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第22話:ジャスパーとの和解……そして、リカルド

 週が明けてしまった。

 とりあえず、モルダーには新たな教会を与えるから少し待って欲しいといい、当座の生活資金を渡してジャストールに送り返した。

 王都で教会を作るには、色々と手続きが面倒だったからな。


「私が言えば、いくらでも教会くらい用意できたのですが」


 と言っているのは、フォルス。

 闇信仰の教会をそのまま譲り受けて、彼らも信徒として受け入れればと提案された。

 のっけから偏り過ぎるのも気になったので、本当に困ったらお願いすると言って断ったが。


 それよりも、学校に行くのが憂鬱だ。


「お坊ちゃま、朝食の準備が整っております。アルト様もお待ちですよ」


 メイドの呼びかけを一度スルーしたら、王都別邸の専属執事のキュロスが呼びに来た。

 一応、この建物の中で当主一族を除けば、一番立場が上だからな。

 流石にここで顔を潰すようなことをすると、他の従者から彼が甘く見られかねない。

 かといってすぐに降りたら、先ほど呼び来たメイドが気分を悪くしそうだな。

 こんなことなら、スルーするんじゃなくて、体調が悪いとかなんとか言っておけばよかった。

 しかし、仮病でも大騒ぎになりそうだし。


「分かった、もう少しだけ待ってくれ。すぐに行くから」

「はい、分かりました」


 3分後に行こう。

 問題を先延ばしにいしているだけという自覚はあるが、これは調整のための3分だからな。

 キュロスの顔を立てつつ、すぐに降りないことでメイドにも何か用があったのだと思わせるための。

 

「どうした、浮かない顔をしてるね?」

「いえ、大したことではありませんよ」


 朝食を食べていると、アルトが声を掛けてきた。

 少し心配そうな様子だが、慌てて笑顔で返す。

 アリスの件は、俺の友達ということで誤魔化したが。

 色々と、興味津々な様子だったな。

 アリスという名前にピンとこなかったのかな?

 前に、話したと思うんだけど。

 俺に加護をくれた、神様の名前。

 

「リカルド殿下に会うのが、不安なのかな?」

「そういうわけでは」


 バレテーラ。

 誤魔化しても無駄だな。


「ええ、まあ。最後にお会いした時に、なぜか敵意を向けられていたので」

「そうだね。うちの弟に限って、人に失礼を働くとは思わないから……何か、行き違いでもあったのかと思ったのだが」

「初対面に近いですので、私も心当たりがなさすぎて」


 2人で顔を見合わせて、思わず首を傾げてしまった。


「私の弟は、万人に愛されるべき存在だと思うけどね」

「ははは、それは身内びいきが過ぎますよ……と言いたいところですが、私もサリアとヘンリーは万人に愛されるべきだと思ってしまってますね」

「ああ、それは私も思っているから、間違いないね」


 それから、どちらともなく笑いあった。

 緊張をほぐそうとしてくれたのかな?


「何かあれば、私やリックに言うといい。必ず守って見せよう」

「リック殿下です。呼び捨ては流石に……」

「ああ、外ではちゃんと呼んでいるよ。2人の時は、お互いに呼び捨てだが……私から殿下と呼ばれるのをなぜか嫌がるんだよ」


 まあ、リック殿下は兄のことを唯一といっていいほどの、本当の友だと思っているからね。

 できれば、いまの気安い関係のままでずっと居たいのだろう。

 強かで計算高いイメージがあるけど、存外兄や俺には甘いのかもしれないな。

 

 それから、アルトと一緒に登校する。

 いつもより少し早めに登校したが、すでに教室内がぴりついている。

 本来なら、殿下とお近づきになりたい生徒ばかりだったんだけどな。

 少しばかり、様子がおかしいな。


 やけに俺に向けられる敵意の視線が増えた気がする。


「ルーク……残念だが今日からしばらく、試合ができそうにない。朝の訓練もちょっと、難しいかもしれん。俺から頼んでおいて申し訳ない」


 ジャスパーが俺に頭を下げる。

 いやいや、別にこっちとしては大歓迎なんだけど?


「大丈夫ですよ。殿下も登校されるみたいですしね」

「ああ……」


 ジャスパーの歯切れが悪い。

 どうしたのだろうか?


「頼むから、リカルド殿下のことを嫌いにならないで欲しい……虫のいい話かもしれないが」


 最初の人生の頃には考えられないほどに、ジャスパーがまともなことを言っている。

 何か、悪い物でも食べたか?

 それとも、頭を叩きすぎたかな?


「お前と試合を続けるうちにな、俺はお前を認めることができた……いや、お前は俺のことを認めてくれていたのは分かる」


 唐突に自分語りを始めたが、黙って聞いたほうがよさそうだな。

 それにしても、最初の人生では頑なに俺のことを認めなかったのにな。


「なんだろう……ルークは分かりやすいというか、俺の剣技に対して純粋に驚いてくれたり、成長を見て感じてもらっていることも分かった。はは、同じ年なのにまるで年長者が子供に向けるような視線もあったな」


 ゴウエモンにも言われたが、そんなに俺って分かりやすいか?

 思わず、自分の顔を触ってしまった。


「表情とかじゃないんだ……心に伝わってくるんだ。お前が、良い奴だってことも分かってるんだ……それを、どうしても認めたくない自分が情けなくてな」


 そうか、ありがとうとでも言った方がいいのかな?


「だが、それを認めてしまったら……俺は、お前に勝手な思い込みで言いがかりをつけて、木剣で痛い目に合わせて自尊心を保とうとした、ただの嫌なやつになってしまう……それが、認められなくて。すまんな、お前のいうとおり、俺は騎士道の風上にもおけない奴だった。下衆道と言われたが、まさにその通りだよ」


 あー、すっごい凹んでる。

 あの熱血漢のジャスパーが、がっつり落ち込むという珍しい絵が見れたが……

 心が痛むな。

 売り言葉に買い言葉で返した言葉で、自業自得とはいえジワジワと彼の心に効いてきている。

 そこまで卑下することも……あるな。

 最初の剣の授業の彼は、そうだな……下衆の極みだったな。


「おやおや、とてもとても何度も、私に剣を挑んできた男の顔には見えませんね」

「本当に申し訳ない」


 いや、謝って欲しいんじゃないんだけどな。

 今は本気で認めているからな。

 剣に対する愚直な思いは。


「謝るな!」

「ルーク?」

「ジャスパー! お前には剣がある。私は、お前の剣を認めている! これは本心だ」

「ああ、分かっている……だから、自分を守るためだけにお前を認めなかった自分が「だったら、自分で自分が認められるように、剣で証明するしかないんじゃないかな?」」


 ジャスパーの言葉尻を喰うように、強い言葉をかける。

 正直、こんなところで若い芽をつぶすわけにはいかないし。

 理解して、反省したなら別にそれでいい。

 やり直しがきくからこそ、立ち止まることはない。


「私はジャスパーを認めているのに、君がそれを受け入れられないのは……君自身が自分を認められないからじゃないのか?」

「そ……それは……」

「私がジャスパーの剣の相手をしてきたのは、そういった部分を鑑みて、君が剣に対してだけは正直だと感じたからだ。それは凄く良いことだ」

「ルーク……」

「その愚直な姿勢で剣に対して鍛錬を積み重ね、自身の精神が未熟だと気付いたのなら……今度は、精神を鍛える番じゃないかな? そして、その先に新たな剣の道があると思わないかい」


 俺の言葉に対して、ジャスパーは俯く。

 まだ、足りないか?

 いや、もう分かってもいいと思うが。

 あ、こいつ脳筋だったか。

 

「剣心一如とはこのことだな」

「剣心……?」


 俺が笑うと、ジャスパーが不思議そうな表情で顔をあげてこちらを見てくる。

 

「剣心一如、剣と心は繋がっており、心によって動くもの。そして、剣をひたすらに鍛えることは、心を鍛え正しい道へと推し進めるという意味だよ」

「剣心一如……」


 俺の言葉を、ジャスパーが何度も反芻する。

 少しは伝わるといいが。


「どうやら、止心から抜け出せたようですね。そのことに気付いたなら、ジャスパー様はきっと凄い速さで成長するでしょう」

「やめてくれ。ジャスパーでいい……そうだな、むしろ私の方が礼を尽くさねばならんか。なんというか、ルークは私の師の一人のようなものに思えてきた」

「それは、大袈裟ですよ」

「いや、とても同世代とは思えん。先の言葉といい、止心? といい学年主席も今なら納得できる」


 止心、分かってないのか。

 

「止心とは、ある一つのことに心を奪われて、他が疎かになることです。私を倒す、私に認めさせる……そういった心構えでは、剣の道は極めることはできません。しかし、いまジャスパー様は私のことを、ようやくしっかりと見ることができました。私に対してジャスパー様が作り出した虚像を振り払い、真実に目を向けることができたということは、ようやく囚われていた心が解放されたということです」

「うーん……やっぱり、ルークは見た目通りの年齢に思えんな。それに、なんか宗教家みたいなことを言い出した」

「ふふ、新たな止心に陥りそうですね」

「ああ、そうだな。ルークはルークだ!」

「そうです、それでいいのですよ」


 なんとなく、ジャスパーとはこれから仲良くなっていけそうな気がするな。


***

「ルーク、すまなかったな。俺はお前のことを勘違いしていたようだ」


 そう言って、にやけた顔でリカルドが近づいてくる。

 とてもじゃないが、反省した様子など微塵も感じられない嫌な笑みだ。

 バルザックは結局一つ下のクラスに落とされたようだが、リカルドを落とすのは学園長でも難しかったらしい。

 数人のクラスメイトが、彼の後ろに付き従って近づいてきているが。

 どいつもこいつも、俺を見下したような目をしている。


 悪いが、俺は現在この学園で成績だけでみたらトップなんだけどね。

 ジャスパーが申し訳なさそうな表情でリカルドの横に立っているのが、印象的だ。

 オラリオもなんか、自信が漲った表情だな。

 こいつは、他人の威を笠に着るタイプだから仕方ないか。

 権力にもめっぽう弱いし。


 そして、キーファがよくわからん。

 最初の人生でも、あまり直接的に害を及ぼされたことはないな。

 黙ってみてるだけの男だった。

 無視はされていたが。

 いまは、リカルドの少し後ろで詰まらない見世物でも見させられているような、そんな冷めた表情を浮かべている。


「別に気にしてませんので」


 やはり、あまり関わりたくはないので軽く流す。

 周りの生徒たちが少し色めき立ったのが分かる。

 それ以外の生徒たちは、こいつらの異様な雰囲気を感じたのか少し引いた様子で離れた場所にいるが。

 なかなかに見る目がある。


「殿下が謝っているのに、なんだその態度は」


 オラリオがうるさい。

 本当に、こいつは……

 そんないきりオラリオに対して、リカルドが手をあげて制する。

 それから、またもにやついた笑みをこちらに向けてくる。

 凄いな……笑顔だけで、苛つかせるとは。

 王子というより、ただの三流悪役貴族だな。


「いや、俺が悪いんだ。少しずつ、理解してもらうしかないだろう」


 だったらその、いかにもポーズですといった、にやけ面を引っ込めるところから始めてもらいたいな。

 そうすれば、少しは理解しようと思うかもしれない。

 その顎に指を当てて小首を傾げる仕草も、わざとらしい。

 最初の人生の頃以上に、いやな奴になってないか?


「ただ、俺は光の勇者だからなあ……」


 !

 こいつ……

 全然反省してないどころか、余計に拗らせてやがる。

 

「おっと、失礼。つい口にしてしまったが、気にしなくてもいいぞ」


 未だに俺が魔王だとでも思っているのか?

 探りを入れに来たのか、ただの馬鹿なのかは分からないが。

 こいつと同じクラスにいる限り、楽しいことにはならなさそうだ……

 

 ふう……

 一度気持ちを落ち着かせるために、自分に魔法を掛ける。

 状態異常を回復する魔法だ。

 かなり落ち着いた。

 落ち着き過ぎじゃないかというほど、落ち着いた。


「光の勇者ですか……それは、立派なお役目ですね? さて……その光の勇者様は、学園でのんびりされてていいのですか? 何か使命とかは、聞かされていないのですか?」


 俺の言葉に対して、リカルドが顔を赤く染める。

 おい、オーウェン陛下! 

 全然、教育の意味なかったみたいだけど、何を指導したんだ?


「その使命……近いうちに、果たせるかもしれんな。その時を楽しみにして、首を洗って待ってろ」

「首を洗って待ってろとは異なことを……私は光の勇者様が気にかけるような存在ではないですし、そもそも殿下は謝罪に来られたのでは?」

「ルーク、貴様!」


 俺の言葉に激昂したのはオラリオだったが、すぐに教室が騒然とする。

 椅子から身を投げ出して地面に倒れ込んだ俺の姿を見た、他の生徒達から悲鳴が漏れる。


「殿下……」

「調子に乗るなよ、木っ端貴族のガキが!」


 リカルドに思いっきり顔を殴り飛ばされたからだ。

 といっても、自分から殴られた方向に飛んだから、衝撃はほとんど吸収されている。

 そのうえで、魔力武装を使っているから全くダメージは無いのだが。


「リカルド! お前!」


 そして、廊下から大きな声が教室に向かって放たれる。


「兄貴!」

「お前というやつは……本当にっ……」


 ちょうど、リック殿下達が廊下に差し掛かるタイミングで、挑発してみたんだが。

 こうもうまくいくとは……


「違うんだ、ルークが俺のことを「黙れ! お前は今すぐ、私と一緒に来い! それから、事情を知っている者たちはすぐに、先生を呼んでくるように。正直に起こったことを話すんだ」


 リックが室内に向かって大きな声で叫ぶと、リカルドの取り巻き達を睨みつける。

 

「君たちも、他の生徒に口止めしようとしたら……分かるね?」


 リックの言葉に、目を付けらた子供たちが高速で首を縦に振る。

 

「ルーク……上手にやったつもりかもしれないけど、殴られる必要は無かったんじゃないのかい? 避けるくらいのことはできただろう」


 そしてリックと一緒にいたアルトに、少し呆れられた視線を向けられてしまった。

 うーむ、ばれてる。

 気まずい。


「フリでも弟が殴られるところを見せられたら、いくらリカルド殿下に対して……ね? 私も何をするか分からないよ」


 違った……呆れられたんじゃなくて、リカルドに対して不快な気持ちになってるだけだった。

 どこまで弟思いというか、家族に対して甘いんだこの人は。

 

「ジャスパー、何があったんだ?」


 少し離れた場所では、ガーランドがジャスパーに事情を聴いていた。

 歯切れ悪そうに、ジャスパーが説明しているが。

 次第にガーランドの顔が歪んでいく。


「なぜ、止めなかった」

「いや、止める隙もないくらいに、速くて」

「お前……護衛対象が止める間もなく飛び出して、敵に斬られても同じことが言えるのか? 共にいるものの、ましてや護衛の対象である殿下の行動の先を読むことも、騎士なら必要だろう」


 そんな難しい技術を、12歳の子供に要求しないであげて欲しい。

 本当に、ガーランドは弟に厳しいというか。

 じゃあ、リックの行動の先読みが、ガーランドにはできるのかと聞いてみたいところではある。


 そして、キーファがなぜか楽しそうに、一連の騒動を見ていた。

 こいつは……


「なかなかに、楽しいね君は」


 と思ったら、俺に話しかけてきた。

 どういうつもりだ。


「私も、最近の殿下は手に余っていましてね……面白いものが見られましたよ。これで、側仕え候補の話が白紙に戻れば、何かお礼をしないといけないですね」


 そういってクックと、小さく笑っていたが。

 こいつが、一番意味が分からない。

 王都の学園に来たことを、心底後悔した。

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