第14話:不自由
「思った以上に王都は、窮屈だな」
「とおっしゃいますと?」
馬車で上級住宅区の入り口まで行くと、そこから歩いて町を歩く。
すでに日が傾きかけているが、往来には人の通りが多い。
一度家に寄って、遅くなることは伝えてあるので時間の制限はないが。
兄が少し不機嫌だったな。
夕飯を外で取るつもりだからだろうか。
毎日一緒なんだから、たまには良いだろうと思わない。
「やりたいことが自由にできない。そもそも、学校に通う必要があったのだろうか?」
「まあ、人の世では学歴は必要だとのことですが」
俺が溜息を吐きながら漏らすと、フォルスが困ったように笑う。
そうなんだよなぁ。
王都の土地は自由にできるところがないし、町を見ながらここをこうした方がと思っても、それをやる権限はない。
かといって、王城の専門部署に俺のような子供が何か進言するのも憚られる。
思いついたことが実行できないのは、不便だな。
目安箱のようなものが、町にでも設置してあればいいのだが。
……そうだな。
目安箱。
ジャストールにも置いてない。
これは、戻ったら是非と父上にお願いしよう。
「ジャストールに帰りたい」
「ホームシックとやらですか? ルーク様には、縁のない言葉だと思ってましたが」
ホームシックか。
そう言われれば、そうかもしれないが。
それ以上に、王都に居る時間が無意味なものに思えて仕方がない。
なぜ、俺は王都にいるのだろうか?
俺の目標は天寿を全うすることだ。
その後に、神様業とやらの聞くからにブラックな企業への就職が決まっている。
アリスやアマラを見てたら、自由で楽しそうだが。
実際には、常に世界のどこかで起こるイレギュラーに対する対処も行っているらしいし。
休みがあるのやら、ないのやらといった感じだな。
「無駄だ。ここにいる時間が。自身の生活に関しては改善できても、町の不便には手が出しずらい。そしてしがらみが多い」
「こういうときは気分転換に、パーッと魔物でも狩ってみてはいかがでしょうか?」
フォルスの言葉に、思わず唖然とした。
こいつの口から、そんな言葉が飛び出すとは。
「何かおかしなことを言いましたか?」
「生き物に対して公平な立場であるお前が、そんなことを言うとはな。魔物もお前が守るべき存在だろう」
「守る? 私にとっては、どうでもいい存在ばかりですよ。この世界ではルーク様とルーク様に近しい者以外の存在は。それに主の喜びのための糧になるなら、その者も救われるでしょう。私も喜んで祝福を与えますよ」
救われないし、けしかけた本人の祝福とかいらないだろう。
こいつはあれだな。
下の者のことを本当に考えないんだな。
信者なんかいらないというのも、あながち本音なのかもしれない。
そんなんだから、闇の神は人気が出ないのだ。
「俺が魔物を殺すのは、必要に応じてだ。金のために狩りはするが、その後狩った魔物の肉は誰かの血肉に、素材は誰かの生活の役に立つ」
「誰かというか、人間にとってだけですけどね」
「ヤドカリだって、貝を殺して殻を奪う。お前と話していると、なんだか優しくなれそうだよ」
「それは、良いことです」
誉めたわけではないのだが。
なんだか疲れたので、適当な店に入って食事でもとるか。
***
「なんだかんだで、うち発信のものが多いな」
「いいことだと思いますよ。ルーク様が作ったものを皆が喜んで食する。素晴らしいことです」
なんでもかんでも誉めればいいってものじゃない。
それに俺が考えたわけじゃない。
地球の誰かが考えたものだ。
しかしなぁ……せっかく指針を与えて、ヒントを出して、原型まで用意してやってるのに。
誰も冒険しないというか。
ジャストールのレシピそのままだからな。
わざわざ、王都で食べるまでもないというか。
最近では王都の高級料理にまで、うちの調味料が使われている。
独自性まで奪うつもりはなかったので、これには心底がっかりした。
この町でしか味わえないものをと、思ったのだが。
まあ、資源が豊かで、立地に恵まれ海の幸、山の幸が堪能できる上に隣国から珍しい食材も多く入るジャストール領やアイゼン辺境領に比べれば、内陸のど真ん中にある王都が太刀打ちできるわけもないか。
裏路地を覗いたりもしたが、浮浪者はいても浮浪児は見かけなかった。
それもそうか。
ビレッジ商会が、それなりの資金を投資してそういった子たちを雇っているからな。
結果としては赤字だが、最近では成長した子供たちが色々と頑張っているらしい。
浮浪児とはいえ、読み書きや計算を教えれば、ちゃんと使い物になる。
それぞれの得意分野を育てる形で、店や住民の手伝いをさせて小銭を稼がせつつ、必要な教育も行っている。
一日2食だが、しっかりと食べさせることで力もついて、本当に役に立つことが増えているらしい。
子供たちも、だんだんと表情が明るくなってきているとかで周囲の評判もいいらしい。
最初は屑野菜と、老いて潰した家畜の肉を調理して与えていたようだが。
人数が増えると屑野菜を手に入れる方が大変になってきたらしく、食料調達のことで相談された。
だから、僅かばかりの代金を払えば新鮮とはいかないまでの、ちょっと良い食材を使った料理に切り替えさせた。
なんでもかんでも、無料で与えていてはな。
いや、かなり安い賃金で使っているから、全くの無料というわけではないが。
ただ贅沢をするには、頑張って金を稼ぐ必要があることを教えるのにもちょうどいいと思った。
結果、毎日は無理でも、週に数回ほどそういった料理を望む子が出てきたと。
頑張ってお金を稼いで、毎日食べられるようになりたいと勤労意欲に燃える子まで増えてきたらしい。
貧しさを知っているからか、嗜好品を無意味に買うような子はほとんどいない。
彼らが望む品は、ビレッジ商会が取り扱っているものなら、原価で販売することも併せて行わせている。
良いものに触れるのも、大事だからな。
「ルーク様は、厳しくもお優しいですからね」
「心を読むな」
「読んだわけではありませんよ。子供を見て目を細めていらっしゃったので、こういったことを考えているのではと愚考しただけですよ」
……そういうことじゃない。
「スキルを使わなければ良いってもんじゃない」
「主の考えを呼んで、行動を先回りするのは従者の務めです」
ああ言えばこう言う。
もう少し、素直でも……正直という意味では素直だな。
もう少し、配慮が欲しいな。
「しかし、子供たちがみんな、俺のことを知っていたのには驚いた」
「当然です。もしルーク様が神に至ったら、子供の守護者になりそうですね」
「それは、悪くないな。不幸な子供は、見たくないからな」
なかなかに、良いことを言う。
アリスは……可愛いものの守護者だから、子供の守護者とはちょっと違う。
この世界だと、水の女神と、風の女神が子供を可愛がっているな。
しかし、水は子供を多く殺すからか、どこか悲しそうな様子だったりするとはフォルスの言葉だ。
意外と神様同士でもやり取りはあるようだ。
光の女神を除いて。
あれは、かなり自意識が高いらしい。
中級神の中でも、光と闇は特別だと思っている節があると言っていた。
何を勘違いしてるのやらと、フォルスが溜息を吐いていたが。
「上級神様や、最高神様からすれば、我ら中級神など全て等しく、塵芥の存在でしかありませんよ」
卑屈というか、相変わらずというか。
まあ、そういうお前も下の存在を一括りにしてるあたり、どうかと思うぞ?
とりあえず、何も得るものが無かったし、そろそろ帰……
「おっ、そこの少年」
「えっ?」
そう思い、フォルスに屋敷に戻るかと話しかけようと思った矢先に、遠くから声を掛けられた。
その声に反応して顔を向けると、一組の家族連れが。
着ているものから、貴族だと分かるが。
「そそ、キミ、キミ!」
「あっ、えっと……ベスパ様、お久しぶりです」
「覚えててくれたんだね。珍しいところで会うね、今日はアルトは一緒じゃないのかな?」
「はい、今日は一人で町を散策してみようと思いまして」
アルトの同級生の一人だな。
町で初めてジェニファ達に会った時に、声を掛けてきた青年の1人だ。
先週末に、アイゼン辺境伯の王都邸で一緒にエアボードをした仲だ。
確か、リオル伯爵家の御子息だったはずだ。
ということは、一緒にいるのがリオル伯爵と、奥方かな。
俺よりも少し下っぽい女の子もいるから、妹か。
あまり、似てないけど。
「ベスパ様は?」
「ああ、久しぶりに両親が王都に来たから、食事を一緒にね。と、紹介するね」
ベスパが、両親ではなく少女を引っ張って、俺の前に連れてくる。
「この子は、私の許嫁のユイだ。キントス子爵家の御令嬢だ」
ええ?
ああ……
10歳くらいの女の子だけど、まあ年齢差6歳ならさほど問題ないのかな?
「こちらはルーク、アルトの弟でジャストール男爵家の次男だよ」
それから、俺をユイと呼ばれた少女に紹介してくれた。
「ジャストール?」
「そっ、ジャストール」
俺の家名を、ユイが復唱する。
少し驚いた様子だ。
「ポテトの」
「そうだよ。でもって、ユイの大好物のポテトサラダとフライドポテトを作ったご本人」
「ポテト料理を作った方? あのレストランのコックさん?」
「あははは、違うよ。開発したってこと」
開発したのは俺じゃない。
地球の誰かだ。
とはいえ、この世界で作ったのは俺が初めてだから、訂正のしようもないか。
「初めましてユイ様。ルーク・フォン・ジャストールです。ベスパ様には兄共々お世話になっております。ポテト料理は、お気に召していただけましたか?」
「はい」
俺の言葉に、ユイが控えめに首を縦にふって答えてくれた。
はにかんだような笑みだけど、俺の持ち込んだ料理で笑顔になってもらえたと思うと嬉しいな。
「それは良かったです。もともと毒があると有名な植物だったので、受け入れてもらえるか不安だったのですが」
「そうなのですか? でも、毒を完全に取る方法を見つけたんですよね! 凄いです」
両手を胸の前で組んで見上げてくる様は、ついつい頭を撫でたくなるような可愛さがある。
子供特有のあざとくない、純粋培養の可愛さだな。
「ユイ、挨拶」
「あっ、失礼しました。ユイ・フォン・キントスです。ベスパ兄様の婚約者です……」
ベスパが促すと、ユイが姿勢を正して挨拶をしてくれたが、婚約者と言うのが恥ずかしいのか最後の方は声が徐々に小さくなっていった。
というか、ベスパ兄様って。
ベスパの方を見ると、少し困ったような顔をしていた。
「兄様は余計だよ。聞く人が勘違いや、困惑しちゃうよ」
「ごめんなさい」
「はあ……」
どうやら、幼馴染か何かかな?
ベスパがやれやれといった様子で首を横に振っているけど、その表情はどこか優しい。
なんだかんだで、可愛がっているのだろう。
いいな……
「お初にお目にかかります、ルーク・フォン・ジャストールです。ベスパ様には、兄も私もよくして頂いております」
「あらあら、ご丁寧に。ほら、あなた」
「うむ、ベスパの父のエンヤだ。君の噂は兼ねがね聞いているよ。息子は迷惑を掛けておらんかな?」
それから両親も紹介してもらった。
ベスパはすらっと足が長く細身で背の高い青年だが、父親のエンヤ殿はどちらかというガッシリしている。
それでも背は高いから、威圧感も凄いな。
少し不安そうな様子で、息子のベスパのことを聞いてくる辺りは親しみが持てるが。
「はい、私も兄アルトの弟として、可愛がってもらってます。遠隔地から来た私にとっては、とても心強い味方ですよ」
俺の言葉に、笑顔で頷くエンヤ殿に少しほっとする。
最初の人生では会う人、会う人に敵意や侮蔑の視線を向けられたり、嫌な顔をされたからな。
受け入れてもらえたようで、安心した。
「嬉しいことを言ってくれますね。ベスパの母のリーチェです。ふふ、貴方が発展させた町と同じ名前ね。なんだか、縁を感じますね」
「それはそれは、大変恐縮です。ご不快ではありませんか?」
「まさか! 初対面の方からも、今を時めくご婦人ねなんて言われてすぐに覚えていただけるんですよ? しかも、いまなお発展を続けてるものですから、嬉しく思っても、嫌な気持ちになんてなりませんよ」
嬉しいことを言ってくれる。
ニコニコとした、朗らかな女性という印象を受ける。
ベスパの柔らかな雰囲気は、母親譲りなのかもしれない。
「リーチェの町は、自然も大事にしていてとても綺麗なんだってね。それもうちの妻と一緒だな」
「あらやだわ、あなたったら」
そう言って、笑いあう2人にベスパは少し困った様子だけど。
俺は、嫌いじゃないな。
そんなことを人前であっさりと言ってのける、この父親も。
照れながらも満更じゃない奥さんも。
本当に仲が良いのが、よくわかる。
「羨ましいですわ……ユイの町も作ってほしいです」
「リーチェの町も、もともとあったものを私が手を加えただけで、作ったわけじゃないんですけどね」
そんな様子を、ユイが羨ましそうに見ていたが。
漏らした言葉に、思わず苦笑してしまった。
「無茶を言って困らせてはいけないよ……いや、ルークならできそうだな」
「流石に、0から作り上げるのは難しいですよ」
「じゃあ、ユイの名前が付く集落か、村か、町を探してくるから、そこの顧問になってくれないかい?」
ベスパもベスパで無茶を言う。
しかしなあ……
「ルーク!」
と思ったら、遠くから俺を呼びながら走ってくる青年の姿が。
「ベスパも一緒だったのか?」
俺の横までくると、ベスパを見て少し驚いた様子だ。
「アルトも、町に来てたのか?」
「いや、弟がなかなか帰ってこないから、迎えに来た」
迎えに来たって。
この広い街中で、どうやって俺を見つける気だったというか、どうやって見つけたんだ?
「弟のことが分からない兄などいない」
……言ってる意味が分からない。
分からないけど、納得してしまった。
それから、ついでにということで、ベスパ家の方々と一緒に、最近流行っているスイーツのお店にいって、デザートを食べることに。
パンケーキのお店。
生クリームやフルーツの乗った。
真ん中にはドライシブーカ。
ジャストール発、ジャストリアンパンケーキのお店という看板のスイーツ喫茶。
「このドライシブーカってのも、ルークが考がえたんだよ」
「知ってる」
「有名な話だな」
兄の自慢話に、ベスパと彼の父親のエンヤ殿が笑顔で頷いていた。
恥ずかしいから、やめてくれ。
「あら、ルーク! こんなところで、出会うなんて運命を感じますね」
……なぜいる、ジェニファ。
そして、こんなところで出会ったのが運命なら、アルトやベスパも運命のお相手になるんじゃないかな?
あと、伯爵家当主がいるんだから、先にそちらに挨拶して。
俺たちは貴族家の子供であって、当主じゃないから……