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第9話:ジャスパー・フォン・ブレード

「じゃあ、今日は男性諸君は剣術訓練だな」


 この学園では、しばしば男子と女子で授業が分かれることがある。

 貴族として必要な技能は、男女で違うからだ。

 現代日本なら女性蔑視だ、差別だなどと騒がれそうだが。

 でもって、学園長が謝罪会見の流れだな。

 仕方ないだろう。


 といっても騒ぎ立てるのは一部の権利団体だけで常識的な人たちは男女関係なく、区別と差別の違いをはっきりと理解している。 

 身体の構造から、思考まで違うんだから区別は必要だ。


 それを猫も杓子も差別だと騒ぎ立てる連中には、思うところがある。

 お前ら、そこまで厳しく言うんだったら、更衣室もトイレも共同浴場も全部男女一緒にする活動をしてるのか? と思わなくもない。

 女性専用車両は?

 男性専用車両がないことについて、言及したりしないのかと。

 自分たちに都合がいいことは区別、ただちょっとあやふやなものは差別といって叩くのはいささか乱暴だと感じる時がある。


 ただ、この世界はゴテゴテの中世欧州よりの文化的なものと想像してたが。

 思いの外、女性の権利がしっかりと補償されてたりするんだよな。

 

 戦国日本よりは遥かにマシだな。

 いや、あの時代でも男より強い女はいっぱいいたか。

 お局様なんて言葉が生まれるくらいだからな。

 保春院や春日局なんかが有名か?

 

 まあ、なんだかんだで、どの時代、どこの世界でもかかあ天下の家庭はあるってことだな。

 

 ちなみに女性陣は、この時間はお茶の授業だ。

 まんまお茶会の作法や、お茶について習う時間だな。

 俺もそっちの方がいいな。

 場合によっては、菓子がでることもあるし。

 こっちは……血がでることがあるし。

 うん、やっぱりお茶の授業が良いな。

 これは、差別だと騒ぎ立てるべきだろうか?


「ミスタージャストール? 先生の話を聞いているかね?」

「勿論ですとも」


 キャッキャ、ウフウフしながらお茶を楽しんでいるだろう女性陣を想像してたら、先生から睨まれた。

 仕方ないだろう……別に剣なんて改めて習わなくても、ずっとやってきてることだし。

 おそらく、ここにいる男性陣は皆やってるんじゃないかな?


「最初は、実力を見るために模擬戦を行ってもらう。といっても、お前らの実力も分からんしな。対戦相手の希望があれば受け付けるが、特になければ身長順に並んで前後のものでやってもらうか」


 出たよ、この謎お約束ルール。

 なんで実力不明の新入生同士に殴り合わせるんだよ。

 とりあえず素振りとかでいいと思うのだが?

 型で、ある程度練度は測れるだろう?

 剣の先生なんだから。

 なんなら、鎧でも叩かせてくれたらいいのではないのか?


「先生」


 でもって、平気で同級生を名指しして、ぶん殴ろうとするやつ。 

 こうして、改めて考えると屑だよな。

 友達を指名するのもどうかと思うし、全く仲良くない奴を指名するのもどうかと思う。

 で、誰だ?


「どうした、ジャスパー。希望でもあるのか?」


 知ってた。

 どうせ、こういうのって脳筋な騎士系貴族の子供が喜んで、相手を指定しそうだもんな。

 誰を指名するんだ?

 もしかしたら、四天王とは一緒に鍛錬してるから、その中の誰かだろうか?

 実力が近い相手がいるとか。

 でも、キーファは魔法職だしな。

 オラリオか?

 こないだのことで、性根を叩き直そうとかか?


「はい、私はそこのルーク・フォン・ジャストールを指名します」


 それも、知ってた。


 ずっと俺のこと睨んでたもんね、お前。

 授業が始まるまで。

 でもって、いざ授業が始まって先生の説明受けたら、お前微笑んでたもんな。

 嫌な感じで。

 つーか、ふざけんな。

 俺はどこぞの物語の主人公かって話だ。

 お約束の展開過ぎて、笑えるわ。

 すかした感じで、「この物語の主人公さ」って答えた方がいいか?

 それとも「これは、俺の物語だ!」とでもいった方がいいか?

 こっちはだめだな、夢オチで消える未来しか見えなくなりそうだ。


「はい、先生」

「なんだ、ルーク?」

「私は希望はありませんので、背が近い人でいいです」


 とりあえず、お断りだ。

 絶対に、お前寸止めとかせずに全力で殴り掛かってくるだろう。

 その手に持った、木剣で。

 当たったら痛いし、勘弁だ。


「お前逃げるのか?」

「逃げる? いやそれ以前に、ジャスパー様はなんで私を指名されたので?」

「それは、お前が気に食わないからだよ!」

「先生、ジャスパー君がこんなこと言ってまーす! 私怨で同級生を木剣で殴るつもりですよ!」

「おまっ!」


 俺が手をあげて、先生に大きな声で抗議したら、ジャスパーが慌てた様子で止めに入ってきた。

 というか、よくもまあ先生の前で、正直にそこまで言えたな。


「ふむ……あまり感心はせんな。どちらも」


 どちらも、俺もか?

 おかしくないか?


「どちらも……ですか?」

「ああ、相手の技術が拮抗しているとかではなく、かなり個人的な理由で友人に挑むのも……挑まれて平気で逃げ出して、教師に助けを求めるのもな」


 なんだ、その理屈。

 お約束の矯正力でも働いているのか?

 意地でも、決闘させてやる的な?


「いやいや、代々騎士団の団長を務める家系で、剣に特化したブレード家の御子息が? 同級生相手に自分が最も得意な分野で勝負を挑むって……そりゃこっちは逃げ出しますし、それ以前に騎士の鑑に置けないどころか、人倫にもとる行為だと私は愚考します!」


 ここは声を大にして、講義するべき場面だな。

 すでに騎士といっても差し支えない訓練を終えたやつが、一般人に喧嘩を売るとか。

 だめでしょ?


「まあ、ルークの言っていることにも一理あるが」

「お前の兄貴は俺の兄貴よりつえーんだろ? だったら、お前もよっぽどやるんじゃねーかと思って」


 先生に睨まれて、ジャスパーが露骨に方向転換してきた。

 お前……


「なるほど、そういった理由なら納得できるな」

「納得できません! 兄は兄、私は私です。兄のような規格外の力を期待されても……」

「たしかにアルトは俺よりも強いからなー」


 先生の発言に、周囲がどよめく。

 あー……アルトが前に行ってた、学園で俺より強い奴はいない発言ってあれ……生徒だけの話じゃなかったのか。


「えっ? 本当ですか?」

 

 そして、なぜお前が驚くジャスパー。

 そのくらい、調べてきてると思ったのだが。


***

 結局、対峙することになった。


「恥ずかしくありませんか? 自分の得意分野で、普通の生徒である私に勝負を挑むのは?」

「学園トップが何をほざく。まあ、頭が良いってことは、それ以外がからっきしってこともあるか……手加減してやるから安心しろ」


 こいつは、何を言ってるんだ?

 というか、他の連中も手合わせしとけよ。

 俺たちの周りには、他の生徒が集まって見学している。

 なぜ、見学?

 全員分見学してたら、時間なんか全然足りないだろ?

 こっちは、気にしなくていいから。


「ジャスパー! 頑張れ!」


 おい、オラリオ何を応援してるんだ。

 頑張るまでもないし、頑張る必要もないだろう。

 向こうは由緒正しき騎士様の出だぞ?

 自然と、ため息が出てくる。


「手加減って当たり前でしょ? 騎士団長の孫でしょ? 強いんでしょ? 剣が得意なんでしょ? なんだったら、自分のこと同級生最強とかって思ってるんじゃないですか?」

「あー……いや、アルト殿のことを思えば、少しはお前がやるんじゃないかと思ってるのは本当だ」


 少しねー……

 俺の言葉に、ジャスパーが少し慌てた様子で首を振っているが。

 本当に、そう思ってそうな表情だ。

 というか俺のことは気にくわないのに、俺の兄には敬意を払うのか。

 根は真面目なんだろうな……可愛いやつだ。


 まあ、アルト曰く俺より強いのはアルトだけ……俺より強いのはアルトだけ? 

 アルトだけ……


 先生の方をチラリと見る。

 うーん、勝てるかな?

 結構疵だらけで、歴戦の戦士感が出てるが。

 確かに、弱いから傷だらけになるって意見もあるわけで。


「よそ見してていいのか?」

「ああ、ごめんごめん。手加減してくれるんだってね? じゃあ、私も魔法は使わないでおいてあげるよ」

「当たり前だボケ! これは、剣の授業だろうが。というか、魔法使えるのか?」


 変なとこに食いついてくるな。

 使わないって言ってるだろ?

 しかし、言葉遣い悪いなこいつも。

 第3王子の取り巻きとか、確かに微妙だな。

 王になる可能性も確かに、かなり低いし。

 下手したら、どこか他の国の姫の婿になる可能性も。

 あとは、公爵家を立てさせて、国内の有力貴族の娘を嫁に迎え入れるか。

 どちらにしろ、立場としては微妙か。


「いや、使わないよ」

「いやいや、使わないとかじゃなくて……」

「先生、合図お願いしまーす」


 ジャスパーの質問を無視して先生に、お願いする。

 とっとと終わらせてやろう。

 周囲の生徒が真剣な眼差しに。

 あまり、見つめないでくれるかな?

 照れるじゃないか。


「よし、始めろ!」

「降参です!」


 先生が合図をすると同時に、俺が降参を宣言する。

 どうだ! これなら、どっちも痛い思いをしないしな。

 しかも最速で終わる。

 良いことだ。

 そもそも、こんな授業頑張ったところで、なんの役に立つのやら。

 将来の就職も決まってるようなもんだし。

 俺は内政重視だしな。

 あれ?

 なんか、目的があったような……


「ふざけるな! お前は、情けなくないのか?」

「ジャスパー様よりは、情けなくないと思いますが?」

「な……なにい?」


 なんか、ジャスパーが凄く怒っている。

 どれだけ、俺のことを叩きたかったんだこいつは。

 本当に性格悪いな。


「いやいや、勝てる相手に喧嘩売って、憂さ晴らしとか……それ、下衆動っていうんですよ? 騎士道の欠片もありませんね」

「お前は……いやお前こそ敵前逃亡とか、それこそ騎士道の欠片もない行為だろう」


 おお、ジャスパーが凄く嬉しそうに、勢いよく言い放ってくれたが。

 ブーメランとでも言いたいのかな?

 俺の揚げ足を取れて嬉しいのかな?

 嬉しそうだ。

 言ってやったって顔だな。


「あっ、私は別に騎士じゃないので」

「……」


 俺の言葉に、ジャスパーが心底ショックを受けたような顔をしている。

 心外だ。

 俺のことを騎士だとでも、思っててくれたのかな?

 残念、俺は内政官だ。

 代官や、大使とかが理想だな。


「おいおい、ジャストール。あまり、ブレードをいじめるんじゃない」


 ええ?

 俺が悪いのこれ?

 先生の言葉に、ジャスパーが顔を真っ赤に……いや、ちょっと泣きそうになっている。

 こいつ、もしかしてメンタル弱いのか?

 かなり、厳しい訓練を受けているって聞いたけど。

 あれかな?

 肉体的苦痛耐性は高いくせに、煽り耐性が紙装甲とかか?


「分かりました。だったら、万が一ジャスパー様に勝ったら、ご褒美を要求します」

「ほう?」

「……」


 ジャスパーを無視して、先生と会話を始める。

 凄くいたたまれない表情だ。

 可哀想に思えてきた。

 少し、子供だと思って適当にあしらい過ぎたか?

 あー、20歳過ぎて酒飲んで大人同士で盛り上がってる輪に俺が入って、相手にしてもらえず寂しそうな表情を浮かべていた歳の離れた小学校低学年の従弟を思い出した。

 仕方なしに話の輪から抜けて、従弟を連れ出して虫取りに行ったが。

 

「授業免除でお願いします」

「あー、そうだな……ジャスパーが、このクラスでお前を除いてトップにいる限りという条件でよければ」

「勿論」

「ちょっと待て! なぜ、俺が負ける前提で話が進んでいるんだ?」


 俺と先生のやり取りにジャスパーが割って入ってくる。

 

「いやだなぁ、万が一って前置きしたうえでの話ですよ?」

「……」


 すぐに、黙り込んでしまった。

 まあ、良いか。


「じゃあ、万が一俺が負けてお前が授業を免除になっても、月に1度は手合わせしろ!」


 おお、復活が早い。

 いや、でも嫌なんだけど?

 でも月1なら、別にかまわないか。

 それ以外は、授業免除だからな。


「じゃあ、それで」

「ああ、そうしよう」

「……なんか、納得いかない」


 それから、再度対峙する。

 凄いな、視線で人が殺せそうだ。

 凄く気合が入っている。

 降参したくなった。


「では、始め」

「降参します!」


 降参してみた。


「ジャストールゥ……」


 気合十分、全力で地面を蹴ってこっちに突っ込んできたジャスパーがずっこけて、泣きそうな顔を浮かべてこっちを見上げてくる。

 周りもドン引きだ。

 これは、俺が悪いのか?


「ジャストール、それはあんまりだろう」


 先生までドン引きだ。

 ……うん、少し虐めすぎたな。

 

「じゃあ、気を引き締めなおして。開始だ」


 再度仕切り直し。

 ジャスパーが、地面を蹴って突っ込んでくる。

 こいつには、上位者の余裕というのはないのだろうか?

 びっくりするほど遅いが。

 兄なら、すでに攻撃を放って次の動作に入っている。

 まだ、剣を構えた状態で接近した状況とか。


「ぐっ」


 前蹴りで腹を蹴って押し返し、距離を取らせる。

 すぐに間合いを詰めて、足払いをかけて転ばせると顔の横に足を踏みつける。


「ひいっ」

「私の勝ちってことで、良いですか?」


 先生の方を振り返って声を掛けるが、固まっている。

 おーい。

 先生、終了の合図……周囲が、さっき以上に引いている。

 オラリオもドン引きだな。

 キーファは……なんで、あいつは楽しそうなんだ?


「うぅ……」


 なんか、うめき声が聞こえたので足元に目をやる。

 もしかして、強く蹴り過ぎたか?

 それとも足払いで転ばせた時に、頭でも打ったか?

 拙いな。


「大丈夫ですか? 打ち所が悪かったのですか?」

「うぅ……」


 声を掛けても、反応がない。

 これは、本当にヤバいかもしれない。

 すぐに助け起こして、怪我の具合を調べるために鑑定を。

 結果は、健康って出たけど……

 顔を見る。

 うわぁ。

 やり過ぎた。

 目を堅く瞑っているが、その目尻からは涙がとめどなく溢れている。

 口を引き結んで、必死に声が漏れるのを堪えているようだ。


「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだよ。本当にごめんね? 大丈夫? ほら、痛くない……痛くない。ジャスパーは強い子だからね? もう泣くのおしまい! お天道さんに笑われちゃうよ?」

「うわぁぁぁぁ」


 あっ、従弟や甥っ子にするような感じで宥めたら、俺の手を振りほどいて凄い勢いで走り去っていってしまった。

 どうしよう?

 困った感じで振り返ったら、先生に首を横に振られた。

 そして、オラリオが追いかけていったけど、キーファは腹を抱えて笑っていた。

 よくわからない子だ。

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