最初の会戦
ムクの村を追い出せられるように出発
したヨナとフミは、目的地に到着した。
すでに開戦準備が整っているゴクチ国の軍勢
に、シン帝国の前衛部隊が攻撃を開始した。
あまりに違う戦いの様相に、ヨナは驚愕した。
ムク達の村を出発して4日の後、ヨナとフミ
はゴクチ国のクボ丘陵を見渡せるウチカワ山
に到着した。
元々ここはヒタ一族という豪族が納める
地域でヨトの国と国境を接し、街道が繋ぐ
流通の要所であった。
ヨナは鞄の中から、望遠鏡を取り出すと
クボ丘陵の北と南に、川を利用し築かれた
陣地を観察した。
北と南、クボ丘陵を挟むそれぞれの街道に
東側からの侵攻を阻む2個の陣地
クボ丘陵の後方、2本の街道の集約点に設け
られた後方の陣地
騎兵を止める為の丸太で作った川と組み合わ
さったバリケード
川で足を取られた兵達を狙う魔道兵と弓矢
兵法の教科書通りの配置であり、数で劣勢の
シン帝国には到底突破出来ると思えなかった。
(親父殿は何故、ゴクチ国が負けると思って
いるのだろうか…?)
フミの方を見ると、無言で俯いていた。
この4日、ずっと黙ったままだ。
ここまで来ると偵察に来た事が暴露する
ので、夜に焚き火が出来ない。
夜は昼間の内に掘った穴に、木の枝葉の屋根
をつけ枯葉を敷き詰めたシェルターに寝て、
ここまでの道中に捕らえた鹿の肉の燻製を
食べるのだ。
横でフミが寝ている、夜は自然と交代で寝る
ようになったのはやはり彼女は山の民だから
であった。
その時、寝ていたと思っていたフミが話しか
けてきた。
「…ヨナ、起きてるか」
「フミ…どうした?」
「…その…ずっと黙っててごめん、ヨナ
だって、本当は殺すつもりなんかなかった
んでしょ?」
「でも…フミの叔父さんを、殺してしまった事
には変わりない…」
「それだって私が何かされたと思って怒った
んでしょ?私の為に怒ったんでしょ?」
「…ショックだったんだ、初めて戦いを目の
前で見て怖かった、叔父さんが死んだ事も」
「…すまない」
「ううん、違うの、1番ショックだったの
は叔父さんが山の民を征服しようと考えて
いた事かな」
「叔父さん、私が小さい時からお土産持って
父上の所にフラっと現れてお酒飲んで、よく
笑って…父上とも本当に仲良かったし、母上
とも仲良くて…」
「…変っちゃうんだね、人って」
「…フミ…」
「ムク叔父さんは山の神様の罰が下った
んだよ、だから…ヨナのせいじゃ…」
フミは泣き出した、戦士になりたての
少女が受け入れるには大き過ぎるショック
だったのだろう。
ヨナはフミを抱き締めると、彼女が寝る
まで頭を撫で続けた。
次の日の夜明け
遂にシン帝国がクボ丘陵に繋がる街道に現れた。
ヨナは望遠鏡を覗いた。
(軽騎兵の集団、筒を担いだ歩兵、龍が20近
く、何かを引っ張っている)
「ヨナ?あれは?」
「え?見えるの?」
「山の民は目がいいんだよ」
「そうか…、えーと、シン帝国の恐らく先遣
部隊なんだけど意図が分からない、突撃用
の楽器にも見えないし」
森と地形の死角に入った先遣部隊は見えなく
なった。
「あの数じゃ騎兵突撃も無理だろうし、
多分偵察なのかな?それにしては数が多い」
遠くから太鼓の音が聞こえる。
ゴクチ国の防御陣地でもシン帝国の軍勢の
接近に気付いたようだ。
ゴクチ国の防御陣地では、起きた兵達が
シン帝国の先遣部隊を待ち構えていた。
気がつくと南北の街道の先にそれぞれ、龍が
牽引していた、大きな台車に載った筒が並べて
置かれている事に気付いた。
「ヨナ…なんだろう、アレ?」
「分からない、初めて見る」
ヨナ達が留学した騎士学校では習っていない道具
だった。
シン帝国出身の学生と留学生では、秘密保持の
為、一部異なるカリキュラムである事は彼も
知っていた。
しかし学生に完全に全てを秘匿する事は難しく、
シン帝国にいても見た事も聞いた事もない新兵器
ならば、本当に秘密にしていたのだろう。
楽器か魔法の道具か…しかし魔道士の攻撃
すら届かない場所だし、何なんだ?
次の瞬間、空気を震わすような爆音がすると、
シン帝国の部隊が並べていた、南北の大きな筒、
それぞれ一つずつが、煙が噴き出した。
「!?」
一瞬の間隔を置き、近くの川から水柱が上がった。
(何かを飛ばしたのか?アレは物を飛ばす道具
だったのか?)
「ヨナ、あのさっきの筒と同じ方向に他の筒も
合わせているよ!」
その時、他の並べた大きな筒からも、次々
と爆音が鳴り、煙がどんどんと噴き出した。
一瞬の間隔の後に、ゴクチ国の陣地が爆発した。
「ヨナ!あれ魔法?!」
「いや…なんだアレ…見た事がない」
筒が煙を噴き出す度に陣地が爆発していく。
「あれが…科学か…」
しばらく爆発が続いた後、ゴクチ国の陣地
は総崩れになっていた。
完全に自分達の攻撃の射程外から、一方的
に攻撃されたのだ。
兵達が散り散りに逃げて行くのが見えた。
設置されていた木の障害も、既に大部分が
うち倒れている。
爆発音が止む頃には、陣地は崩壊し、死体
ばかりが転がっていた。
跡形もなくなった辺りは魔道士もいたの
だろうが、全く魔法での応戦が無い。
すると手前の森からも小さい破裂音が聞こえ
始めた。
「ヨナ、なんだろうあれ」
フミが指を指す方を望遠鏡で覗くと、姿が
見えなくなった徒歩兵の集団が見えた。
川の対岸から小さい筒を構えて、先程の
筒より遥かに小さいが、何かを発射している。
やっと射程内に近付いたからか、クボ丘陵
の上からゴクチ国の魔道士が魔法を使って
反撃するのが見えた。
時間を置いて大きな筒から煙が噴き出したかと
思うとクボ丘陵の頂上付近にも、同じように
次々と爆発が起こった。
そして魔法での反撃は沈黙した。
最後に現れたのは軽騎兵だった。
軽騎兵は馬に跨り、南の陣地に突撃し、ほぼ
無抵抗な陣地を突破した。
北の陣地は反撃する事も叶わず退却した。
「一方的にやられたな、完全に」
「ヨナ…向こう!見て!」
フミが街道の向こう側に、シン帝国の遠征軍
本隊を発見した。
僅か数百の兵でも、ゴクチ国の陣地を一方的
に破壊し突破出来る。
それが万はいる大軍になったら、止める事が
出来るのだろうか?
夕刻まで戦いは続いた。
クボ丘陵の後方にあった陣地は抵抗を続け、
やっと騎士同士の戦いに持ち込める距離まで
耐えた後に反撃の突撃をするも、川を渡渉した
徒歩兵の攻撃に突撃は破砕され、軽騎兵に
より殲滅された。
ゴクチ国の騎士団と、マエガ鎮台の兵力の
半数以上はここで消滅したのである。