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第7話:入学2日目

「リックから話は聞いたぞ?」

「父上、それには訳が!」


 流石のリカルドも、国王陛下である父親に親父という度胸はないらしい。

 執務室に呼ばれたリカルドは、ヒュマノ国王オーウェンに声を掛けられて思わず緊張する。

 しかし当の本人であるリカルドは、自分の何が悪いのかが理解できない。

 彼の従弟がルークに絡み、事情を聴くこともなくルークを一方的に悪と判断し介入しようとしたこと。

 それはまあ、確かによくはないかもしれないが。

 一応は上位貴族に対して、ある程度の配慮は必要だ。

 子供には爵位は関係ないが、将来的にはそのままの上下関係でいくことが多い。

 そういった意味でも、学園は経験を積む場でもある。 


 ただリカルドが本格的にルークを責める前に、従姉であるジェニファに黙らされることとなったが。

 しかもそのタイミングで、彼の兄であるリックまで入ってきた。

 リックもあまり話を聞かずにリカルドのことを悪認定していたのだが、これはリカルド自身の最近の行動のせいでもあった。


「どのような訳があるのかな? 聞くだけ聞いてやろう」

「あいつは「あいつ?」」

「あの子はルークは、魔王です」


 リカルドの口から出た言葉を聞いて、オーウェンの眉間に深いしわが刻まれる。

 さもつまらない話でも聞くかのように、机に左の肘を置き、掌で頬を支えながら深いため息を吐く。

 その目は鋭く、失望にも似た色をしている。


「お前はまだそんなことを言っているのか? 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで愚かとは」

「父上! 俺は「俺?」」


 リカルドの口調が悪くなるたびに、オーウェンが低い声で繰り返す。

 それだけで、リカルドは口を噤むしかない。

 それほどまでの圧をかけてなお、リカルドは自身の主張を続ける。


「私は、光の勇者です」

「ふんっ、世迷いごとを」

「光の教会の大司教から、先日枢機卿が光の女神様よりお告げを受けたと聞きました」

「神が勇者を指定するのであれば、そんな個人ではなく広く信徒全員に伝えればいいではないか? お前は担がれているのだよ」

「そ、そんなことはありません!」


 息子が何を根拠に自信満々に言っているのかが、オーウェンには理解できなかった。

 そして、勇者に指名されたからと言って、ここまで増長する理由も。

 いや、もう愚かだからとしかいいようがない。

 うまいこと、言いくるめられているのだろう。

 上2人の兄と比べても、あまりに頭が軽いリカルドに深いため息が出る。


「その証拠に、光の魔法への適性も高まっております」

「お前が光の女神を信仰する教会に唆されて、入信したからじゃないのか? 特定の教会への肩入れは王族には認められていないのは、知っていると思うが?」

「そ……それは」

「それにだ……指名されたからなんだというのだ? 勇者として、お前は何をしたのだ?」

「……それは、これから!」

「これから? 愚かな」


 リカルドの言葉に、オーウェンが不快感を表す。

 再度軽くため息を吐いて、少し笑みを浮かべる。


「いや、なるほど……そうか、お前は勇者か?」

「はい、そう聞いております」


 少し態度が柔らかくなった父に対して、リカルドが遠慮がちにそれでいて自信満々に応える。


「そうか、勇者か! お前は、栄誉ある勇者なのだな!」

「はい! 私は、光の勇者として魔王を倒すという神命を受けました!」


 やや大げさに、驚いた様子で力強く再度確認したオーウェンに、今度こそ自信満々にリカルドが答える。

 認められたとでも思ったのだろう。

 愚かなことだ。

 オーウェンの顔から、スッと表情が全て抜け落ちる。

 昏い目を息子に向ける。

 

「お前から、王位継承権を剥奪する」


 そして静かに感情をまったく感じさせない、抑揚のない低い声で言い放った。


「なっ!」

「当然のことだ。勇者は王にはなれんよ」

「なぜですか!」


 オーウェンの言葉に、リカルドが信じられないものを見るような目を向ける。

 狼狽えた様子で、オーウェンの元に近寄ろうとして手で制される。

 憎悪の混じった目でオーウェンを睨みつけるが、鼻で笑われる。


「貴様、そのような目を王である私に向けるか? 父である私に向けるか? その程度の人間が、勇者だと? つけあがるなよ!」

「ひっ……」


 それ以上に冷たい視線と、威圧のこもった声にリカルドが小さく悲鳴をあげる。


「勇者とは指名されてなるものではない! 常に自分を殺し他人のために、何かを恐れることなく、挑み続ける者のことを言うのだ。聖者の心を持ちながら、人を救うためにどのような困難にも挑み続けるものを人は勇者と称するのだ」


 そう、勇者とは誰かに言われたからなるのではない。

 その生きざまで、周囲に勇者として認めさせるものである。

 

「だから私が「まだ何もしていないお前など、勇者でもなんでもないわ! ましてや、領地のために一所懸命に働いている臣下を魔王だと? 魔王とはなんだ? 世界を滅ぼすものではないのか?」

「はい! ルークがその魔王なのです!」

「あの者は、まだ何もしておらぬぞ? いや、領地を発展させ国益を増やしておるが? お前なんかより、よほど役に立っておるが?」


 オーウェンの言葉に、リカルドが思わず下唇を噛む。


「それにだ……人のために全てを投げうつような者に、国を任せられるわけないだろう? 勇者に国は治められん。すぐに、経済が崩壊する……国の経営なんか成り立つわけがなかろう? 戦争も起こせんよな? お前のいう勇者とやらは、全ての人類を救うのだから……侵略されたらどうするのだ?」

「ゆ……勇者に戦を仕掛けるようなものなど、おるはずがありません!」

「本物の勇者であればな。いや、勇者は国には属さんから、そりゃお前自身は戦争は挑まれんだろう? しかし、我が国に属するとなれば、他国でどこかお前に対して討伐命令を下す国はあるかもしれんが。刺客を放たれることもあるだろう。そしてこの国に対して戦争を仕掛けてくるものは、おるだろうな? お主を担ぎ上げて、世界征服を目論む阿呆も出てくるかもしれん。統一国家? 馬鹿馬鹿しい」

「……」

「お前がどうしても自分が光の勇者だというのなら、わしの子としては変わりなく認めてやるが、王族としては認めん。ただの一般人だ」

「……」


 オーウェンの覚悟のこもった言葉に、リカルドが何も言えずに黙り込んで俯く。

 それほどまでに、強い意思を感じたのだ。

 勇者を諦めるか、王族をやめるか。

 その二択を迫られ、リカルドが何も言えずにただただ時間が過ぎるのを待つしかできなかった。


「しばらく、部屋で頭を冷やすがよい。当面は外出禁止だ」

「父上!」

「叔父にも連絡を入れておく。学園にも通わなくてよい」

「そんな……」

「落ち着いて考えて、それでも自分が勇者であると言い張るならば……城から出ていけ! 話は終わりだ。戻れ」

「……はい」


 何も言えず、王の執務室を出たリカルドは長い廊下をとぼとぼと歩き続ける。

 そして、最初の角を曲がったところで、壁を思いっきり殴りつける。


「くそ……全部あいつのせいだ。ルークが……魔王が……」


 真っ赤に血走った眼で、床を睨みつける。


「いままで会ったこともないのに、奴を見たら心が騒ぐ……心苦しさと、切なさ、優越感や侮蔑、親近感や、対抗心、同情や、悪意、様々なものが入り混じった感情が湧き上がるのはなぜだ……奴が魔王だからじゃないのか? それが、俺が勇者である証ではないのか? 俺がおかしいのか?」


 自問自答を繰り返し、結論が出ないことにさらに苛立ちを覚える。

 しばらくして、考えるのをやめると首を横に振って、また部屋へと向かって歩き始める。

 時折、苦しそうに顔を歪ませながら。


***

「早速だが、残念なお知らせがある」


 朝のホームルームで、担任のジャッカス先生が神妙な面持ちで話を始める。

 

「君たちは殿下であるリカルドと一緒に授業を受けるのを楽しみにしていたようだけど、公務で2週間ほど登校はされないそうだ。バルザックもリカルドと一緒に行動するらしいから、彼もだな」


 嘘だ。

 いや、ある意味では公務か?

 帝王学含め、基礎教養の再教育という名の。

 貴族としての必要なことを、2週間で叩き込めるのだろうか?

 もともと、素養があったのが拗らせたようなので、可能性は無いこともないだろうが。

 教育の軸は、いかに彼らを更生させるかだろうな。


 リック殿下が、詳細を濁らせながら教えてくれた。

 とある宗教団体に、神輿として担がれているらしい。

 なぜだ?

 第3王子を担いだところで、跡目を継ぐ可能性は低いと思うのだが。

 リック殿下を担ぐなら分かる。

 もしくは、ロナウド殿下に取り入ろうとするのも分かる。

 よりによって、第3王子のリカルドを担いで如何するというのだろう。 


 いやまあ、神輿は軽い方が担ぎやすいのだろう。

 リカルドの為人は詳しくは知らないが、初対面の印象では感じやすい人だとは思ったな。

 悪く言えば、影響を受けやすいというか。


 それに比べて、リック殿下は色々とあれだしな。

 神輿として担ぐには、バランスが悪すぎて……

 下が崩れても、神輿だけはズーンとその場に鎮座しそうな強かさもあるし。


 ロナウド殿下は担ぐまでもなく、この国の神輿だからな。

 取り入ることはしても、担ぎ上げるまでもないな。

 ライバルもたくさんいるが。

 そこだろうな。

 それに、ロナウド殿下は現実主義者ともいわれている。

 神の存在は知っているようだが、神を信じて待つことの愚かさを嫌っていると。

 自分の力を信じられぬ者は、神も救わぬし自身にも裏切られると言っているらしい。

 なかなかに、出来た人だと思う。


 第三王子か……並大抵のことじゃ、王位を継ぐことはないだろうが。

 宗教団体というのは、時としてとんでもないことをしでかすからな。

 ロナウド殿下と、リック殿下に身辺に気を付けるように……言うまでもないか。

 王族の警護がざるな訳ないしな。

 しっかりとした情報網もあるだろうし。


 あっ、そういえば入学試験の時も、入学式の時もリーナを見なかったのでフォルスに少し探ってもらった。

 本来なら、この学園に通うはずだったと思うが。

 リーナ・フォン・ブライト。

 ブライト伯爵家の子女で、最初の人生ではルークの思い人。

 そして、リカルドの許嫁であり、ルークを殺したリカルドを手助けした。

 そう、光の聖女だ。

 その彼女は、何を思ったのかアイゼン辺境伯領の学園に入学したらしい。

 どうせ、あの色ボケ少女のことだ。

 俺がそこに通うという噂を聞いて、入学したのだろう。

 フォルス目当てで。

 フォルスの困った様子で、大体想像はついた。

 神に惚れるとは、彼女もなかなかに見る目がある。

 そのまま、フォルス一筋でいてくれ。

 よかったなフォルス、熱心な信者を一人手に入れることができて。


 ホームルームが終わったら、最初の授業までは小休憩がある。

 10分の休憩だ。


 ジャスパーとキーファ、オラリオがつまらなさそうな顔で話をしているのが目の端に移る。

 目が合うと面倒そうなことになりそうだから、反対側を向いて……


「あなたが、あのルーク様ですか?」

「あのが何か分かりませんが、私がルークで間違いないですよ」


 反対を向いた瞬間に、視界を女子の身体が塞いだ。

 そのまま上を見るが、見覚えのない子だ。

 いや、そりゃ教室に入るときや、何気ない時にチラッとは見たかもしれないけど。


「初めまして、エルサと申します。祖父はラードーン伯爵家の当主である、キューエルです」

「これは、ご丁寧に恐れ入ります。ルーク・フォン・ジャストール。ジャストール家当主、ゴートが子です」


 少女が笑みを浮かべて自己紹介をしてきたので、こちらも立ち上がって同じように自己紹介して頭を下げる。

 ラードーン伯爵か……確か、別荘に割と広めの土地を買ってくれていたな。


「キューエル殿には、ミラーニャの町の別荘地に家をお求め頂いておりましたね? とても、感謝していることを伝えていただければと。それで、私に何か御用ですか?」

「ふふ、やはりあそこの別荘地をあなたが管轄しているというのは、本当だったのですね。私は、ジャストール領に連れて行ってもらったことがないので、どのような場所か興味がありまして」

「ええ、祖父に支えてもらいながら、色々と計画させてもらってます。将来に備えての経験も兼ねて、父に任せられました。エルサ様は我が領地のことが気になるのですか? 流石に休憩中だと時間が少なすぎるので、またお時間頂けたらお話させていただきますよ」

「本当? じゃあ、食事の時にご一緒させてもらえないかしら? 私の友達も興味あるみたいだし、どうかな?」

「もちろん、喜んで」


 女性からの誘いと思えば、嬉しくもあるが。

 相手は12歳の子供だからな。

 しかし、男爵家の子供なんて誰からも相手にされないかと思ったが。

 ぼっちになりそうにないので、よかった。


「調子に乗るなよ」

「うわっ!」


 ……離れていったエルサの後姿を見ていたら、急にすぐ傍で声を掛けられてびっくりした。

 振り返ると、オラリオがこっちを睨みつけるように、見下ろしていた。

 いきなり、なんだこいつ?


「やあ、オラリオ様も、初めましてですよね。私のことは見知っておいでのようですが、でオラリオ様? 初対面でいきなりなご挨拶ですが……さて、調子に乗るとは?」

「とぼけるな! エルサと親しそうに話しやがって!」


 ほう?

 ほほう……

 ほうほう、オラリオはエルサが好きなのか。

 それは、良いことを聞いた。

 別に、ガキの色恋沙汰に興味があるわけじゃないが。

 それでも、楽しい。


「いえ、エルサ様とも今日が初対面ですよ? 彼女が我が領地に興味があるようで、話を聞かせてくれとのことだったので」

「たかだか、男爵家の子供がラードーン伯爵家の御令嬢と話をすることが、まず無礼だと知れ」

「いやあ、伯爵家御令嬢に声を掛けられて無視する方が無礼では? それはそうと、オラリオ様はエルサ様のことがお好きなので?」

「いや、そんなことは……」

「そんなことは無いのですか? ほう?」

「な、なんだよ」


 何か喧嘩を売ってきてるようだけど、子供相手にムキになることもないし。

 そもそもが、子供なんだよなー。

 真面目に取り合う気もなければ、特に思うところもない。

 少し、可愛げすら感じる。


「実はお昼にエルサ様とご一緒することになりまして」

「なっ!」

「ですが、オラリオ様は別にエルサ様のことを、お慕いしてるわけでないのであれば……何の問題もありませんね?」

「いや、昼食を一緒に取ることが、無礼だ! 身の程を知れ!」

「いえいえ、向こうからのお誘いなので、私が断ってジャストール家がラードーン家の不興を買う方が拙いですよね?」

「ま、まあ……だが、社交辞令だと思わないのか?」

「話の流れからして、そういった類ではないことくらい、分かりますよ」


 なんか、焦っている様子も可愛いな。

 素直になればいいのに。

 このパッツン坊ちゃん刈り貴族め。

 見た目が面白すぎて、何言われても腹が立たないどころか可愛いとしか思えない。


「エルサ様には、オラリオ様はエルサ様のこと好きじゃないとお伝えしておきましょうか?」

「そ、そんなこと言ってないではないか!」

「ええ? 言いましたよ? 嫌いとは言ってないですが、好きではないとはっきりと言ってましたよ?」

「き、きさま!」

「それよりも、そろそろ先生が来ますよ?」

「ぐっ」


 顔を真っ赤にしているけど、そろそろ休憩終わるし。

 というか、俺も誰か友達を作りたかったんだけど?

 この際、話相手になってくれるならエルサでもオラリオでもいいんだけどさ。


「なんでしたら、昼食ご一緒しませんか?」

「なんで、俺が!」

「エルサ様のこと……本当は気になるんでしょ?」

「もういい! 貴様なんかと話したのが間違いだった! せいぜい、エルサの前で無知を晒して恥をかくがいい」

「自分の領地の話をするのに、どうやって無知を晒すことになるのでしょう? 私より我が領地に詳しい生徒といえば、兄くらいしか思いつかないのですが?」

「うるさい! 話しかけるな」


 自分から話しかけてきたくせに、身勝手だな。

 よし、次の休憩時間にはこっちから話しかけてやろう。

 どうせ、まだまだ仲良くなれそうなクラスメートもいないし。




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