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第21話:国際交流

 アイゼン辺境伯領で2人の男性と対峙する。

 忘れかけていた怒りが、沸々と湧き上がってくる。

 こちらにはアイゼン辺境伯だけでなく、アイゼン前辺境伯のベルーガ卿と遅れてきた父のゴートもいる。

 アイゼン辺境伯は家督を譲り受けてもらってからまだ年が浅いらしく、主に前辺境伯であり彼の父でもあるベルーガ卿がその2人の男性の対応をするようだ。

 父は執務のせいで、ミラーニャの町での合流はならなかったが。

 実はこっちが、今回の旅のメインだったからな。


「紹介しよう、ビスティオ王国クライドル辺境伯と、ベゼル帝国ボルガトフ辺境伯だ」


 流石に最初はアイゼン辺境伯が、2人の男性を紹介してくれた。

 なるほど、大物だな。

 しかも2人とも60代といったところか?

 となると、ベルーガ卿がこの場にいるのも頷ける。

 隣接する国の、重鎮2人を前に父が少し緊張した面持ちで頭を下げる。


「ヒュマノ王国男爵家当主のゴート・フォン・ジャストールと申します」


 父の挨拶に、2人の男性が笑みを浮かべて頭を軽く下げる。

 ボルガトフ辺境伯の方をチラリと見る。 

 長くて立派な白い髭を蓄えた、いかつい老人だ。

 歴戦の武人だったであろうことは、その体躯からも見て取れる。

 よほど腕に自信があるのか、他国の領地でありながらも表情からは余裕が見て取れる。

 そして人好きのする笑みを浮かべてこちらを見ているが、お前んとこの侯爵様がうちにちょっかいだしてるのを知らないのかな?

 こっちにくるとなると、ボルガトフ領を必然通らないといけないから、知らないことはないよな?

 俺が知らないと思っているのか?

 軽く睨むと不思議そうに首を傾げられた。

 誤魔化せると思うなよ。


 ちなみに位置関係だが、ビスティオ王国はアイゼン辺境伯領の東南、そしてベゼル帝国は東北に位置している。

 そう、この3人の辺境伯の持つ領地は、お互いに接しているのだ。

 だから、多少の交流はある。

 そして3国が接していることで、3人とも国内で2番目の経済力を持っている。

 最近は、うちもかなり成長しているので、アイゼン辺境伯を脅かすほどにはなってきているが。

 しかしながら、うちからの品をこの両国に輸出する際の関税で潤っているのも事実。

 なかなかに手強い。


「こちらが、愚息のルークです」

「初めまして、ゴート・フォン・ジャストールが次男、ルークと申します」

「うむ、よろしくお願いする」

「ふふ、愚息ですか。ルーク殿が愚息なら、うちの子はどうなることやら」


 2人が孫に接するような優しい笑みを浮かべて、頷いてくれた。

 あったことはないが、俺の印象は良いらしい。

 クライドル辺境伯も優しそうな笑みを浮かべて、俺の方を見ていた。

 こちらはボルガトフ辺境伯よりも、もう少し年上か?

 髪はほとんど白く染まっているが、フサフサの眉毛とよく日焼けした肌が印象的だ。

 髭は鼻の下にちょびっと生やしている程度だが、深く刻まれた皺が彼の生きた年月を物語っている。


 アイゼン辺境伯も余裕の笑みを浮かべている。

 今回は、2人からの頼みで俺に会いたいから場を用意してもらいたいとのことだった。

 最初はビスティオ王国側からだけだったようで、のらりくらりと躱していたようだが。

 ベゼル帝国側からも接触があり、なら一緒に済ませてしまおうとのことだ。

 お互いに監視させて、俺に対して迂闊な行動ができないようにとのアイゼン辺境伯の配慮とのことだが。


 俺から、何かしらの言質を取られて、自分の利が減るのを嫌がったか。

 もしくは、もったいぶることで価値を引き上げて、この場で何かしらの交渉が発生した場合に有利に進めようとしたか。

 いずれにせ、下心もあるだろう。

 格が上の貴族3人を相手に、父は居心地悪そうにしているが。

 俺としては上手く立ち回りこの2人を味方に付けられれば、隣国に対してこれほど有効なカードはないと思う。

 特にクライドル辺境伯がいるビスティオ王国には、魅力がいっぱいあるのだ。

 獣人が多く住んでいるというのも、魅力の一つではあるが。

 それ以上に、多くの植物がこの国から輸入されている。

 できれば一度訪れていろいろと、自分の目でも見て回りたいと思っている。

 うちもアイゼン辺境伯領も南は海に面しているが、クライドル辺境伯領はさらに南に向かって半島が突き出ている形だ。

 より、南国っぽい果実があるかもしれない。

 目下の目的は、カカオを見つけることだが。


「しかし、ルーク殿には感謝しかないですな……まさか、シブーカの有用な活用方法を見出してくれるとは」

「確かに、我が国内でもいまやドライシブーカを食べることは、貴族のステータスの一つとなっておる。まっこと、素晴らしい発見だ」


 2人がそろって笑い声をあげている。

 父がシブーカの木を買ったのは、ビスティオ王国からだった。

 そして、そこでもシブーカは観賞用の植物とされていた。

 渋柿という名を広めようと頑張ったが……シブーカで押し切られたというか。

 俺以外、誰もその名で……ベックは渋柿と呼んでくれたな。

 あとは、アマラとアリスと、アルトくらいか。


 そのシブーカを使ったドライシブーカ、早い話が渋柿だが。

 作り方をアイゼン辺境伯を通して、クライドル辺境伯に伝えてもらった。

 お互いの国の商人が行き来しているからな。

 ドライシブーカを持ち帰った商人もいる。

 そして、その作り方の研究も始めたとのことだったからな。

 干し柿って名前にしとけば、原材料がシブーカだとはバレなかったかもしれないのに。

 残念で仕方ない。


 ちなみに、ビスティオ王国ではドライフルーツもあるから、いずれ干し柿の製造も成功するのは予見できた。

 それならば、こちらから作り方を教えて恩を売っといた方がいいかなと。

 さらに先手を打って、シブーカの一定量の輸入の契約も結んだ。

 シブーカの価値が高騰するのは目に見えていたので、現状から3割増で5年契約。

 契約書もしっかりと結んだので、大丈夫だろう。

 この5年の間に、国内での生産体制を整えれば、シブーカによる交易で相手に有利に立たれることもない。

 アイゼン辺境伯への説明は、俺が主に行った。

 いや、父が無能というわけではない。

 シブーカに関しては、俺が取り分け頑張っていることをアイゼン辺境伯も知っていたからだ。

 そして、俺が考えた産業や制度に関して外向けに説明するときは、ほぼ有無を言わさずにつれ出されている。

 内政に関しては、俺の方がアルトより才があるというのは、ジャストール家中では揺るがない評価となっている。

 にもかかわらず、俺は領地を継ぐことを心底面倒だと思っていることも。

 父もアルトも複雑そうだったな。

 アルトは特に領地を俺に任せて、自分は軍部を担当したいと考えているようだ。 

 いや、自分の武の腕を試したいのだろう。

 そして武を存分に振るうということは、死と隣り合わせということでもある。

 そんなことは許さんよ。

 まあ、アルトが戦で死ぬとは思わないが。

 

「しかし、3国の英雄が一堂に会する場に、私たちが参加してもよかったのですか?」

「ん? そう謙遜するな。ジャストール家ほど武勇に優れた家はあるまい」

「はっはっは、我が国も過去の戦では、その方の祖に何度煮え湯を飲まされたか」

「ここ10年、揉め事も起きておらん。ただの、茶飲み仲間の爺の集まりだ」


 へえ、こんな偉い人たちでも一応気を遣って、格下のゲストを立ててくれるのか。

 今回の件で言えば、3人がホストで俺と父がゲストだからな。

 多少は楽しませてくれるつもりはあるようだ。


「で、今回の用向きは?」

「ん? いやあ、ジャストールの麒麟児を見たいとこの2人がせがむものでな」

「色々と噂は聞いておりますぞ? よもや海からのルートも制されるとは。同盟を結んでおいてよかったと胸をなでおろしております」

「領地を富ませ、国を救う神童の為人を見たいと思うのは、非才の身からすれば普通のことじゃよ」

「はっはっは、ボルガトフ殿、お主に才が無ければベゼル帝国はとっくに滅びておると思うぞ」


 ボルガトフ辺境伯の言葉に、クライドル辺境伯が軽口を返している。


「お主が非才なら、私はなんだ? 無才か?」


 ベルーガ卿も笑いながらそんなことをのたまっている。

 なるほど、この3人は本当に仲が良いらしい。


「まあ、ルーク殿をこの目で見たいというのは本心じゃ。ドライシブーカだけでじゃないぞ? じゃがいもの件も含めて間接的ではあるが我が国は、ある種大きな恩ができた」

「情報を秘匿することなく、広く教えたことは称賛に値する。見たところ欲がないわけではない。そして、目がないわけでもない……いくらでも、じゃがいもとシブーカで荒稼ぎできたであろう? それを分からぬお主ではあるまい。となれば、情もあるということじゃな」


 2人とも、俺を品定めするような目だ。

 湿り気のある、まとわりつくような嫌な視線。

 その瞳には疑惑と、若干の怯えも見られる。

 

「そうですね。彼は領内の孤児に対しても手を差し伸べ、色々と手助けをしているようです。今でもジャストールの町に多くの孤児はいますが、浮浪児はほぼいなくなったとのことです」

「ほう?」

「ほう!」


 アイゼン辺境伯の言葉に対してそれぞれ反応は違うが、少しだけ視線が柔らかくなったな。

 本気で感心しているわけではなさそうだが、わずかばかり疑惑の色が薄くなった気がする。


「そうじゃな。それに得た富を使って、領民への還元もしているとのことじゃったな。聞けば、私費を持ち出して自分が任せられた村で、祭りも催していると」

「ええ父上。その村での、ルーク殿の評価は非常に高いもので、村人たちも彼の実力を認めるところですよ」

「そうか……我欲だけではないのか」

「なぜ、わざわざ集めた富を、周りのために使うのじゃ?」


 アイゼン親子の会話に、クライドル辺境伯がしきりに感心しきりだ。

 それに対してボルガトフ辺境伯の方が、探りを入れてきた感じか。

 ……あれだな。

 フォルスの報告にあったが、ベゼル帝国の上層部では俺が魔王と思われているとの話だった。

 なんの冗談かと思ったが……

 アークダイ侯爵と違って、この人は実際に見てその目で確認しようと思ったわけか。

 

 しかしなあ……何のためか……

 困ったな。

 何も考えてなかったとは言えないし。

 まあ、強いて言うなら領民の喜ぶ顔が見たかったというか。

 ただの、お裾分けというか。

 そもそも金を稼ぐのは、暮らしやすく、また生活を豊かにするためであって。

 不便を解消して、楽にしたいからというか。


 しかし、俺が答えていいものか。

 父をチラリと見る。

 父ですら、アイゼン辺境伯に遠慮してほとんどしゃべっていない。

 しかし、問われているのは俺だ。

 

「気にするな。ボルガトフ殿はお主に問うておる」


 俺の困った様子を見て、ベルーガ卿が水を向けてくれた。

 立場としてはアイゼン辺境伯の方が上だが、彼が何も言わないということはベルーガ卿の意見に同意ということだろう。

 いや、逆らえないか。

 いまこの場は、ベルーガ卿、クライドル辺境伯、ボルガトフ辺境伯に支配されているからな。

 さしずめ、ベルーガ卿は一足先に引退したOBってところか?


「そうですね……私が富を求めるのは、暮らしやすくするためです」

「ふむ……暮らしやすくか」

「ええ、暮らしやすくです。暮らしを豊かにするのとは、少し違いますが……そして、それは私だけが豊かになっても意味がありません。領民全員が豊かになって初めて成り立つものです」


 これで納得してくれるかな?

 チラリと上目遣いで様子を窺う。

 うわぁ……父上含めて5人が、興味深そうにこっちを見ていた。

 これで、許してもらえそうにはないか。


「続けてくれるかな?」

「はい、暮らしやすいということは、物、食事に不自由せず、人々がお互いを思いやって過ごし、平和で不安もない穏やかな暮らしを送っていくことです。そのためには治安をよくすること、物を集めること、お金を稼がせること、そして衛生環境を整えることで病の蔓延も抑えなくてはなりません」

「そのために、金がいるか」

「そうですね。それに、たまには息抜きも必要です。ガス抜きの場があれば、不満も減りますし」

「ふふ、お主の統治に不満を漏らすようなものがおるのか?」

「表立ってはおりませんが、若輩の身ゆえ侮られることもありますから」


 俺の言葉にボルガトフ辺境伯が一瞬キョトンとした表情を浮かべたあとで、大声で笑い出した。


「なるほど、一見無駄遣いに見える気前のよさも、お主にとっては内政の一つというわけか。ただ単に、領民に金をばら撒くわけではなく、祭りでお主の行っていることの成果が見え隠れしていることも含めてな」

「ふふ……」

「そこで笑うか。なるほど、お主……実は子供の皮を被った祖霊か何かではあるまいな?」


 なかなかに鋭いところをついてくる。

 いや、単純におかしかっただけなのだが。

 これでも人生経験でいえば、お前らよりは40年以上は長いからな?

 最初の人生の記憶はないが、日本での記憶と合わせたら110年近く生きているからな。


 しかしこんなガキのことを、しっかりと調べたうえで会う機会を他国の重鎮にお願いするとか。 

 ベルーガ卿とアイゼン辺境伯、クライドル辺境伯も苦笑いを浮かべている。

 父は……おい! 

 少しは興味を持て。

 諦めた様子でお茶とにらめっこしてないで、少しは息子を助けろ。


「倉廩満つれば則ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱を知る」

「ん?」

「人は生活に余裕が出れば礼儀や人を思いやることがようやくできて、着るもの食べるものに不自由しなくなって初めて栄誉や恥を知るものです」

「ふむ……いや、よくわかった。領民の暮らしを豊かにし、ガス抜きをすることで治安をよくしようと。そして、礼節や栄辱を知れば教養や立ち振舞い、身だしなみにも気にするだろうな……清潔であれば、病も防げるか。豊かであれば、食に困ることもない。身体もしっかりとしたものが出来上がる。人の質を上げ、死亡率を減らす……ヒュマノ全体の国力の底上げにも繋がる。なるほど、手強い」

「そのうち、国民全員が精強となり、ある程度の知恵を持つようになれば……恐ろしいな。農民どころか女子供ですら、一兵卒としては他国より強くなりそうだな。そして、その時に先頭に立って率いているのがお主か?」


 2人の視線が、やや鋭いものになる。

 おいおい、子供に向けるような視線じゃないぞ?

 2人からの威圧で髪の毛がブワっと逆立つのを感じる。

 父は……チラッとこっちを見て、笑っている。

 助ける気はないと……いや? アイゼン辺境伯かベルーガ卿に、何か言い含められているのかもしれない。

 この2人は、ただ変な子を見に来たわけじゃないな。

 もしかすると、アイゼン辺境伯家からも試されているのか?

 いや、もしかするとじゃない……これは、確実に試されているな。


「まさか、せっかく皆が豊かに暮らせるようになるというのに、敢えて戦を起こしてそれを無駄にすることなんてありえませんよ。それに、私はこれからも色々なものを作っていくつもりです……もちろん、辺境の地にいらっしゃるお二方の領地に取っても、有益なものが多くあると思いますよ?」

「ほう?」

「何せ、気候も、生活環境も似たような状況です。ジャストール領でできることは、そちらでもできるということです」


 俺の言葉に、ボルガトフ辺境伯と、クライドル辺境伯が唸る。

 ベルーガ卿が少し、嫌そうな表情を浮かべているが。


「少しは、うちにも配慮してくれんか……」

「最初に、それらの品が入るというだけでも、アイゼン辺境伯領にはかなり利があると思いますが? それに、国境の地ですから商人の往来も増えているでしょう?」

「あまり、欲を出してもということか。すでにうちと、お主の領地だけで我が国の王都と戦争が出来そうなほどに、金はあるからな。下手に深い仲を表に出して、痛くない腹を王都の貴族共に探られて、王に不審を持たれても困るな」


 ベルーガ卿も、なかなか強かだ。

 ベルーガ卿の言葉に対して、2人が緊張をあらわにしている。

 そりゃそうか、王都の軍といえば国内最強にして最大の勢力だ。 

 それに匹敵するとなれば、ヒュマノ王国は本隊が2つあるとも言い換えられる。

 迂闊に、仕掛けるのは厳しいだろう。


「ははは、我が盾は陛下のためにありますから」

「盾か?」

「はい、盾です」


 一応、両国に対しては攻撃を仕掛けるようなつもりはないことを、明言しておかないと。


 それにしてもベルーガ卿も盛大に吹いたな。

 アイゼン辺境伯領とジャストール領だけで、王軍に匹敵する。

 大げさではないか。

 王都の軍に対してだけなら。

 もともと国境の地で軍事力を重視してきたアイゼン辺境伯領の領軍は、国内で王都を除いてトップの戦力だったからな。

 要は王都の軍と同等というだけだ。

 王都とは戦争はできるだろう。

 王都だけが相手ならば。

 だが、そうなれば周辺貴族は当然、俺とアイゼン辺境伯を逆賊として討つ。

 ジャストールが真っ先に蹂躙されて、解体されて食い荒らされるだろう。

 怖いな……

 いや、ベルーガ卿は俺に対しても、牽制をしてきたわけか。

 あまり、変な気を起こすなよと。

 ましてや、この2人に唆されて、国に刃を向けるようなことがあれば……

 これほど美味しそうに見える領地だ。

 下手したら国の直轄領として、召し上げられることになると。


「人は豊かになれば、心に余裕ができます。戦争なんか起こそうとしたところで、兵は集まりませんし領民の不満が積もるだけですよ」

「そうか、それを聞いて安心した」

「何かあれば、真っ先にぶつかるのはわしらの領地じゃからな」

「ええ、今ですら領民は穏やかな暮らしに慣れてきております。わざわざ、騒ぐことは……祭りは好きなようですが」

「ふっふ、はっはっは、なるほど……いやいやそんなに人心を集めて、如何するかと思っておったが。そうか、お主はそういうやつか」

「はい……ただし、この暮らしが脅かされるとなれば」

「そうじゃな、幸せを奪おうとする相手には、容赦はないだろうな」

「それに、お主のためなら死ぬことすら惜しくない人間も多数おろう」


 なんのこっちゃだな。

 表向きは、じゃがいもや渋柿の有用な方法を見つけ、それを惜しむことなく周囲に広めた俺を見て誉めたいといっていたが。

 明らかに、俺の為人を見に来ただけじゃないか。

 しかも、それもそんなことをするのはどんなガキかといったわけじゃない。

 色々と危惧されていたようだ。


「それはいささか過分に過ぎるかと」

「ふむ、謙遜が過ぎるともいえるな」


 ボルガトフ辺境伯と顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。

 

「もし、今後とも当家とは良しなにお願いしたいな」


 俺の対応は、及第点をもらえたようだ。

 父の方を見る。

 空っぽになったティーカップを寂しそうに見つめているな。


「ゴート男爵よ、よき子息を持ったな。お主を蔑ろにして申し訳なかったが、どうしてもルーク殿のことが知りたかったのじゃ」

「いえ、滅相もございません。恐縮ですので、頭をあげてください」


 その父に対して、ボルガトフ辺境伯が急に立ち上がり頭を下げたものだから、父も大慌てだったな。

 他の3人も、目を見開いている。

 確かに、珍しい光景なのかもしれないが。

 そして頭を下げたボルガトフ辺境伯より、さらに低い位置に頭を持っていく父に思わず少しため息が。

 やはり、あまり口を出すなと言われていたのか。

 途中から興味がないというよりも、寂しそうな感じだったしな。

 何か、うずうずしてるような印象も受けた。

 

「うちの孫にな、ルーク殿と歳の近い娘がおるのじゃが……どうじゃ? 一度、会ってみんか?」

「ボルガトフ殿?」

「抜け駆けですか? うちの、孫にもいるのじゃが?」

「お父さん?」


 急に話が変な方向に進み始めた。

 というか、アイゼン辺境伯の弟君の娘さんが、確か俺の二個上だったな。

 そのくらいのことは知ってるけど?

 ヘルーガ卿まで参加してきたら、ちょっと逃げづらい。

 こういうときこそ、父上に助けてもらわないと。


「ほうほう、ボルガトフ辺境伯のお孫さんですか? なるほど、それは愚息には勿体ないお話ですね……すごく有難い話でもありますが」


 こいつ……

 勿体ない話で終わらせとけよ。


 いやいや、俺は次男だぞ?

 もし、相手が長女で一人娘とかなら、婿入り確定なんだが?

 そこのとこ、聞かなくてもいいのか?


「うむ、息子夫婦はどうも男の子に恵まれんでの。女ばかり3人じゃからルーク殿のようなものと、親しくなれればこれほど心強いものはないのう」

「えっ? あっ、はい、うちの愚息でもお役に立てるかは分かりませんが、少しでもその、あの……」


 ほら見ろ。

 言わんこっちゃない。

 俺は隣の国に、婿としていくなんてごめんだぞ?

 まあ、しゃべりたくてウズウズしてたのは分かったよ。

 俺のことについて、話したいこともあったのかもしれない。

 その辺りの感情を見抜かれたのだろう。

 俺についての話を、ゴート主導の流れに持って行ったボルガトフ辺境伯。

 その辺の目論見もあったのだろうが、父があっさりと釣りあげられたことで片方の眉をあげていたな。

 

 父のことを容易な人間だと思うと同時に、頼りないとでも思ったのかもしれない。

 うちの親父殿……ポンコツじゃないと思ってたけど、もしかすると目上の人の前に立つとポンコツになるタイプか?

 それとも、我慢強くはないのかもしれない。

 ため息が出る。


 ここはもう、ベルーガ卿とクライドル辺境伯に頑張ってもらうしかないな。

 父が良い返事をしてしまったからな……

 冷めてしまった紅茶を、口に含む。

 酸味が出て、渋い。

 今の俺の表情も、さぞや渋いものだろう。

 ため息がまた漏れた。

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