第22話:ルークとアルト
第一章最終話です。
「しかし、ルークも本当に強くなったな」
「強くなるほどに、お兄さまの強さがよくわかります」
アルトと庭で手合わせをする。
来週には王都に向かって旅立つ。
それまでは、毎日アルトと手合わせをすることになった。
「そろそろ、本気で相手をしてもいいころかな」
ん?
まるで、今まで手加減されていたかのようなことを。
本当なのか?
「神の加護ってのは、それこそ規格外でね……」
アルトの雰囲気がガラリと変わる。
「学校じゃ、本気どころか軽くでも相手になるものがいなくて」
手に持った木剣から、危険な匂いがプンプンする。
これ喰らったら、まずいな……
そっと、ばれないようになんちゃって身体強化を使う。
なんちゃって身体強化……ちょっとダサいな。
魔力武装とでも名付けるか。
おいアマラ、笑うな。
もし、俺のこの技法をマスターできるやつが現れたとして、教えるのになんちゃって身体強化はダサいからだな……それなりにカッコいい名前を考えただけだ。
ん? というか、名前的には何も問題ないよな?
魔力で武装する……うん、普通だ。
「ほう、ルークも本気じゃなかったみたいだな」
「いやいや、本気でしたよ?」
うん、俺はもちろん全力だった。
剣の訓練に魔力を使うのは、ズルだと思ってたから。
ただ、アルトが加護を使うというなら、俺もそれなりに使えるものを使ってもいいだろう。
「行くよ!」
ヤバい。
左わき腹から入って、右の肩に抜ける未来が見えた瞬間にクイックを使う。
身体加速と、思考加速の両方を兼ね備えた時空魔法。
自身の時間を加速させるため、身体強化魔法の敏捷強化とはまた違う。
動体視力も加速される。
強化とはまったくの別物。
この世界で俺だけ1秒が3秒になると思ってもらったら、分かるかな?
いまは、3倍までしか許可をもらっていないが……ゆくゆくは10ば……!
うそだろ!
3倍の状態でも、受けるのが精いっぱいの速さ……なっ!
受けるために剣を差し込んだ瞬間に、剣の軌道が脇から腰へ向けて変化する。
俺の行動を見て、アルトが軌道修正したということか?
行動予知を覆すとか……
慌てて剣の進行方向から逃げるように地面を蹴って、どうにか剣で受け止め……られない。
ここから、さらに軌道を変えてくるとか化け物だろう。
アマラとアリスの兄は自重というものを知らんのか!
アルトが目の前で回転して右の横腹に真横に剣を振る。
こっちはそちらに向かって地面を蹴ってる状態。
くそっ!
左脚でアルトの死角になる右横腹に蹴りを放って、どうにか勢いを殺……なんて硬さだ。
まるで大木の幹を蹴ったかのような感触だが……これは、逆に好都合だ。
そのまま足に力を込めて反対に!
「あっ!」
蹴り足を掴まれて、引き寄せられる。
そして、眼前に迫る剣。
右肩で咄嗟に木剣を受け止めようとしたが、アルトがピタリと俺の肩に触れた瞬間に止めてくれた。
「参りました」
「いやあ、参ったのはこっちだよ。まいった、まいった……もしかしたら、ルークが入学したら学校で2番目に強い生徒になるかもしれないね」
「えっ?」
「私が、学園で一番強いからね。見立てでは、ルークより強い生徒はいないと思うよ」
アルトが剣を地面に振って、首をマッサージしながら微笑みかけてくる。
というか、俺の放った蹴りはダメージになってないのか?
「あの、お兄さま。脇腹は大丈夫ですか?」
「ん? そんな軟な鍛え方はしてないよ。それよりも、さすがだな。私の剣が当たるその時まで諦めずにしっかりと目を見開いて剣先を見ていたのは凄いことだよ」
「流石に、目を逸らしたら受けようがないのですが」
「私の知り合いには、当たる瞬間に目を閉じるものが多くてね」
まあ、確かに当たると思ったら怖い。
しかも、アルトの剣だ。
物凄く痛いだろうことは、想像に難くない。
だからぎりぎりまで贖って、少しでも衝撃を減らすよう努めたのだが。
いや、確かに怖くて目を閉じる相手の気持ちもわかるけど。
「うん、将来が楽しみだ。もしかしたら、私以上の剣士になるかもしれないね」
「……」
「どうした?」
「すみません、ズルしました」
「ズル?」
俺の言葉に、アルトが首をかしげる。
本当に気付いていないのか、気付いていて気付かないふりをしてくれているのか。
「魔法を使いました」
「ああ、そんなことか」
そんなこと?
「ははは、そう不満そうにするな弟よ。魔法を使ったといっても、攻撃魔法を使ったわけじゃない。身体強化とかかな? 私とルークでは4つも歳が違うんだ。それに、身長も体重も違う。その差を埋めるための強化魔法程度なら問題ないよ」
「問題ない?」
「あー、そういう意味ではなくて、条件を対等にするという意味では良いんじゃないかな? その方が、足りない経験や技術が浮き彫りになると思わないかい?」
うーん、アルトのいわんとしていることはよく分かる。
しかし、そうなると完全に俺の魔法は反則だな。
「……身体強化もですが、時間加速を使いました」
「時間加速? ……そうか、それがルークのもらった加護の力なんだね?」
「はい」
やばい、兄の目がキラキラと輝いている。
加護を受けたことは、周囲にも話してあるが誰の加護かまでは話していないからな。
最初に、その秘密を聞けたことで喜んでくれているのかな?
これ、お母様とかおじい様が知ったら、怒りそうだな。
「心配するな、聞かなかったことにしてあげるから詳しく聞かせてもらえないかな?」
うん、聞きたくてしょうがないって感じだな。
まあ、アルトになら大丈夫だろう。
俺やヘンリー、サリアを守るという強い信念はもはや、揺るぎないもののように思えるし。
「時空を司る女神のアリスです」
「神様を呼び捨てか……あまり、良いことではないよ」
「あー、すみません。アリス様です」
「ふむ……もしかして、うちの自慢の弟は神様と気安い仲なのかな? 神託を授かったり……いや、もしかして普通に交神してたり」
なかなかに鋭い。
いつもそばにいるとはいえないし、他にもアマラがいるということを伝えたらどうなるんだろう。
それ以前に、俺の従魔で執事でもあるフォルスが暗黒神であり闇の神だと知ったら。
うーん……ほどほどに、しておこう。
「そこまでではないですが、そうですね……お兄さまに加護を授けてくださったアレス様の妹にあたる方ですよ」
「ほう? ほうほうほう! それは素晴らしい! 流石兄弟だな! 加護を授けてくださった神まで、兄妹とは! 素敵な話ではないか」
兄のテンションが爆上がりだ。
お揃いみたいな感じで、嬉しいのかな。
上機嫌のアルトを見て、なんだかいろいろと考えるのが阿保らしく思えてきた。
「ちなみに、その魔法は私に付与することもできるのかな?」
「まあ、できなくはないですが」
「露骨に嫌そうな顔をするんじゃない。貴族なら、感情は隠しなさい」
いや、まあおっしゃる通りですがね。
兄だから、隠さないだけで外の人間には、それなりに取り繕うさ。
そんなことを思いながらも、ねだられるままにクイックを使ってやる。
「ほうほう、なるほどな。しかし、お前が普通に動いているから実感が湧かないな」
「まあ、私にも掛けてますから」
何か加速している実感が欲しかったのか、おもむろに庭木を蹴ると落ちてきた葉っぱを全て十文字に切り裂く。
というか、木がすごいゆれてたけど、大丈夫か?
「なるほど、葉が落ちるさまが実に緩やかに見えた。これは、素晴らしいな」
「ありがとうございます。ですが、それでもお兄様には勝てませんでしたが」
「いやいや、このまま磨き続けたら、きっと私よりも強くなるさ」
そう言って、大声で笑う兄を見てため息を吐く。
同じような速度で強くなっていってるから、剣技で勝てる日が想像つかないのだが。
***
「やっぱり、兄上強すぎじゃないか?」
「なんだ、まだそんなことを言っておるのか」
部屋に戻り、一人ごちるとすぐに返事がある。
本当に便利だよな、アマラ。
いつでも話し相手になってくれるから、寂しさや退屈を感じる暇はない。
ただ、俺にプライバシーはあるのか不安になるが。
「気にするな。この部屋以外には、呼ばれない限り行かないからな」
ふむ……心を読んでいる時点で、プライバシーはほぼない気がしてきた。
「それと危機が迫れば、手助けできるようにはしておる」
やはり、プライバシーはないようだ。
「間の人生の悪い影響を受けておるな。我が姉が興味を持った時点で、プライバシーなんて権利は存在しないのだ」
まあ、そうだよな。
過去を見たりすることもできるわけだし。
なんか、実感がこもったセリフだなアマラ。
「人のいないところでは、ずいぶんと威勢がいいことを言うのね」
「ふっ、姉上がいることくらい知っておる。姉上に秘密などできぬこともな」
ちょっと頬を膨らませて文句をいうアリスに、アマラが大笑いで答えている。
この人も大概だ。
いきなり、ベッドの上に現れたから、やはりどこかから見てたのだろう。
「アルトはお主と同じで、ユニークスキルを持ってるからな」
へえ、初耳だ。
というか、俺も持ってるのか。
「お主の場合はユニークスキルというよりも、特性に近いからな。ルークの持つスキルを説明するには、お主の一族の話からせねばなるまい」
それは、長くなるのかな?
寝ないといけない時間なんだけど?
この身体は多少は無茶がきくが、やはり規則正しい生活は大事だしな。
「お主が興味を示したのであろうが」
「まったく、手短にいうとルークの一族は、何かしらの変化のスキルを持っているのよ」
変化か……
俺の特性とのことだったが、俺だけのものじゃなかったのかな?
「あなたとは違うわ。あなたは、変化そのものだから」
哲学的な話だろうか?
全く、理解できないし、刺さらない。
「身近なところで、貴方の兄であるアルトは慣性変化のスキル持ちね。本人にまだ、自覚はないけど」
それはすぐに理解できた。
字面からも、かなり便利なスキルのようのように思えるが。
「その名の通りだな。いまは、自身に掛かる慣性を無意識に操作しておるようだが、それを他者にまで影響を与えられるようになれば」
「……かなり、反則なスキルだね」
慣性とは、物質が受けた力の作用だ。
他に力が受けないときに、その状態を維持することだ。
もし、攻撃をした際の慣性を止められてしまえば、威力は激減するだろう。
手で振っただけの剣になるわけだし。
逆に慣性を大きくされれば、武器や攻撃に振り回されて大きな隙を作ることになる。
「なるほど……アルトの、あの急激な軌道変化は慣性を殺していたのか」
「無理な動きを身体の関節や筋肉に、ダメージを与えずに行えるのだ……武の道においては、このうえなく有用な能力だな」
「だから、お兄さまも彼に加護を授けたのよ。お兄さま好みのスキルだったから」
それは武を好む、戦の神様には突き刺さるスキルだろうな。
魔法じゃなくて、肉体で戦うためのスキルのようなものだから。
「お主の父親の持つ変化の特性は、魔力量変化だな」
これまた、物騒なスキルだな。
「ほう、スキル名だけで、察したか」
「ああ、魔法の発動直前に魔力を減らされたら……」
「間違いなく、不発だろうな」
「逆に増やしたら」
「暴発して、術者に跳ね返るだろう」
なかなか、父上もやるではないか。
弱くはないだろうと思っていたが、これはむしろ強いんじゃないのか?
「ただまあ、制約というか……阿保みたいな魔力を相手にしたら、あまり役には立たんな」
「それに、量を増やしたり減らしたりするだけで、消すことはできなからね」
しかし、そうなると。
「そうよ、貴方が生まれた時に、すぐに暴発に至らなかったのは、ルークの父親が魔力量を減らすように、必死で抑えていたからね」
アリスの言葉に、少しだけ合点がいった。
俺が生まれた時に暴発しかけた魔力に対し、最前線で対応にあたったのは父だった。
他の魔術師ではなく。
なぜ、領主が暴発に巻き込まれるかもしれない、そんな危険な役割をとも思ったが。
適任だったからか。
「ユニークスキルは秘匿すべきものだけど、ルークの父はなりふり構わず貴方を助けにいった」
「うむ、あの当時の彼は、まだ父として……そして、人としても問題ない男だったのだがな」
俺が魔力を完全に封じられ、キャロラインを亡くしたことで荒んでしまったのだろう。
思えば、俺が魔力を使えなくなった責任を感じ、自身を責めていたとも聞いたな。
俺の存在が本当に、鬱陶しかったんだろうな。
自分の息子なのに、魔力を封じ不憫な目に合わせてしまった。
妻を亡くして心の余裕がない状態で、俺を見てどう思ったのか。
そうだな……妻を救えなかった罪悪感と、俺に対する罪悪感。
やるせなかっただろう。
と考えると、最初の世界の父にも同情できないこともない。
今の父が幸せそうで、家族思いの本当にいい父親をしているから余計にだな。
ほんの少しのボタンの掛け違いで、人はああも変わるのか。
これから通う学校には、ルークにとっては嫌な奴が多くいる場所だ。
だが、それは最初の世界での話。
少しずつだが、周りが大きく変化していってる今生なら、かつての悪意を向けてきた級友たちも本当の友になれるのではないだろうか……
第二章の書き溜めはできてますが、終わってません。
とりあえず、2月20日土曜日12時から隔日投稿という形にしようと思います。