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第4・5話:王族の場合

国王オーウェンの場合


 目の前の童を見る。

 なかなかに、生来が楽しみな面構えをしている。

 ジャストール家の次男であるルーク・フォン・ジャストール。

 若干12歳ではあるが、我が息子のリカルドと比べて幾分か大人びて見える。

 流石に王である私を前にして、緊張せぬわけはないか。

 いや、どちらかというと申し訳なさそうというか。

 所在なさげにしておるな。


 自分が場違いな場にいると思っておるのだろう。


「時に、ジャストールでは様々な試みをしておるようじゃな?」


 わしの質問に、紅茶に手を伸ばしかけていたルークがそれを止める。

 ふむ、タイミングが悪かったか。

 なかなか、お茶や菓子に手が出そうになかったから話しかけたのだが。

 折しも向こうがタイミングを見て、茶を飲む瞬間であったか。

 隣の席に座っているレオンハート叔父が苦笑いしている。

 彼は祖父が才を見込んで養子に迎え入れた御仁で、生粋の王族ではない。

 表向きはそういうことになっているが、実は庶子で一度グレゴール伯爵家に養子として縁を結ばせたあとで引き取ったとか。

 回りくどいことをする。

 祖母も、よくもまあ許したものだ。


「ああ、すまんすぐに答えなくともよい。まずは、喉の渇きを潤そうか」


 口を開きかけたルークを手で制し、先に自らお茶を飲む。

 ふむ、相変わらず美味いな。

 東方から運ばれてきた緑茶とよばれるものに氷を浮かばせ、ミントと蜂蜜を加えてあるのだが。

 鼻から抜ける清涼感がなんとも心地よい。

 これも、目の前の少年が考えついたとか。

 全く、奇怪ことを考えるものよ。


「はっ……陛下におかれましては「あーよいよい、お主の兄の友達の父親にしかすぎん。そう畏まるな」


 紅茶を口に含んで喉を潤したあとで、頭を深く下げて口上を垂れ始めたので押しとどめる。

 こやつもこやつの兄も、破天荒なところがある割には礼儀作法に関しては、同世代でも指折り数えた方が早いくらいに身に着けておる。

 それは、リックや影からの報告でも分かっているからな。

 そこを弁えているなら、それで十分だ。

 それよりも、こやつの話が早く聞きたいのだ。

 レオンハート叔父よ、呆れたように笑わないでくれるかな?


「子供の単なる思い付きです。領主の息子であるために、私の戯れで領民たちを振り回すようなことになっておりますが。お耳汚しでしかありませんよ」

「そう謙遜せずともよい。何をやっておるかは分からぬが、終わってみれば領民にも、領地にも、そして国にとっても有意義なことばかりだというではないか」


 なかなかに弁えているともいえるが、逆にいえば国王である私にもそう簡単には情報は漏らさんか。

 誉めるべきか、怒るべきか。

 目の前の少年は少し思案したあとで、再度口を開く。


「そうですね、傍からみれば成果が出るかも分からず、無駄や子供の遊びのような試みも少なくないですが。ただこれらは領民の暮らしを豊かにするためにと、私が非才ながらも愚考し尽力させていただいております。確かにこの小さな身体では総身の知恵も知れたるものですが、家人や領民の理解と協力のお陰で多少なりとも見られる物もできております」


 はあ……これだから、困るのだ。

 とても12歳の子供の口から洩れるような言葉ではない。

 自身の息子を思うと、情けなくなる。

 いや、上2人は良いのだ。

 立派に育ってくれた。

 下がな……


 ふむ、リカルドをこの場に呼ばなかったのは正解だったな。

 こやつの横に並べたら、あやつの凡愚さがなお際立ってしまうな。


 チラリと横に目をやれば、叔父も少し驚いている。

 思えばアルトもそうであったな。

 丁寧な言葉遣い、小難しくも洒落の聞いた言い回し、優しい人を安心させるような口調、粗野な言葉、それらを時と場合に分けて上手に使いこなしておる。

 この2人は武辺一辺倒というわけでもないのだ。

 いや、ルークの武の才は見せてもらったことは無いが、その辺りはアルトからよく聞かされたからな。

 弟の話をするときだけ、油断するのか気安い口調になることが目立つ。

 それすらも、好ましくある。


 それから、ジャストールのことについて、色々と尋ねたがなるほどスラスラと答えが返ってくる。

 やはり、こやつが主導して行っているということは、疑いようのないものだな。

 しかし、その知識の出所が全く分からん。

 本人は書物でといっておるが、書に残すくらいならもっと広まっていてもいいだろう。

 ……思い当たるは、加護だな。

 アルトが神の加護を持っていることは、リックから聞かされたし影による裏取りもきっちりとされている。

 

 ルークに関しても、アルトは隠しているようだが彼の話を聞いていたら、何かしらの加護を得ていてもおかしくはない。

 何故、ジャストールばかりにと思わなくもない。

 血統によるユニークスキルを持つのは、王族を除けばジャストールのみ。

 もちろん、どういう条件かは分かっておらんが、突発的にユニークスキルが発現するものもおる。

 しかし、ジャストールの直系は特にその傾向が強い。

 そのうえ、加護まで。

 聞けば、屋敷の警護を務める者の中にも、精霊の加護を得ているものがおるとか。

 羨ましいことよ。


 嘘か真か、その家の長子の子供のみ現れるということだから、次男を婿に迎え入れたり、娘を嫁に迎え入れてもその子にスキルが現れる可能性はかなり低いとのことだ。

 それでも王族に迎え入れたいと思うことはあるのだがな。

 いかんせん、家格が足りん。

 陞爵を受け入れないのだからしょうがないが……初代が、もう少し欲がある男であればと思わなくもない。

 

 そして誰も知らぬであろう知識を持つということは、神の知恵ということではなかろうか?

 それは考え過ぎだろうか。


 ルークとアルトが辞去した後で、ロナウド、リック、レオンハートと話をする。

 前回は参加していなかったが、今回は叔父も呼んだ。

 いまだに現役の将軍として、軍全部を統括する彼は何かと多忙なのだ。

 確証を得るまで、彼を巻き込むのは気が引けたのもある。

 正直、幼い頃に何度となく叱られ、拳骨を落とされた記憶が強く怖いのだ。

 本人は勿論忠誠を誓ってくれてはいるし、それは本心だろう。

 可愛い甥だと思ってもらっている自信もある。

 あるが、これほど厳しい傅役は歴代1位なんじゃないかと思うくらいに、勉学と武術には厳しかった。

 お陰で、今があるといえるが。


「叔父上はどう思った?」

「ふむ、先に聞いておくが、これは仕事の会議か、家族会議か」


 それによって、答えが変わるのか?

 忌憚のない意見を聞こうと思えば、後者か。

 おいリック、楽しそうにこちらを見るな。

 こいつは、私と叔父のやり取りを楽しむ、悪い癖がある。

 私の威厳が崩れる瞬間が、たまらなく楽しいのだろう。

 だから今回も後者を選んでもらいたいのだろうな。


 家臣としての叔父は完璧だからな。

 常に下にあろうとしてくれるし、それでいて上手にいい方向に導いてくれる。

 王になって6年になるが、いままだ叔父の掌の上というのは情けないが。

 その大きくも包み込んでくれる掌には、安心感もある。

 

「家族会議に近いですね」

「そうか、はっきりとしてもらいたいが、まあいい……」


 家族会議として受け取ってもらえたようだ。

 口調が、ただの甥であった頃の私に向けられるそれだ。


「なんとも面妖な子としか、表現のしようがないな。どこか浮ついてる。いや、落ち着きがないというべきか?」


 はて? あれほどに、物腰がしっかりとした子供を私は他には知らないが。


「聞こえは悪いかもしれないが、この国に生まれながらにして、この国に馴染んでないといえば分かるか? 一言で言えば異質なのだ」

「異質……ですか?」

「いや、そうでもないな。ジャストールとしては普通か? あの家が、異質なのか?」


 私の質問に対して、何かを思い出すようにして首を横に振るった叔父に対して、首を傾げてしまった。


「精力的に動いているのに、気概がない。口では上を目指す気はないと言いながら、他者が認めざるを得ぬような成果を出す。楽がしたいと言いながら、自らが率先して動く……行動がちぐはぐだ。そして、それらの大半が他者のためのもの……よく分からん童だな」


 そういうことか。

 楽がしたいといいながら、あれほど勤勉に励むものはいないだろう。

 楽という言葉の意味が分かっているのかとも思う。


「怠惰を求めて勤勉に行きつくと言っておったな。全くの至言よのう」


 そう言って、叔父上がカッカと笑い声をあげる。

 どうやら、ルークのことを気に入ったようだ。

 

「それで、あのものの為人をどう思われますか?」

「お前は聞いてばかりだな。自分の意見はどうなのだ?」

「その意見をまとめるために、叔父上に聞いているのですよ」

 

 私の答えに、またも叔父が声をあげて笑う。

 それから、笑いながらズルい奴よと漏らしたあとで、私見を述べ始めた。


「あのようなものを、過去に見たことがないわけでもない。話にも聞いたことがある」

「はて?」

「欲が少なく、人のために動くことを厭わず、そして力もある。平時であれば目立つことをよしとせず、周りと諍いを起こすことを嫌い、ただ義には篤い」


 凄く良い評価のように聞こえるのだが。


「人の感情の機微を読むに長け、個より集を大事にする。本人は人を率いることを望まず、それでいて他者からはそのことを望まれる」

「求心力があるということですね。それでいて野心がない……周りはやきもきしそうですね」


 私の言葉に、叔父が深くため息を漏らす。

 それから、首を横にふる。

 失礼な。


「決してあやつを敵に回すようなことはするなよ。なるべくこちら側に引き寄せておけ」

「どういうことでしょうか?」

「我らの祖と同じさ……何かあれば、周りのために動き出す。また、周囲もそれに付き従ってことを起こす。国が乱れた時に、あの手の人間は立ち上がる。そして、人はそれを革命者と呼び、後の建国者と呼ぶのだ」


 我が祖先と同じか。

 この国の前身となるベルガモット王国が滅んだのは、王の悪政が原因であったな。

 自身の墓を作るために、多額の税金をつぎ込んだとか。

 面白半分に国民同士を争わせ、殺し合わせる施設を作り、それを壇上から酒を飲みながら見ていたとか。

 色々と悪い伝説には、枚挙に暇がない男だった。

 それを殺して、国を乗っ取ったのが我らの祖先であり、我が国の建国者でもある大ゴルベーザ始国王だ。

 獣人と人のハーフであったとの噂だが、真偽のほどは定かではない。

 ベルガモット王国時代は、他種人族は亜人と呼ばれ全て犬畜生のように扱われ、ほとんどが他の国へと移住していったらしいからな。

 いまだに亜人という言葉自体は残っておるが、ほとんどの場面において種族名で呼ぶことが定着している。

 ただ当時の名残で、悲しいかな我が国にはその他種人族が殆ど住んでおらんのだがな。


「分かりました」

「最悪はリカルドを切り捨てる覚悟はしておけ」


 叔父の言葉に、思わず目を見開いてしまった。

 まさか、そこまで厳しいことを言われるとは。


「わしにとっても、可愛い甥の息子だ。そのようなことはしたくないが、あいつはもうダメかもしれん。ルークを見てこやつを敵に回すくらいなら、いっそのことリカルドの王位継承権を剥奪して教会にでも送り付けてやったほうがマシだと思ったわ」


 馬鹿な子ほど可愛いというが、あれは嘘だな。

 叔父の話を聞いて、なるほどと思ってしまった自分がいる。

 親としては失格かもしれんが、この国のことを考えれば仕方ないかもしれん。

 おい、リック嬉しそうにするな。

 ロナウドも安心したような顔をしおってから。

 

「では、このまま国としての会議に移るか」

「おい! はあ、仰せのままに」


 何かもやもやしたものを感じたので、国王権限全開で公の会議に移行したら叔父に一瞬だけ睨まれた。

 しかしすぐに表情を整えて、臣下の礼を取る辺りそこの線引きはきっちりしている。

 そして、文武にすぐれこの国を支える将軍としての立ち位置で、また改めて見解を述べ始めた。


「早々に手を打って、王城に上げるべきかと。城勤めの貴族にして、目の届く範囲で見張っておかないと何をしでかすか分かりませんんぞ。もしくは、影に消させるか……後者はお勧めしませんな。危険因子ではありますが、この国にもたらした利は少なくありません。何より、万が一失敗したり、周囲にバレた時に多くの敵を作ることとなりましょう」

「レオンハート将軍、私は今まで暗殺など行ったことなどない。そして、これから先もだ」


 自分で言っていて、何か違和感を感じた。

 暗殺をしたことなど、確かに過去の一度もない。

 ないはずなのだが、なぜかジャストール家当主ゴートと、嫡男のアルト、ルークより若い男子と女子の顔が脳裏をよぎった。

 だが、すぐに気を取り直す。


「リカルドが当てにならん以上、リックよ……友の弟として、できるだけこちら側に引きつけよ」

「はっ」

 

 リックがアルトと同世代であったのは、本当に僥倖だ。

 お陰で、ルークとも関りがもて、深い関係が築けそうだからな。

 

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