第18話:ジーマの森で
「しかし、フォルス殿はなんというかその……」
「ふふ、ゴウエモンと言いましたか? あなたでしたら、私の力を感じることもできるでしょ……その感覚を信じても大丈夫ですよ」
「はっ、はい! そ……そうですね、私が感じているそれが事実なら……フォルス様は、このような場所にいて良い方だとは思えないのですが」
フォルスを回収してジーマの森まできたが、それまで無言だったゴウエモンが意を決してフォルスに話しかけていた。
なにやら、恐る恐るだったが。
そして、軽く会話を交わしたあとで、真剣な表情に変わっていた。
「こここそが、私の居場所ですよ。主の横である、こここそが」
「あ……主ですか。ルーク殿がですか?」
「ええ、今はまだ感じ取れないでしょうが……いずれ、名実ともに私の主となりえる方です。真なる主の弟君でもあらせられますし」
「フォ……フォルス様の主ともなると……」
なんだろう。
フォルスのことを知っているような、そんな表情だ。
「ゴウエモン。君の正体を、主に伝えても」
「はっ!」
ゴウエモンの正体?
どういうことだ?
異国の人じゃないのか?
「彼は、ワーウルフですよ。ライカンスロープやヴァラヴォルフとも言われていますが、獣人と違い変身型の人種ですね」
まじか。
全然、分からなかった。
てか、人狼で東洋系って本気で着流しに三度笠と、へし切長谷部辺りを腰に差してもらいたい。
いや仕込み杖や、仕込み刀番傘とかも、似合いそうだな。
うん、ますます欲しい。
「へえ、凄い!」
「!」
俺の正直な感想に、ゴウエモンが面食らった表情を浮かべている。
「この国の人間は、もう少し亜人には厳しいと思っていたが」
なるほど、そういえばこの国は亜人差別が根強い地域だったな。
最近でこそ、やや受け入れられる体制になりつつあるが。
俺の反応が新鮮だったのかな?
そう思うと、ちょっとおかしかった。
この強面のちょい悪イケメンが、そんなことで驚くことが。
「みたいですね。私はナンセンスだと思いますよ」
「ナンセンス?」
「人種の違いで個々人に個性があるこの世界で、毛色が違うからと争うのは馬鹿らしい。人は文明と魔法の発展を、獣人の方々は力や敏捷、嗅覚、聴覚、視覚が優れてて、ドワーフは鍛冶や酒造りを得意としている。エルフは森を守り、生活魔法が得意……ホビットは小柄ながらも力が強く、賢いものも多い。魔族の方々は強力な魔法が使える。皆が集まって手を取り合えば、きっといまよりも良い世界になると思うのですが」
ゴウエモンが俺の話を真剣な表情で聞いている。
それから、頷くとふっと優し気な笑みを浮かべた。
「我が国の老害どもに聞かせてやりたいですな。我らは武に誇りをもっておる。だからこそ、武で劣る他の人種を見下すことが多い……」
「そのような人は、どの人種にもいますよ」
それから、ゴウエモンの国の話を聞きながら森へと向かった。
なるほどどうして、日本に通ずる文化が僅かながらにある。
狼人でありながら、狐信仰もあるとのこと。
狐が神の使いで、神からのメッセージを伝える役割だという部分も似ている。
やはり、一度訪れてみたいな。
途中で魔物に襲われることもなかったので、森の手前で食事をとって予定通り昼過ぎには森に入ることができた。
道中会話が盛り上がったこともあり、感覚的には早く感じたかな?
「で、ミシアの葉はどこにあるんだろう」
「森の奥の方ですね。割と大きな木だから見つけるのは難しくないが……厄介な魔物も多い」
「奥に行くほど、魔物の数が増えてますね……と、忘れていませんか?」
俺の質問にゴウエモンが簡単に答えてくれたが、森の奥には厄介な魔物がいるのか。
厄介てどの程度の話かな?
「魔物の存在ですか?」
「はぁ……」
俺の言葉に、ゴウエモンが溜息を吐く。
「本当にピクニック気分ですね。彼女の父親も見つけ出さないと」
ジャストール近辺で俺が狩っていた魔物と比べてどうなんだろうと考えていたが、ゴウエモンの言葉で現実に引き戻される。
そういえば、要救助者も1名いるかもしれないんだったな。
「そっちは気にしなくていい……すでに、森の中ほどで見つけてある。眠らせて結界の内に入れてあるから、葉っぱを採ったあとでゆっくりと回収しましょう」
フォルス……いや、まあ彼なりに配慮した結果なのだろうけど。
救助方法が雑としか。
ほら、ゴウエモンが呆れたような表情になっているぞ?
「それはそうと気配探知が使えるんですね……いえ、当然ですね。それで、魔物の強さとかも分かったりしますか?」
少しして考えることを放棄したゴウエモンが、フォルスに話しかけていた。
ゴウエモンはフォルスに気を遣い過ぎな気がする。
いまは、俺の専属執事で従者にしかすぎないのに。
自然と俺に対する対応も、丁寧なものになっている。
もう少し、フランクに接してもらいたいのだが。
そして、彼女の父親に対する興味もその程度に掠れるほどに、フォルスの存在が衝撃的だったようだ。
「すまない。強さと言われても子犬と子狼程度の差にしか、私は感じられないので」
「……ですか」
えらく、可愛らしい例えだけど、それはフォルスにとってってことかな?
人からしたら、どのくらい違うのか分からないな。
森に入ってすぐに狼の群れが現れたが、ゴウエモンさんを確認して耳をペタリと寝かせて頭を下げて、森の奥に戻っていったし。
「まあ、魔狼系は私がいる限りは、襲ってきませんね。彼らは上下関係にうるさく、我らワーウルフは狼からすればかなりの上位者なので」
「そっか……とりあえず、少し進むのが楽になりそうですね」
なんて言っていたのも束の間。
すぐに、大きな顎を持った百足に襲われた。
「虫は力量差を考えないですから」
すぐに、ゴウエモンに切り裂かれていたけど。
強いな。
あの硬い外皮を、一振りで斬り飛ばすとは。
直剣だけど、それなりの業物なのだろう。
うん、ジャストールで刀の生産も視野にいれよう。
斬る、突くに特化した剣だな。
「それに、森でのピクニックに虫はつきものですからね」
「そうですね」
本当に、冗談めかしてゴウエモンの言った通り、襲ってくるのは虫系の魔物ばかりだな。
毒持ちが多くて厄介ではあるみたいだが、3人とも状態異常にはそれなり以上に耐性がある。
神であるフォルスにまず毒が効くはずもないし、俺は言わずもがな森に入ってからずっと魔力武装を纏っている。
治癒と解毒を上乗せすれば、少々のことでは大事にいたらないだろう。
そして、ゴウエモンは種族特性だな。
人型の状態であれば多少は毒を受けることもあるらしいが、変身すればほぼ瞬時に解毒できるらしい。
「そろそろ、魔物の生態が変わってきます。気を付けてください」
「へえ、やっぱり奥に行くほど、強くなるんですね」
「まあ、某かフォレス様の傍にいらっしゃれば、大丈夫かと」
そんな会話をしていると、森の奥から何かが走ってくる音が聞こえてくる。
この広大な森で、歩けばすぐに魔物にぶつかるとか。
どれだけ、魔物が多いんだ。
日本の田舎の森でも、入ったからといって必ず野生動物を見られるというわけじゃないのに。
そんなことを思っていたけど、本当に可愛くない足音だ。
メキメキと木をへし折って、こっちに向かっているのが分かる。
「何かから逃げているようですね。道の脇にそれればやり過ごせそうですが」
やり過ごせるなら、やり過ごした方がいいかな?
フォルスの言葉にうなずいて、茂みの中へと3人で潜む……必要は無かった。
道の脇にそれて、フォルスが隠ぺい魔法を掛けてくれた。
茂みの中に入って、あまり汚れたくなかったのだろう。
そもそも、フォルスからすれば隠れるまでもない相手なのだろうが。
俺たちの目の前をでかい、猪が目の前を通り過ぎていく。
背中にはゴブリンが数匹張り付いていた。
そして、後ろも何匹かのゴブリンが追いかけている。
凶悪な面をしてるな……俺の知ってるゴブリンと少し様子が違うが。
チラリとゴウエモンの方に目をやる。
「レッドキャップスか……」
「レッドキャップス?」
ゴウエモンさんが、少し嫌そうな表情を浮かべている。
「ゴブリンの中でも特に残虐な種族です。血を好み、いたずらに生物の命を奪うことも珍しくない、所謂害獣ですね」
そうか……強いのかな?
見た感じ、普通のゴブリンよりは強そうとしか感じないが。
「膂力自体はゴブリンと変わりませんが、素早さは遥かに上をいってますね。そして、知性も高く狡猾です。集団戦が得意で、数が増えるほど普通のゴブリンとの力の差は広がっていきます」
ちょっと、厄介なゴブリン程度かな?
「単体なら、新人でも狩れないことはないでしょうが、2匹いると新人が4人でも対処が難しいかと。3匹以上いるとC級以上のパーティ……10匹を超える群れともなるとC級上位が最低でも、相手の数の半分はいりますね」
なるほど。
いまここにいるのは、3人だから……で、あの猪に向かって行ってたのが8匹だから。
相手するのは厳しいかな?
「できれば、間引いておきたいところですが……」
ゴウエモンが俺とフォルスを見る。
フォルスは手伝う気はなさそうだな。
俺を見たゴウエモンが溜息を吐く。
「今回は見過ごすしかないですね」
「無理をしても、意味がないですからね……かなり離れたところに巣というか、村みたいなのがありますが」
「……ルーク様も気配探知が使えたんですか? だったら、村には近づかないルートで……」
「少しは間引いた方が良いんですよね?」
俺の言葉に、ゴウエモンが困ったような表情を浮かべる。
「まあ、奴らは人を襲うことも多いですから。森から出て、女性を攫うこともありますし」
「女性を攫う? 繁殖用にですか?」
「いえ、ただの慰み者ですよ……さんざん遊んだあとで、切り刻んでその生き血をすするのです。男は少しずつ素手で痛めつけて、なぶり殺しにすることが多いです。聞いた話だと、うまく手加減して、殺した奴が負けみたいなゲームをしているようだとか……」
うん、害獣どころの騒ぎじゃない。
凶悪な猟奇殺人集団じゃないかそれは。
ゴブリンが亜人か魔物かみたいな議論もあるが、どっちでもいい。
そんな集団は殲滅するしかないだろう。
「じゃあ、やっぱり間引くどころか、殲滅する方がいいですね」
「そうなのですが、奴らは集団戦を得意としておりまして……連携を取られるとなかなか対処が難しんですよ。下手に手を出したら、こちらが全滅する……ことは無さそうですが」
ゴウエモンが悔しそうにしているが、俺なら簡単にできそうだな。
そして、フォルスをチラリと見て、なんとかなりそうだと考えているのも分かる。
ただ、フォルスにどうやって協力してもらえばいいかが、分からないって顔だな。
頼み事するのも、気が引けるような存在に思えているのか。
間違いないけど。
「まあ、できることだけしましょうか」
「そうですね。それが冒険者としての長生きの秘訣です」
俺が諦めたと思ったのだろう。
ゴウエモンは苦笑いしながら、先へ進もうとする。
いや、出来ることならいっぱいあるんだけど?
流石フォルスは、俺が何かすると思ったのか横で楽しそうに見えているが。
ゴウエモンはちょっと、待とうか?
「ルーク様?」
「よっと……」
こっちは息をするように魔法が使えるからな。
魔力を大量のファイアーランスに変質させて、上空へと打ち上げる。
大体数にして、100発ほど。
それから集落に向かって、全て放つ
遠くから、爆音が聞こえてきた。
「む……無詠唱……というか、そういう次元の数じゃない……」
ゴウエモンの顔が少し青いけど、大丈夫かな?
ゴブリンの方は……うーん、3分の1くらい生き残ってるな。
大体、残りは40匹くらいか。
「お見事です」
フォルスが誉めてくれるが、俺は納得いってない。
もう少し倒せるかと思ったのに。
「いや、80匹しか駆除できなかった……40匹くらいは……混乱しているな。もう一回打ち込むか? しかし、走り回っているのに当てるのは、少し骨だな」
「えっ? あ……ルーク様は、剣士や騎士では?」
「うん? 私は魔法職だよ?」
俺の言葉に、ゴウエモンが口を大きく開けている。
なるほど、犬歯が狂暴な形をしている。
ワーウルフというのは、本当だったのか。
「こっちの方がよかったか……」
「な、なにを」
俺が地面に手を付けるのをみて、ゴウエモンが心配そうな表情を浮かべている。
何を心配しているのか知らないが、そんな大したことをするつもりはない。
「いや、集落に100本ほど、アースニードルを打ち込んだ。これで残りは10匹だが……土の棘に阻まれて身動きが取れなくなっている……放っておいても死ぬだろうが、ダメ押しをいっとくか」
「今度は?」
「アースニードルを全て砕いて、ストーンショットを放っただけだ。うん、最後の一匹がいま死んだな」
「……」
「いや、嘘だ」
「からかったのですか?」
俺の言葉に、ゴウエモンが眉を寄せつつもため息を吐いている。
最後の一匹というのが嘘だっただけで、冗談を言ったつもりもからかったつもりもないのだが。
「まだ、集落の外に20匹ほど残っているな……先の8匹と同様に狩りに出てた連中か」
「そ……そういう意味ですか」
「で、もれなくこっちに向かってきているが」
いうよりもはやく、茂みからまずは8匹のレッドキャップスが飛び込んできた。
目を血走らせ、手に持ったナイフを光らせながら。
飛び掛かってきたのは悪手だったな。
狡猾だと聞いていたんだがな。
俺はそのまま魔力をウィンドカッターへと変質させて、レッドキャップスの方へと飛ばすと、もれなく首を切り飛ばすことができた。
流石に視認した状態だと、問題ないな。
これ、まともに対峙しても、負ける気がしない。
アルトでも、どうにかできるだろう。
ゴウエモンの方に振り返ると、次の団体がすぐそばに迫っているところだった。
うん、この距離ならこっちもいけそうだ。
念のために、クイックを使ってと……
「ゴウエモン先生、しゃがんで」
「大丈夫ですよ、もう殺してます」
反対側から来た12匹もすでに森から飛び出してきたので振り返ると、ちょうどゴウエモンの背後に1匹迫っていた。
すぐに、同じようにウィンドカッターを放とうとしたら、ゴウエモンが落ち着いた様子で微笑んでいる。
「お見事」
次の瞬間、レッドキャップスが2匹ほどゴウエモンに斬りつけて、追い越してきたが。
2匹とも着地した瞬間に、不自然に足を滑らせて倒れていった。
そして攻撃されたはずの彼は、微動だにしていない。
自身の時間速度を3倍にしていたおかげで、かろうじて捉えることができたが。
アルトには劣るが、それに近い速さでゴウエモンが斬撃を放っていた。
見れば2匹とも腕と足がなくなっており、すぐそばでは足首から下だけが地面に立っている状態。
まさか着地で足を滑らせたわけじゃなく、斬られていたのか。
そして、首ではなく、顔が上あごから上の部分で斬り飛ばされていたのには驚いた。
硬い頭骨ごと、斬ったのか?
膂力もアルトに近いものがありそうだな。
そしてその光景に、残りの10匹のレッドキャップスが足を止めた。
そのまま動かないレッドキャップスの群れに、俺は思わず息をのんだ。
すでに、全員が絶命している。
表情も普通というか、凶悪な表情そのままに。
流石に、今回は目でとらえることすらできなかった。
どんだ、隠し玉をもっているようだ。
思わずゴウエモンの方を見たら、彼も驚いていた。
お前じゃないのかよ。
フォルスの方を見る。
微笑んでいた。
お前かよ!
「私だけ、見せ場がないのもと思いまして」
そう言って、フォルスが手を振ると、そよ風が通り抜けた。
お前闇の神だろう……そんな風の神様みたいことしなくても。
そして、レッドキャップスたちが、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
「主を不快にさせたので少しは反省させようかと思ったのですが、嬲るのは性に合わないので命だけ刈り取っておきました」
怖いよ。
その、一瞬で命を刈り取るのが優しさだとでもいわんばかりの、慈愛に満ちた表情が余計に。
なんだろう、神としては当然の感覚なのだろうか。
「ルーク様が心配でついてきたのですが……ただの、お節介だったみたいですね」
ゴウエモンがガックリと肩を落としていたので、その肩を優しくたたく。
「私もお節介で森の奥に、葉っぱを取りに来ただけですから……それに、いろんな話が聞けて、楽しいですよ?」
「まさか、冗談じゃなく本当にピクニック気分なのですね」
大きくため息を吐くゴウエモンに、思わず苦笑いしてしまった。
フォルスが、なぜ頷いているのかが分からないけど。