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第16話:聖教会司祭モルダー

「で、私に何か用かな?」


 ビレッジ商会を出て、まっすぐ目抜き通りを歩きつつ途中の角を曲がって路地裏に入ったところで、背後の男性に声を掛ける。

 一定の距離を保ってついてきていたことは分かるが、いかんせん素人すぎる。

 足音を消すでもなく、距離が空き過ぎると少し小走りになったのもよく分かった。

 全く持っての素人、それも尾行に不向きなタイプだろう。


「あっ、うっ」


 声を掛けられた男性は、少し困ったような様子で狼狽えると後ずさる。

 そして、背中をドンと何かにぶつける。

 彼が振り返って見上げた先には、フォルスの顔がある。


「えっ?」

 

 心底不思議そうだが、路地裏に入った瞬間にフォルスには転移で、男性の背後に回ってもらった。

 神様なら、この世界の中の転移くらいお手の物だろう。

 

「ん? どこかで見た顔だな」


 再度こちらに振り返った男性の顔を見て、首を傾げる。

 襤褸を外套のようにして纏っているが、それでもどことなく威厳も纏っている。

 かなり憔悴したようすで、顔も薄汚れているが……

 確かに見覚えがある……ジャストールでのことだな。

 教会関係者だったような。


「神父さんか?」

「は……はい、久しくお会いできませんでしたが、聖教会ジャストール支部の司祭を務めておりました、モルダーです」

「久しいな」


 なるほど、幼い頃に何度かあったな。

 町での催しものの際には必ず出席していたし、リーチェがまだ村だったころに祭りにも来てもらったことがある。

 収穫祭の祝詞もあげてもらったな。

 大地の神を信仰する教会と水の女神を信仰する教会の、神父とともに。

 陸上教会と玉水教会だったか?

 なんか、大地の神を信仰する人たちは、皆足が速くなりそうだなと思った記憶がある。

 この2つの教会は、別々の神を信仰しているようで一衣帯水の関係だ。

 というのも大地の神と、水の女神は、夫婦であったり、兄妹の関係で表されることが多い。

 フォルスに聞いてみたら、この2柱の神は事実夫婦だった。

 ちなみに、ジャストールの町には火の神を信仰する教会もあったが、そっちはお祭りに不参加だったな。

 いや、一般客として来ていたし、他の祭りのときは祝詞をあげたりしてくれた。

 だけど、収穫祭に関していえば実りに直接関係のない自分たちは、見物客で十分ですと辞退された。

 それだけで好感が持てたから、焼き畑農業とか行えば参加しやすいかなと思ったな。

 実行までは移してないが。


 俺は光の女神とのいざこざもあり聖教会はあまり好きではないが、この男だけは別だった。

 心根優しくそれでいて厳しく、神父とはこうあるべきだというのを体現しているような男だったからだ。


「しかし……」


 俺は、モルダーの顔を見て、思わず言葉に詰まった。

 俺が知っている彼と、あまりにも人相がかけ離れすぎている。

 頬がこけ、目が窪み、一気に老け込んでいるように見える。

 言葉で表せば不気味な容姿にも拘わらず、それでも柔和な雰囲気を醸し出しているのは流石というべきか。

 それに、気になることも言っていた。


「司祭だった?」

「はい……先日、破門されまして」


 破門?

 何故だ?


「どういうことだ?」

「神のお告げに、疑問を持ったからでしょう」


 そう言って苦笑いする彼を見て、なんともいえない気持ちになった。

 困っているはずなのに、俺の姿を見てほっとした様子がうかがい知れたからだ。


「聖教会は、ルーク様を魔王と認定しております」


 知っていることだったが、いざ当事者から聞かされると微妙な気持ちになるな。

 

「私は何かの間違いだと思い、大司教様に手紙を送り……その後、ここヒュマノ王国支部へと呼ばれたあとで」

「そうか……」

 

 俺を庇ったせいで、破門となったか。

 だが、ならなぜまだ王都に。


「すべての財産を没収され、共の者だけ先にジャストールへと送られ」


 あっ、なんだろう。

 いま、一瞬だけど、聖教会滅ぼそうかなとかって思ってしまった。

 怒り自体はまったく収まらない。

 なんというか、腹立たしいにもほどがある。

 

「私ももう長くはないでしょう……」


 そういうと、モルダーが咳き込む。

 大丈夫かと言って駆け寄ると、ガシッと肩を掴まれた。

 鋭い視線をこちらに向けて、鬼気迫る表情で口を開く。

 口の端から血が流れているのが見える。

 あの量は口を切ったわけじゃない、吐血だ……


「ルーク様! 他の教会を頼りなさい! 聖教会は貴方様に害をなすつもりです!」


 それを伝えるためだけに、必死で生きて俺を捜したのか。

 俺を助けるために。

 知ってたなんて言えるはずもない。

 

 ふふ……この人こそ、まさに神父様だな……

 俺は、フォルスの方を見る。

 フォルスがうなずく。


「毒か……」

「はい……治癒の魔法で、どうにか抑えていますが」


 聖教会を破門されたということは、治療魔法も効果が落ちているのではないかと思ったが。

 もしかしたら光属性ではなく、水属性の魔法か?

 完全に中和にまで至らなかったようだ。

 なるほど、人相がここまで変わったのは、ただ単に路上で満足いく食事もとれずに暮らしていたからというわけではないのか。


 この人を死なせるわけには、いかないよな?

 俺の肩をしっかりと握りしめているモルダーの腕をつかむ。

 その感触で我に返ったのかモルダーが慌てて手を放そうとしたが、今度はこっちが掴まえる番だ。


「ぐっ……な……何が」

「安心しろ、毒ならすでに消した」

「!」


 彼が自身に使っているキュア系統の魔法に、自分の魔力を送り込んで効果を増大させたうえでこちらからも同じように解毒の魔法をかけただけだ。

 俺の得意技だな。

 

「毒によって傷ついた内臓も、治してある」

「ルーク様は……」

「モルダー……お前、神官をまたやるつもりはないか?」


 俺の言葉に、モルダーがキョトンとした表情を浮かべている。

 大体俺の知り合いがこういった表情を浮かべると、老若男女関係なしに可愛らしく見えるが。

 この男の場合は、驚き過ぎて死んだのかと思ってしまった。


「しかし、聖教会に戻るつもりは「新たな宗教を立ち上げろといっている」」


 俺の言葉に、モルダーが首を傾げる。


「とりあえず、屋敷に戻るぞフォルス。この男を背負え」

「……はっ」


 そんな露骨に嫌そうにするなよ。


「嫌なら俺がモルダーを肩に担ぐから、お前はモルダーを担いだ俺を背負うか」

「……それならば」

「冗談だ、真に受けるな」


 さらに嫌そうな顔を一瞬浮かべたが、何を考えたのかモルダーを背負うよりはマシだという結論になったらしい。


「いえ、このような小汚い恰好で、領主様のお屋敷を汚すことなど「俺の身の危険を知らせに来た恩人を、こんなところ野垂れ死にさせたら父にも、ご先祖様にも顔向けできん。フォルス、直接背負うことに抵抗があるなら、魔法を使え」

「はっ!」


 今度は即答だったな。

 少しは、俺と俺の家族以外の人間にも優しくしてほしい。

 俺の危険を知らせに来てくれた人だぞ?

 まあ、その情報は俺もフォルスも把握していたが。


***

「人心地つけました」

「うむ、大事無いようでよかった」

「……大事無いことは、なかったのですが」


 俺の言葉に、モルダーが苦笑いを浮かべている。

 毒に侵されていたのだから、大事か。

 まあ、今が問題ないならいいだろう。


「フォルス殿もありがとうございました」

「いや、気にするな。主の命令は絶対だ」


 もう少し、愛想を持て。

 本当に、こいつは。

 

 屋敷にモルダーを連れ帰ったあと、使用人たちに彼の身体を洗わせ奇麗な服を用意させた。

 自分でものを持つこともままならいほどに衰弱していた彼が、俺に会うためだけに最後の気力を振り絞って頑張ったのだ。

 流石に、叔父も手は出せんな。

 今は、温かい食事を用意してあげたところだ。

 といっても、申し訳程度の野菜が入った卵がゆだが。


 米もビスティオ王国から手に入ったが、やっぱりお約束の家畜用の飼料だった。

 じゃがいもと違って、家人からも露骨に嫌そうな顔をされたので、こっそり俺が食べる程度だ。

 まだ、周りには広めていない。

 流石に米の高騰は防ぎたいので、ジャストールで安定生産ができるようになるまでは俺と、一部の者たちのみで楽しむ。

 

「懐かしいですな」

「ああ、ジャストール以外では誰も人は食わんからな」


 俺も一緒になって米を食べる。

 俺はちゃんと炊いた白米だ。

 家畜の飼料を食わせられていると思われて、気分を害されても嫌だから。

 ……という理由だったら、ここ王都の別邸の使用人も用意してくれた。

 最初はシチューでいいのではと言われたが、重たいといって粥を勧めた。

 ならスープでいいと言われたので、それだと軽すぎて栄養が足りないと答えた。

 栄養ってなんですかと言われたから、困った。


 そういえば、ジャストールですら食べ物の中には、身体を維持するために必要なものが入っているという概念を広めていってる途中だった。

 食べないと死ぬということは漠然と広がっていても、ビタミンやらミネラルなんてものは誰も知らない。

 これを食べないと、こういう病気になるとか。

 こういう病気には、これを食べたらいいみたいな迷信じみた感じでの知識ばかりだったな。


 身体に良い物だと言ったら、スープに栄養はないのですかときた。

 その問答がめんどくさかったので、いいからとっとと用意しろといって作り方を口頭で伝えて出てきた。

 そしてモルダーが身体を清めている間に完成した粥だ。

 俺からすると、もう少し煮込んでもいいかもと思ったが、目の前の彼がスルスルと食べているのを見るに問題ないようだ。


「まさか、あの状態から生を掴むことができるとは」

「それは、モルダー司祭……モルダー殿が、生きるということを必死に頑張った結果ですよ」

「大恩あるルーク様に、なんとしても聖教会の暴挙を伝えねばならないと思いまして」


 言いながら、あからさまに落ち込んでいくモルダーに、思わず困ってしまった。

 

「それで、先の話だが」

「私に、神官に戻るつもりはないかという話ですな。いまいち、意図が掴み切れないというか……」


 さてと、どこから話したらいいか。

 フォルスに、目を向ける。


「我が主は、その方に、私の使徒になれと言っておるのだ」

「フォルス殿の使徒……ですか?」


 全く、合点がいってない表情だな。

 それもそうか。

 目の前の執事が、まさかこの世界の6大神の一柱だなんて思いもしないよな。

 厳密言うと中級神だから、中神だけど。

 

「主……」

 

 おっと、くだらないことを考えていたら、フォルスが困った表情を浮かべている。

 どうやら、何を考えているかバレたらしい。


「ああ、まず聞くが……聖教会とはなんだ?」

「破門された身で語ることべきことではないかもしれませんが、光の女神を信仰する教会です」

「なぜ、それで聖教会になるのだ? 光に関する言葉を用いるべきではないのか?」


 俺の言葉に、モルダーが少し考える。


「光は闇を照らす神聖なものですから」


 モルダーの言葉に、一応は頷く。


「だが、聖水は水だな。清めの水だ……であれば、水神も神聖なものではないか? また汚れを洗い流すのも水だが?」

「……はい」


 俺の言わんとしていることを、すでに察したのかモルダーの表情が険しくなる。


「地神はどうだ? 豊穣こそ、人々にもっとも恩恵をもたらすものではないか? それに聖なる逸話がある場所は、全て聖地と呼ばれている。それは神聖なものに他ならないと思うが」

「おっしゃる通りです」


 まさかと思うが、考えたことが無かったわけじゃあるまいに。

 いや、考えたことが無かったのだろうな。

 聖教会は、とりわけ他の教会を下に見るところがあるからな。


「風は? 悪しき空気や澱みを吹き飛ばす風を、神聖とは思わないか? 古来より戦において、正義ある方に追い風が吹くことがある。人はそれを神風と呼ぶ」

「はっ」

「火はどうだ? 火は清浄、正義を司る。また、空に浮かび人々を最も照らす太陽が纏っているのも火だが? これは、神聖ではないのか?」

「そうでございますね」


 俺が聖教会を気に入らないのは光の女神が嫌いなこともあるが、たかが一柱の神をたたえるだけの教会が、聖教会を名乗っていることが気に食わない。

 あたかも、この世界で一番正しい宗教だと主張しているようで、付け上がりも甚だしい。


「じゃあ、闇はどうかな?」

「闇は、常に悪いイメージに使われております……ですが、神には外ならぬ存在であります。畏れ多い存在であることは間違いありません」

「そうだな」


 俺の言葉に、フォルスが少しつまらなさそうな顔をしている。

 他の神を誉めたのが、気に食わないというのもあるだろう。

 そして、自分の番が来たと思ったら、流れを止めてしまったからな。

 不安そうにするな、俺はお前を一番信用している。


「しかし、闇は何者にも染まらず、不変の象徴でもある」

「不変……」

「奇しくもこの世界でもそうではないか? 冠婚葬祭の際に黒いフォーマルを身に纏うのではないのか?」

「この世界……? いえ、そうですね」

「それは、永遠に染まらぬ愛。変わらぬ愛を貫くという思いを込めてのことだろう? 永遠の愛を象徴する黒を神聖と呼ばずして、なんと呼ぶ? 光の女神は人を愛しておるのだろう……であれば、闇を象徴する黒こそ最も神聖なものではないのか? 神の愛とは万民に等しく、そして永久に与えられるべきものだろう」


 俺の言葉に、モルダーが黙り込む。

 フォルスがうんうんと頷いているが、分かっているのか?

 多分に皮肉を込めて、闇を誉めたのだが?

 人どころか、この世界の生物に対して感情が希薄なお前に、皆を愛せよと暗に言っているのだが?

 いくら黒が染まらないからといって、そこは染まってもいいと思うのだが。


「であれば、聖教会は6大神全てを信仰する教会であるべきだと、私は思う」

「おっしゃることごもっともなれば、それが最初の話とどうつながるので?」

「ちなみにだが、その前に一ついいことを教えてやろう」


 ここまで語っておいて、大事なことを話していない。


「いいこと……ですか?」


 モルダーが、不安そうな表情を浮かべている。

 あまり、良い予感がしないのだろうな。


「聖属性を司る神は、光の女神ではなく……愛と希望と勇気と正義と優しさを司る女神であり、唯一神である全知全能の神の妻君だ」

「はあ……」


 そんな、不思議そうな顔をするな。


「まあ、そういうわけで、聖教会は傲慢であり不遜でもあるから、私は好きではないな」

「ということは……」


 薄々は分かっているだろう。

 いや、半分は分かっていると思う。

 ようは、全ての神を信仰する教会を作れと、俺は言っているのだ。

 ただ、フォルスの使徒というのは、理解できないだろうが。


「モルダー殿には真の聖教会を開いてもらいたい。愛と希望と~の女神様を信仰し、そして6大神含むすべての神に敬意を払い、信仰の自由を認めた教会をだ」

「教会を破門された私にそのような資格は……」

「だから、その資格を与えると言っておるのだ。フォルスがな」


 俺の言葉に、いまだにモルダーが半信半疑といった様子だ。 


「そこにいるフォルスは私の専属執事であるとともに、実は私が召喚した従魔でもあるのだよ」

「フォ、フォルス殿がですか? 人ではないのですか?」


 俺の言葉に、フォルスが少し自慢げな表情を浮かべているが。

 従魔って言葉いやじゃないのかな?


「ただ、従魔というには少し問題があってな」

「問題ですか……」

「そこのフォルスこそが、この世界の6大神が一柱の闇の神、その人だからな。従神とでもいったほうがいいかもしれん」


 あっ、モルダーが困った表情になった。

 こいつ、信じてないな。

 神を信じてきた教会関係者が、目の前の神を信じられないなんて。

 ああ、だから光の女神の言葉に疑問をもって、王都支部に乗り込んだのか。

 その結果が破門だからな。

 もしかしたら、神を信じきれないこいつは神父に向いてないのかもしれない。


 その後、いろいろ宗教に関する話をし、神の言葉を聞けるのが教皇や枢機卿という話になり、じゃあ俺は闇の教皇が枢機卿だなと答えたが。

 モルダーが苦笑いしていた。

 というか、フォルスと会話したことがある人間は全員が教皇か枢機卿か……と、続けてみた。

 声を出して笑っていた。

 どうも完全にフォルスが神ということを疑っているようだ。

 神を感じられないこいつは、やはり神父には向いてないかもしれない。

 性格は神父向きなのに。



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