第4話:入学試験2日前
「とりあえず、200万エンラでいいよ」
「結構な額ですね。また、何を始めるんですか?」
ビレッジ商会の本店で、お金をおろす。
ジャストールの町、リーチェの町、ミラーニャの町、そこで俺が噛んでいる商売もある。
それどころか、俺が作ったものを販売した代金もだいぶ預けている。
リーチェは村から、町へと変わった。
まあ、人口規模といい、あれを村と呼ぶのは無理があるな。
「ちょっと、冒険者ギルドに投資をね」
「ルーク様がですか?」
「問題があるのか?」
俺の言葉に、商会長のバンガードが眉をひそめている。
「内容にもよりますが、自領でもない場所で特定ギルドへの投資は、何か良からぬことを考えての賄賂ととられかねないですよ? ましてや、陛下のお膝元の王都ですから、ギルドと特定の貴族との癒着はまず看過されません。ギルド側もその辺りは重々承知していると思いますが」
そうか。
ついつい自領のときと同じように考えていたが、拙いのかな?
しかし、ギルドはあまり貴族の威光が通じない場所だったと記憶している。
それに、特に冒険者ギルドは貴族に対して、そこまで配慮をしない集団だと思ったが。
いや、あくまで職員や、上位の冒険者に限った話か。
普通の冒険者であれば、貴族と揉めたら冒険者生命だけの話で済めばいいが。
命の危険もあるな。
それ以前に、貴族領ではなく王都。
貴族上等かもしれないが、陛下は別か……
いや、1人やけに馴染んでいる貴族がいるな。
しかも、冒険者資格まで取っていた。
はあ……
一度、兄の話を聞いた方がいいかもしれない。
「お金はどうされますか?」
「ああ、また来るのも手間だから、一応もらっておこう」
「はあ……当商会を金庫代わりにされるのは構いませんが、もう少し使っていただかないと増える一方で落ち着きませんね」
「代わる商品でもいいよ。そうだな、リーチェの町で作っているスプリング。あれを大小いくつかそれなりの数をもらおうか」
「それなりと言われても……」
「あればあるだけ使い道はあるが、そうだな……必要な数をあとでメモしておこう。家の者にでも、届けさせよう」
スプリング。
使い道は色々とあるが、筋トレ器具とか作ってみようかなと。
圧縮コイルもあるから、ジャストール産のベッドやソファには使われていることがある。
金持ち向けの、良い商品に。
トーションバーや、板バネ、渦巻きばねなんかも作らせている。
それなりに実用性のあるものが、出来上がっている。
今回欲しいのは、引張コイルばね。
ようは伸ばすときに、負荷がかかる。
筋トレ器具とかにも使われるあれ。
物を吊るすときにも使われるかな?
「はあ……」
「それと、腕のいい鍛冶師を紹介してもらえると助かる」
「ジャストールから連れてこられた方がいいかもしれませんね」
現地で何かトレーニング器具を作って冒険者ギルドにと思った。
いや、冒険者ギルドでの鍛錬は俺も悪くないとは思ったが、どうせなら専用の施設を作った方がいいかと思ったのだが。
冒険者ギルド内にある鍛錬場を、全面リフォームさせてもらおうと考えていたのだが。
「ここの鍛冶師はプライドばかり高く、腕は悪くはないのですが……ただ偏屈な人間や、プライドに実力が伴わない者が多いですね」
「王都なのにか?」
「辺境の地で最先端の鍛冶技術を研究、開放している領地がありましてね……本物の職人や見込みのある職人はそういったもののためなら、地位や実績など平気で捨てますから。はて、どこの領地でしたっけ?」
……
うちのせいか。
というか、俺のせいか。
「すまん」
「いえ、私共はジャストール領の鍛冶師の方と専属契約を結んでおりますので問題ありませんが。そういったわけで、ここの鍛冶師にはあまり期待されない方がいいですね」
まあ、こんな感じで気安くバンガードと話しているが。
最初は貴族である俺に対して、彼もかなり気を遣っていた。
話が冗長になって、本題になかなか入れないのでなんとか近しい関係を構築できるようかなり頑張ったが。
皮肉まで言っていいとはいってないぞ?
まあ、こういった関係は気持ちいいものではあるから問題にはしないが。
しかし困ったな。
王都の土地は全て陛下のものだ。
基本的に店を構えるものも、家を建てるものも陛下に借りているにすぎない。
100年単位の賃貸契約だが、王族側からいつでも接収できるような契約にはなっている。
だから、土地を買って変なことをすることもできない。
開発なんてしようものなら、陛下の力を馬鹿にしていると思われる。
まあ、部下の息子が勝手に自分の庭に、物を作りだしたら誰だって怒るよな。
一般人が店や事業を始めるくらいなら、問題ないのだ。
それをメインに生活するわけだから。
ただ、貴族は自分の領地を管理するのが仕事だからな。
せっかく与えた自分専用の庭をほったらかして、他所様の庭を手入れするなんて……ましてや、与える側の経営者の庭だ。
今の状況じゃ、無理だろうな。
***
「いいんじゃないかな? 父上には、私から報告しておこう」
「えっ? いいんですか?」
「土地代はいただくけど、多少は配慮してもらえるよう伝えておこう。ジャストールに習って集合住宅施設を作ったからね。スラムのあった地区の土地をいま整地しているところだから」
兄に相談してみたら、リック殿下を紹介された。
エアボードのこともあって、俺にもよくしてくれる方だが。
まさか、あっさり許可が降りるとは。
「ただ、条件が2つある」
「2つもですか?」
「いや、3つかな?」
「増えた!」
無理難題を突き付けられたらどうしよう。
こちらから話を持って行って、半ば許可までもらっている。
もう、ここから白紙に戻すのは流石に、王族相手には無理だ。
白紙の小切手を切るように、誘導されたようなものだな。
先に見返りを用意しておくべきだった。
いや、そもそもそこまで突っ込んだ話をするのは、まだ先だと考えていた。
話した瞬間に、協力を取り付けられるなんて思っていなかった。
先に条件が来ると……言い訳にしかならないな。
「一つは、冒険者だけでなく、騎士のものにも使わせてもらいたい」
「それならば、まあ人があまり多すぎても難しいので」
「その辺りも考慮して、土地を用意しよう」
なるほど。
しかし、騎士の方の鍛錬場は王城の敷地内にあると思ったのだが。
「次に、ジャストールにある色んな形のハーフパイプのある、ボードパークをそこに用意してもらいたい」
「そ……それは、出来なくはないですが。鍛錬場と並行しての建設となるとすぐすぐというわけには」
「まあ、半年から一年あればできるんじゃないかな? あっ、先にボードパークを優先してね」
うちが売り出したのはエアボードだから、スケートパークじゃ通用しないと思ってボードパークにしたんだけど。
国内最高の大会とかも開かれてるから、割と人気なんだよね。
しかし、リック殿下は相当にエアボードにはまっているようだ。
「こっちの費用は、私の方で工面しよう」
「殿下がですか?」
「伝手はあるからね」
少し心配ではあるが、まあそれなら願ったりかなったりだ。
「もちろん、職人はジャストールから呼んでくれるよね?」
そうか。
やっぱり、王都のそういった職人は信用ができないのかな?
「そういうわけじゃない。最高峰の職人もいるところにはいるけど……数がね。あとは伝統的な技術には秀でているけど、最新のものとなるとね?」
なるほど。
伝統工芸というか、古くから伝わる技術をひたすら研鑽した匠はいるということか。
そういえば、そこまでのレベルの職人は流石にジャストールにも、あまりいないな。
全くではないが。
ぜひ、うちの領地で……
「流石にこれ以上の技術者の流出は……なんらかの、処置が必要になってきてるけどね?」
怖いです殿下。
そっちは、少し自重しよう。
ただ、これで条件は三つか。
なんとかなりそうだ。
「で、最後の条件なんだけど」
なん……だと?
騎士団の施設使用。
ボードパークの建設。
ジャストールの職人派遣。
いや、よく考えるとボードパーク優先を入れたら4つ、条件を突き付けられてるんだけど?
「あっ、2つ目の条件をもう一度言っておくね? ボードパークをジャストールの職人が優先的に作る」
ワンブレスで一繋ぎにすれば、それで一つの条件とでも言いたいのだろうか?
そうだろうな。
しかし、王族相手に突っ込むのは流石に気が引けるな。
これでも、かなり譲歩してくれているし。
何より、俺に好意的である以上、あまり変に揉めたくもない。
「私もその施設の運営に、噛ませてくれないかな?」
最初からそれが目的か。
いや、それはあくまで過程か?
施設の運営に携わることで、何を殿下は得られる?
かなり強かで、微妙に頭が切れることは分かった。
あと、人の心を読むのが異常にうまい。
絶妙に、断りにくいラインを攻めてくる。
手強い。
「一番の目的は面白そうということ。あとは、運営側に回れば好きな時に施設が使えるし……私は、王位継承権2位だけど、あまり王位に興味がなくてね。いずれは、その施設を大掛かりなものにして国営化し、私が責任者になれば、それなりに楽しい余生を過ごせるんじゃないかと思ってね」
これは、本音だな。
ただ、他にも目的があるのは確かだろう。
「君のためにもなる」
「私のためですか?」
「ふふ、すぐには分からないかもしれないけど、私とは仲良くしておいた方がいいよ?」
まあ、最初の人生ではあまり関わりはなかったが、興味を持たれていなかったのだろう。
そもそも、接点も少なかったし。
ただ、第3王子対策としては、かなり有効なカードだな。
ふむ……悪くはないか。
真の狙いは分からないが、俺にとって良いことである可能性は高いと踏んでいる。
リックは、本気で兄のアルトと友人として親しい付き合いをしている。
そのことを、とても大事で貴重だとも理解している。
自身の権力目当てに近づいてくるもの。
自身を担ぎ上げて、王にしようとするもの。
王子だから。
殿下だから。
それだけで周りは遠慮する。
アルトとリックの関係を見た限り、そんなものは見えなかった。
いや、アルトは王族とかなり親しくしている。
ロナウド殿下を友の兄として。
ミレーユ殿下を友の妹として。
そして陛下を、友の父として……
不敬そのものでしかないかもしれないが、皆がそれを受け入れている。
そのことに、違和感を感じる。
ただ、それでもアルトを友と思っていることは、間違いないだろう。
そして、アルトが俺を溺愛していることも知っている。
それなら、リック殿下が兄のためにならないこと、そして俺のためにならないことをする可能性はかなり低くなる。
警戒は必要だろうが、たぶん、アルトの実力を王都内で最も正しく評価しているのも彼だろう。
「もしかして……」
「もしかして?」
「兄が誰から加護を受けているか、ご存知なのでは?」
「ふふ」
そうか……神の加護を受けた子であれば、多少は遠慮もあるか。
そして、対等の友としては申し分もないな。
いや、これは兄だけじゃないな。
なら、なおさら俺のためにならないことはしないだろう。
他国に流れたり、敵対でもされたら厄介だろうし。
「それに、この間はしてやられたからね。いやいや、別にロイヤルエディションのエアボードは、とても有難いけどね。つい、国益よりも私欲を優先してしまったのは、私としては少し罪悪感があってね」
「まあ、完璧な為政者よりは、多少は人間味があった方が私は好きですけどね」
「嬉しいことを言ってくれるね。君もまた、王家に遠慮はあっても、敬意はさほど抱いてなさそうだ」
「君も?」
「ああ、アルトも友として対等に接してくれる。また公務の時は私を立ててくれるし、私の立場を理解して動いてくれる。ただまあ、それは友達が困るからって理由であって、私がこの国の第二王子だからではない。そのことは、何事にも代えがたいことであるし、父もまたアルトのような友を大事にするようにと言ってくれている。もし、万が一の事態に陥った時、取り入ろうとした連中は大半が掌を返すか離れていく。そして、本当に困ったときに助けてくれるのは……たとえ相手が王族であろうとも、遠慮も敬意も抱かない友だけだとも」
「至言のようにも思えますし、陛下の言葉には実感がこもっていますね」
「まあ……その辺りの詳しい話は知らないが、父にもかつてそういった友がいたとのことだ」
いた?
あまり突っ込まない方がいいかな?
「だから、アルトの弟である君を困らせるようなことはしないよ」
「困るような条件ではなかったですが、話の持っていき方には困惑しましたよ」
「ははは、王族らしくないか? アルトに、色々とお忍びで連れ歩いてもらったからな。自分でバザーで値切り交渉なんかもさせられた。あれは、なかなかに面白かった。ある意味では、戦の駆け引きのようなものだな」
アルトは王族相手に何をやってるんだ。
「兄が、申し訳ない」
「その謝罪も君の兄が王族に対して無礼な行いをして申し訳ないってニュアンスじゃないね? 無理に引っ張りまわして迷惑かけて申し訳ないって感じかな? そういうところは兄弟だね。まあ、私は無礼だとも思ってないし、さらにいえば迷惑でもなかったから気にしないでほしい」
「はは」
否定も肯定もしにくい。
笑って誤魔化すしかなかった。