 おまえ、何してるんだ?

 そこに書かれてあった名前を見て、思わず呆れてしまった。


「別に記帳は良いかな? ただの気持ちだから、記録に残すほどのことでもないですし」

「まあ、そうおっしゃらずに。女神さまへのお祈りの際に、司祭様がお使いになりますので。神様に名を覚えてもらえることになりますよ?」


 言ってる意味が分からないな。

 本当に、反吐が出るような教会だ。

 

「では、彼女の名前でもよろしいかな?」

「彼女ですか……できれば、ご本人の方が望ましいのですが、特別にお姉さまでも大丈夫かと」

「お姉さま?」


 ジェニファの声が、いつもよりやや低い。

 本人はどすを利かせてるつもりなのかもしれないが、やや低い程度。

 まだまだ、可愛らしい。


「彼女と紹介されたと記憶しているのだけれども」

「えっ?」


 ジェニファの言葉に、シスターが驚いた表情を浮かべている。

 思わず、俺も声が出そうになったが。

 ぐっと堪える。

 きっと、良いことにならないだろうから。

 しかし、そういう意味の彼女ではなかったのだがな。


 本人が、嬉しそうだから訂正しずらい。


「大変失礼いたしました。では、こちらに」


 シスターが慌てた様子で紙をジェニファに手渡していたが。

 名前が書き進められるにしたがって、徐々に顔色が悪くなっていく。


「ジェニファ……フォン……ヒュマノ……」


 そこに書かれた名前を、口に出しながらやや震えている。

 ジェニファって、もしかして結構怖い人だったりするのか?


「ヒュマノ……王族の方でらしたので?」

「まあ、王族といえばそうだけど、ヒュマノ公爵家の方です」

「な……なるほど。よ……ようこそ、おいでくださいました」

 

 寄付をした俺じゃなく、ジェニファだけを見つめる受付嬢に思わずまた首を傾げてしまった。

 金だけじゃなくて、権力にも弱いのかこの教会は。

 最低だな。

 いやでも、モルダーも彼の教会もそんなことなかったな。

 王都の教会がおかしいのか?


「すぐに大司教様をお呼びいたします」


 さっそく、大仰なことになってきた。

 いきなりの、大物登場か。

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