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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
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青空の二匹の竜は




「俺とあんたが、友達になれるはずないやろ」




アミナはシオンの言葉に心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。

勇気をふりしぼったアミナの想いはシオンの掠れた声で否定されてしまい、アミナは悲しみで何も言えず、ただシオンの無機質な仮面から目が離せなかった。

シオンの言葉を受け入れられず、未だに頬に添えられたままの自分より少し固くて大きな手にすがるように重ねている自分の手に力を込めた。


「俺は竜族で、あんたは人間や...」


シオンらしくない呟くような声にアミナは何かを感じ、仮面の奥の瞳を見ようと目をこらした。小さな切れ込みから紫色の瞳がかすかに見える。


「そんなの、分かってるよ?種族が違ったら、友達になっちゃ、いけないの...?」

「そんな簡単やないんや」


シオンは首を振り、アミナの頬から手を離した。アミナは頬から消えた温もりに寂しさを感じたが、自分の左手を包む体温に気がついた。

シオンはアミナの手を握り、街のある場所とは反対側に体を向けた。アミナもシオンの手に連れられるように反対を見た。


反対側は暗い海がどこまでも続いている。星がいくつもちらばっているというのにどこか暗い空と、それをそのまま下に落としこんだような暗い海。水平線がこの世界の先がまだまだあることをアミナに教える。


「シオンは、北の国から来たんだよね...」


二人が今見ている海をどれほど進めばそこにたどり着くのだろう。


「......俺、は」


シオンの言葉は先に続かなかった。話すことに迷いがあるようだった。

アミナはそんなシオンの様子があまりに普段と違うので、心配になった。


いつも言いたいことは好きなように言う。

私の気持ちなんておかまいなしで。

少し掠れた低い声は、シオンの人柄を表すように、明るく、その場の空気をパッと変える力を持っている。


何を思っているの?


アミナはそっとシオンの手を握り返した。

シオンはしばらく暗い海を見つめていたが、ひとつ息を吐くと口を開いた。


「俺は、人間を何人も殺してる」


アミナは目を見開き、シオンの横顔を見つめた。

彼はアミナの方を見ず、海から視線を外さない。


「北の国では、竜族は人間共の狩りの対象や。特に俺みたいなまだ大人になっていない竜は大人の竜より狙われやすくなる。人間に襲われることは多かったけど、俺ら竜族は人間より遥かに強い。言望葉の力も、ぷろ...なんとかいう奴の加護とやらで竜の姿になっとる時は言葉の力を介さなくても火を扱うことができる。...人間の姿になると言葉使わんとなんでか使えへんねんけどな」


そこで言葉を区切り、シオンはアミナをじっと見つめた。


「その力で、狩りに来た人間をたくさん殺した」


「闇の言望葉使いに拘束されてコロシアムに連れて行かれた時も、生きる為に何人も殺した」


「こんな俺が、あんたと仲良くできるはずないやろ...。あんたと俺は、生きてきた世界が違う」


「竜族として、人間と友達になんか、なれへん。......許されへん」



アミナはぽつぽつと夜の闇に溢される言葉の粒を必死に拾い集めた。

シオンの声を聞き漏らさないように。

彼の言葉を理解したいから。


……諦めたくない。

シオン、私はシオンの側にいたい。


だって、この手を包むシオンの手がどうしようもなく優しいから。


「誰が、許さないの?」

「......仲間を裏切ることになる。そんなこと、俺が許さへん」


その言葉にシオンの背負っているものがアミナには少しだけ見えたような気がした。


「私は、竜族に何かしたり、しないよ...?リーフも、アイリスも、ルカも、」

「分かっとる。...やけど、俺らにとって人間は、人間なんや」


また遠くを見るシオンの頬に手を伸ばし、アミナはシオンの顔を自分に向けさせた。


「こっちを見て」

「な、にする...っ」

「そんな簡単じゃないって、分かったよ」


竜族の人間から受けた悲しみ、人間へ向ける憎しみ。

ずっと人間は自分達を襲ってくる存在だった。

憎悪の対象だった。

シオンは人間は弱いと吐き捨てるように言うけれど狙われる恐怖も、あったのではないだろうか。


「......ごめんなさい」


シオンはアミナの頬を伝う涙に「なんで、あんたが謝るんや」と居心地悪そうに下を向いた。


「私はシオンが来るまで、竜族のことをよく知らなかった。知らなかったことが、とても恥ずかしい。自分と同じ種族の人間が、他の種族に酷いことをしていた、その事実を知らないで生きてきた自分に腹が立つよ」


眉を寄せて悔しそうに泣くアミナにシオンは苦笑する。


「やからって、あんたが泣くことないやん」

「ごめん、...泣く資格ないのに...」


アミナは袖で涙を拭うと、シオンの両手を握り、シオンの瞳を強い瞳で見つめた。


「シオン、私を見て」

「...見とるよ。というか、見させられとる」


シオンの声は少し呆れたような、そんな声だった。


「今までのシオンと私は、確かに違う世界を見て生きてきたね...。私はきっと、全然シオンを理解できてない...」


「でも、今、私たちは一緒にいる」


「同じ灯台の上で、同じ景色を見て、今、お互いを見ているよ」


「シオン...友達になりたい...」


アミナは祈るようにシオンに伝えた。


シオンがいい。

シオンじゃなきゃ、嫌だ。


けれどシオンが出した答えは「なれへん」。

アミナから視線を反らして絞り出すように暗い海に落ちていった言葉を聞いて、アミナは眉を寄せてうつ向いた。


「......もう戻ろか」


シオンは竜の姿に戻り、アミナは黙ってその背中に乗った。行きとは違い、二人とも何も話さなかった。

シオンの背中でアミナは顔を覆って泣いていた。シオンに自分の気持ちを受け入れてもらえなかった事が悲しくて仕方がなかった。

時々しゃくりあげる声を聞きながらシオンはただ図書館を目指す。


図書館に着き、シオンの背中から自室のベランダに降りたアミナは涙を指で拭い、「シオン」と竜の姿でそこに浮いている彼を呼んだ。


「なんや」


シオンの声は少し沈んでいるような気がした。

その声を聞き、アミナは心が痛んだ。


「あのね、...ごめんね、泣いちゃって...。..気にしないで、ね」

「気にするわけないやろ。...人間のことなんか、俺にとってはどうでもいいんや」

「......うん。あのね、やっぱり、私はシオンに会えて良かったと思ってるよ。だって、友達になって、なんて、前までの私だったら言えなかった。...だからね、ありがとう、って思ってるんだよ」


アミナはベランダの手すりに手をつき、シオンを見上げる。仮面の奥の瞳は今は少し距離があって見えなかった。


「明日も、勉強会しようね」

「......おう」


アミナは頷き、微笑みを浮かべて「おやすみ」と自室に入っていった。

部屋に入り、カーテンを閉めた瞬間、またアミナの頬に涙がぼろぼろ溢れた。蹲り、声を押し殺す。


「...ふ、...うぅ...っ」


悲しかった。シオンと友達になりたかった。

けれど、シオンが悪くないということも分かっていた。


ここに来て初めて勇気を振り絞り、あっけなく玉砕してしまい、アミナはただただ悲しかった。けれど涙を溢し続ける瞳は、まだ光を宿していた。


諦めない。

振りほどかれなかった手。

掠れた声。

優しいあなたがどうしようもなく魅力的だから、諦めたくないよ。


アミナは顔を上げて、ぐいっと涙を袖で拭いとる。


何年も過去を思い出して、前に進めなかったうじうじ系女子なんだ、私は。

言望葉が使えないって分かってるのに、これまで毎晩言望葉の能力があるか試す儀式をやり続けていたし、姉様にまた会って笑い合うことも、まだ諦めきれていない。

しつこいんだからね。




シオンは人間の姿になり、自室でベットに腰掛け竜の絵が描かれている絵本を広げていた。


「......くそ、」



シオンだから、怖くない。

友達になりたい。

シオンに会えて良かった。

ありがとう、って思ってるんだよ。



アミナの言葉が頭から離れない。

シオンは自分の手のひらをじっと見つめる。


なんで俺は、手を離さなかったんや。

なんで俺は、あいつに明日も勉強会しようって言われて、安心したんや……。


「…泣くなや……」


あいつが泣くと胸が苦しくなる。



友達なんて、いたことない。

竜族はあまり集団で行動しない。まとまると狩りの標的になりやすいからや。

やから竜族は十歳になると親から自立して一人で生きていかなあかん。

ずっと一人で生きてきた。

同じ年頃の竜二匹が仲良さそうに飛んでいるのを見たことがあった。見つかりやすくなるのに、つるむなんてアホちゃうかって、冷めた目で見ていた。

あの二匹は友達だったのだろうか。

青空の中で楽しげに飛ぶその後ろ姿はなぜか眩しかった。


ベットに仰向けになり、天井を見つめる。

電気をつけていない部屋には月明かりが射し込み、シオンの白い仮面を仄かに浮かび上がらせる。


灯台でのアミナの必死な顔。

まっすぐにこちらを見つめる瞳。



父と祖父の冷めた眼差し。

低く唸る、憎しみを込めた声。


「いつか人間共に思い知らさなければならぬ日がくる。シオン、その時は迎えに行く」


シオンは眉をぎゅっと寄せ、唇を噛みしめた。


「はよ出てかなあかん...。あかんのに...」



シオンの苦しげな呟きを月だけが聞いていた。


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