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第19話:怒り

「お前たちやけに大人しいが、そんなに兄を怖がらないでやってくれないか?」


 黒シャツの男から聞き出した元締めの屋敷に向かう道すがら、兵の代表を務める初老の男性に声をかける。

 確か、ウェッジといったか?


「いえ、そのようなことは」


 兵たちのアルトに向ける視線には、明らかに畏怖の念が込められている。

 得体のしれない、それも想像をもつかない強さに恐れがあるのだろう。

 ある程度そういった感情を抱かれるのは必要かもしれないが、必要以上に恐れられるのはいただけない。

 兄はいずれ、この地を治める領主になるのだ。

 少しでも障害になりそうなものは、芽のうちに摘み取っておかないと。


「確かに兄の強さに怯えるのは分かる……だがな、あれは神が授けてくださった力だ。その為人は、神が保証してくださっているということだ」

「はっ……」


 歯切れが悪いし、どこか納得しかねている表情だ。

 兄の力に対するそれだけじゃないのか?

 もしかして、必要以上にアルトが暴れたか?


「頼もしいことではないか。兄がいれば、我が領地は安泰だ。むろん手の届かない場所までは守れないかもしれないが、兄が来るまで持ちこたえれば、どんな劣勢でも覆すことができる可能性があるということだ」

「そうですな。本当に、頼もしい限りです」


 これは、素直な感情っぽいが。

 頼もしい限りですのあとに、が……と続きそうな口ぶりだったな。


「まあ、慣れてもらうのと、兄をしっかりと見てもらえたら分かると思うさ。兄は、本当に家族思いでね、領民も同じように大事にしてくれると私は信じているよ」

「ははは、ルーク様は、アルト様が大好きなのですね」

「ああ、兄としてはこれ以上ないくらいに、優秀で素晴らしい人だと思っている」

「ルーク様のおっしゃる通りですね」


 ん?

 よくよく見れば、ウェッジが俺を見る目にも若干の怯えがあるように感じたのは、気のせいかな?

 一瞬のことだったから、見間違いかもしれないが。

 ウェッジとの話を切り上げて、兄の方に近づいていく。


 微妙に他の兵がアルトから少し間を空けて、後ろをついていってるが。

 アルトの護衛の役割もあるんじゃないかな?

 アルトが先頭でいいのかな?


「お兄さまは、どれだけ暴れられたのですか?」

「ん? どうしてそんなことをいうんだい?」


 俺の質問に笑顔で答えているが、どこか冷めた印象を感じる。

 こんな兄は、初めてかもしれない。


「皆が怯えておりますよ」

「ふふ……」


 なんだ、その不敵な笑みは。

 どこかおかしい。


「私の弟が本気で怒っているんだ……私にとって、それがどれだけ腹立たしいことか」


 ……張り切ってたわけじゃなくて、アルトも静かにキレていたということか。

 それも俺のために。

 いや、俺のせいともいえるか。

 俺のせいで、アルトが周りに怯えられているのか。

 年甲斐もなく、感情を表に出し過ぎたか。


「それに、怯えられているといったらルークと、フォルスもだよ」

「えっ?」


 アルトの爆弾発言に思わずフォルスの方を向くと、静かに頷かれた。

 やはり、さっきのウェッジの視線は勘違いじゃなかったらしい。


「私も、なぜかあの者たちには非常に腹が立ってしまってですね……あのような、塵芥のような存在に心を動かされるとは」


 フォルスもキレてたのか。

 確かに珍しいな。

 俺と俺の家族以外の人間なんか、虫や動物と一緒のこの世界の生物という括りで見てそうだが。


「フフフ、まあルークのあのような姿は見たことなかったからな。兄としては意外でもあるし嬉しくもある」

「それは、ひどくないですか?」

「ああ、あまりお前が人に対して不快感を表に出すところは見たことなかったからな。感情が希薄とまではいわないが、心を表にあまり出さないきらいがあるからな。子供らしくないと思って、兄は心配していたのだぞ」


 確かに、この世界に来てからは子供らしくない子供だったかもしれないが。

 それでも、それなりに子供らしさを演じていたと思うのだが。


「それをいったら、お兄さまのあのような雰囲気を見たのも、私は初めてですけどね」

「そうか? そうかもな……私も、ここまで心を揺れ動かされたのは最近では無かったかもしれないね。それだけ、お前のことを大事に思ってるってことさ」


 うーむ。

 面と向かって言われると、恥ずかしいな。


「まあ、お前はおじいさまが大好きだからな。あの人の町を汚されたのが、よほどに腹立たしかったのだろう。優しい子に育ってくれているようで、それもまた嬉しいぞ」

「ふふ、いつまで経っても私は、お兄さまにとって子供なのですね」


 俺の言葉に、兄がキョトンとした表情を浮かべる。

 そんなに、おかしなことを言ったか?


「12歳は、まだ子供だろう」


 うん、おかしなことを言ったようだ。


「お二人とも、そろそろ着きますよ」


 フォルスに促されて、道の先を見る。

 なるほど、なかなかに立派な建物だ。

 よほど、あくどいことをして稼いできたのか。

 どれだけの人を不幸にしてきたか、あの建物だけで分かるな。

 また、腹が立ってきたな。


「さてと……行くか」

「はい」


 アルトに促されて、屋敷に入ろうとして2人同時に肩を掴まれる。

 見ると、ウェッジが困った様子で首を横に振っていた。


「流石に、ここは私たちに任せてもらえませんか?」

「あー……そうだな」


 ウェッジの言葉に、アルトが少し悩んだあとで首を縦に振る。

 あれ?

 なんか、ウェッジさんの表情に余裕がないというか。


「我が領地で、このような輩が専横していることを知らなった。それでは済まされませんからね」


 怒ってる?


「我が隊、そして警備全てにも腹が立ちますし、ここの連中にはことさらです」


 物凄く怒ってるな。

 ここに来るまでの間に、沸々と怒りが沸いてきたのだろうか?


「ルーク様を見ていると、自分が情けなく……また、奴らが憎く思えてきて。恥ずかしい話ですが、この年でここまでの怒りを覚えるとは」


 見ると他の兵の連中まで、怒気を放っている。


「グリッド様に仕え、この町を守る役割にある我らよりも、ルーク様の方が腹を立てている。はあ、我ながら本当に情けない」

 

 俺のせいなの?

 なんか、皆がこの悪党じゃなくて俺のせいで腹を立てているってのは、なんだかな。

 まあ、フォルスに関しては違うと信じたいが。


***

「くっ、なんの証拠があって「黙れ。そんなもの、後からいくらでも出てくる」


 屋敷に突入して10分足らず。

 いま、商会長であり諸悪の根源である、ロットの首にウェッジが剣を当てている。

 首から血が出てるから、寸止めですらない。


「証拠もなにも、心当たりがありすぎるだろう?」

「だからといって、こんな横暴がまかり通ると思うなよ! 俺の後ろにはヒッ!」


 ロットが唾を飛ばしながら、何かを言いかけた瞬間にウェッジが首の剣を放して彼の右の眼球の目の前に切っ先を突き付けていた。


「後ろには?」

「……」


 自分が何を口にしかけたのか気付いたのだろう。

 ロットが慌てて、口をつぐむ。


「この地を納める方々を相手にして、その後ろ盾とやらには、貴方たちが悪事を働くに足るさぞや立派な正当性があるのでしょうね?」


 ロットが目を逸らそうとした瞬間に、剣が眼球に突き刺される。

 おいっ!

 本当に刺したよこの人。


「ぐあああああっ!」

「聞きたいのはそんな汚い鳴き声ではなく、あなたの後ろにいる方の名前なのですが?」

 

 眼球を抑えて蹲るロットの髪を掴んで、顔を持ち上げるウェッジ。

 怖いよ、こいつ。

 まあ、元からそのつもりはなかったが、どっちにしろこいつらを手下にする案は完全に消えたな。


「ウェッジやめろ」

「はっ」


 アルトが、ウェッジに指示を出す。

 流石にやり過ぎだと思ったのだろう。

 思わず、ほぅっとため息が出た。

 

「ギャアアアア!」


 兄上?

 次の瞬間には、ロットの左耳が宙を舞っていた。

 いつの間に?

 見ると、アルトが剣を抜いて右下に切っ先を垂れ下げて持っている。

 今の一瞬で、抜いて斬ったのか?


「ルーク、フォルスに頼めるか?」

「えっ? あっ、はい」


 フォルスの魔法で、口を割らせろということだろう。

 フォルスの方に視線を向けると、頷いてロットの方に近づいていく。

 こいつは、この光景を見て何も思わないのか。

 まあ、神からしたそうなんだろうな。


「俺たちの組織のバックは、ベゼル帝国のメイガン商会です……そして、メイガン商会の商会長の妻は、帝国貴族のアークダイ侯爵の二女です」


 おお……大物が出てきたな。

 なるほど、こいつら強気になるわけだ。

 侯爵というだけでも厄介なのに、隣国のときたから本当に面倒だ。

 ため息が止まらない。

 流石に、これは証拠をしっかりと固めないと如何することもできない。

 国同士の問題になる。

 とはいえ、こいつらを潰す障害にはならんな。

 どうみても、下っ端の便利な連中だろう。


 しかし、侯爵家の娘が二女とはいえ商家に嫁ぐとは。

 その商家は、よほどに大きいのか……それとも、貴族の血が代々入っているのか。


「ちなみに、派閥の準男爵の娘を養子に迎え入れて嫁がせてます」


 ああ、自分の血を分けた娘じゃないなら、そりゃ気にならないか。

 お互いに繋がりをもつためだけの、政略結婚。

 最悪、簡単に尻尾切りができる状況なんだろうな。


「ちょっとベゼル帝国に行って、その商会と侯爵とやらに警告してきましょう」

「えっ? あっ、うん……」


 完全に手詰まりかと思ったが、便利なやつがそばにいた。

 フォルスが、ちょちょっと行ってガッツリと絞めてくれるらしい。

 まあ、神だし……俺の従魔ではあるが、誰も神が従魔になっているとは思わないだろうし。

 うん、まさに文字通りのデウスエクスマキナだな。

 個人的には消化不良だが、神が従魔ってのはいいものだな。

 

 本音で言えば、自分の手でどうにかしたいところだが。

 流石に、相手が面倒すぎるな。

 殺す以外の方法が思いつかないし、俺に人が殺せるかどうかという問題もある。

 うーむ、殺すところを想像したが、そんなに忌避感はないな。

 直接剣で殺すとなると、気になるかもしれないが。

 魔法で殺すぶんには、あまり感情を……いや、おそらく嫌な思いはするだろうが、直接的に物理的に殺すのと比べて心理的には楽な気がする。

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