第23話:王城召喚
「お主に非が全くないのは分かっておるがな……私も困っておるのだ」
いや、俺の方が困っているんだけど。
目の前の人物、この国の国王であるオーウェン・フォン・ヒュマノ陛下が溜息を吐いて眉間を抑えている。
その横で、第一王子のロナウドと、第二王子のリックも厳しい表情を浮かべている。
さらには、レオンハート将軍までしかめっ面で、こっちをジッと見ているから溜まったもんじゃない。
他には、ブレード侯爵とアイゼン辺境伯までいる。
アイゼン辺境伯は、たまたま王都に来ていたとか。
話の焦点は、リカルドの暴挙だ。
教室で俺が殴られたことに、端を発したわけだが……
その時は、リカルドを遠ざけるためにと思ったのだが。
想像以上に拙い手だったようだ。
「このまま、今のクラスに置いておいてよいものか」
「陛下、ルークは自身の実力で今のクラスに、配属されたのですよ?」
オーウェンの呟きに、アイゼン辺境伯が口を出す。
まず、俺の学校での立ち位置だが。
王族と揉めたとなると、かなり外聞が悪い。
いくら、相手が悪かろうとも。
王とて、人の親。
我が子可愛さに、俺に対する心象もよくはないだろうという憶測が独り歩きしている状態だ。
ようは、クラスで浮いてしまっているのだ。
いや、クラスどころか学園全体でも浮いてしまっている。
リック殿下が、気を遣って話しかけてくれるから、まだかろうじてイジメ等には発展していないが。
腫物を触るような扱いを受けている。
そして、それは教師とて例外ではない。
「学年トップの成績で、剣の腕も我が孫を子供扱いするほどのもの……それが、今更普通クラスに行ったところで……そもそも、なんの問題解決になっていない。いまや、波紋は学園全体に広がっておりますゆえ」
ブレード侯爵も、同じ意見のようだ。
しかし、それはそれとしてなぜ俺はここにいるんだろう。
そもそも、リカルドの暴挙に対する事情聴取と謝罪の場として、秘密裏に呼ばれたはずなのに。
いざ来てみれば重鎮に二人の殿下、さらには国王陛下の叔父にあたり、軍部全てのトップに君臨するレオンハート将軍まで。
そんな重々たるメンバーが、顔を突き合わせて俺の学園生活を心配してくれている。
果たして、喜んでいいものなのか。
「なあルーク……お主、学校をやめてここで働かぬか?」
「陛下!」
突拍子もないことを言い出したオーウェンに対して、今度はロナウドが声をあげる。
うん、何を言い出しているんだこの人は。
そもそも、俺はまだ王立高等学園に入学して、まだ一月も経っていないのに。
本当に、こんなことならそっとしておいてほしかった。
そしたら、悪くとも辺境伯領の学園で、いまごろ青春を謳歌していただろうに。
いや、青春を謳歌するほどの時間も経っていない。
不本意だ。
「学園内にも、お主を快く思っておらん者が多数おるとのことだし。いや、つまらんことを言ったのは分かっておるのだが、言ってみて思うたが一つの道として悪くないと思うのだが」
「個人的には、辺境伯領の学校か、自領の学校に編入でも良いんですけどね」
「……そういうところだ。お主は、本当に子供なのか?」
陛下の呟きに対して思わず本音をポロリとこぼしたら、レオンハートが腕を組んで眉間に皺をよせながらため息を吐いていた。
何が彼をあきれさせたのか。
「自分でいうのもなんだがこれだけの肩書を持った者たちを前にして、全くといっていいほどに自然体でおられるなど、貴族家の当主ですら難しいとわしは思うのだがな」
そうはいっても、貴族社会なんてない人生の方が長かったし。
俺からすれば、落ち着いてみればみんな子供や孫、ひ孫みたいなもんだしなぁ。
そもそも、俺からすればどうでもいいというか。
早く帰してもらいたいのだけど。
「個人的な人脈も、正直城勤めの貴族よりもはるかに顔が広い」
「確か、西方ではこの者に色々とアドバイスを頼んでいる貴族が、多くいるとのことだったな」
「ええ、領地の改革という点においては、優秀を通り越して異端といっても過言ではないかと」
レオンハートとアイゼン辺境伯が、何やら難しい顔をして話し込んでいる。
オーウェンの表情も、厳しいままだ。
異端か……言いえて妙だな。
「ふふ、魔王ですからね。異端というのもあながち間違いないかと」
俺の言葉に、その場にいた全員からため息が出た。
面白くなかったかな?
思いついたことを、つい口にしてしまったのだが……雰囲気に合わせた感じの口調で。
「流石にその冗談は笑えんぞ」
レオンハート将軍の多分に呆れを含んだ物言いに、俺も苦笑いをする。
「ええ、私にとっても全然面白くない冗談なのですが……なぜ、聖教会は私を魔王とよんでいるのだか。やはり、考えが異端だからというのも、理由の一つかと思ったのですが」
「彼奴らがいうには、神のお告げとのことであったが」
ブレード侯爵までも、溜息を吐いている。
みんな、表情が暗い。
俺の冗談じゃ、空気は変わらなかったか。
「面倒ですね。オーウェン陛下……国王陛下である貴方様なら、私の処遇など如何様にもできるのではないですか? 一言、退学にして領地に返すといえば済むのでは?」
「お主というやつは……いくら国王だろうが、下の者の感情を無視して理不尽な命など下せるはずもない……そもそも、お主を預かっておるのは、外ならぬ私の叔父なのだぞ? あの方は生徒を守るためなら、私を敵に回すことなどなんとも思わぬほどの子供思いの御仁だからな。その辺りは、将軍の方がよく知っていると思うが」
オーウェン陛下の言葉に、レオンハート将軍が腕を組み難しそうな顔で唸る。
眉間に深い皺を刻んだその表情は、苦い思い出でもあるのか。
「確かに、オーランドのやつは異常なほどに子供好きだからのう……そういった点でも、ルークの強い味方じゃな。お主の孤児救済の活動に関して、奴は心底感心しておったからのう。手放しで誉めるほどに」
「ふむ、彼の孫らの前でも、お主のことを大層誉めておったらしい」
「そんなお主を、陛下の都合でどうこうすれば、そら恐ろしいことになろう」
そうか、オーランド学園長はひそかに俺のことを知ってくれていたのか。
いや、孫の前で俺を誉めるって……
それで、彼の孫のバルザックに睨まれたんじゃないかな?
あと、やたらジェニファ嬢が俺にアピールしてくるのも、その辺りが関係しているのかもしれない。
それにしても、無類の子供好きと来たか。
流石は、学園長と言いたいところだが。
そうなると、これは暗に俺に自主的に退学しろと言っているのかな?
「じゃあ、私の意思で退学すればいいので?」
「いや、それじゃあリカルドや私のせいで、退学したのと一緒ではないか」
「そんな、我儘な」
思わずついて出た俺の言葉に、場の空気がピシりと固まる。
リック殿下が、吹き出しているのが印象的だ。
「この場でなければ、不敬罪でそれなりの処分が下る発言であるのだけれども……今回ばかりは、否がこちらに多すぎるからな」
「まあ、内密の集まりでもあるから、公的な場ともいえないから問題はあるが、問題ないか」
すかさず、リックとロナウドがフォローしてくれた。
いや、本当にリカルドと比べて、この2人の兄のなんとできたことか。
「というかだ、本音をいうと父は君を敵に回したくないんだよ」
「リック」
リックがあっけらかんと言った内容に、レオンハートが突っ込んでいるが。
オーウェン陛下が目と瞑って、頭を振っている。
「そりゃまあ、味方にできるならそっちの方がいいでしょう。魔王ですから」
「やめろ」
今度はちょっとウケたらしい。
レオンハート将軍がプッと噴き出して、頬が緩むのをどうにかこうにか抑えながら注意してきた。
やるじゃないか。
しかし、原因であるリカルドの話題が、ここまで出てこないのもどうかと思う。
完全に無かったことに、したいのかな。
いや、俺が殴られた事件じゃなくて、彼の存在を。
王位継承権は完全に剥奪するとのこと。
そのうえで聖教会に押し付ける、公爵家ではない王族が嫁いだか婿入りした実績のある分家筋の貴族に、養子として送り出すかで揉めているらしい。
前者じゃ、あまり良いことにならなさそうだけどな。
俺が狙われ続けるってことだし。
いや、剥奪するもなにも第三位継承権じゃ、その可能性の芽はかなり低いと思うんだけど。
となると、ミレーユ殿下が第三位に格上げかな?
「そもそも、なんでお主が聖教会というか、光の女神に魔王なんかと言われているのだ? まあ、そのお告げ自体が信用できないが」
「それが分かれば、私自身でも何かしらの対策はしておりますよ。ただ一つ言えることは、何一つ悪らしいことなんてしてないんですけどね」
「それは、知っておるが」
まあ、素行調査的なものは、かなり前からやってたもんね。
おそらく、王子が拗らせるよりもずっと前から。
具体的には、干し柿が国内に流通して少し経ってからか。
エアボードの件もあったし。
「あーあ、もう少し学園の雰囲気を楽しみたかったのですが……」
「本当に申し訳が立たぬ。すまぬことをした」
俺のぼやきに、オーウェン陛下が素直に頭を下げている。
その顔からは、疲れが読み取れる。
本当に、頭が痛い問題なんだろうな。
「卒業資格の用意と、かつ家族への説明をお任せしても?」
「ルーク、早まるな。まだ、出来る手があるかもしれんぞ? 飛び級で私のクラスに編入するとかどうだ?」
リックが、なんとも魅力的な提案をしてくれるが。
流石にちょっとアウェーすぎるかな。
「お主は、町の運営に興味があるのだろう?」
そこにアイゼン辺境伯が、口を挟んできた。
まあ、確かにそうなのだけど。
「陛下、この者に王領直下の村を一つ任せてみるのはいかがでしょうか? そうですね、王城務めの貴族としての爵位を与えれば、生徒たちも手は出せないでしょうし」
いや、爵位とかいらないんだけど?
「いや、爵位は流石に……」
「面倒だと思うておる場合ではないぞ? 王城付きの準男爵であれば、一代限りでもあるし。それでも貴族家当主ともなれば、流石に子供たちも無体はできまい」
断ろうと思った矢先に、アイゼン辺境伯に先回りされてしまった。
しかし、学園に通いながら村の運営。
少し、無理がないかな?
「しかし、それだと学園に通うのが大変ではないか?」
「村の運営には、誰か人を付ければよろしいかと。彼には基本的に王都から指示を出してもらい、必要に応じて出向いてもらえばそれでいいのでは?」
「王領の村を任せる時点で、代官ということになるのだが。さらにその代官を立てるというのか?」
「まあ、代官代理や代官補佐という役職を作れば問題ないかと」
ブレード侯爵の言葉に、アイゼン辺境伯が淡々と答えている。
オーウェン陛下は、何やら考え込んでいるが。
悪くないとでも思っているのだろう。
目を瞑って、自分を納得させるように頷いている風にも見える。
しかし、少し面白いと思っている自分がいるのも確かだ。
ここ王都では、出来ることが少なすぎて退屈だと思っていたからな。
重量有輪犂や、三圃式農業なんかは周辺の領地にも広めていっているが。
他にもやりたいことは、多々ある。
農業改革に、ゆくゆくは工業改革も視野に。
さらには、生活環境の向上に、民度の引き上げ。
その実験を行う場所として、自由にできる村をもらえるのはありがたい。
ありがたいが、そうなると学園よりそちらに身が入りそうだな。
「そもそも、こやつが学校に通う必要があるのか?」
レオンハート将軍が身も蓋もないことを言い出した。
いや、別に俺としては、村でのんびりと運営を楽しんでいる方が、気楽でいいんだけど。
学園に通う必要が無いと言われたら、とっととジャストールに戻ってあっちで、リーチェの町やミラーニャの町の発展に尽力したいんだけど?
「目の届くところに、置いておいた方がよろしいかと」
そのレオンハート将軍の言葉に、真っ向から意見したのもやはりアイゼン辺境伯だった。
この人の場合は純粋に俺のことを子供だと思って、学園に残る手立てを捜してくれているんだろうけど。
もはや、当の本人である俺が学園に無理に通わなくてもいいかなと思ってたり。
となると……うーん。
そもそも、なんでこんなに悩んでいるんだ俺は。
アマラ達に、好きに生きろと言われているのに。
色々なものに遠慮した結果しがらみに囚われて、雁字搦めの状態に陥っている。
そうだな……自由にしても良いんだよな。
「学園には通いましょう……通える間は。すぐに、難しくなるかもしれませんが」
「ルーク?」
唐突に俺が発言したことで、レオンハート将軍が眉を寄せて軽く睨みつけてきた。
いや、これは疑念か?
訝し気な表情といった方が、正解かもしれない。
イケオジだけど、強面だから判断が難しい表情だ。
「通える間とは?」
「流石に、ここまでの迷惑を被ってまで、聖教会とやらに遠慮するのは阿保らしくなってきました。これほどの立場ある方々が雁首揃えて、あんな胡散臭い教会に踊らされているのも腹立たしいですし」
「陛下を捕まえて、雁首とはよくも言えたものよ」
俺の言葉に、レオンハート将軍が困ったような表情に変わってしまった。
いや、もう遠慮する必要は、感じられないな。
まずは、聖教会から潰していこう。
「確かに聖教会に対して腹を立てる気持ちは分かる。私も、割と本気で腹を立てておるからのう」
オーウェン陛下も、あの教会に対してやや思うところがあるらしい。
別に排除しても、問題ないよね?
モルダーにも頑張ってもらおう。
「レオンハート将軍は我が兄が加護持ちということは、ご存知かな?」
「うむ、神の加護を得ていると……」
レオンハート将軍の言葉に、ブレード侯爵が目を見開いている。
アイゼン辺境伯は知っていることだが、それでも俺がそれを口にしたことで天を仰いでいた。
「陛下も薄々は感じておることだと思いますが……」
俺が、そこで言葉を区切ると、辺りを静寂が包み込む。
「私も持っているんですよねぇ……」
水を打ったような静けさの中、俺の言葉が静かに響き渡る。
「兄と同じく、光の女神より上の神様の……」
誰かがゴクリと唾を飲みこんだのが聞こえた。