第24話:王様と侍の場合
「兄と同じく、光の女神より上の神様の……」
目の前の少年が落とした、特大の爆弾があたりに緊張を生む。
横を見れば、レオンハート叔父が瞠目している。
いや、おそらくと予想はしていたが、聞き捨てならない言葉がある。
アルトが神の加護を得ていることは知っていた。
もしかしたら、ルークもとも思っていた。
だが、光の女神よりも上の神様?
どういうことだ?
この世界には6大神と呼ばれるものが最上位に位置していて、その下に地神や才神などがあるというのが常識なのだが。
その6大神より上?
創造神と呼ばれる、かの神の親にあたる神か?
「その神とは?」
誰かが、無遠慮に質問を投げかけている。
割とデリケートな問題だと思うのだが、聞いたら引くに引けなくなる可能性もある。
好奇心だけで問いかけていいようなものでもないぞ……
ふと横を見ると、レオンハート叔父が私をギョッとした目で見ていた。
そうか……問うたのは私か。
思わず言葉が漏れてしまうなど、どこか現実から思考が離れてしまっていたようだ。
リックを見れば、なぜか誇らしげな表情だし。
流石に、いまばかりは腹立たしい。
そして、リカルドがなんと忌々しい。
よりによって、宗教なんぞに踊らされて、虎の尾を踏むとは。
「いや、すまぬ詰まらぬことを聞いた。答えられるわけもないか」
しかし、光の女神よりも上の神の加護か……
アルトだけでも、一軍と言わぬまでも個人で旅団級の力はあるのではと踏んでいる。
もし弟もともなれば、ジャストールは当主一族だけで師団級の戦力を持っていることになる。
ユニークスキルだけでなく、神の加護。
まさに一騎当千といってもおかしくはない。
なぜジャストールにばかり、思わず頭が痛くなってしまった。
「なら、なぜその光の女神よりも上の神が加護を施したお主を、魔王などと彼奴等はいっておるのだ?」
ブレード卿の言葉に、現実に意識を一気に揺れ戻される。
あまりにも衝撃的な事実に、1人思考が交錯していたようだ。
そうだな、確かにブレード卿の言うとおりだ。
解せぬな。
「それを知るために、その上の神達が動いておるのですよ」
それにしても、急に雰囲気が変わったというか。
言葉遣いも、さきほどまでのそれと微妙に違う。
まるで、老獪な賢人を前にしているような、そんな緊張感に襲われる。
その瞳は、子供のそれではない。
こちらを試すような、値踏みをするようなそんな瞳だ。
何か間違えれば、それこそ失望されてしまいそうな。
なんというか、年長者が若輩に何かを期待しているような、そんな眼差しを受け思わず閉口した。
「全てをお話しできるわけではありませぬが、まずは聖教会と光の女神の化けの皮を剥がして見せましょう」
ロナウドの表情が引きつっている。
悲鳴にも似た小さな呻き声がした方をみれば、アイゼン卿も顔をこわばらせている。
レオンハート叔父と、ブレード卿は緊張しつつも警戒を深めているな。
「あの程度の中級神を祭る組織が聖教会を名乗るなど、付け上がりも甚だしい。ついでに、リカルド殿下もどうにかできるなら、してやらねばなりませんね」
「あまり手荒な真似は……あれでも、まだ我が子なのだ」
あまりに物騒な表情でつぶやいた言葉に、思わずリカルドをかばってしまった。
悪手だとは知りつつも、親としての情を完全に捨てきれなかった。
いや、捨てた子と思っても、庇ってしまうほどにルークの表情が危うかった。
「ご安心を。私もこう見えて、子供は好きなので……できれば、正しい道へと戻してあげようかと。たかが中級神に認められた程度の勇者など、なんのこともないという現実を見せてあげましょう」
あまり、安心できないのだが。
なぜか、武力で黙らせるという風に聞こえているのは、私だけだろうか?
レオンハート叔父の頬を一筋の汗が流れているところを見るに、彼もルークの変化に気付いているのだろう。
さきほどまでの、我らの前で問答を重ねていた童ではない。
あれは、本当に子供か?
「ふっ、ご安心を皆さま。なるべく、血は流れない方法を捜しますので」
なるべくということは、流れることもあるということだが?
分かっているのかな?
王族相手に、なるべく……
「待て! 一つ聞かせてほしい」
「はっ、なんなりと。答えられることであれば」
口調は穏やかなのに、視線は鋭い。
さきほどの空気を思い出し、問いかけることを戸惑う。
口の中が妙に渇き、にもかかわらず粘ついた唾液が湧くのを感じる。
口が重い。
「その神は……どれほどのものなのだろうか?」
レオンハート叔父と、ブレード卿が深く椅子の背もたれに体重を預けるのが見える。
彼らも興味はあるが、聞くに聞けなかったのだろう。
若干呆れた表情でもあるが、それでもどこか納得しているようにも思える。
最悪の質問ではなかったようだ。
「ふむ……光の女神が中級神とするならば、その上に上級神がおります。そして、兄は上級神、私はその上の最高神の加護を受けております」
思わず天を仰いでしまった。
聞いた感じ光の女神よりも、2つも階級が上の神の加護。
ただでさえ、人ざらなる強さを感じさせるほどの加護を得たアルトを、目の前の少年は超える加護を得ているということだ。
2人で、一個師団というのも、あながち冗談ではなくなってきた。
旅団、へたしたら軍団級の価値があり、そして彼らの故郷にはこの幼き風貌の少年のために、命を捨てる覚悟の兵までもいる。
精霊の加護まで得た者が多くいる集団に、この2人が加わった場合……もしかすると、国家転覆が容易になるのでは感じるほどに。
なるほど……そうなれば、魔王と呼ばれてもおかしくないことではある。
だが、ルークもアルトも、人としては善なる性根を持つものとして認めざるを得ない。
特に、多くの民や孤児のために、奮闘してきた目の前の少年ともなると。
悪しき神の加護でもあるまいし……
思わず、眉間を抑えて深くため息を漏らしてしまった。
レオンハート叔父が、呆れとも同情ともとれる視線を向けてきたが、気にする気にもなれぬ。
この少年が、魔王になぞなるものか。
聖教会を自ら問い詰めたくなるのを、ぐっと堪える。
「とりあえず、明日から普通に学園に通いますが……様子はまた報告させていただきます」
普通か……普通とはなんなのだろうな。
この会議の中で、遠くに置き去りにしてきたような言葉だ。
目の前が暗くなるのを感じつつ、再度漏れる溜息を止めることができなかった。
***
ゴウエモンの場合
「ただいま、戻りました」
まだ、あどけなさが残る少年の声に、使用人が出迎えにパタパタと駆けっていくのを横目に見送る。
フォルス様と一緒に馬車から降りてきた少年。
ルーク・フォン・ジャストール。
都合、某の主である。
いや、主というか依頼人というか弟子というか。
ここ、王都にある巨大な屋敷に、なぜか某の部屋が用意されてしまったのだが。
三食と、身に余る賃金と引き換えに、技術をこの屋敷の主の子らに教えることになった。
それが、兄アルト殿と弟のルーク様だ。
彼らは弟子ではあるが、戦士としては某よりも遥かに強い。
剣のみの戦いであれば、軽くあしらう程度の子らだ。
いや、同世代の子らと比べれば、頭一つどころではないほどの能力を秘めているが。
アルト殿はまだ何とかなる気がする。
某が、本来の姿で戦えば。
そう、狼人形態であれば。
しかしルーク様はなぁ……
どうにもならないというか。
月の神が、主と仰ぐだけのことはあるというか。
いや、衝撃の事実なのだが我らが月の神と思うていた神は、その神の上役にあたる方らしい。
そして、ルーク様の別の兄というか……ルーク様を弟君として迎え入れた神がいらっしゃって。
その神の、部下でもあるらしい。
そう、ルーク様の兄神が月の神の上役であり、月の神が我らが信仰する闇の神の上役と。
ややこしいが、そういうものだと言われてしまえば、何もいうことはできない。
なんせ、神の世界のことなど、たかが人の身で知る由もなし。
「おかえりなさいませ、ルーク様」
「ああ、戻りました。師匠も、お待たせして申し訳ないね」
「いえ、剣客とはいえ雇っていただいてる身ゆえ、お気になさらなくても大丈夫です」
「うーむ……もう少し、砕けた感じでしゃべられないかな」
無茶を言う。
神の弟君と言われて、普通に対応しろなどと。
そも、我らが信仰する神の一柱が気を遣う相手に、なぜそれが出来ると思うのか。
「じゃあ、着替えてくるから、そのあとでお願いするね」
「はっ、某の方でも準備を整えておきます」
それから、まだ木の香りが十分に強い、小さな建物へと向かう。
小さいといっても、人が50人くらいは入ってゆったりとくつろげそうな広さがあるが。
そこは妙に奇麗な板張りの床に、一部、草を編んだ床の場所も用意されていた。
某の国ではそれなりの身分の方の館には大体設置してある、畳というものだ。
イグサを編んだものなのだが、まさかこの国でお目に掛かろうとは。
ちなみに、その屋敷は鍛錬場で、壁には木製の剣やら槍、さらには竹の剣などが置いてある。
この竹の剣は、なかなかにすぐれものだ。
本気で打ち据えても、痣はできども大怪我をすることもない。
いや、突きなどで急所を狙えば、その限りではないのだろうが。
この竹剣のお陰で、鍛錬がはかどるのは事実だ。
しかし……
最初に、この方とお会いした日のことを、思い出す。
かなり筋の良い子だとは思ったが……
将来は、一流の剣士になれることは、まず間違いない。
最強を目指す領域に、片足程度なら入ることすらできるかもしれない。
それほどまでに才気にあふれ、また将来も期待ができた。
だが……まさか、魔法使いだったとは。
その魔法の才も、剣に全振りされておれば、確実に最強の剣士になれただろうと感じさせるほどの才能の持ち主だった。
うむ、持ち主だったのだ。
まさか、魔法の才が、すでに最強を目指せる領域だとは、思わなかった。
最初に魔法を目にしたのは、レッドキャップスという凶悪なゴブリンの群れを屠ったときのことだな。
ルーク様が……
まさか、遥か遠くの奴らの巣に、魔法の火槍を大量に降らせるなど。
誰が、想像できようか。
加えて、その発動の速さたるや、異常の一言でしか言い表せない。
詠唱を行った気配すらなく、いきなり目の前で魔法現象が起きる。
そして、大量の魔法の並行発動。
遠く離れた場所への、正確な法撃。
大規模魔法どころか、戦術級の魔法と言われても納得できる規模、威力だった。
しかも、本人は疲れた様子すらなく、次々と色々な魔法を放つ。
一瞬で。
ああ、あのとき某の心は折れたのだろうな。
剣で負ける気はないが、戦えば確実に負けると悟ってしまった。
いや、負けた。
この屋敷に来て、魔法もありで手合わせをお願いしたら。
あっさりと負けた。
しかも、手加減されたうえで……
それほどの強さを持ちながら、貪欲にさらに上を目指す。
ふふ、これほど愉快な童は初めてだ。
それに、剣の師として、あの方より弱い某を誹るでもなく、自らが驕ることもなく敬意をもって接してくれる。
心くすぐられるのは、仕方あるまい。
なに?
某と、ルーク様の戦いの様子?
いや、それはもう清々しいほどの、負けっぷりでござったよ。
狼人形態でも、手も足も出なかった。
遠距離から法撃をひたすら放たれ、意を決して前に踏み出した瞬間に地面に穴が開いた。
いや、罠じゃない。
即席の、地属性魔法だ。
そう、無詠唱で魔法を使うということの恐ろしさを、改めて知った。
それまでなんともなかった地面が、いきなり陥没したのだ。
それでも遠慮してくれていたのだと分かる。
開始直後に、自分の立っている場所にぽっかりと大穴でも開けられようものなら。
考えるだけでも、そら恐ろしい話だ。
まあ、実際に踏み込みの足が穴にはまったせいで、完全にバランスを崩して大きな隙を作ってしまったわけだ。
しかし、穴でよかった。
風の刃のような目に見えない魔法を、即座に放たれたら。
如何避けたらいいというのだ?
と思ったが、穴でも十分に脅威だったわ。
バランスを崩した某に向けられたルーク様の掌から、紫電が迸るのが見えた瞬間に意識が落ちた。
油断しているところに電撃なんぞくらっては、どうにもならん。
ちなみに、身体強化を使われた場合でも、肉弾戦で手も足もでなかった。
いや、あれは身体強化といってよいものか……
某の振るった剣を、ルーク様は自身の剣で受け止めていた。
というのにその剣を持つ右手に、殴られたのだ。
気が付いたら殴られていた。
そして自分を殴った手の正体を見た時に、思わず意味が分からなくなってしまった。
その手は半透明であるという以外は、確かにルーク様の手のようだった。
そして、少しの間を置いて彼の本来の手に、重なるように戻っていったが。
身体強化?
聞いたら、間違いなく身体強化だと言われた。
魔力武装とよぶものらしい。
魔力を限界まで圧縮して、物理的な強度を持たせているといわれても。
そこまで魔法の造詣が深いわけではないの、そういうものなかなとしか思えないが。
それを身体の表面に這わせているだけだから、それ自体を操って攻撃できると言われても。
それは、手が四本、足が四本あるのに等しいのでは?
実際に、両足が地面についた状態で、脇腹を蹴られたりしたし。
あと、妙に敏捷強化の効果が凄い。
どうにか、攻撃を防ぐのが精いっぱいだ。
というかだ……これは、身体強化なのか?
普通に、攻撃魔法となにが違うのだろう。
「2倍程度じゃ、問題なさそうですね……ならば、3倍で」
なにが3倍になるのか、恐ろしすぎて考える気も起らない。
「最近は5倍まで許可を得てますからね」
「なんの、お話ですか?」
「ん? 時間の話ですよ? 私はこれから3倍の速さで動きますので」
その言葉を聞いて、色々と諦めた。
常人の3倍の速度で動けるなど、童といえども人に対応できる速さじゃない。
だから、狼人になって防御に徹したのだが。
狼じゃなくて、亀になった気分であった。
こんなふうに、完全に手も足も出ない清々しい負けっぷりであったが、剣のみでの手合わせなら一方的に指導を交えた打ち合いができるのが救いか。
いや、これすら負けることになったら、果たして誰が主に勝てるというのだろうか。
最近の悩みは、やたらと変な服を着させられたり、変なしゃべり方を練習させられたりすることだろうか?
ござるとか、どこの国の言葉でござるか?
第2章、完です。
第3章、十分な書き溜めができていないため、3週間から1カ月後の投稿になると思います。
5月1日までには、確実に溜めて投稿しようと思います。