第11話:リーチェの村
「へえ、もう結果が出始めてるんだね」
「ええ、ルーク様のおっしゃる通り、今年の小麦の収穫は3割増は見込めるかと」
「他の作物に関しても、生産量が大きく伸びております。また実も大きなものが多く、相当な売れ行きが予想されますよ」
「こらこら、卸す前からあまり期待するな。取らぬ狸のというだろう? それに、いくら実が大きく豊富に実ったところで、味がどうかが問題だ」
「国内では、どこかしらで凶作や飢饉が起きてますから。その点は問題ないかと」
村人たちのテンションが上がっている。
皆が楽観的な言葉を口々にしているが、正直なところ俺も自信がある。
この村は、2年前から父ゴートに俺が任された村だ。
ジャストールからほどよい距離にあり、馬車で2時間ほどで着く。
乗馬や、エアボードならもう少し早く着くが。
そういえば、ようやくゴムの実用化が見えてきたので、エアボードの次のモデルには試験的に滑り止め部分にそれが使用できるよう研究させている。
同時進行で、炭素繊維やガラス繊維の研究もやらせている。
研究費用は俺の私費だが。
カーボンができれば、色々と作れるものも増えるしな。
というふうなことを含めて、日本での記憶を食事時や団欒の時間に父に聞かせていたが。
子供の妄想では片づけられない内容もあり、多少も知恵も回ると。
なので、とりあえず村を一つ任せるから色々と試してみろと。
多少は失敗と挫折も期待したのかもしれないが。
いまのところ順調だな。
失敗もあるが、必要なことだ。
失敗からしか学べないこともあるからな。
だから、失敗を失敗とは思わない。
うん、問題ない。
村の規模はいまでこそ人口が1000人を超えているが、最初は100人にも満たない村だった。
活気がある通りを見て、補佐のマルコスが笑顔を浮かべている。
俺からも、村の規模に合わせてそこそこ良い給料を払ってやってるからな。
「ルーク様が働き者なので、私が出る幕もないですね。これで、給金を頂いていいのやら」
とかなんとか言ってるが、知ってるぞ?
家を改築したのと、息子にエアボードを買ってやったのを。
最近は、嫁もすごく優しくなったとか同僚に自慢してたのも聞いたし。
素直に、俺と村人に感謝しとけ。
それに、マルコス自身なんだかんだで仕事を見つけてきては、頑張っているしな。
サボれない損な性格なのだろう。
まっ、そんなやつじゃないと子供の補佐になんか、親もつけんか。
「気にするな。マルコスのお陰で、私は自由に試したいことをこの村で試せるのだから。それに帳簿の管理や、私がいないときの村人たちの対応をやってもらっているではないか」
「ルーク様も帳簿くらい簡単につけられますよね? まあ、悪いことに、この生活にももう慣れてしまいましたが」
「そうだな、ただ手が空いているからといって、畑作業までしなくてもいいんじゃないか?」
「何もせずに、ぼーっと座っていたら色々と腐ってしまいそうで」
父の人選に、やはり間違いはなかったと思う。
できれば、もう少し馬鹿の方が俺はやりやすいが。
ちなみにこの村ではいま、三圃式農業を試験運用している。
輪作の一つで畑を3つに区分けし、一つは春の収穫用に小麦、また一つは秋の収穫用に大麦と豆を作らせ、そして残りの一つは放牧して畑を休ませている。
牛や馬たちの排せつ物がそのまま肥料となり、地力を回復させることができる。
できれば全ての畑で作物を作りたいという農民たちを納得させるために、開墾は頑張った。
畑の数を増やすことで、作付け量の減少を多少は抑えられたことで、一応は納得してもらった。
そっちもと言いたそうだったが、顔を見合わせて俯いていたな。
当初の人口じゃ、手が回らないのは目に見えていたし。
まあ、村人が間引くのをもったいないとか言い出したり、人の排せつ物をそのまま撒こうとしたのを止めたりと、何度か衝突もあったが。
領主の息子だ。
村長に権力全開で半ば恫喝に近い形でお願いし、都度都度村人の説得にあたらせた。
また家畜たちの排せつ物を彼ら自身で重量有輪犂を引かせることで、耕すのもだいぶ楽になったしな。
重量有輪犂は、文字通りの道具だが。
犂は唐鋤と書いた方が、分かりやすいかもしれない。
早い話が、重量級の車輪の有る大きな鋤だ。
こういった目に見えて分かりやすいこともやれば、徐々に俺のやることに不満をいうやつはいなくなった。
石や岩なんかを除去して囲いを作ってそこに馬や牛を放ったあとで、この重量有輪犂を引かせれば平野部であれば開墾も人の手よりはだいぶ楽にできる。
少し時間はかかるが。
この三圃式農業の結果が、今年になってようやく出ている。
結果として、最初の年に休耕地だった畑の作物の出来は、今まででも最高のものになりそうだと盛り上がっているわけだ。
「しかし、牛や馬は畑でも役に立つものなんですね」
「最後には食料にまでなってくれる、本当に感謝しかないですよ」
とは、放牧地のあとの畑の作物の生育の良さを見た村人たちの反応だ。
重量有輪犂を引かせた時も、同じことを言ってたよなお前ら?
最初はあっという間に耕される畑に、唖然としていたが。
徐々に、その有用性に気付きしきりに感動しっぱなしだったな。
懐かしい。
それとは別に二毛作、二期作も同時に試させている。
まあ、これはあまり場所を取っていない。
人一人で管理できる程度の広さの畑で、とりあえず試している。
やはり、肥料の質の問題か、収穫量も出来も悪くなっている。
それでもかろうじて二毛作の畑は、やや減少の見込み程度に踏みとどまっている。
二期作の方は、完全に連作障害を起こしているな。
こっちは早々に打ち切って、二毛作で考えた方がいいだろう。
休耕地と、二毛作で回しつつ、質の高い肥料を用意できれば解決できそうだ。
「しかし、ジャガイモが食べられるなんて」
「芽と、変色さえ気を付ければな。基本、この黄色掛かった白い部分だけが、可食部だと周知してくれればいいよ」
「芽さえ避ければ、皮は食べられるんですよね?」
「あまり情報を与えると、どこかで語弊が生じて変なところを食べられても困る。緑色以外とかではなく、黄色掛かった白い部分だけ食べられるで最初は広めよう」
荷車で目の前を運ばれているジャガイモを見て、マルコスが笑みをこぼしている。
お前、好きだもんなジャガイモ。
最初は、あんなに嫌がってたくせに。
じゃがバター、ポテトチップス、フライドポテト、ハッシュドポテト、マッシュポテト、コロッケ、ポテトサラダ、ジャガイモのガレット……知りうる限りの調理法とともに、広めた。
特に人気が高いのは、じゃがバターだな。
評判が良いのは、ポテトチップス、フライドポテト、ハッシュドポテトの3つだが。
油が高価なので、食べられる人が限られている。
まあ、収穫祭や時期折々のイベントの際には、うちから油を出して振舞っているが。
ポテトチップスは、芋をかなり薄くスライスしないといけない。
ギザギザに切る方法もあるが、専用の道具がいる。
どっちも簡単に作った。
スライサーなんて、仕組みは大して難しくない。
鉋なんてローマ時代からあるんだ、この世界にも当然ある。
だから、その鉋を改良してもらって作ったわけだが。
下に箱を入れてと思ったけど、そのまま鉋っぽい感じで削って上から出てきたものを水にさらして、水気を拭いてから揚げることにした。
この形だと、水を張った大きな鍋の上で削れば、そのまま鍋の中に入っていくから。
その間にもう一人がそれをすくい上げて、水気を拭いていけば割と効率的に下ごしらえはできる。
効率的なだけで、楽だとはいわないが。
この1枚1枚、水気を切る作業が大変なんだ。
鉋があるから、鰹節もいつか作るものリストに加えた。
フライドポテトは、固い糸を縦に並べて枠に固定したものでじゃがいもを縦と横にカットして、簡単にある程度のサイズを揃えられるようにした。
それを揚げるだけ。
ハッシュドポテトが一番簡単だったな。
塩、胡椒、片栗粉さえあれば、形成が一番簡単だからな。
片栗粉も作ったよ。
ジャガイモ澱粉の方だけど。
まあ、商品価値のないじゃがいもとかで、手間暇をかけて。
女性や子供たちが、一生懸命頑張ってくれたからね。
ただなあ……じゃがいもって、どこでも採れるからうちの特産にはならなかったな。
片栗粉は、まだ情報を出してないからここでしか手に入らないけど。
片栗粉を作った料理も、小出しに広めている。
「しかし、ここはリーチェの村のままでいいのでしょうか?」
通りを見たマルコスが、複雑そうな表情を浮かべている。
この辺りは、完全に失敗だったかもしれないな。
はっちゃけすぎて、領都のすぐそばに町ができてしまったような。
マカダム補装で、道は奇麗に整備してあるし。
荷車や台車、馬車が通るのに便利だし。
家は木造のものと、煉瓦造りの家が入り混じっている。
とはいえ、鉄筋コンクリート造も、研究中だ。
この世界、魔法もあれば魔物もいる。
それこそ、恐竜図鑑に載ってそうな巨大な魔物も。
この世界では木造住宅だと、火を扱う魔物や火魔法での失火。
日本でも子供がライターで火遊びをして、家を燃やしたなんてことがまれに起こっているが、こっちは子供の魔法による失火も怖いな。
身近なところで火種がいっぱいあるから、木造だけってのは怖い。
そして、火には強いと思われる煉瓦造りの家だが、こちらは大型の魔物の襲撃や、地揺れや地震に脆いというデメリットがある。
木造と煉瓦造り、どちらもメリットデメリットがあるのだが。
再利用が利きやすく、建て直し安いということで煉瓦造りの家を、村では推奨している。
ちなみに貴族の家も、煉瓦造りのものの方が多いが。
岩を魔法で切り出して運んで、要所要所で使っていたりもする。
というか、貴族屋敷は割と魔法技術頼みで、失火、地震対策がされている。
あと、教会にもそういった技術は使われている。
万が一の時の、避難場所として開放するかららしい。
教会……ジャストールの町は一か所だけじゃないんだよな。
ジャストールは、光の女神と、火の神、あとは水の女神を信仰する宗教の教会があったっけ?
まあ、どこも教徒じゃなくても受け入れてはくれるらしいが。
そうなんだよな……村の風景というより、街並みといったほうがぴったりの景観になってるんだよな。
「まあ、そこらへんはお父様に一度、視察に来てもらって考えようか」
「はい」
「そうなったときのために、町の名前考えといて? あっ、ルークの町とかってのはやめてね」
「私がですか?」
「マルクスが考えていいよ。私より、ここにいる時間も長いし」
「あ……ありがとうございます」
凄く感動した様子で、涙目になって頭を下げているけど。
「ははは、まだ町になるかどうか、決まったわけじゃないからね。あまり期待しないでくれ」
「いえ、この規模なら、流石に旦那様も黙ってはいられないかと」
そうかもね。
俺も、やり過ぎたと思ってる。
色々と。
耐熱煉瓦を使った窯も作ったし、村の外れに鍛冶場を集めて塀で囲ったりもした。
夜中も作業をすることが多いから、騒音対策のつもりだったのだが。
周囲を気にせずに、夜中に作業ができることもだけど、技術を秘匿しやすいことも喜ばれた。
ただ、弟子には見て覚えろとかっていうんじゃなくて、丁寧に教えてやってくれとは伝えてあるが。
技術は早くに身に着けて、研鑽の期間を長くした方が、全体の発展が見込めるしな。
下積みが長くて現役が短いというのは、あまりにも非効率的な気がするし。
職人の何人かは、嫌な顔をしていたが。
技術を言葉で分解して伝わることで、自身のなかでの再認識にもつながる。
なにより、弟子が早くものになれば、生産性も増えて暮らしも楽になる。
もちろん、職人の暮らしの中心は制作活動で、そこに誇りと喜びを感じているのは知っている。
ただ、嫁や子供をより笑顔にしたくないか?
職人の喜びも大事だが、一家の大黒柱としての喜び、そして家族の喜びも大事にしろと。
みんな、納得してくれた。
自分たちも、彼らのかつての師匠には色々と不満があったらしい。
それなのに、同じことを下に繰り返すとか。
まっ、それが職人だといわれたら、引き下がるしかないが。
こんなものは、ごく一部で他にも色々と手は広げている。
収入もうなぎ上りで、俺個人の資産もだいぶ増えてきた。
ただ、これは父が大半を管理しているから、使おうにもいちいち許可を得ないといけない。
説明しやすくするために、稟議書を作って提出したら唸っていたな。
「普通お前くらいの子供は、小遣いをねだるものなんだがな……というか、こういったものはお前の資産じゃなくて……いや、子供が小遣いじゃなくて資産を持っているのもおかしいか……」
何やら難しい顔をしていたな。
ちなみに、この時出したのは、集合浴場を作るための稟議書だ。
経費から、支払い期日、建設予定地に、施工年数、使用目的、メリット等を分かりやすく書いて出した。
「この線で囲って、区分けしてあるのは見やすくていいな」
表を使ってまとめてある部分に食いつかれた。
「あと、この紙も初めてみるものだ」
植物紙にも手を出している。
パピルスじゃなくて、ちゃんとした紙だ。
現代のコピー用紙にははるかに劣るし、丈夫さでは負けるが羊皮紙よりは量産性がある。
「まあ、これは村の税金で賄えばいい。アルトが必死になるわけだ」
おかげで簡単に許可が下りた。
建築途中のテルマエの前を歩きながら、その時の父の顔を思い出してつい思い出し笑いをしてしまった。
「ルーク様?」
マルクスに話しかけられて、現実に戻されるが。
「そろそろ代官屋敷の拡張を考えた方がいいかと。流石に村の人口もかなり増えてますし、管理する人員の増員も求められてます」
「ああ、現場が悲鳴をあげていたな。なかなか、良い人材がいなくてね」
「とりあえず、少しでも見込みがあれば回してください。あとはこっちで育てますので」
「そうか……そうだな。最初から求めすぎるのもよくないか。ある程度の伸びしろがある人材を、こっちで適した方向に伸ばした方が将来的には良いな」
「あとは、ルーク様の個人資産ですが、流石に金庫では収まりきらないので、部屋を用意したいのですが」
「そうなのか? 別に宝石とかに変えて、スペースを減らしてもいいんだぞ?」
「その場しのぎにしかなりませんよ。今度は宝石で金庫が溢れかえりますよ?」
そんなに儲かってるのか。
また、村人に還元した方がいいか。
今度は、何を名目にお祭りを行おうか。
「遣うことを考えているようですが、村人のためにルーク様が何かやられるたびに、彼らの意識が上がって生産性が伸びるのです」
「いいことじゃないか」
「結果、お金が溜まるスパンが短くなってますよね?」
「……」
「このままだと、毎日お祭りになってしまいますよ」
「ああ、金庫室の建造も視野に入れて、検討しよう」
ちょっとした小遣い稼ぎのつもりが、結構なことになっているようだ。
「近い将来この村だけで、貧しい男爵領の税収を超えますよ」
「分かった」
「で、村の運営資金を保管する蔵の建造も、旦那様に申請してもらいたいのですが?」
「それは、お前がやってもいいんだよ?」
「私が報告すると、なぜか重苦しい雰囲気になるので。ぜひ、ルーク様にお願いします」
「はあ……分かった」
マルクスが父に相談に行くと、いつも微妙な空気になっていると屋敷の皆が言ってるからな。
そういう時のために、お前がいると思うのだが。
「本当はこういうことはルーク様が、そして普段この村でルーク様がされていることが、私の仕事なのですが」
「少し、自重しよう」
「いつもそう言われますが?」
「すまん、嘘だ。この流れを逃す方が拙いので、いけるとこまで駆け抜けてから、軟着陸にもっていけるように考えよう」
「無理ですね。このままどこまでも羽ばたいていく未来しか見えませんよ」
「それは、誉めているのか? なかなか、上手いことをいうようになったな」
「ええ、ルーク様は村で収まるような、小さな方ではないことはこの2年で重々理解しました」
さて、祭りについて考えるか。