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第10・5話:ランスロット、レモンの場合

本日2話目です。

 わしはランスロット。

 ジャストール男爵領、領軍の副団長。

 そして、領内一の剣の使い手である。


 ところで、話は変わるが、うちの坊ちゃん方は変だ。

 唐突すぎるだろうか?

 まあ、聞いてくれ。

 こんなことを言うのは不敬かもしれないがおかしいのだ。

 まず長子のアルト様。

 わしよりも強い。


 あれは2年ほど前のことだったかな?

 剣の訓練の際に、弟であられるルーク様とともに自分たちの方が強いのにといった空気を感じた。

 傲慢だ。

 なんとも付けあがったことよ。

 その思い上がりと、伸びきった鼻を叩き潰して現実を見せてやろう。

 そう思い、手合わせしてやった。

 最初は手加減をした。


「次は本気で来てくださいね。止めませんよ」


 アルト様に一合で剣をたたき落されて、首に剣先を当てられた。

 うん、思いあがるのがよく分かった。

 それなり以上……というか、わしの部下よりも断然強い。

 ルーク様はどうか知らないが、かような兄を持てば同じように調子に乗るか。

 ふむ……少し本気を出そう。


「少し本気を出した程度で、どうこうできるとか思わないでくれませんか? 侮りすぎでしょう……それとも剣の先生に対してではなく、領主の部下に領主の息子として命令を出しましょうか?」


 剣先を簡単に弾かれて、睨まれてしまった。

 まずい……ちょっと本気というか、真面目にやったのに。

 よし、本気だ。

 正真正銘の全力だ。


 ……思いあがっていたのは、わしのほうだった。

 ふふ、領内一といわれて、調子に乗っていたのかもしれん。


 まだ、次男のルーク様が残っている。

 せめて、この方にはわしのように、勘違いをしないよう現実を教えてあげねば。


「最初から本気を出した方がいいですよ? 私でも、苦戦する相手ですから」


 アルト様の言葉に、背筋を冷たいものが流れるのを感じた。

 いや、しかしアルト様は弟が大好きだと評判だ。

 身内びいきもあるかもしれない。


 ……私は、なぜ領軍の副団長など任せられているのだろうか?

 ふっ……

 気が付けば、起き上がって屋敷から飛び出していた。

 大人げないと笑うがよい。

 ルーク様に蹴られた脇腹が、走ったせいでズキズキと痛む。

 もう、自尊心はボロボロだ。


 2か月後、屋敷に戻った。

 旦那様に必死に頭を下げて入れてもらった。

 無断欠勤、しかも長期の。

 それどころか、息子2人の剣の授業中に屋敷を飛び出したのだ。

 懲戒解雇でもおかしくないだろう。


 だが、その当の本人たちからの根回しと口添えもあり……旦那様、なぜそんな憐れむような視線を送ってくるのですか?

 もしかして、お二方が尋常ならざる子供だと知っていたのではありませんか?

 

 それから庭でリベンジマッチ。

 2人を瞬殺。

 もともと、剣の技術は私の方が上だったのだ。

 2人は動体視力、速度、力に頼った戦い方だったのだ。

 子供に力で負けたとは思わんが、速度と力が合わされば大人が剣を落とされることもあるだろう。

 あるのかな?

 7歳児相手に。

 

 まあいい、一瞬で剣を根元から切り飛ばして武器を奪った。

 ひたすらにそして、ひたむきに速度と切れ味だけを追求した訓練を行った甲斐があった。

 すごくつらい日々だったが、ようやく報われた。

 師としての面目躍如だな。


 お二方の表情に大人げないという文字が書いてあるが、気にしない。

 わしは剣の師だから。

 剣で勝てればよ……アルト様、そのおおきな金砕棒はなんでしょうか?

 鉄の塊というか、さすがにそれは切れません……アルト様の後ろで、ルーク様が両手を広げているのが目に映る。

 目をゴシゴシとこすって、もう一度見る。

 やはり、見間違いじゃなかった。

 ルーク様の身体の周りには何本もの剣が垂直に立ってクルクルと回っています。

 反則ですよ?

 私がいえたことではありませんが、それは剣術ではなく魔術です。

 いえ剣を使えば剣術という言い訳は、剣術とは剣を手に持って……手から魔力を出して持ってるというのは、ちょっと苦しくないですか?

 とにかく、剣を一本だけ手の指でしっかりと掴んでの勝負以外は受けません。

 大人げないと思うなら、そう思ってください。


 懐かしい思い出だ。

 ルーク様と並んで宙を飛びながら、目を細めてしまった。

 うーん、今わしが乗っているこのエアボードなるものも、ルーク様が開発された。

 たまにこういう変なものを作る。

 農具なんかの開発にも携わったりと、本当に9歳児なのだろうか?


 やたらと孤児のことも気にしていたが、最近では町であまり孤児をみかけることも少なくなった。

 いやいるのはいる。

 数が減ったわけでは、多少は減ったがまだまだいる。

 だが、それなりの格好をして、共同できちんと壁も屋根もあるところで暮らしていたりするから。

 浮浪児ではないという感じだな。


 ルーク様の対策が、ようやく実になってきたというか。

 本当に、恐ろしいことを考えるものだ。


***

レモンの場合


 うちの領主様の息子は変だ。

 まず、私がまだ小汚い恰好で町を歩いているときから、普通に話しかけてきた。

 フワリといい匂いがしたのを覚えている。

 いや、別にお金の匂いとかじゃなくて。

 まあ、服や体からいい匂いがしたんだ。


 凄いなと思ったし、良いなとも思った。

 いろいろと私たちのことを知りたがっていたな。

 最初は憐れんでいるのか、興味本位なのか、優越感なのかわからなかった。

 いや、恵まれすぎて頭がお花畑なのかもとも思った。

 

 たまに、食べ物をくれる人もいるが、大体の人が邪険に扱ってくる。

 暴力を振るわれることもあるし、女の子なんかもっとひどい目にあうことも。

 殺されることだってある。

 いくら浮浪児とはいえ、殺したら流石に犯罪奴隷堕ちか、極刑らしい。

 けど浮浪児が殺されたところで、警備の人達は本気で犯人を見つけてくれない。

 こっちから情報を伝えても、動かないことだってある。

 この町は、最低だ。


 だから、領主の息子であることにちょっとだけ、いじわるしてやろうと思った。

 金を要求したら、後ろに立っていた護衛の人達が剣を抜こうとした。

 調子に乗り過ぎた。

 そう思っていたのに、ルーク様は私の手を握って大銅貨をくれた。

 自分がみじめになった。


 数日後、またルーク様が来た。

 

 同情か?

 と聞いたら、そうだと言われた。

 そんな、堂々とあっけらかんと言われても。

 ふざけるなと思ったが、子供が食事も満足に取れず、寒さに震えている。

 それを見て同情しない大人などいないだろうと言っていた。

 もしいるとするならば、そいつは人の心を持ってないとも言っていた。

 いや、全然いないんだけど、この町に。

 というか、ルーク様子供だよね?

 私よりも、だいぶ年下。

 7歳と聞いているから、私の方が5歳もお姉ちゃんなんだけどな。

 ルーク様の護衛の二人が、耳を痛そうにしてた。


「ましてや子を持つ親なら、手は出せなくてもきっと心を痛めるはずだ」


 ルーク様のこの言葉に、護衛の一人が胸を押さえて蹲っていた。

 結婚してるのかな?


 あんたら同情どころか、私たちのこと邪魔者くらいにしか、思ってなかったもんね。

 ルーク様の言葉が、いろいろと突き刺さっているのだろう。

 しかし、変な子だ。 

 心の底から同情されて、救おうとしてくれているのが分かる。

 しかも能天気なお坊ちゃんの発想とも、どこか少し違う気が。

 孤児が溢れている状況を、私たち自身の生活の問題のみならず、町の治安や衛生面を考えても解決すべき問題だと言っていた。

 いまでこそわかるが、当時は何をいってるのかさっぱりわからなかった。

 

 犯罪者予備軍というのは分かる。

 運よく、大きくなれた者は大体が犯罪に手を染める。

 衛生面という言葉自体がよくわからない。

 疫病がとか言われても。

 あれは貧乏人だろうが、金持ちだろうが掛かるやつは掛かる厄介なものでは?


 護衛に半ば誘拐に近い状況でどこかに連れていかれた。

 宿屋の裏庭。

 そして、いきなり脱がせられた。

 まさか、私の身体目当て。


「男同士なんだから、そんなに恥ずかしがるなよ。悪いことしてるみたいじゃん」


 ばか、女の裸を無理やりみるとか、悪いことに決まって……ん? 男同士?

 一切気にした様子もなく、ズボンまで脱がされた。


「流石に、そっちは自分で洗ってね」


 下着は許してもらえた。

 でもこれで、きっと分かる……見てないだと?


「男の股間を見るとか、あまり楽しくないし」

 

 いや、まあそういうものなのか?

 知り合いの男の子たちは、見せあって大きさがとかやってるのもいた気が。

 ああ、嫌がる子も少なからずいたな。

 そっちのタイプか。

 よかったのか、悪かったのか。


 その後も何度か洗われた。

 途中から、私も何も感じなくなっていた。

 

「へえ、なかなか逞しくなってきたね。胸板も厚くなってきたし、栄養が足りてそれなりに身体を動かすと成長も早いなー」


 違うだろうと。

 この胸のふくらみは、違うだろうと。

 気づけと。

 そろそろ気付いてくれるかなと、期待に胸をふくらませていたのに……

 流石に、殴りそうになった。

 

 その後、彼のメイドがたまたま一緒にいたことで、伝わった。

 あの焦りようを見ると、本気で勘違いしていたのが分かる。

 余計に凹むから、やめてくれ。

 裸を見られたことより、裸を見てなお男と思われていたことの方がつらい。


「最低ですよ」


 メイドが本気で怒っていた。


「このような可愛らしい子を、男の子と間違えるなんて」


 裸を見られたことは、黙っていた方がよさそうだな。

 

「でも、洗ったときもそのうちの長男の幼い時の方が、丸みがあったというか」


 護衛の男性の言葉に、メイドがまるでギギギとでも音がなりそうな動きで、2人を交互に睨み付けた。

 馬鹿……


 裏路地に人が集まるレベルの、怒声が響き渡った。


「思えば、あれからいろいろとあったな」


 ルーク様もランスロット様も私のことを、10(とお)にもならない男の子だと思っていたとか。

 本人たちは言い訳のつもりかもしれないが、あれは追撃というかとどめだったな。

 子供とはいえ、もう女としての意識も芽生えつつあったから。


 部屋で着替えながら、思い出す。

 自分の胸を見て、さすがにもう間違えられることはないだろうと思う。

 たぶん……

 普段着に着替えて、椅子に座って白湯を飲む。


「まさか、数着とはいえ毎日着替えができる程度に服を持てて、家に住めるなんてね」


 この件に関しては、ルーク様に感謝してもしきれない。

 この長屋に住んでいるのは、ほとんどが元孤児だ。

 他にも一軒に数人で住むような長屋もあるが、孤児たちの大半がいまこの近辺で屋根と壁がある生活を送っている。

 送れている。

 2年前には考えられなかったことだ。


 幼い者は、この町にあるビレッジ商会が用意した仕事を手伝っている。

 本当におつかいや、庭掃除、子供の相手、犬の散歩なんかの簡単なお手伝いだ。

 給料もかなり安い。

 だけど、一日働くとごはんをビレッジ商会が2回食べさせてくれる。

 パンと大豆とクズ野菜のスープだけだけど。

 月に一度だが、肉も出てくる。

 正直、一日一食も怪しかった時代を思うと、すごい御馳走だ。

 

 年長者は冒険者ギルドに登録して、仕事を受ける。

 主に新人がやる雑用をメインでやるように、ルーク様からも商会の支店長からも言われている。

 本気でやること。

 チップは受け取らないこと。

 報酬に文句はいわないこと。

 これだけでいいと。

 チップは受け取らない代わりに、物品での心遣いは受けておけと。

 ただ、決してねだるなと。

 くれない人が悪いんじゃない、くれる人が特別なんだと言われた。

 わかる。

 孤児の時に、私たちに食べ物を恵んでくれるひとなんてほとんどいなかったからな。


 言われたとおりに必死でこなしていたら、孤児あがりの冒険者はこと雑用に関してはかなりの評価を得ることができた。

 指名依頼が入るくらいに。

 指名依頼……雑用だろうが、ギルドへの貢献ポイントにかなり割増がつく。

 現金なもので、ギルドの評判がよくなるとギルドマスターや職員の風当たりも、かなり柔らかなものになってきた。

 これにあせった新人が、いまになって本気でそういった雑用系の依頼も頑張るようになってきたとのこと。

 こっちとしては、ライバルが増えて困るんだけどな。


 まあ、私たちは顧客のハートをがっちりキャッチしてるから、今更頑張ったところで仕事を奪われるとは思わない。

 それに、依頼人の方もよくしてくれる。

 マーサおばさんなんて、お母さん……は言い過ぎても、おばあちゃんと孫に近い関係にある。


「今日は、ごはん食べていきなさい」


 と食事に誘われていただいた、トマトの煮込み料理が絶品だった。

 美味しすぎた。


「マーサさん、これ私でも作れるかな?」


 つい口に出た言葉だったが、マーサおばさんは一瞬目を丸くしたあと優しく微笑んで頷いてくれた。

 次の依頼のときに、材料を持ち込みで庭の草刈りと雑草を抜いたあとで教えてもらった。


「気を使わなくてもいいのに」


 台所に行くと、しっかりと材料が用意してあった。


「それは持って帰って、明日家で復習も兼ねてもう一度作ってみたらいかがかしら?」

 

 というマーサおばさんのご厚意に甘えさせてもらうことにした。

 それから、いろんな料理を教えてもらった。

 子供が男の子だけだったから、娘か孫に料理を教えるってこういう感じかしらと喜んでもらえている。

 私も、母親と料理をするのってこんな感じかなと思っている。

 仕事のない日でもお呼ばれして、裁縫を教えてもらったり、ご近所さんを紹介してもらったり。

 本当によくしてもらえている。

 

「うちの子にならない?」


 と言われたこともあったが。

 

「ありがとうございます。あのね……私はもうマーサさんの子供のつもり。でも、子供じゃないから自分の生活は自分でなんとかしたいんだ」

「あらそう……嬉しいような、残念なような……でも、まあ近所に住んでるんだし、いつでも来ていいのよ」


 と言われて、お言葉に甘えて暇さえあれば遊びにいって、お茶をしたりしている。

 手作りのお菓子を持って行ったり、作った料理を持って行ったりもしたし。

 マーサおばさんの誕生日には、ハンカチを縫って持って行った。

 布は確かに安いものじゃないけど、自分の成長を見せたくて。

 ……本当に、ルーク様に出会ってから生活が劇的に変わった。


 それからしばらくして、領主からギルドに一つの指示が。

 ギルドが最近、町へ大きく貢献していることに感謝している旨の、感謝状だ。

 まあ、新人同士でお互いに高めあうことはいいが、料金は下げないようにとの指示も入っていた。

 価格競争で仕事をとるのではなく、質でとれと。

 料金を下げれば、仕事の質も下がる。

 質が今までより下がれば、不満が出ると。


 なるほど……それを聞いた時に、これはルーク様の言葉だと思った。

 領主様が言っていたのか、ルーク様が領主様に伝えてほしいとお願いしたのか。

 いずれにせよこの町に孤児はたくさんいるが、不幸な孤児はほとんどいない。

 温かい家と、おなかいっぱい食べられるだけでみんな幸せそうだ。


 悪いこと?

 するような子はほとんどいなくなったかな。

 一時の欲望に負けて、安定した収入を失うことの馬鹿らしさを嫌というほど教えてもらったから。

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