第15話:祖父グリッドの場合【閑話】
「しかし、あの子は本当に変わっておるな……次男であることが勿体ないくらいだ」
「親である私もそう思いますが……いまのところ、あの子に家を継ぎたいといった野心は見えません。むしろ、目の前で結果が見られる現場の方が好きなようでして」
「ほう? というと?」
「将来的には代官として、農村が近くにある小さな町の一つでも任せてもらいたいと望んでおります」
息子の嫁の言葉に、顎をさすってうなずく。
わしには4人の孫がおる。
長兄のアルト、次兄のルーク、そして末っ子に双子の姉妹であるヘンリーとサリア。
いまはまだ幼く、4人とも仲がいい。
しかし、将来はどうだろうか。
わしも、当主の座を継ぐために弟と争ったこともある。
その弟ともいまでは手紙のやり取りはあるし、王都にいった際には一緒にテーブルを囲んで酒を酌み交わすまでに仲は良くなったが。
あの時は、本当に大変だった。
確かにアルトの武の腕は、尋常ではない。
5歳頃から頭角を現し、いまでは領内でもおそらく一番強いだろう。
あれは、加護持ちの強さであった。
それも上位精霊……いや、もしかすると神は言い過ぎだとしても、神獣や土地神の類の加護を受けておるのかもしれぬ。
きけば、4歳頃から急激に力をつけ始めたとのこと。
走る、投げるといった子供の遊びの中で、徐々に相手をしていた侍女たちが音を上げるほどに。
よほどに、腕白なのかと最初は思っていたらしいが、息子のゴートが一度相手をしたときに発覚した。
期せずして、加護持ちが……それも領主の息子に現れたのだ。
すぐに報せを受けたわしは、妻とわずかばかりの護衛ですぐに本家へと向かった。
そこで見せてもらったアルトの尋常ならざる身体能力には、流石に舌を巻いた。
当時まだ44歳と、肉体に衰えなど微塵も感じておらんかったが。
それでもアルトと力比べをして、自分を疑ってしまったな。
どうにか勝てた……
これで、ジャストール家は安泰だと思った。
この子がいれば、どんな苦境も乗り越えられると。
思うておったのじゃがなー……
窓の外で、庭を走り回るアルトとルーク、ヘンリー、サリアの4人の姿を見てため息を吐く。
「あれほどの才をもって、上を目指さぬか。10ともなれば、分別はついておるとは思うが……心変わりせねばよいのう」
「あの子なら、大丈夫ですよ。争いを好むようには見えませんし」
妻の言葉に、頷く
「本当に、あの子がもし戦場に出ることがあれば、多くの意味で心配が尽きませんから」
義娘のいわんとしていることは分かる。
子供として、うむわしも孫として怪我や万が一の心配をして、胃が痛むであろう。
まあ、万が一もありえぬとは思うが。
ただもう一つの心配事は、あの子の尋常ならざる能力を他のものに気付かれた場合……
男爵家の次男だ、伯爵家や侯爵家から縁談をもってこられたら跳ね返せんだろうな。
アルトだけでも尋常じゃないと思っておったら、ルークの方がおかしかった。
力と武こそアルトの方が、頭一つ抜き出ている。
これもおかしいのだ。
加護を受けているだろうアルトとルークの差が、頭一つなどとは……
無論、ルークも何かしらの加護はもっているはずだ。
本人は話したがらないが、加護をもらっていることは認めた。
わしと、ルークだけの秘密だがな。
「神様の加護を頂いているなんて」
義娘の言葉に、思わず二度見してしまった。
くっ、じーじと可愛い孫の二人だけの秘密だったはずなのに。
「知っておったのか」
「流石に、あそこまでいくと……」
そうなのだ、ルークはそれこそ全属性の魔法が使える。
というよりもだ、見ただけでその魔法を習得できる。
そして、どんな魔法も扱えるだけの魔力量がある。
もちろん、本人いわく見ただけではなく、魔力を同調させてその工程を分析して理解する手間が掛かっているといっていたが。
結果として、見たら使えるのだから一緒ではないか。
アルトも多少は魔法が扱えるが、そっちはほぼ常識の範囲内であった。
身体強化系と、火属性の魔法を除いて。
その2つに関しては、加護の影響であろう。
さらに、そんな子供たちを微笑ましい様子で見守っている執事服の男性を見て、溜息を吐く。
「本当に、化け物だな」
「お義父様?」
「いや、ルークではない……あの男だ」
何を勘違いしたのか義娘が睨んできたが、わしが顎でフォルスと名乗る男を示すと、ああと言って納得していた。
身に纏う魔力がすでに、ルークをも超えているというのに。
なぜ、ルークの従魔としての契約を結んだのか、不思議でしかならん。
まあ、本人からルークに加護を与えた存在が上司にあたり、その筋からの命令なので断れないと聞いてはおるが。
どうもそれだけではない。
どこか、ルークを崇めるような雰囲気を感じる。
うちの孫はいったい、何者なのか。
「うちの上司ですら、気を遣う相手ですからね」
彼の上司は大神の一柱とのことであったが。
神が気を遣うって、本当になんなのじゃろう……
流石に、そこまでいくとじーじも不安になってしまうぞ。
ふーむ、規格外すぎて情緒が不安定になりそうじゃ。
で、このフォルスという男なのだが、嘘か真か上位の吸血鬼と名乗っている。
上位って、どのくらい上位なのかなと聞き返したら、笑って誤魔化された。
まさか、始祖とまではいわぬだろうが……
真祖である、トゥルー・ヴァンパイア以上であることは、間違いないであろう。
こうしてみると、ただの人にしか見えぬのが特に厄介よ。
その気になれば、町一つ簡単に滅ぼす存在じゃからな。
「もともと、私はいたずらに人を殺めることはありませんよ。在ることに、血も不要ですから」
血がなくても存在できる吸血鬼って……
しかも陽の光もとくに苦手でもなんともないどころか、弱点すらないと。
銀の食器で食事をしながら、話されたら信じるしかないが。
いまは、吸血鬼かどうかを疑ってしまっている。
「フォルスは大丈夫。生物全般が好きだから」
「そうですね、度が過ぎていたり、必要であれば殺してしまうこともありますが、基本は赦す方ですよ」
人種も生物全般に含まれているのかな?
犬猫と同じような存在と……
本当に、上位の存在なのであろうな。
現状、ルークが実験場としている村があるのだが、そこは農作物の収穫量が年々増えているとか。
そして、成功したものを周囲の他の農地でも試して、それなりに成果をあげているといっていた。
息子からのわしへの仕送りも、ここ数年は毎年増えておる。
税収がそれほどにも、伸びているのだろう。
無論、この町にもルークの手が入っている部分はある。
おもに、飲食関係じゃな。
それと店舗に関しても、少し壮大な計画を立てていた。
巨大な屋根と壁で、商業区を覆ってしまいましょうなんて言い出したときは、さすがに頭の心配をしてしまったが。
メリットを聞けば、なかなかに説得力はあった。
ただ、コスト面を考えたときに、費用対効果があまり良いともいえず保留にしたが。
目抜き通りに人が歩く専用のスペースを作り、そこに並ぶ建物には簡単なターフテントでいいので取り付けて、連結させましょうという案は悪くないと思った。
先の建物もそうだが、雨の際でも買い物等がしやすいようにという工夫らしい。
もともと野菜等を扱ってる店で、ターフテントを使って軒先にまで商品を広げている店はあったが。
晴れた日には無用だろうと言ったら、紫外線はお肌の敵なんですよ?
日除けがあることで、夏場でもご婦人方が買い物をされるのを戸惑わないと思いませんか?
と言われたが、確かに少しは思う。
道に屋根を付けて、日傘の代わりにしようというのは理解できた。
しがいせんがまったく理解できん。
こういう風に、考えることが尋常ではないのだ。
そして、屋根付きの通りは、確かに観光客からも住人からも相当に評判がいい。
もちろん、こちらの指示でつけるのだから、最初は希望する店舗のみに半額負担で話をもっていった。
公共事業でもあるので、施工業者にもなるべくコストは抑えてもらうよう頼んである。
むろん、粗悪品を作られても困るので、無理な値引きは不要と伝えたうえで。
ルークから、テントが観光客の上に落ちてきて怪我でもされたらといわれ、割高でいいから頑丈で決して壊れないものと指示したうえで入札を行った。
入札に成功した業者には、年2回ほど点検を費用を払って依頼する旨も伝えてある。
万が一、事故が起きた場合の処分も……
まさか、他の町からも入札にくるとは。
半額負担で提示したのに思ったのよりも、多くの店舗が希望を出したので驚いたな。
なんでも足元が悪いと、店の床が汚れて大変だとか。
水のついた服で、店を歩き回られるのが迷惑だとか。
商品によっては、湿気に弱いものもあるからな。
あと、単純に温度が下がることで、保管に関しても気持ち程度は効果がみられるんじゃないかと。
商品だって人と一緒で、ものによっては日焼けするからな。
やけに、町の住人が詳しいと思ったが……ルークが、町を散策した際に根回ししていたらしい。
まるでわしが、屋根付きの通りを作ることを見越していたかのように、しっかりと準備をしていたと。
まあ、確かに化け物みたいな巨大な建物を作って、そこに店を全部突っ込むという話と、その建設費を聞いたあとで屋根付きの通りの話が出たからな。
費用面も、決して安いものではないが、巨大建造物の100分の1以下だ。
管理費も、10分の1以下……
夢物語のような話を聞かされたあとに、現実的な案を出されたものだから判断が甘くなっていたのかもしれない。
……もしかして、そこまで計算して話を持ってきたのなら。
思わず、身震いした。
年上どころか熟練の領主経験がある相手を、しかも子供と大人。
当時ルークはまだ8歳だ。
8歳児が、50前の初老の男性を手玉にとって、事業を成功させたと考えると……
頼もしくも、頭が痛い。
「確かに、あの子は現場でこそ輝く子かもしれぬな」
「ええ、あの子の発想は面白いものばかりですから」
外を見て、思わず目を見開く。
それから、慌てて窓に向かっていくと、そのまま戸を開けて叫ぶ。
「こらっ! それは危ないから、膝の高さまでといったじゃろう!」
ルークの考えた奇怪な板にのって、飛び回る孫たちが目に入った。
大人の胸くらいの高さまで飛んでいたので、つい慌てて注意してしまったが。
少し、口調がきつかったかのう。
「申し訳ありません、おじいさま」
「ごめんなさーい」
年相応に謝ってきたアルトに対し、ヘンリーたちに混ざって子供っぽく謝るルーク。
思わず頬を緩めてしまったが、あれがわざとだとわしは知っておる。
どっちかというと、アルト顔負けの社交性を持っているのは、話に聞いておるからな。
ただ、わしの前では幼い孫であろうとしているかと思うと……許さんわけにはいかんな。
「フォルス殿、しっかりと見ておいてくださいね」
「かしこまりました。ご安心を。地面は柔らかくしておりますので」
……意味が分からない。
人の庭を勝手にいじらないでもらいたいが、見た目に変化はないので何もいえない。
「それでも、膝より高い位置には飛ばないように見張っていただけると、安心なのですが?」
「はい、それより高く飛べないように、こちらで出力を操作するようにいたしましょう」
……これだから、規格外の存在というやつは。
まあ、安心して任せられるのは確かじゃな。
「ふぅ……うむ、領地の運営は当主のアルト、領内の開発事業にルークが携わるのが……開発に不安があるが」
「不安ですか」
「不満はないが、少しやりすぎるきらいがあるからのう」
「なるほど……確かに」
わしは窓の外で、地面すれすれで回転しながら飛び回るボードに乗ったルークを見て、頭を抱えた。
ボードの上で、片手で逆立ちとかもしてるし。
低く飛んでても、全然安全じゃないのう。
「これ、ルーク! ヘンリーたちが真似をしたら危ないから、普通に乗りなさい」
「はーい、ごめんなさーい」
こうしてみると、可愛いのじゃがのう