第20話:森の主
「クソガキが調子に乗るなよ!」
闇精霊の手に、魔力が凄い勢いで収縮していくのが見て取れる。
目視できるほどの魔力の奔流。
そして、その色は周囲の光すら吸収するかのような、それでいて煌めくような漆黒だった。
おお、これは闇の波動ってやつかな?
闇精霊を放置してあれやこれやと話してたら、痺れを切らしたのか闇精霊が怒声をあげながら攻撃態勢に入っていたが。
そこは、黙って放てばいいものをとも思う。
闇堕ちしたという割には、なかなかに紳士なことで。
それでも不意打ち気味ともいえる発動の速さと速度で、闇の筋がこっちに向かって飛んでくる。
ゴウエモンはその射線上から、すぐに飛び退っていたけど。
俺と、フォルスは特に気にする様子もなく、その攻撃をその場で受け止める。
属性が闇である以上、なんの問題もない攻撃だ。
「そもそも、私の主に闇の魔法が効くわけがないでしょうに……」
「凄いね、なんか肩こりや腰痛にも効きそうだ」
フォルスは存在自体が闇だからな。
闇系統の魔法は全て、空気と同じというか。
そのまま、吸収してしまう。
俺もフォルスからの能力献上で、闇属性吸収を持っている。
さらにいえば、その魔力に自分の魔力を重ねれば魔法の解析もできると。
闇の魔力を吸収したことで、身体が軽くなるのを感じる。
なかなかに、美味しいとでも表現すべきかな?
「へっ?」
闇精霊が、この光景を口を大きく開けてポカンとしているが。
いや、本当にね。
なんで、闇の精霊なのに、こっちのことが全く分かってないんだ?
彼らにとって、崇めるべき暗黒神がいるというのに、そのことに気付いてすらいないように見える。
「堕ちた存在は、神を感じることはできませんよ?」
「なるほどねぇ……神からも見捨てられたってことか」
ジロリとフォルスを見る。
自分の眷族ともいえる存在に、ずいぶんと冷めたことをいう。
彼が神を感じられなくなったのか、フォルスが興味を持ってないだけなのか。
どちらにしろ、冷たいな。
当の本人は俺の呆れたような視線に対して、申し訳なさそうに頭をかいている。
目の前の闇精霊に対しては、微塵も申し訳ないとは思っていないだろう。
「来るもの拒まずですが、去る者も追いませんので……それに、私との関りを向こうから切ったので」
「小さいな―」
「主の世界の引きこもりみたいなものです。本人の強い意思が、抜け出すのにもっとも必要なことですから」
いやいや、そこは救いの手を差し伸べてもいいんじゃないか?
生き方を変えるほどの強い衝撃を、神なら簡単に与えられそうだが。
まあ、逆に頑なになるタイプもいるし。
こいつらは、そうなのかな?
とりあえず、そういうことにしておくか。
「……くそがっ」
怨嗟のこもった、くぐもった声に目をやると闇精霊が凄い形相でこっちを睨みつけている。
まるで、射殺さんばかりの視線を向けてきているが。
正直、属性的な相性が良すぎて、脅威になりえないからか。
全く持って、恐怖というものを感じない。
いや、何も感情を抱くことがないあたり、俺もフォルスのことを悪くいえないか……
「やっこさん、どうやらようやく本気になったみたいですよ?」
ゴウエモンだけは緊張した面持ちで、再度剣を鞘から抜いて構えているが。
そろそろ面倒にも、思えてきたし。
いっそ、一思いに消してあげた方がいいんじゃないかと思えるほどに。
「まずい!」
だが、闇の精霊が空中に浮かび上がって、地面に手をかざした瞬間に焦った様子のゴウエモンが突っ込む。
一瞬遅く、その剣は空を切ることになったが。
剣を躱されたことで、ゴウエモンが舌打ちして距離を取ると空を見上げる。
その視線の先では上空高く舞い上がった闇精霊が、下卑た笑みを浮かべ両手を広げる。
「ここまでだよ。お前たちも人の分際で、よくも私をここまでこけにしてくれたな?」
地面から轟音が鳴り響き、盛り上がっていく。
人っちゃあ人だけど、ゴウエモンをただの人ってことにしていいのかな?
それとだいぶ地形に影響を与えているけど、ミシアの樹は大丈夫かな?
まあ、一本しか生えていないってことはないと思うけど。
思いたいけど。
「来い、地竜よ! 奴らを喰い散らせ!」
そして次の瞬間、土が剥がれ落ち中から巨大な蜥蜴が。
いや、恐竜か?
背中には気持ち程度の翼もある。
色は黄土色で、いかにも地竜で感じだな。
その竜が二本の足で立ち上がり、こちらを睨みつける。
「グォォォォォォォ!」
それから空に向かって大きな口を空けて咆哮を放つと、再度こちらをギンッと睨みつけて……何かに気付いたかのように目を逸らした。
「どうやら、蜥蜴もどきの方が精霊よりも、よほど優秀なようですね」
フォルスが満足げに頷いている横で、ゴウエモンが冷や汗を流している。
毛で覆われた顔なのに、冷や汗が顎から落ちるって。
「地竜……竜種を相手に、3人で……しかも、闇の精霊までついた状態で」
ゴウエモンの表情には、焦りしか感じられない。
俺の方をチラリとみて、それからフォルスの方をジッとみる。
「旦那……全力で某が時間を稼ぎますから、ルーク様をお願いします」
決死の覚悟で柄を握る手に力を込めているのが分かる。
しかし、フォルスはそんなゴウエモンを一顧だにせず、竜を見て笑っている。
「あの地竜も闇堕ちしていたみたいですが……正気を取り戻してますね」
フォルスが首を二度ほど縦に振って、さらに鷹揚に頷いている。
そんな簡単に、闇堕ちって克服できるものなのか?
ゴウエモンの覚悟を、無下にしないでほしい。
もう少し、何かしらの反応を返してあげてもと、思わなくもない。
あと、確認するまでもなく、フォルスを遥かに超える魔力を持つものまで、側に現れそうな気配。
「ふむ、なかなか可愛らしい竜ではないか」
出たな、ジャンパー。
いや、俺の部屋以外現れないとかいいながら、結局どこでも現れるようになったな。
まあ、この状況だと、居ても居なくても関係ないんだけど。
竜が出てきたから、興味をもったのかな?
そして、彼に気付いたフォルスが、その場に即座に跪く。
「お久しぶりでございます、我が主」
ええ?
フォルスの主って俺じゃなかったの?
傷つくな―。
「えっ? あれ、誰この人? というか、フォルス様が跪く相手って……」
ゴウエモンが、その光景に対して混乱しているが。
地竜まで、頭を垂れて敬意を示している。
本当に、竜の守護神でもあるんだな。
「お兄さま、何しにこんな場所へ?」
「いやあ、可愛い弟が虐められてないかなと」
俺の言葉に対して、アマラが苦笑いを浮かべている。
やっぱりだった。
竜が出てきたから、慌ててきたようだ。
何しに?
「ルークよ、騎竜が欲しくないか?」
「まあ、普通に憧れるけど」
「ふむ、ならばちょうどいい。あの竜を従えればよい」
なるほど、俺のペットにするためにわざわざ来てくれたのか。
しかし、ようやく最新式の馬車が届いたところだし。
馬車を竜に曳かせるのって、どうなのだろう?
「あ……ああ……ああああ」
今度は変な声が聞こえてくる。
ふと視線を向けると、闇精霊までもが地面に降り立って滂沱の涙を流している。
「神よ……」
そして、闇精霊の口から出た言葉に、フォルスが複雑な表情を浮かべていた。
「主様が凄いと取るべきか、私が情けないと取るべきか、このゴミの見る目が無いととるべきか」
そっか。
闇堕ちしたら、神を感じることはできないて言ってたもんね。
おい、アマラ!
その、ドヤァ? って顔やめろ。
少し、腹が立つ。
「むぅ、弟の前でせっかく兄としての威厳を保てるかと思うたのじゃが」
「お前が凄いのは知っている。だが、それ以上に親しみやすいことも知っているからな。別に、アマラを侮っているわけじゃない。本当に、身近に感じているだけだよ」
「むふぅ、そうかそうか。であるならば、別にこのような小物に認められる必要もないというわけじゃな。よし、消すか」
ちょっと待て。
いや、アマラがチョロいのは良いんだけど、二言目に用済みだから消すって。
なんだろう、神に対して色々と不安が……
俺も、こいつらみたいになるのか?
「主神様に消されるなら、本望です」
ちょっと、そっちはそっちで待とうか?
そもそも、なぜ闇精霊が闇堕ちしたのかも知りたいんだけどさ。
てか、さっきまで俺たちを殺そうとしてたやつが、急に自殺志願者になってどう感情を片付けたらいいんだ?
「消したら、こやつに対する思いなど消えてしまおう」
「いやいや、気になって夜も眠れないから。闇精霊が闇堕ちした理由も聞かずに、闇に屠るとか。真実まで闇の中じゃないか」
「ほっほっほ、なかなかうまいことを言う」
「冗談言ってないからな? 俺はお前らと違って、救えるものは救ってやりたい方なんだよ。無理なら、そりゃ……」
「消すのだろう?」
「仕方ないからな」
助かる見込みのないものを、助けるために無駄な労力を費やすつもりはないが。
助かるかもしれないなら、助けてやりたいだろう。
いままで、この世界の生物の手助けをしてきた精霊ともなれば、なおのこと。
それから車座になって、闇精霊の話を聞く。
地竜は俺の横で伏せているが、アマラとフォルスは暇そうだな。
少しは、興味を持って欲しい。
そして、ゴウエモンまでも複雑な表情で、どっかと座っている。
思うところがあるのかもしれないが、結局のところ被害は何もないわけだし。
だからこその、複雑な表情か。
「いま、この森には光の精霊がおりませんのじゃ」
「どういうこと?」
闇精霊の言葉に、思わず首を傾げる。
というか、普通に穏やかな表情になっているけど。
こっちが、本当の素顔か?
「よく分からぬのですが、彼女らの崇める神が連れて行ったのかと……お陰で、この森の光と闇のバランスが崩れ負の感情や空気を浄化することができなくなりましてな」
それが、何か問題でもあるのだろうか。
「その負を纏った空気というのは、溜まりすぎると多くの凶悪な魔物を生み出し続けるのですじゃ。ですので、わしら闇精霊が全て吸収しておったのですが」
わしらということは、他にもいたのか。
いまは、目の前の彼しか見えないが。
「その仲間たちも、神を感じると言ってどこかに旅立ってしまいまして……いえ、わしも感じておりましたので、場所は分かります。ヒュマノ王国王都に集まっております」
思わず、顔を背けてしまった。
間接的に俺と、フォルスのせいじゃないか。
というか、なんでフォルスは気付いてないんだよ。
「王都には光の精霊も多く集まっておりましたので、うまく中和されていたのでしょう。数のバランスが崩れなければ、そこまで違和感を覚えることもありませんので」
フォルスが、凄く言い訳っぽいことを言ってるけど。
その言葉、俺の目を見て言えるか?
「申し訳ありません。通常の精霊クラスの精気では、いくら集まったところで違いが分かりにくいといいますか」
「お前ら、その大雑把な感覚はどうにかならないのか? もう少し、繊細な感性を持ってもらいたいのだが」
「お前らということは、わしも入っておるのか?」
「アマラが最たるもの……じゃなかったな。もっと、酷いのがいたか」
「であろう? 姉上がおるからな。少なくとも。わしはその次じゃな」
なんの、自慢にもなっていないがな。
それにしても、本当にこいつら姉弟はというか、神様はというか。
仕方ないか。
「あの、完全に置いてけぼりなのですが」
あっ、ごめんゴウエモンさん。
というか、本当に何しに来たんだこの人?
ああ、道案内だ。
あと、ピクニックだったから。
人は多い方がいいか。
「バーべキューでもした方がいいか? でも、材料がないか」
また、アマラが勝手に俺の心をよんで、くだらんことを言い出した。
その提案は魅力的ではあるが、流石に魔物が闊歩する森でバーベキューとか。
熊の群れの縄張りで、焼き肉するようなもんだしな。
「兄弟でのコミュニケーションも大事だと思うんだ、我」
「それやったら、絶対やっかむのがいるよね? あと準備も大変だ」
とにかくだ、この場の問題は解決したみたいだし、あとはのんびりと目的のものを採らないと。
そんなつもりじゃなかったから、バーベキューセットも材料もない。
途中で、魔物でも狩って肉でもとっておくべきだったか?
「グォォ!」
そんなことを考えていたせいか、突如地竜が地面に火を吐いて、大きな焚火のようなものを作り出す。
そして、そのうえでゴロンと寝ころんでって、こっちを慈愛のこもったつぶらな瞳でジッとって……おいっ!
僕の身体を食べなよって言ってるようだが、やめろ。
「食べないから! そのセルフ焼肉とかやめてもらっていいかな? 別に、いまお腹すいてないし」
「グア?」
グア? じゃなくてさ。
なんでって聞かれてるのが分かるけど、なんでもなにも食べずらいからだよ。
死ぬのを止めたのに、そんな悲しそうな顔をしないでくれるかな?
「でしたら、わしが材料を仕留めてきましょう」
「いいから! バーベキューしないから! ミシアの葉をもって、帰らないといけないから」
俺がそういうと、闇精霊も残念そうな表情に。
疲れるな、こいつらの相手。
もう少し、静かだと思ってたが。
「それじゃがな、ルークがその女子の母のところにいって、魔法で治療すればよかったのではないか?」
「……薬じゃなくても治るのか?」
「姉上の加護でどうにでもなるだろう。スロウでもかければ、外科手術も簡単だろうし……最悪、姉上に頼んで患部を健康だった状態に戻すとか、患部以外を時間停止してその部分を切り開いて直接治療を行うとか」
「おまっ、町を出る前に教えろよ」
あげくに無駄足だったとわかり、どっと疲れが出た。
「ミシアの葉を持って帰る! 持って帰るったら持って帰るからな?」
「おっ、弟が年相応の反応じゃ」
喜ぶな。
俺はいま、色々と機嫌が悪いんだからな?
アリスに頼んで、また3万年くらい眠らせるぞ?